重森大介氏 - 三太 共作作品

「褌祝」~褌で繋がった男たち~

第二章 俊夫

 

 利夫が川中の生まれ変わりに違いないと直感した、「俊夫」との運命的出会いを果たしたその日より、舞台は40数年後の未来へと飛ぶ。

 当時、利夫の目を奪った少年は、すでに逞しい肉体を持つ50代になっていた

 働き盛りを迎えた「俊夫」、そう「山本俊夫」の姿は、広大な農地の中にあった。

 

 農業を生業としている俊夫は、毎朝4時半には作物に挨拶をすることから一日を始める。例え寒い冬でも、例え霧で辺り一面真っ白でも、作物の様子を見にいくのである。

 今は夏、さまざまな野菜が彩りを放ちながら収穫の時を待っている。六尺褌一丁姿の俊夫は、慈しむかのように一つ一つの作物に挨拶して回る。

 

「この仕事を自分の仕事としたのは天命だ。父が山本家の生業の後継者として兄ではなく、俺を選んだ。俺はそれに従った。だから父に対しても、兄に対しても恥じることないよう、俺はこの仕事を続ける。そして、己が見込んだ誰かに、この仕事を引き継ぐ。」

 

 もし家業を引き継いだ時点で、父や祖父たちとそのまま同じことをしていればおそらくこの仕事の未来はなかったろう。それを承知で引き継いだが、努力した甲斐もあって、今は順調だ。

 インターネットの普及で、自分が育てた野菜は全国津々浦々へ出荷され、喜ばれている。

 今や、少なくとも県内で山本農場を知らない人はいないほどになった。

 

 その成功の裏には俊夫の兄の力があったからだ。

 兄は学者肌で、特に経済と市場分析に長けていた。高校を卒業して町役場に勤めながら、独学で経済学を学び、金融にも明るかった。

 俊夫は農場経営の事務のほとんどを兄に任せ、自身は販路拡大や新種の開発、地産地消の推進など、長野県の山間部というこの地域の特性に根ざした、この地ならではの農業に専念できた。

 今の農場の隆盛も、兄あってこそだった。

 

 ただ一つ、どうしても解決しなければならないことがあった。

 それは後継者の育成だ。

 俊夫の子どもは女ばかりの三姉妹。それぞれがいい相手を見つけ、すでに嫁に行き俊夫の家を離れている。

 兄の子どもといえば逆に男ばかりの三兄弟。

 長男は独立心旺盛で高校を卒業するや否や上京し、小さな町工場から叩き上げた技術で、今ではその業界では右に出る者がいない会社を取り仕切っている。実家のことには一切口を挟まない。

 次男は大学卒業に地元の企業に就職し、早々と結婚相手を見つけ、隣町で法律事務所を経営している家の婿養子となった。

 三男は幼い頃から柔道に熱中し、大学卒業後は柔道整復師の資格も取得し、医療や介護の現場で働いており、滅多に実家に顔を出すことはない。

 

 俊夫はこの三男に一つ思うことがあった。

 それは……。

 いや、それは言うまい。自分の夢であり、今はただ、俊夫の自分勝手な希望にすぎないからだ。

 そう、それでもこのような状況の中、この農場の後継者はただ一人しかないと、俊夫は心に決めていた。あとは、それを実行するまでだということも。

 

 その夢の実現に向け、策を講じる毎日。

 ある日の早朝、俊夫が自らに課している「行」を実行する時間となった。

 午前6時になろうとしている。この「行」は俊夫にとって「ある人」と通じる重要な行為だ。

 その行を実行するのは自宅裏の農作業小屋内の一室。外向けには農作業に一休みする小さなスペースがそこだ。

 

 この部屋を俊夫は、“禊屋”と呼んでいた。

 あの日から40年、一日も休まずに実行しているあることを、この場で行うのだ。そう、「あの日」から……。

 

 俊夫はその部屋に入ると日頃より常用している褌を解き、丁寧に畳む。

 形を整えたそれを全裸となった頭のてっぺんに置くと、部屋の真ん中で座禅を組む。

 目を閉じ、一人瞑想の世界に入る。

 

 瞼を閉じるとある光景が浮かび上がる。数分経つと俊夫の体のある部分に気が集中する。

 重く垂れ下がっていた俊夫のその部分は力強く鼓動を打ちながら、天を突くように熱り勃った。

 俊夫は目を閉じ、瞼に映る光景を捉えつつ、自らの男根を扱きはじめる。まるで腫れ物に触るかのように、まずはそっと、静かに。

 ツーっと透明な液体が鈴口から滴り落ちる。

 

「今だ。」

 

 俊夫はそのタイミングで、ありったけの力で自らの男根を扱き始める。

 やがて稲妻のような感覚が脳天を突く。

 あの人に捧げるべく、男の精が放出される準備が整った。

 

 俊夫は左手で頭上の褌を取るとはらりと広げ、露を滴らせた自らの男根を覆う。

 肉棒の輪郭を覆った褌が、うっとかすかな呻き声とともに放出されるその液体を受け止めた。一滴たりとも、床へは漏らさない。

 褌に留まっている体液は、あの人への捧げ物として、また、翌日の禊の糧とするため、丁寧に舌で拭い取り、自らの体内に戻す。

 “禊屋”を後にすると、使用した褌を洗う。

 それでやっと本日の「行」が完結する。

 早朝の行を終えた俊夫は、仏壇と神棚に祈りを捧げたあと、朝餉の食卓につき、その日一日の活動の元を補給するのであった。

 

 40年前の「その日」は、まるで俊夫のためにあるような雲一つない晴天だった。

 この日は俊夫の15回目の誕生日である。同時に、俊夫の「褌祝」の日であった。

 実に晴々しいその日の来るのを、まだ年端も行かない俊夫は待ち続けていた。

 俺は、大人になる。そして、その証として、褌を締めることを許される。

 褌がいかに俊夫にとって輝きを持って見えていたかは、それは俊夫が小学5年生になったと同時に始めた柔道の師範、松本からの俊夫だけへの教えだった。

 

 松本利夫、25歳。

 俊夫こそ知らぬものの、その男はかつて川中とともにその技を磨き、この土地の山中でその命の散りゆく様を見つめた、あの「利夫」であった。

 柔道5段で、俊夫の住む街で道場を開き、地域の子どもたちを育てる傍ら、中学になった俊夫が通う柔道部の顧問だ。

 俊夫は松本に憧れ、いつかは松本のようになりたい、松本のような男になりたいと思っていた。

 常に道着を身につけ、毛深い胸元を広げている。その強靭な肉体と、その体から滲み出る男の匂いが俊夫は好きだった。

 字は違うが、名前の読み方は同じ“トシオ”。

 それ故、道場では互いに「先生」「山本」と呼び合うが、道場の外ではトシ兄、トシ坊と呼び合っていた。

 

 俊夫は心底、松本の崇拝者であった。

 その松本も同じように褌祝で六尺褌を締めて以来、褌を身につけていると話に聞いた。

 そんな松本に少しでも近づくためにと、六尺褌を自らも身につけられる褌祝のその日を、俊夫は指折り数えて待っていたのであった。

 

 俊夫が15歳の誕生日を迎えたその日は、朝から張り詰めた空気が家を支配していた。

 広間の首座に通された白装束の俊夫、縁側近く縦一列に祖父、父、兄と、一族の中の男子直系のものたちがいる。

 そこに現れたのは産土神を祀る神社の神主と氏子総代、そして30歳となった松本利夫の三人の男だった。

 

 神社としても、古い伝統を頑なに守り続けるこの地域の風習としても、この儀式は欠かせぬものとなっていた。

 このため、この地域では、氏子それぞれの家の褌祝を神社が仕切る役目を担っていた。

 地域の男達がみな参加していた松本の時代とは違い、今では宮司と氏子総代の二人がこの役を務めるのだが、今回は実際に六尺褌を常用し俊夫の柔道の師範でもある松本を、松本本人のたっての願いとして褌祝を司る役として加えたのであった。

 

 父が神主たちに挨拶すると、神主は、

「では只今より、山本俊夫儀の褌祝の儀式を執り行う。」

 と宣言する。

 

 事前にお祓いや打ち合わせを済ませていたため、俊夫はその一言を聞くと白ずくめの着衣をすべて脱ぎ捨てた。

 総代と松本が全裸になった俊夫の手を取り、六尺褌を手慣れた手つきで締めあげさせていく。

 

「おめでとうございます。」

 

 六尺一丁の俊夫の出来上がりで、厳粛なうちに儀式は終わった。

 外部から見た場合、褌祝の儀式そのものは、対象となった少年が先達の指導を受け生まれて初めての六尺を締め上げる、ただそれだけの簡素なものだ。

 引き続き酒宴となるが、神主らは酒宴が行われる座敷に残り、松本と俊夫、二人の「トシオ」は別室に移動する。

 

 その別室での二人の行い。それこそが本来の「褌祝」の本質とも言える儀式なのであった。

 そこでは、年長の松本から俊夫が六尺褌の締めかたを徹底的に教え込まれると共に、大人の男として、性行為の意味や性技を丁寧にかつ具体的に教授されるのである。

 

 俊夫は褌を松本の手で締めてもらえることを、松本も可愛い弟子に、本来なら総代が務める役割を自分がさせてもらえることを、喜びと感じていた。

 厳粛な空気がその場を満たしていた。

 

 まずは陰茎や睾丸などの男性器についての話しを松本が行う。

 思春期を過ぎ、成人していく中でそれらはどのように変貌し、どのような機能をもつのか。

 子孫繁栄のための男と女の性行為、生殖のための行為はどう言うことをするのか。

 加えて、性欲をコントロールするとも言える自慰行為とはどう言うもので、どんなことをするのかなど、その内容は多岐に亘った。

 

 自慰行為の実技では、すでにその行為を我が物としていた松本自身のときとは違い、まだ精通を迎えていない俊夫に対し、松本が自らの男根を扱き上げ、実際に射精までしてみせる。

 男女の性行為の説明では、あくまでも女性の膣の代用として、未精通ではあれども勃起による挿入能力は十分に獲得していた俊夫に対し、松本が自身の菊門をも使わせるという、実に具体的なものだった。

 

 俊夫はその一連の講義のすべてを脳裏に焼き付けた。

 また、この日を契機に、松本は俊夫に母が与えたすべての下着を処分し、松本や親戚一同から贈られた六尺褌を着用することを、この地域に生まれた男子の守らねばならない風習であると、強く説いたのであった。

 

 俊夫の褌祝を寿ぐ酒宴は、当初、主役の俊夫と松本を除き、近親者や近所の人たちが出入りし、夜遅くまで続いた。

 松本は二人きりの講義が終わるとその酒宴に加わり自宅へと戻ったが、祝いの主体である当の俊夫は酒を飲むほどの年でもなく、儀式の緊張も手伝ってか、宴席のご馳走に満腹になると、囲炉裏端で寝落ちしてしまっていたのだ。

 

 儀式の大役を果たした俊夫は、おそらく親戚の男達の手によって自室の布団へと運ばれていたのだろう。

 褌祝いの祝宴の翌日早朝、まだ深夜遅くとも言える時間だったか。

 俊夫は自らの下半身に異様な感覚を覚え、見慣れた部屋の中で目覚めることになった。

 

 それはまさに晴天の霹靂だった。

 俊夫は、まだ成熟しきっていないはずの自身の男根が熱り勃ち、しかも何か得体の知れない快感とともに、男根から何かが放出されている感覚の最中に目が覚めたのだ。

 

 夢精だった。

 しかもそれは俊夫にとっての初めての射精、「精通」と特別に呼ばれるものだったのだ。

 

 昼間に行われた褌祝での松本の講義の中でも、いつか俊夫が大人になるきっかけである精通が、突然意図せずに訪れることがあるとは聞かされていたが、まさにそれがその講義を受けた数時間後に己の身に起こることになるとは……。

 

 驚きはそれだけではなかった。

 いや、それ以上のものだった。

 初めての射精=夢精の際、俊夫が見ていた夢の内容。夢精の原因はまさにその時に見ていたこの夢のせいだった。

 

「先生……。」

 

 俊夫が見た夢は、俊夫の目を射抜くかのように剛毛に覆われた巨体を晒し、自慰行為に耽っている松本の姿であった。

 褌祝の儀式中、松本が見せた自慰行為。

 夢の中の俊夫はその姿を見ながら、同じように自らの男根を扱いていたのだ。夢の中の松本と俊夫が同時に絶頂を迎えたその時、俊夫は目覚めたのであった。

 

「俺はなぜ夢精をしたとき、先生の、しかもあんな姿を夢見たのだろうか。」

 俊夫は自らが見た夢を不思議に感じた。だが、一方では、夢の中で松本を独り占めできたことが嬉しかった。

 俊夫は自らの精液で汚れた褌と股間を洗い、新しい褌をもう手慣れた手つきで身につけると、もう一度松本に会いたい、松本を独り占めしたい、そう思いながら眠りに落ちた。

 

 朝を迎え、俊夫が次に目を覚ました頃には既に日も高く昇っていた。

 俊夫は母に握り飯を二つ作ってもらうと、

「山にいってきます。」

 と伝え、小走りで山に向かった。

 

 俊夫が向かったのは道場の鍛錬でもよく登る山だ。

 一人での登山を思いついたのは、褌祝で周囲から大人の男へと認められたこと、さらに一人であの山を登ることを、俊夫自身がその証と考えたからだ。

 出発が遅かったが、その遅れを取り戻すため俊夫はいつもにないハイペースで歩き続けた。

 その道は、かつて松本と川中が登山した、まさにそのルートであった。

 

 六尺褌を締めてこのコースを歩くのは初めてだったが、褌の横褌は下腹部の丹田を刺激し、股間は程よく固定され、尻に食い込む縦褌は思った以上に違和感がなく、どこまででも歩みを進められるのではないかと思った。

 二時間ほど歩みを進めた頃、いつも休憩をとる避難小屋が見えてきた。

 

 近づくと、中に人の気配を感じた。

 俊夫がそっと中を覗くと、そこには男の裸体があった。

 その毛深く、筋骨隆々な裸体は、仁王立ちになり自らの男根を扱いていた。男根の先からは透明な液体が滲み、その液体を毛深い手が拭う。

 さらに男は男根を扱く。

 その姿は窓からの午前の陽の光を浴びて神々しく光り輝き、男根を扱くダイナミックな動きは俊夫の脳天を鋭く射抜いた。

 俊夫は経験したことのない快感を覚えていた。

 やがてその男が紛れもなく、松本であることを悟った。

 

「ウッ。」

 

 その声とともに、松本の男根から、まるで天井にもとどくほどの勢いで精液が吹き出した。

 松本は一度、二度、三度と噴出される精液を、用意してあったと思しき容器にうまく受け止める。

 噴出がようやく収まると、手は動きを止め、辺りに静けさが戻った。

 知らず知らずに物陰で自らの男根をしごいていた俊夫も、生まれて2度目の噴出となる己の精液をあたりに撒き散らしていた。

 松本は自らの精液を容器に収めると、その余韻を味わうこともなく六尺褌を締め、衣服を身につけ、その場に一礼し、小屋を出た。

 

 正夢だった。

 昨夜遅くに夢精した時に見たあの夢が、いま目の前で再現されたのである。

 

 それと同時に、俊夫は同性である松本に性的興奮を覚えた自分を訝った。

 その時の俊夫には、男は女を、女は男を愛し、愛し合った男女が性交し、子供が授かるということが「普通」のことだと考えていた。

 男女がお互いを愛する証と、その証左が子どもとして結実するものだと、昨日の松本の講義で教わったこともあり、目前に繰り広げられた松本の行為に自らが興奮したことが不思議で仕方なかったのだ。

 

 我が身の「肉体」と「精神」の相反。

 その相容れない状況を理解するには、まだまだ人生経験と知識があまりにも少ない俊夫だった。

 

「どうして……。」

 どこをどう歩いてきたかは記憶にないが、とにかく我が家にたどり着いた俊夫は、途方に暮れ、しばらくは自室で呆然としていた。

 誰かにこの思いを告白したかった。今、自らの中に起きているこのモヤモヤからどう抜け出すかを教えて欲しかった。

 誰に、誰にいえばいいのか。両親や兄にはこんなことを話せない。

 どうしたらいいんだ。

 思い立った俊夫は、松本自身に聞くしかないと思い、道場を訪ねることにした。

 運良く、松本はいつもの道場にいた。

 

「先生……。」

「なんだ、どうした、俊夫。今日は稽古の日じゃないぞ。」

「わかっています。ただ、ただ、どうしても先生に会いたくて……。」

 それだけ言うと、俊夫は松本に駆け寄り、その毛深い胸に顔を埋め泣き崩れた。

 

 いつもの師範の匂いがする。あったかい。このまま松本に抱かれたままでいたい。

 そう思った俊夫だったが、一息泣いたあと、さっき見たあの光景と、自分の思いを吐露し始めた。

 俊夫の吐露を聞いた松本は、少し間を置くと、いつもになく優しい声色で答えた。

 

「そうか……。まさか見られていたとは思いもしなかった。見せてはならぬものを見せてしまったようだ。申し訳ない。

 だが、見られてしまったことは消すことはできない。俊夫、見たことは誰にも言わないでほしい。それでも、俺はそれが俊夫でよかったと思う。見られたのが他の誰でもない、俊夫だったんだからな。俺は嬉しいよ。」

 

 そういうと、今度は俊夫をぎゅっと抱きしめた。そして、こう続けた。

「いいか、俊夫。もう一度言う。

 さっき見たことは俺とお前だけの秘密だ。絶対誰にも言うな。

 まだお前にはわからないだろうが、ある時期を過ぎると、男は女を、女は男を好きになる。そして、お互いがもっと仲良くなりたいと思うと、男は女を自分のものにしたくなる。

 女は男にすべてを捧げる。そして体のある部分を合わせ、子供を授かる。

 どんなことをするかは、昨日、褌祝で教えた事だ。ただ、みんな同じことをするとは言い切れない。

 男だが男のことしか好きになれない、女でも女しか好きになれない人もいるんだ。

 俺は、男しか愛せない男だ。それがどう言うことかは、今の俊夫には分からないかもしれないな。

 俺もお前の年頃の時は自分がそうだと言うことに悩んだ。ただ、自分は変えられない。だから俺は俺でいく。

 わかってくれとは言わないが、俺がそんな男だと言うことだけは、お前に言っておきたい。」

 

 若い俊夫には、松本の言う内容のすべてを理解することは難しかった。尊敬する「とし兄」の言うことを、鵜呑みにするしかなかった。

 だが、松本の夢で夢精し、松本の行為に興奮したのは自分にとって間違いのない事実なのだ。

 俊夫自身も松本と同じなのかもしれない。でも、それでもいいんだ。俊夫は、松本のようになりたかった。それほどまでに松本を崇拝していた。

 松本と自分が同じなら、かえって嬉しいことだと思った。

 もう一度、師範の胸に飛び込んだ。

 

「師範、大好きです。師範も俺を好きだよね。男と男だけど。俺は俺だけが師範の秘密を知っている。師範だって俺の秘密を知っている。」

「俊夫。ありがとう。これからは俊夫のことをもっと大事にするよ。時には俺に甘えていい。俺がお前を愛してあげるよ。その代わり、稽古は厳しくするから覚悟しておくんだ。」

 というと、松本はより強く俊夫を抱きしめた。

 その抱擁はいつまでもいつまでも、長く続いていた。