男性専科クリニック Part 2.5

その2

 

02 インテーク(予診)

 

「山崎さん、お待ちしてました。検尿のコップ出しておきますので、こちらに尿を取ってもらって、出しておいてください。トイレの後に、血圧だけ測らせてもらいますね」

「田畑君、今日もよろしくお願いします。来る前にトイレ行っちゃったので、小便、出るかな……。あ、これ、2週間分の記録です」

「あ、すごい、きちんと書かれてますね。検尿は少しでも大丈夫ですよ。取れたら小窓に出しといてもらうといいですので」

「はい、じゃ、ちょっとトイレ行ってきます」

 

 もう何度目になるやり取りだろう。

 受付で紙コップをくれたのは田畑看護師。鍛えた身体に乗ったむっちりとした脂が肉感的な青年だ。

 

 私がインポテンスの治療に通うここ「野村クリニック」では、水曜日と金曜日の午後は特別診療の時間として、原則的には一組だけの予約しか入れないシステムになっている。

 ゴルフ仲間の西田から紹介してもらったこともあるのか、私の一ヶ月ごとの通常通院は、この特別診療の対象ということでゆっくりとした時間を取ってもらっている。

 先日のグループセラピーも同じ枠で、4時間以上もみっちりと濃厚な時間を過ごさせてもらったのだ。

 

 小便器の前に立ち、ズボンのジッパーを下げる。

 場所が場所だということもあり社会の窓から引き出した自分の逸物に、どうしても目が行くのは仕方ないだろう。

 弛緩時には亀頭の鰓を少し覆うぐらいに包皮が被っていることも多いのだが、このときにはすでに、亀頭と竿の段差がはっきり分かる状態になっていた。田畑君と顔を合わせ、さらには野村医師に会えるという期待が、とどまりがちな血流を増加させてくれるのだろうか。

 細かな縦皺の入ったくすんだ色の亀頭を見下ろしながら、そんなことを考えていた。

 

 出始めを少し見送り、いったんだらりと垂れた肉竿を指で押さえ、尿の流れを止める。

 紙コップを構え竿を押さえていた指を緩めると、堰き止められていた圧量からか勢いよく放たれた水流がコップの底の同心円を捉えた。

 水分は取っていたつもりだったが、思っていたより色味が強い。

 紙コップを通して指先に伝わる温度が、確かに自分の身体から放出されたものだという実感を伝えてきていた。

 洗面台の後ろ、磨りガラスの小窓を開け紙コップを置くと「ありがとうございます」という田畑君の声が聞こえた。

 

「上が126で、下が79ですね。いい感じだと思いますよ」

 しゅーっと音を立て、カフから空気が抜ける。

 ちんちくりんで出っ張りの体型の割には、血圧や血糖に異常が無いのはありがたいことだった。

 

「糖も出てないようですね。では、診療室にどうぞ」

 こちらに声をかけると同時に、田畑君も診療室に移動したようだ。

 

「ああ、こんにちは。二週間ぶりですね、山崎さん」

 白衣の腹部がこんもりと盛り上がった恰幅のいい野村医師が、にこやかな笑顔で迎えてくれる。丸眼鏡の奥の目に医師と患者の間にある受容の他に、わずかな色情の色を見て取れると思うのは、私がうがち過ぎなのかもしれない。

 

 割れた胸元と袖から覗く腕に鬱蒼と茂った体毛が、色白の肌に生え、濃厚な雄のエッセンスを醸し出していることに気付いたのは最初の診療のときだったろうか。

 それまで同性に対して性的な欲望などついぞ感じ無かった私が、自らの逸物をいじられ、興奮しきった医師と看護師二人の勃起した肉棒を間近にしたとき、何か私の中のスイッチが切り替わってしまった。

 

「血圧も尿糖も変わらず大丈夫のようですね。山崎さんの方は何か前回から変わったこと、不安だったことなどありませんか?」

 田畑君が先ほどのデータを入れていたのだろう、モニターに映し出された電子カルテを見ながら数値をチェックする野村医師の横顔に見惚れてしまいそうになる。

 

「では、二週間の状況を確認しますね……。射精は2回、いずれも自慰行為で、と……。射精したときのおかずはなんでしたか? ああ、もちろん答えたくなかったらそれでかまいません」

 これまでの診察からしても、たぶん尋ねられるだろうな、とは思っていたことだった。

 

「その、この前の西田と一緒のときの……。先生方に顔の両側から精液かけられて、目の前では西田が射精してて、自分のペニスを西田が足裏でゴロゴロ転がされて……」

「あれは強烈でしたね。まさか私もあそこまで山崎さんも西田さんも乗ってくれるとは思いませんでしたよ」

「いや、もうなんだかわけが分からないうちに興奮してしまって、後から考えるとホントに赤面ものですよ」

「私も田畑君も楽しませてもらいましたが、やはりメインは山崎さんと西田さんだっと思いますよ。田畑君もそう思うだろう?」

 

 私の斜め後ろでチェックシートに書き込んでいた田畑君が、野村医師の問いに答える。

「もう、僕もたまんなかったですよ。友人のお二人が互いにチンポしゃぶってくれ、舐めさせてくれって言うんですよ。あれで興奮しなかったら男じゃないです」

 

 田畑君の軽妙な答えに、私も野村医師も声を上げて笑った。

 

「結局、最終射精は10日前ですね。その後、今日までの中で出したい、イきたいって思うことはありませんでしたか?」

「うーん、いじってると気持ちはよくて太くはなるんですが、射精までは……。2回イったときも、なんだかいきなりって感じでイってしまって、何が違うかは分からないんですよね」

 

 正直な気持ちだった。

 射精出来たときは強烈な思い出に浸っていはしたのだが、それはこの間のせんずりのときも同じだったはずだ。2回の射精のときは、時間もかからず気持ちより先に身体が反応したような感覚を覚えていた。

 そのことを野村医師と田畑君に伝える。

 

「そうですね、身体の反応が先になったと……」

「はい、この前のセラピーや前の治療のときみたいな、射精する直前の『ああ、イく、イくっ』ていうのが無くって、突然出ちゃった、って感じでした」

「射精したとき、満足感というか、達成感や充足感、それに伴う快感はありましたか?」

「先生達と一緒のときの射精にはそれがあるんですが、自分一人のときでは……。もちろん、『出た!』って感じではあるんですが、全身感じるような快感というわけでは無かったかと思います」

 

 野村医師が電子カルテにカタカタと私の話を打ち込んでいく。

「……、もしかするとこれまでの治療で私達によって『気持ちよくさせてもらえる』という刷り込みの方が強くなってる状態かもですね……。これまでは快感を感じることを恥じることのないこと、喜ぶべきこと、楽しむべきことである、という動機付けを中心に治療方針を立てていましたが、もう少し、山崎さん御自身の自信をつける方向を考えていってみましょうかね……」

「自信、と言われると確かにまだ無いかもです。ただ、治療の前のような全然動かないって感じでは無くなってきてますので、それは自分でもすごい変化だと思ってます」

「その感覚はとてもいいことですね。分かりました。今日はお一人のときには初めてになりますが、前回のセラピーのときのようなセッションをやろうと計画してました。では、施療室で待っていてもらえますか。田畑君と少し打合せをしてから私達もそっちに行きますので」

 

 田畑君が開けてくれたドアをくぐり、リハビリ室を兼ねた施療室へと入る。

 最初のうちは「陰圧式陰茎勃起補助具」という空気圧を利用した機械を使った、診療室と処置室での治療だった。

 前回のグループセラピーで初めて使ったこの部屋は、クリニックの中でも一番広いところだろう。10畳いや、12畳ほどはあるかと思う。

 入って左手の壁と天井が鏡張りとなり、施術やリハビリを行う自分の肉体を観察出来るようになっている。奥の壁に沿ってベンチが据えられ、壁にはろくぼくの様な横木が渡されている。

 部屋の半分ほどは横になっての運動などが可能なようにか、しっかりとしたマットが用意され、今日のセッションのためにかすでにシーツが敷かれていた。

 部屋の隅にはこれまで処置室で使っていたお馴染みの勃起補助器が用意されていた。

 椅子も幾つか用意してあったのだが、目の前に机が無い椅子に腰を下ろすのもなんとなく気が引け、そのまま立って医師達をしばらく待っていると、コンコンとノックの音がした。

 

「お待たせしました。田畑君と今日の内容の変更分をちょっと打合せしてたので、申し訳ありません」

 白衣から普段着に着替えた二人がドアから現れる。

 普通の通院としては初めてのセッションが、これから始まるのだ。