ED気味の俺が……(略)

その6

 

その6 三好紀幸のオレ語り③

 

 オレ、センパイと話しながら、ボロボロ泣いちまってた。

 話してる途中から、すんごくヒートアップしてたんだと思う、オレ。

 止まんなくなった、ってのが一番なのかな。

 オレの中で、どっかセンパイにモヤってた部分、全部ぶつけちまった。

 センパイがもし本気で怒ったら。そんな気持ちも無かったわけじゃない。

 でも、どっかでオレ、センパイ、許してくれる気がしてた。なにはあっても、オレの真剣さだけは受け止めてくれるって、それだけは信じてたんだと思う。

 実際、センパイとオレ、今は半泣き半笑いみたいな会話してる。

 涙はしょっぱいけど、センパイとこんな真剣に話せたってことがオレにとっては金字塔みたいに感じてた。だって、オレ、センパイのこと、『好き』だったんだし。

 

 センパイが『どうしたらいい?』って尋ねてきたとき、オレの中での答えはもう決まってた。

 つうか、精神的な理由なんじゃって思った最初から、『それ』、やろうって思ってたんだ。

 オレの思い、バレずに出来るはず。オレ、そう思ってた。

 センパイの裸想像して、せんずりかいてるオレが、そんなのおくびにも出さずに出来るはずって、思ってたんだ。

 

「オレ、考えてることがあるんスよ」

「なんか、俺がやれることか? 俺、お前が言うなら、どんなことでもやってやるぞ」

 

 徳さんったら、また涙出そうになるからさ、そんなこと言うと。

 

「アレルギーの昔の治療で流行ったこともあると思うんスけど、簡単に言うと『段々慣らしていく寸法』って奴ですわ」

「なにに、『慣らす』んだよ? 女、女の人に慣らすなんて出来ないだろうし、対等な付き合いに慣らすってのも、ピンと来ないんだが」

 

 あ、徳センパイ、なんかすごく頭回ってる。

 うん、当たらずといえども遠からずって奴だわさ、それ。

 

「オレ、すげえ失礼な言葉でしたけど、センパイが目の前の相手を対等に見れてないって話ししましたよね」

「あ、ああ。お前に言われて、なんか納得したことだぞ、それ」

「ある意味、簡単なことッスよ」

「だからなにすりゃいいんだよ。まどろっこしいから、さっさと言えっ」

 

 俺、センパイの『変わらなさ』に、このときちょっとホッとしたんだ。

 

「はは、いつものセンパイに戻った」

「からかうなって」

「からかってないっスよ。ホント簡単なんです。センパイ、オレと、握手しましょ」

「へ? 握手?」

「そ、握手ッス。センパイ、ほら、立ってください」

 

 分かりやすいセンパイの頭の中のはてなマーク。

 ゲームである奴で、ピコンって頭の上に浮かぶあのマークがすぐに思い浮かぶ。

 二人でテーブルを除け、ちょっとした空間を創りだす。

 

「センパイ、なんか恥ずかしがってんのかなんなのか、商談のときも自分から握手、しないっしょ?」

「あ、まあ、言われてみれば、そうか、な……?」

「握手って、一番手軽で、しかもけっこう互いの存在を感じ合える人間同士の触れあいの方法なんスよ。仕事でもプライベートでもスマートに出来るか出来ないかで、特に海外のクライアントさんからの評価、変わると思うッスよ」

「う、まあ、接遇研修とかでも言われてはきたけど、日本人にはあんまり馴染まないんじゃないかって思えちまって……」

「そこそこ! そこをちゃんとしないと、先方ともうまく行くはず無いッスよ」

「仕事のことなら分からんでもないが、なんでそれがインポと関係あんだよ。ああ?」

 

 センパイ、ちょっと高圧的。

 でも、そこが可愛いんだよな、徳センパイ。

 

「ここらへんは男も女も関係無いッスからね」

 

 オレ、ちょっと嘘ついてる。

 オレの方は、男女の違い、大ありだよな。

 

「相手の目をしっかり見て、自然に手を伸ばして握手して、軽く、あるときは重く手に力を込める。これって、相手との阿吽の呼吸がいるってのは、分かりますよね?」

「そんな、先生みたいな言い方すんなよ。言われてることぐらいは俺でも分かるって」

「じゃ、練習で。最初はオレから手を出しますんで、うまくその握手を『受け』てください」

「握手に『受け攻め』あるんか?」

「あるんですよ、これが。二人まったく同時に手を出すとか、逆にあり得ないでしょうが」

「うう、そう言われると。とにかくお前が先に出す握手をすりゃいいんだな」

「はい、その通りっス。じゃあ、いきますよ」

「お、おう」

「ちゃんと目を見て、やるっスよ!」

「ああ、分かった分かった」

 

 EDのこと知ってから見てると、センパイ、可愛すぎる。

 でっかい身体してんのに、なんか小動物みたいって言うと言い過ぎかな?

 これって、オレがセンパイをモノ扱いしてるってこと?

 いや、でも、オレ、もうセンパイのこと、『そう』としか見えなくなっちまってるな。

 ダメだダメだ。このままだとオレ、またせっかくおさまってたチンポ、またおっ勃っちまう。

 

 オレが手を出す。

 センパイ、ちょっと遅れて、指先が軽くぶつかる。

 

「センパイ、握手んとき、手を見ようと下向いちゃダメッス!」

「いや、見えてないとタイミング合わせられねーだろーよ」

「そこを相手の目や肩の動きでちゃんとキャッチするんスよ」

「なんだか、難しい話になってきたな」

「当たり前にやれることを最初からやってるんスからね!」

「そう怒るなって」

 

 うん、いつものセンパイだ。

 オレの方が、ちょっといつものオレで無いだけだな、うん。

 

 何回か繰り返すと、センパイの握手、スムーズになってきた。

 互いの手のひらに、ほんの少し汗が滲む。

 

「『迎えの握手』はもう大丈夫ッスかね。今度はセンパイからの『攻めの握手』ッス」

「それ、練習の必要、あんのかよ」

「今度はオレの方の準備が出来てるかを確かめながら、手を出すんスよ。ほら、また手を見ちゃってる。あくまで視線は相手の、今日はオレでやでしょうけど、オレの顔ッス」

「別に嫌じゃないけどさ、なんか照れくさいっていうか」

「そこが一番大事なとこッス。ほら、練習、練習」

 

 こっちも何度か繰り返すと、お互いの呼吸が合ってくる。

 これ、たぶんセンパイも感じてるよな、きっと。

 

「じゃ、今度は握手してから相手に近づきながら、向こうの背中を空いてる手でポンポンって奴、やりましょう」

「それ、俺、やったことないぞ」

「だから練習するんです。これも相手を無理に引き寄せない。相手が怖がるようなスピードと圧をかけないとか、色々気にしてほしいッスよ。ほら、アメリカの大統領が握手する相手によくやってるアレッス」

「ああ、テレビで見たことはあるけど……」

「最初はオレが悪い例でやってみるので、身体の引きとか、感じてください」

 

 悪い例、って言ったとき、やっぱりまたセンパイの顔に大きなはてなマークが浮かんだ。

 オレ、それを尻目に握手した手をぐいっと引っ張る。

 

「うおっ、危ねえぞ!」

「だから悪い例なんですってば」

「あ、そっか! どっちかが近づかなきゃいかんわけだから……」

「そうそう、自分から全部の距離詰めると向こうは怖く感じるし、無理に引き寄せるのは言語道断ッス。そこらへん、相手との呼吸合わせないと、うまくいかなくてぎこちなくなるっスよ」

「まったくお前、どこでこんなの覚えるんだよ」

「そんなのいいから、はい、練習!」

「分かりました、はい、先生!」

 

 オレ、なんか楽しくなってきてた。

 ただこの『楽しさ』は、オレの頭に間違った信号も同時に送りはじめる。

 

 目の前にあるセンパイのガタイ。

 白いシャツ。

 ネクタイ外した首筋。

 ベルトの上に乗った微妙な腹肉。

 アルコールと一緒になった、センパイの汗の匂い。

 袖をまくった太い腕と浅黒い肌。

 シャツの生地に浮かび上がる乳首。

 

 その全部が、オレに『間違った』情報を送り続ける。

 

 勃つな。勃つな。

 そのときのオレの願いは、もうそんだけ。

 オレの股間ではもう、じわりじわりと血流を流し始めた血管の脈動が始まってた。

 

「次はなんだ?」

 

 センパイ、それを言ってくれるなよ。

 

「このセッション、最後はいわゆるハグって奴ッスね」

「ああ、あれか。なんか外国の人がやってるって、そんなイメージ」

「それも地域によって色々で、抱き寄せるだけとかキスもありとか、北の方だと頬をすり合わせたりとか、バリエーション豊富ッスよ。まあ日本だと確かに性別違うとなんかじとっとするっていうか、そんな感じになっちゃいますよね」

「で、どこのバージョンで行くんだ?」

 

 あ、それって、まさかキスとかもOKってこと?

 ダメだってば、センパイ!

 ノンケの無頓着さって、ホント罪作り。

 

「まあ、男同士ですしキス云々は置いといて、軽く抱き寄せて背中ポンポンでやりましょうか」

「ん、俺、別にキスの奴でも構わんぞ?」

 

 なに言ってんの! この人っ!

 無頓着っていうか、そこまでいくと誤解生むでしょ、色々と!

 って、そこらへんの機微が分かんないのが、ホントもう、ドノンケって奴なんだな。

 

「あ、まあ、それは発展系ってことで、次回にでもやりましょ。今日はその、まずは基本形ってことで」

「キスっつっても、ほっぺにだろ? 飲み会とかではよく後輩にベロチューとかしてたぞ、俺」

 

 いや、だから、もう、ホント、襲うぞ! この鈍感!!

 オレ、ドギマギしながら、さすがにそれやってほしいですっては言えないし。

 ただもう、そのときのオレ、ズボンの中、パツパツでむれむれ。

 先走りも絶対出てる。

 ボクブリの生地の色、絶対変わっちゃってる。

 どうすんだよ、おい。

 

「あ、ああ、その、まあ、キツいのは後回しで、あくまで、その、基本をですね」

「なんだよ、お前らしくないっつーか。俺のインポ治すレッスンみたいなもんだろ。手ぇ、抜くなよ、おい」

「手抜いたりしませんよお」

 

 ナニは抜きたいけどさ。

 

「じゃ、やろうぜ。これもどっちからって、あるんか?」

「ハグは双方顔を合わせた最初のときなので、どっちからってのはあんまり。つうか、片っぽだけがやりたがってるんだったら止めたがいいっスね」

「あ、そういうことね。暗黙の同意とか、合意って奴か。それ出来ないと、また、セクハラってことになるわけだ」

 

 なんでここに来て、急に物わかりよくなるんだよ。

 オレ、背筋伸ばすとズボンの前が目立つような感じになっちまいそうで、さっきまでの姿勢と違ってなんか猫背みたいになっちまう。

 それでも、これ、密着したら、バレる、バレちまうよな……。

 そんな考えがぐるぐるしてるオレに、センパイからの最後通告。

 

「おし、じゃあ、半年ぶりにあった友達と、って感じでやってみるか?」

「あ、はい、じゃ、それで……」

 

 いつの間にか先生役と生徒役が逆転してる。

 センパイ、なんか生き生きした目をしてるのは、やっぱり『センパイは先輩』ってことなんだろうな。

 オレもちょっと、覚悟を決める。

 それ、センパイにとってはも一つ重荷になることかも分かんなかったけど。

 

「じゃあ、ハグするぞ」

「はい、センパイ……」

 

 近づくオレとセンパイのカラダ。

 互いに両手を広げ、相手の上半身を抱くようにして柔らかく引き寄せる。

 密着するほどでは無く、かといって、体部全面が離れてるわけでも無く。

 少しだけずれた正中線。

 その微妙な距離感と、胸や腹、そして股間が重なりあう。

 

 オレ、勃ってた。

 疑う余地のないぐらい、チンポ、ギンギンに勃ってた。

 

「お前、これ……?」

 

 これまでと明らかに違うセンパイの声色。

 

「その、勃ってんのか……?」

 

 バレた。

 絶対、ホモって、バレた。

 

 でもオレ、なんか冷静だった。

 頭の芯が1本スポッと抜けたんじゃないかってぐらい、冷静だったんだ。