薬売りの男達

その2

 

初夜

 

 お前は何もしなくていいと言われ、風呂上がりの火照った身体を布団に横たえる。あらかじめ先代と先輩の若衆は打ち合せをしていたのだろう。その夜の二人の振る舞いは、自分達の欲望の発散は二の次にして、私に男同士の行為の快感を覚えこませることだけが目的らしかった。
 雄造さんと久志さんは、女どころかまだ他人との肌の触れあいすら知らなかった私の肉体を、二人がかりで撫で、さすり、しゃぶりあげ、存分に弄んだのだった。

 

 先代が私の背中を自慢の体毛で刺激してくるかと思えば、久志さんは私の魔羅をざらついた舌で舐めあげる。後ろから回された指が私の胸板をまさぐり、乳首をちりちりと揉みあげると、身体がはね上がるような快感が全身をかけめぐる。
 横たわっていた私が引き起こされる。柱の前に立たされると両手を頭の後ろで組まされ、全身が二人の眼前に晒されてしまう。先代はどっかりと腰を下ろし私の真ん前に胡座をかく。両手で目の前の私のふぐりを揉み上げ、じゅるじゅると卑猥な音を立てて唾液を私の魔羅にまぶすようにしゃぶり始めた。
 生まれて初めて他人にしゃぶられる。そのあっという間に昇り詰めそうになる快感に思わずのけぞりそうになった私を、後ろに回った久志さんががっしりと受け止めた。久志さんの膂力に溢れた肉体が私の背中に寄り添うようにぴったりと押し付けられ、かすかに縦横にと揺すられる。尻肉のあわいに挟まれた久志さんの太魔羅がごろごろと転がり、その動きがそのまま先代の口腔でねぶられる私の逸物をも刺激することになる。
 尻肉の震えで絶頂が近いことを悟られてしまうのか、イきそうになる寸前に二人の全身をまさぐる動きがぴたりと止められてしまう。その度につま先立ちになってとろとろと先走りだけを漏らすことになる私の逸物が、びくびくと上下に頭を振りたてた。息が納まったことを確認すると、再び気の狂うような愛撫が何度も繰り返される。
 胸に回された久志さんのふっくらとした手のひらがこりこりと乳首を転がしたかと思うと、すっと下腹へと流れる。軽く爪立てられた指先が先代の唾液で濡れそぼった私の下腹部の茂みを梳くように掻きあげた。わき腹をさわさわとまさぐられながら脇下をねろりと久志さんに舐め上げられると、私の立ったままの膝が小刻みに震えた。

 

 とりわけ強烈だったのは、亀頭を嬲られたときだった。
 全身を二人に押えつけられ、再び布団へと横たえられる。萎えることを知らない私の魔羅の根元が先代の太い指でしっかりと固定される。
 久志さんは、亀頭の先端だけを手のひらと指だけでくちゅくちゅと、まるで牛の父搾りのように絞り上げてきた。己の先走りと唾液をずるずるとまぶされた先端が、ざらついた手のひらでこねくりまわされる。先代は左手で私の魔羅を小刻みに動かしながら、唾液をまぶした右手のひらでざらりざらりと皺だらけのふぐりを撫で回す。
 風呂場で先代にさんざんいじりぬかれた魔羅は普段より敏感に反応した。肉竿を扱きあげることはせず亀頭だけを責めるそのやり方は、恐ろしいほどの快感を呼ぶのだが射精へと昂ぶらせるものではない。乾いた手のひらで擦られていれば痛みさえ感じるはずの部分が、唾液と先走りのぬらつきでぬちゃぬちゃと卑猥な音を響かせながら快感の坩堝へと転化する。石鹸のぬめりのもとで行われた風呂場での行為は、ゆっくりと快感のみを全身に広がらせるものだったが、ここでの責めは私に悲鳴を上げさせるほどの、すさまじすぎる刺激だった。

 

 そのときの私はおそらく吼えるような大声を出していたのだと思う。
 二人が交互に送り込む下半身への刺激と、乳首、脇腹、太腿と肉体のあらゆる敏感な部分を舐め、擦りあげられるそのすさまじいまでの快感に、私は大声をあげながら肉体をがくがくと痙攣させる。それはまさに、生殺し、と呼ぶのにふさわしい、若い肉体に地獄と極楽を交互に味合わせる責めだったのだ。

 

「あ、あ、ゆ、雄造さん、久志さん、イくっ、イくっ、イキますっ」
 責めてはじらし、じらしては責めあげる二人の男嬲りは、三時間にも渡って私を翻弄した。若かった私の肉体はその責めにとうとう悲鳴をあげてしまい、溜まりに溜まった雄汁を最後に噴き上げたときには、ほとんど気を失うほどの快感を味わったのだった。

 

 十代の肉体が初めて知る他人との交情は、同性である二匹の雄の熟れた肉体とのものだった。その記憶は恐ろしいほどの快感のそれと同時に、私の身体と心の奥底へと埋めこまれてしまったのだ。
 それ以来、三十年近く、男同士の関係は続いてきた。半月もしないうちに私の後ろも二人によって開発され、三人で攻守所を入れ替えながら毎晩のように男同士の快楽に浸ってきたのだった。

 

代替わり

 

 薬売りにとって、得意先を記した「掛場帳」はまさに生活の糧であり、命の次に大事なものだ。今でも後を継ぐものがいない帳主の引退などで、掛場帳が売り買いされるときには一財産が動くのだ。
 先代の雄造さんは親から継いだ三二〇〇軒ほどと、新掛さんと呼ぶ、自分の代の新しい得意先を三〇〇軒ほどを記した掛場帳を持っていた。引退を考え始めたとき、最初は掛場帳を同業者に売り、新しい帳主の下で私が働けるようにとも思っていてくれたらしい。
 普通、掛場帳は親から子へと渡って行く。しかし最近では親の後を継ぐ者も少なくなり、先代も都会で安定した職に付いている息子さんを呼び戻すのもどうしたものかと、かなり悩んだようだった。
 また、このような代替りの際は、若衆が掛場のいくらかを分けてもらい、新しい帳主として独立することもよくある話だった。実際、私にも先代から掛場分けの話しもあったのだが、今更この年で掛場の管理も大変かと思い、辞退したのである。

 

 私の進退については、先代の息子さんである雄司さんに掛場を継いでもらえれば、これからも若衆として使ってもらいたいというようなことを告げた。先代は私がそこまで言ってくれるのならと、雄司さんへの代譲りを決心したらしかった。
 先代が改めて連絡をし私の決心も伝えると、雄司さんの方も二つ返事で家業を継ぐ決心をしてくれたとのことだった。一人の方が気楽でいいと、三十を過ぎても独身でいた雄司さんの身の軽さも原因であったのかもしれなかったが。

 

 いよいよ明日から、雄司さんが新しい帳主として働き始めるという晩、私と先代は爛れたような交わりを夜が更けるまで繰り返した。

 

 久志さんが身体を壊し売薬から事務方に回った十年程前から、先代は受けに回ることが多くなっていた。
 お互いの魔羅を舐め、咥え、しゃぶりあう。永年の嬲りで小豆ほどにも膨らんだ乳首を、こりこりと揉みあげる。その度に上げるお互いの呻きは更に興奮を誘う。
 巧みな尺八に一度精を放った私は、まだ後垂れの残る自分の魔羅を先代の厚い尻肉に擦り付けた。私の意図を察した先代が、毛深い尻を高々と持ち上げる。還暦の年を迎えても張りを失わないでっぷりとした先代の尻に、私が先走りと唾液でぬるぬるになった息子を差し入れる。使い込まれた肉壁が私の魔羅を締め上げてくる。私はぬちゅぬちゅと音をたてながら、激しい抽送を繰り返した。枕に押えつけられた先代の頭の下から、押し殺してはいるが、以前と変わらない男らしい喘ぎ声が響いた。
 幾度も体位を変えながら先代の尻を攻めるうちに限界に近付いた私が、先代の紫に膨れ上がった魔羅を力一杯扱きあげる。私の魔羅をその尻に咥えこんだまま、先代は最後の瞬間を迎えた。若いときに鍛えた精力に溢れた肉体がそうさせるのか、還暦を過ぎた男のものとは思えない熱い雄汁が、私の手のひらにどくりどくりと大量に打ち出される。
 その度に締め上げられる私の魔羅は、先代の尻肉の奥深くに、その日二度目の精を思いきり注ぎ込むのであった。

 

 ぐったりと先代の毛深い背中に覆いかぶさり、私は荒い息を整えた。
 売薬の経験は初めての雄司さんと行商に出れば、おそらくしばらくは帰れまい。そんな私の思いが通じたのか、布団に押しつけた顔の向こうから「息子を頼む、息子を頼む」と何度も繰り返す先代の声が小さく聞こえたのだった。

 

雄司さん

 

 後を継ぐことになる雄司さんは、先代の一人息子で今年三十九才になる。去年から、先代は雄司さんの休みである土日を使って、掛場の中でも特に贔屓にしてもらっているお得意さん回りを行なってきた。
 この春からは雄司さんが晴れて帳主として私の雇主となる。この年にもなって若衆と呼ばれるのも変なものだが、この世界のしきたりとして受け継がれ、誰も異を唱えるものもいない。

 

 久しぶりに会う雄司さんは、顔立ちや身体付きなど、若かりし頃の先代と瓜二つであった。私が始めて先代の家にお邪魔したときには小学生だった雄司さんも、今では突き出た腹の目立ち始めた、中年の域に差しかかろうとしていた。
 盆や正月にはもちろん実家に顔を出していたのだろうが、私自身も帰省などですれ違いが多く、なかなか会う機会がなかった。ここ数年は新年の挨拶などを、電話でやり取りするだけのつき合いだったのだ。
 背は百六十五センチの私より少し高いくらいか、目方の方は私とどっこいどっこいで九十キロぐらいはありそうだった。中学、高校と柔道部の主将をつとめた肉体は、三十九才という働き盛りの年齢にふさわしく、どっしりとした体躯に脂が乗り、全身に精気が漲るような成熟した男の魅力を漂わせている。笑うと無くなるような目をした先代にそっくりの柔和な顔立ちが壮年の男らしさを彩っていた。

 

 そんな雄司さんは、私の顔を見るとぱっと顔をほころばせ、大仰に抱き抱えるようにして久しぶりの再会を喜んでくれたのだった。

 

 売薬の男に取っては年中行事のアパートへの引越しも、雄司さんには始めてのことだ。結局、初日は部屋の整理や明日からの訪問の計画などで一日がつぶれてしまう。夕飯はコンビニで買ってきた惣菜で済ませ、一風呂浴びてビールの栓を抜いた。

 

 風呂上がりにバスタオルを腰に巻き付けたままの雄司さんが、私の左にどっしりと腰を降ろした。海にでも行ったのかよく焼けた肌に剛毛を茂らせた肉体。年代こそ違え、体格体毛ともに先代譲りのその裸体に私は不埒な想像をめぐらせてしまい、のぼせたわけでもない顔を赤く火照らせてしまう。
 このまま二人で酒を飲むだけだと分かってはいても、先代にそっくりの雄司さんを目の前にして、自分の下半身が理性を保ったままでいられるか不安だった。それでもどこか卑しい期待があったのか、普段なら浴衣を羽織るところを私の方も越中一つで腰をおろす。
 まずは、初日も無事に済みお疲れ様でした、とコップの縁をチンと鳴らした。

 

 お互いの近況やこれからのことなどを話しているうちに緊張も緩み、引越しの疲れも出たのだろう。雄司さんが少し酔った口調で話し始めたのだ。

 

「ところで伸さん、親父も含めて売薬は男だけの商いじゃないですか。その、こっちの処理とかはどうしてたんですか。伸さんもまだまだ男盛りだし、売薬はソープとかも行ったらいけないんでしょう」
 どきりとするような話題だった。雄司さんにもその気があるのか無いのか、股間に目を落とせば、バスタオルの中心がもっこりと盛り上がっている。それを目にした瞬間に、私の逸物もぐいぐいと頭を持ち上げてしまう。タオルよりもはっきりと勃起を晒してしまう越中の盛り上がりは中壮年の男同士で隠すのもおかしかろうと、わざと見せつけるように後ろに手を付き、身体をそらして腰を突き出した。互いの興奮が伝わりながらも、今ならまだ、酒の上での話で済ませられるかもしれなかった。
 ひょっとしてという思いはあったが、まさか帳主の雄司さんにこちらから手を出すわけにもいかない。もし、勘違いでもあったらこれからの二人での商いに支障をきたすと思い、男はせんずりとかあるからねえと、笑いながらはぐらかした。

 

「伸さんも、こんなになってるじゃないですか」
 一瞬、むっとしたような表情をした雄司さんは、越中の前垂れの上から私の魔羅をずいと握り締めてきたのだ。少しばかり酒も回っていた私が四十歳近い逞しい男の勢いを支えきれずに体制を崩すと、雄司さんは私を身体ごと私を押し倒し、またがるように抱きすくめてしまったのだ。
「ゆ、雄司さん・・・」
 押し倒され横たわったまま驚いた声を出した私の目を、雄司さんはまっすぐに見つめている。私の魔羅を握ったままの手を扱き上げるように動かしながら、腹を立てた子どもがすねるような口調で私を詰問したのだ。

 

「伸さんは親父ともこんなことをしとったがでしょう。僕は知ってたんですよ」

 

 肉感的な裸体を目の前にして、かろうじて緊張を保っていた私の理性は、その一言でふっ飛んでしまった。

 

 先代と私の肉の交わりを知りつつ、雄司さんも私を求めてくれている。
 親子二代に渡って情交を持ってしまうことへの罪悪感と、年上の自分がしっかりせねば雄司さんに恥をかかせてしまうという自負心。その二つがせめぎあった一瞬の後に、私の両手は雄司さんの逞しい肉体をかき抱き、その小さな唇に自分の口を押し付けていた。
 私に受け入れられたことが分かったのか、私の肩に回した雄司さんの腕の力がふっと緩んだ。私の目をじっと見つめる雄司さんと私の間に、お互いの思いを理解し会える仲間に出会ったときの、安堵感に満ちた沈黙が広がった。

 

 しばらくの静寂の後、雄司さんが私の肩に顔を埋めてきた。
 小さいときから私のことを、伸さん、伸さんと呼んで慕ってくれた雄司さんが、その髭剃り後の残る頬を私の首筋に押し当ててくる。そのざらざらとした感触を味わう間もなく、雄司さんが私に抱きついたまま、囁くように話し始めたのだ。

 

「一人っ子だったせいか、伸さんに始めて会ったときから、僕にもこんな兄さんがいればいいなってずっと思ってたんです。親父と伸さんや前の若衆さんが、そういう関係だったていうのは昔から知ってました。伸さんはびっくりするかも知れないけど、売薬の家に育てば自然と分かるもんなんですよ」
「僕自身は若いときから男にしか興味がなかったんです。親父は結婚もしてたし、根っからの男好きとは違ってたかも知れないけど、僕はそんな親父に嫉妬しとったのかも知れない。何より親父に抱かれて、チンポをしゃぶられている伸さんを想像すると、いてもたってもいられなくて。せんずりするときにはいつも伸さんの裸を思い浮かべて必死に擦ってたんですよ。もっとも親父の方にはちっとも気が向かなかったのは、やっぱり血がつながってたせいですかね」
「親父から後を継がないかって話しがあったときも、僕の方から伸さんはどうなるんだって聞き返したんです。親父から、伸さんが僕の下で若衆でいてくれると聞いたときに、永年の思いがやっとかなうと思って、引き受ける返事をしたんです」
 話を終え、肩に埋まった雄司さんの顔をそっと引き離し、両手でその頬を挟むようにじっと見つめる。雄司さんの目にうっすらと浮かんだ涙が、思いの深さを語ってくれていた。

 

 七つ違いの二人は、確かに少し年の離れた兄弟と言っても無理のない年齢だった。四十六才と三十九才の腹の突き出た中年同士が裸に近い格好で抱き合い見つめあっている姿は、とても他人様に見せられたものではなかったろう。それでも私にとっては、これからの自分の一生を捧げることになんのためらいもない、男同士の繋がりが感じられる抱擁であったのだ。