男性専科クリニック Part 4

その3

 

その3 宿の風呂場

 

「田畑君、運転お疲れ様でした」

「何度か来てる宿なんですけどゴルフ場からのルートは初めてだったので、途中でちょっと迷ってしまい申し訳なかったですね」

 

 運転手を務めた田畑の言葉は、もっともなものだったろう。

 昼食を終え向かった温泉宿は、ゴルフ場からはさらに1時間半ほどのドライブだった。

 

 山の中腹にある宿は野村医師の気に入りらしく、そう大きなところではないが、アルカリ性のとろりとした泉質も評判な温泉宿だ。田畑君の話しだと、2人で何度か利用しているらしい。

 中でも各部屋の内風呂の趣を懲らした拵えと、自然の造形と借景を生かした露天風呂は利用客の一番の楽しみとのことだった。

 

「おお、さすがに先生のお薦めだけあって、いい部屋ですね」

「部屋も広いけど、内風呂も広いな」

「ここは一日に6組しか取らないらしいからな。チェックインのときに尋ねたら、本日は男性客が私達を入れて2組、女性客が4組らしい」

「確かに女の人にも受けるでしょうね。部屋風呂がこれだけ充実してるのも、分かるなあ」

 

 山崎達が案内された部屋には、15畳と12畳、広い二間続きの横と先は室内の廊下的な扱いになっており、ベランダ手前から半露天に続くスペースも、8畳ほどの洋間としても使えるようになっている。

 都合40畳近い空間は、団体旅行向けとも言えるほどの広さであるが、基本は1グループ6名までしか受け付けない宿の方針とも相まって、実に贅沢な空間となっていた。

 内風呂には、半露天風呂として香りも豊かな檜風呂が設えてある。

 男でも6人ぐらいはゆったりと入れるその風呂は、中小の宿であればそれだけで中浴場として使えるほどのものだ。

 

「先生、みなさん。僕、ちょっと横になっていいですか? 初めてのゴルフと運転とで、ちょっと疲れてしまって……」

 

 体力自慢の田畑君も、さすがに早朝からの運転と初体験のラウンドに緊張の糸が切れたのだろう。

 皆の返事を待たず、座布団を枕に若者らしい健康的な寝息を立て始めた。

 

「運転、全部任せちゃったのは悪かったですね」

「運転より、ゴルフの方で疲れたんだろう。若いんだから、夕食まで一眠りすれば、体力も回復するさ」

 

 心配した山崎の言葉に返す野村医師は、共に住んでいるものとしての言葉でもあったろう。

 聞けば、開院以前からの付き合いであり、2人の絆もかなり強いものだということも、やり取りを聞いていると分かるものでもあった。

 

「そいじゃあ、おじさん達は露天風呂にでも繰り出しますか」

 

 西田の一言に、浴衣に着替えた一同がタオルを手に宿自慢の露天風呂に向かう。

 

「先客さんの籠、あれ、褌ですよね?」

「おお、越中褌ですな。しかも前垂れが見えるように、籠から下げてある」

「そりゃ、あれでしょ。後から来る客に見せつけてるとしか」

「高齢の人だったら、褌締めてる人もいるんじゃないですかね」

「全部脱いできてしまったが、私も六尺を締めたままでくればよかったかな」

 

 脱衣所での山崎の言葉に、西田と六尺褌常用の野村医師が答える。

 

「話せそうなら褌談義も面白そうですな」

「まあ、先生の六尺姿ほどエロいものは無いッスけどね」

 

 西田の剽軽な受け答えに、皆が浴衣を脱ぎ、タオルを持って脱衣所から風呂場へ向かう。

 

「内湯も広いですね」

「ゴルフ場で風呂も使ってるから、洗うのはいいかな。先生も山崎も、露天に行ってみましょうよ。先客さん達もきっと外ですよ」

 

 西田の言葉に内湯ではかかり湯だけを済まし、外湯へと向かう3人。

 岩を寄せ、ところどころにゆったりともたれることの出来る設えとなっている広い露天風呂は、その自然石を使った拵えが野趣と洗練のバランスが見事なものだ。

 

 脱衣所の籠の数から見ても案の上、湯気の向こうにがっしりとした肩のシルエットが2つ見える。

 

「失礼しますよ」

 

 先客に声をかけ、野村医師が体毛に覆われた全身をゆっくりと湯に沈める。

 西田と山崎も続き、それぞれが大石を背にゆったりと足を伸ばした。

 アルカリ性の温泉のためか泉質は肌にとろりと心地よく、ぬるめの湯温はいつまでも浸かっていることが出来そうだ。

 

「こちらへはよく来られるんですか?」

 

 2人組への声かけは西田からのものだった。

 

「ここは始めてなんですよ。飲み屋などでもいい評判しか聞かなくて、前から利用したいと思っていてですね」

「本当にいい宿ですよね。部屋の風呂も広くてびっくりしました」

 

 先客の2人は、見れば50代中庸だろうか。山崎達3人に比べれば少し上の先輩といったところになろう。

 

 1人はがっちりとした肉体にこれもゴルフ灼けが似合っている、白髪の交じったごま塩頭の短髪姿。

 もう1人の方は、野村医師や山崎を小柄にしたような、禿頭に精力的な瞳が印象的な典型的な狸親父といったところか。

 

「そちらさん方も、もしかしてゴルフ後のお泊まりですか?」

 

 ごま塩短髪が声をかける。

 西田のゴルフ灼けを見てのものだろう。

 

「はは、そちらもですかね。もう1人若いのがおるんですが、始めてのラウンドに疲れて、部屋で寝ております」

 

 野村医師が透明なお湯に、体毛を揺らしながら答えた。

 

「ワシ達と違い、皆さんまだまだ若そうで、実にうらやましいですわ。街の賑やかなところの方が色気もあるでしょうし、このような静かな温泉宿でのお泊まりとは、また珍しいことですな」

 

 50代後半か、狸親父の質問にどう答えたものかと、山崎が野村医師をうかがう。

 一瞬の医師の微笑みに、ありのままを言ってもよいと判断したのだろう。山崎が言葉をつなぐ。

 

「実は私とこいつが、こちらの先生のところに通ってる患者なんですよ。もう1人、部屋で休んでいる若者はクリニックの看護師さんで、今回は親睦もかねてのゴルフ&温泉ってやつですな」

「へえ、お医者さんと患者さんのグループとは珍しいですな。あまりそちらのお2人もご病気というようには見えないんですが……。いや、失礼なことで気を悪くされたら申し訳ないです」

 

 さすがに山崎も西田も、これにはどう答えていいのか分からなかったようだ。

 2人して野村医師に救いを求める視線を送る。

 

「はは、大丈夫ですよ。私のクリニックは男性機能の回復を目的としておって、まあ、男のシモの元気を担っとるという訳ですな。

 こちらのお2人は、私のところの治療でだいぶ回復してこられてきた患者さんと言うわけです。

 今日は患者さんと治療者という垣根を取っ払って、みなで大いに楽しもうと思っておりましてね」

 

 野村医師がにこにこと、自分達の由来を語る。

 

「ほう、となるともう皆さん、夜はもう、元気元気ビンビンってわけですな。いや、実にうらやましい」

 

 狸親父の言葉は本人の精力的な容貌と相まって、露天風呂のある空間を猥雑な雰囲気へと変えていく。

 

「して、そちらの先生のところではどんな治療をなさってるんで? いやあ、相方の方は元気なんですが、ワシの方が最近ちとご無沙汰でして」

「おいおい、今日会ったばかりの人達に話すことじゃないだろうや」

 

 狸親父の言う「相方」が連れの男性との関係性を示していることに野村医師は気付いたようだが、山崎と西田、特に山崎においては、単なる「連れ」としての認識でしかないだろう。

 ごま塩短髪の壮年があわてて話しを止めようとしたことからも、医師の中には確信が生まれている。

 

「はは、私は医師の野村と申します。

 うちのクリニックでは今流行りの薬を最初から使うよりも、EDの原因が機能性のものか心因性のものかの弁別や、症状回復の目的がなにかを患者さんと共に探りながら、我々医療者も一緒になっての多角的な治療を行っておるつもりですな。

 西田さん、山崎さん、うちの治療を受けての感想などは、いかがですかな?」

 

「野村先生に西田さん、山崎さんですね。こちら紹介遅れて申し訳ないですな。ワシは村岡昭一(むらおかしょういち)と言います」

「私は宮内寛(みやうちひろし)と言います。よろしくお願いします」

 

 狸親父が村岡、短髪壮年が宮内、との自己紹介もそこそこに、話しを振られた西田が山崎に目配せをしながら答え始めた。

 

「はじめまして。俺は西田隆志(にしだたかし)と言います。俺の方はどっちかというとインポで困ってたというより、もっと元気になれないかなと思って、先生のところにお願いしたんですけどね。もう、先生の治療でビンビンですよ。

 友人の方はもう少し切羽詰まっておったとは思いますが、おい、山崎、お前の方はどうだったんだよ?」

「あ、山崎登(やまさきのぼる)です。よろしくお願いします。その、私は真面目に、ここしばらく元気が無くなっていたもので……。先生のところで治療を受け始めて半年と少し経ちましたが、正直、こんなまでに回復するなんて、最初の頃は思ってもみなかったですよ」

 

 野村医師の話を聞き、一定のことは話していいと判断したようだ。

 山崎も西田も、かなりあけすけなところまで踏み込んだ内容をしゃべり出す。

 

「そう言えば、脱衣所で越中褌をされてる方の籠をお見かけしましたが、お2人で間違いなかったですかな?」

 

 野村医師が、さも今思い出したというふうに話しを切り出す。

 

「はは、お恥ずかしい。ワシがもともと愛用しておったのを、相方にも勧めたらはまってしまったようで、今では2人とも常用しとりますわ」

「恥ずかしいなんてとんでもないですよ。男の生理機能に関して、下着の効能というのはかなり影響を与えるのが分かっていて、私も普段は六尺褌を常用しております。お2人の越中褌は、その点、かなりいいものだと思いますよ」

 

 いつぞやの玉井医師も言っていたな。

 山崎が野村医師の話を聞き、一ヶ月前の玉井医師も加わったセッションのことを思い出す。

 あのときの記憶と、目の前2人の今の山崎にとっては欲情をそそる肉体に、下半身が早くも反応を始めてしまう。

 

「褌がインポに効くとは、こりゃ寛にも勧めた甲斐があったもんだな」

「感謝、しないといけないんだろうな。まあ私の方はまだ大丈夫だが、昭一の方が元々常用だったんで、ホントはビンビンじゃないといかんはずだがなあ」

 

 2人も医師の話から下ネタの話題も大丈夫と判断したのか、だんだんと色気のある話しへと向かっていく。

 

「村岡さん、宮内さんは、実際のところ、チンポの元気はどんなもんなんですか? せっかく野村先生もいるんだから『こんなことが気になってる』とかあったら、聞いてみていいんじゃないすかね? ね、先生?」

「はは、無礼講というか、せっかくの裸の付き合いですから、なんでもどうぞ」

 

 西田が声をかけたのは、もっと突っ込んだ話しに持っていきたいがゆえだろう。

 野村医師も西田のトスをうまく受け止めている。

 

「その、先生とこの治療で西田さんも山崎さんも回復した、元気になったってことですが、実際には週のうちどのくらいせんずりとか、皆さんされてるんですかな?

 ワシは恥ずかしながら、相手にしごかれたりしゃぶられたりしてもなかなかデカくすらならんのですわ。自分でしごいてもぼんやり太くなるぐらいで、自分でも情けないですが、相方にも悪くってですな……」

 

 太鼓腹をした村岡は、山崎達がもう分かっているものと思っているのか、先ほど使った「相方」をここでも使用した。

 野村医師がちらりと宮内を見やると素知らぬ顔をしているが、話題には興味津々に見える表情に、さもありなん、というところだろう。

 そこまで分かった上でも、さも「相方」が誰か気が付いてないように、医師が自分の患者2人に話しを促す。

 

「山崎さん、西田さん。お2人の回数ややり方とか、話してあげてください」

 

「じゃ、俺からいくかな。俺はさっきも言ったように、もっと元気になって色々遊べればって思って治療受けたんですが、先生とこで色々やってもらって、もう元気も元気というか、やろうと思えば毎日でもイけそうなんですがね。ただ、先生とこ行くときは一週間射精禁止なんで、その間はもうかなり悶々としてますな」

 

「私の方は最初はもう何ヶ月に1回、ぐらいの感じだったんですよ。それがクリニックで治療を受けて二ヶ月目ぐらいからは朝勃ちも感じるようになってきて……。治療開始して半年と少し過ぎたんですが、最近は週何回かは……。いや、その……。やり方は普通だと思います。右手でしごいてティッシュで受けて、という感じです」

 

 野村医師の勧めや西田の話でこれまでのセラピーをどうしても思い出してしまう山崎は、固く勃ちまま上がった逸物が目立たないよう、足の位置を微妙にずらす。

 

「おお、西田さんも山崎さんもすごいですな……。ワシなんぞ、月1出るか出ないかぐらいで……。なあ、寛……」

「あ、ああ、まあ、そのなあ……」

 

 えっ?!

 という顔をしたのは山崎だけだった。野村医師と西田は2人の関係にはすでに当たりをつけていたらしく、かといって不躾な視線をぶつけるようなものでもない。