戌亥武之進、闇に逃げる

その2

 

 逃亡2日目であった。

 早朝、追っ手の気配を察知した黒虎から揺すり起こされた若者も、瞬時に状況を把握し、旅立ちの装束を整えたのは、さすがに戦乱の世にある武家の子息であったがゆえか。

 敵方である猪西家にも忍びの者、庭の者の用意もあるはずではあったが、山を幾つも抱えることとなる捜索範囲の広さゆえに、まだ武之進達の前にその姿が見えぬことは幸いであった。

 忍びとしての長年の経験と鍛錬に長けた黒虎であっても、同じ忍びの者複数を相手に、まだ少年とも言える武之進を守り切りながらの逃亡は不可能であったろう。

 

 武人のそれとは違い忍びの者においての『逃亡』とは、『敵と闘いながら逃れる』ことでは無く、『いかに敵と相見えぬか』『いかに戦わずして逃げおおせるか』にかかっている。

 周辺の状況を上手く利用し、どのようにして敵を牽制するか、こちらに気が付かせずにやり過ごすのか。それらの技術技巧を主たる戦闘経験として蓄積している黒虎に取っても、開けた場所で武具を身にまとった侍多数に囲まれては、勝機を得ることは難しいことであった。

 その点、山城とも言える戌亥家の屋敷から幾つもの山を経て、戌亥源三郎親子が契りを結んだ熊谷家の領地へいたる山間の経路は、こと逃亡という点においては有利に働いている。

 

「今日もなんとか追いつかれずに済んだようだな、黒爺」

「ふふ、武之進様はお気づきになられなかったようですが、二度ほど追っ手が近付いてきておったのですよ」

「そ、そうなのか?! 私にはまったく分からなかったぞ……」

「集団の気配と、武具が立てる鞘音、そのあたりに存分に注意を払えば、その進軍先を『外す』ことはそう難しいことではないのです。虎族の私は主に耳を使いますが、武之進様におかれても、そのよく利く鼻をしっかりと鍛錬されれば、少なくとも風上に立たぬ限り、同等の能力を身に付けることは可能かと思われますぞ」

「そうなのか……。して、その鍛錬を、黒爺は熊谷家において私に施してはくれないのか?」

「…………」

 

 未来を問う武之進の言葉には、黙して答えぬ黒虎である。

 

 屋敷周辺の山々での杣小屋や炭焼き場のありかは、黒虎の頭にはすべて入っているのだろう。この日もまた山の早い夕暮れ前には、一晩を過ごせそうな小屋にたどり着いた2人であった。

 

 衣を脱ぎ、互いに褌一つの裸体となった2人。

 昨夜の状況からも、夜気の冷えには肌を寄せ合うことが一番の暖を取る方法ということを分かっているがゆえに、その姿で夜を過ごすことには若者も抵抗は無くなっているようだ。

 汗や泥を吸った湿気を乾かそうと衣や手甲を縁側に広げる黒虎の前で、しきりに足元を守る脚絆をあれこれと取り回す武之進。

 

「して、武之進様。脚絆と草履を、かなり気にされておられるようでございますな。上からの雨には耐えるその拵えも、今日は少しばかり足を取られる沼地を渡りましたがゆえか……」

「あ、ああ……。その、脚絆が濡れるとだな、その、足が重くなろうが……」

「ふふ、隠しておられる大事な春画が濡れでもしたら、大事(おおごと)でございますからなあ」

「し、知っておったのか? 黒爺っ!」

 

 慌てふためく若者であった。

 稽古の後など汗を流す互いの裸体を目にすることも多く、親密な主従関係ではあったが、隠していたはずの己の秘密までをも知られているとは、若者に取っては驚きであったのか。

 

「な、なんで知ってるんだ、黒爺っ! こ、このことは、父上様と兄様しか知らぬはず!」

 

 武之進の肉体に合わせて拵えてある脚絆。

 その右足部の裏には油紙に包んだ一幅の春画が隠されていた。

 元服も済み、一人の武士として戦場に立つことも使命となったその夜、父である源三郎と兄である甲子丸から『母殿とふせには内緒だぞ』と渡されてものであった。

 当時の武家において戦場に赴く男子に家長から一枚の春画が渡され、それが女を遠くする戦中において、心の拠り所とするものも多かったのである。

 

 その顔を見れば慌てながらも恥ずかしさを感じているのだろう。

 武之進が、なぜ、なぜという疑問をまずは問いかけてきていた。

 

「我ら庭の者は、どこにでもいてどこにもおらぬ者。契約を結びし主君とそのご家族のいかなる動静をも把握しているのは、当たり前のことでございます」

「父君からも、戌亥家の男だけの秘密だぞと言われたのだぞ!」

「そのあたりも、少し話しておきますかの……」

 

 片付けと明日の準備を生えた黒虎が、昨夜と同じように壁に背中を預け、武之進を手招きする。

 大柄な虎獣人に抱きかかえられるようにして、武之進も座ったままの姿勢で休むのが、襲撃に備えた体勢だという黒虎の弁であった。

 背中に黒虎の体温を感じながら、胸と腹を愛おしむように撫でさする黒虎の腕を抱える武之進。

 

「話とは、なんなのだ?」

「武之進様がお父上から頂戴された春画、あれにどういう意味があるのかお分かりですか?」

「いや、その、男が一人で手慰みをするときに使うためのものでは無いのか?」

「もちろんそれもありましょうが、戌亥家のような武家においては、またその意味にはもう少し深いものがあるのです」

「あの春画にか? あれはその、見て、読んで、興奮するためのものだろう?」

「もちろんそのためのものではあるのですが……。戌亥家の皆さまにおいては、戦場での生き抜く『武運』を、そこに込めているものでもあるのです」

「春画が、『運』を左右するというのか?」

「武之進様におかれましても、戌亥家の皆さまにおきましては、他族の家々に対して比べればそのお身体の小ささに特徴あることについては否定することが出来ますまい」

 

 普段はあまり話題にならぬ、いや、意図的に口には上らせぬ話の内容であったか。

 黒虎の胸に抱かれている武之進の身体が、ひくりと反応する。

 

「……たしかに、我ら犬族のものはお主ら虎族にしろ、猪や熊族にしろ、はるかに小さき身体をしておるな……」

「戦場において武家の方々が相対するとき、やはりその肉体の大きさ、頑強さによる有利不利といったものは、どうしてもありましょう」

「まあ、そうだな……」

「ゆえに戌亥家のような犬族の習いにて、身体の鍛錬はもちろんのこと『戦場において己の心をいかに奮い立たせるか』ということもまた、重視されてきたのでございます」

「私も父君や兄上達のように、勇猛果敢と言われるような戦捷を勝ち得てみたいと思っておった……。もっともその前に、このようなことになってしまったが」

 

 あばら屋の壁の先すら見通すような武之進の目は、いったい何を見据えているのであろうか。

 かすかに震える若者の肉体を、黒虎の太い腕が抱きしめる。

 

「そのため、領地に残してきた領民、ご家族様への思いを昂ぶらせるために、元服を済まされた戌亥家の男子には、代々肌身離さぬようにと、このような春画が渡されてきたのです」

「私にはなんのことやらさっぱり分からんぞ、黒爺」

 

 若き武之進の疑問はもっともなものだったろう。

 

「春画を見、己の逸物を扱きあげるとき、武之進様は何を思ってその手を動かしておられますかな?」

「あ、いや、それは……」

 

 年配の者からの自らの手遊びに何を思うかとの問いには、さすがの若武者も答えにくいようだ。

 

「互いの逸物をも見合い、このように肌を合わせて暖を取る仲でございます。恥ずかしがられますな」

 

 背中越しの会話ゆえに、黒虎の股座に座る武之進もまた話せたのか。

 

「その、父君が用意してくれた娘とのときのことや、その、それ以外にも昔見た、その、あの、色々じゃ。そう、色々じゃ……」

 

 それでも何か言いづらいことがあるのか、言葉を濁す武之進。

 話に出た『娘』とは、戦を見据えた早い元服とその後に父源三郎が善かれと思い用意した筆下ろしの相手のことであった。

 その顛末は黒虎は当人である武之進以上に理解しているのだが、そのことそのものが若年の若武者には知らされていないことなのであろう。

 

「そう、そこには必ず具体的な『誰か』を思っての手慰みでございましょう。純粋に逸物を扱いた刺激だけで、人はそうそう精を漏らすものではございませぬ。以前に経験したこと、あるいは夢想する『誰か』あるいは『何か』を思いながらのせんずりが、誠に心地よきものかと思いまするな」

 

 筆下ろしのことに触れない黒虎に微妙に安堵しつつ、続く話に深く頷首する部分があったのか。

 武之進の首がくるりと周り、黒虎の目を見つめ返した。

 

「ああ、そういうことか! 領地に残してきた者、己の愛する者を思ってのせんずりこそが、その者を『守る』ための戦いに赴くときに、己を奮い立たせるよすがとなるのだな!」

「もちろん、戯れ言の一つではありましょう。それでも、先代もお父上も、お2人の兄様方も、皆さまそれぞれが『誰か』を思い、己が逸物をしごき、男としての精を飛ばしておられたことかと思いまする」

「して、黒爺。お主はその、せんずりをするときに『想う人』はおるのか?」

 

 若者らしい、同じ男としての純粋な疑問であった。

 しかしその問いは、黒虎に取っては予想外のことであったのか。たいがいの物事にはその人生経験からしても冷静に対応する虎獣人に、一瞬の動揺が見られたことは、その腹に抱かれた若者には分かり得ぬことである。

 

「……、我ら忍びの者は、そのように『想いを残す者』を作らぬよう、訓練され、育てられておるのでございます」

「寂しくはないのか?」

 

 これもまた若さゆえの、無邪気でもあり、残酷でもある、問いかけである。

 

「それが我ら庭の者が庭の者たる所以でございますからな……。して、武之進様の頂戴された春画は、いったいどのようなものでございましたか?」

「あ、それなら一緒に見るか、黒爺。その、見る度に興奮してしまうのだが……」

「男同士、逸物を勃て合うのも、また一興でございましょうな」

 

 嬉しそうに脚絆の隙間から油紙の包みを取り出す武之進の姿を、どこか悲しい笑みで見つめている黒虎である。

 その胸に去来するのは明日をも知れぬ己達の運命についてか、それとも、昨夜、己の逸物に感じていた若者の尻の柔らかさか。

 

 ある意味、黒虎の問いは『姑息』にも若者の疑問から逃れるためのものであった。

 それでも武之進に取っては『秘密の共有者』としての年長者である黒虎と、色事について語れることへの嬉しさが先に立ったのか、話題を切り替えられたことにすら気付かぬように、丁寧に畳まれた一枚の絵図を開き、勢いこんで語り始めたのだ。

 

「すごいだろう、黒爺。これから交わりをするところのものだと思うのだが、左側の男と女の寝屋を、もう一人の男が覗いてせんずりをかいておる様の絵じゃ。もう、何度これを見ながら、汁を飛ばしたか分からぬほどなのじゃ」

 

 武之進が広げた絵図は名の知れた絵師の手によるものか、細部に至るまで精緻な筆捌きを感じるものであった。

 

 女の乱れた着物は身体の半分も隠せず、描かれた乳と腰の柔らかさを強調するかのように床に乱れ落ちている。

 半開きになった女の口吻は、これからの交わりへの期待に唾液に濡れ、見つめる男の逸物は既に準備万端とばかりに、その大ぶりな傘を開いて屹立していた。

 その太々しいほどの肉棒の面構えは、根本から雁首までうねうねとした血管が瘤をまとうかのように走り回り、ぶっくりと太ましい先端の膨らみは女の乳と競うようにその色艶を輝かせている。

 これから、という2人の痴態を覗く男は、褌から引き出したこれまた巨大な逸物から、すでに一筋の汁が床へと垂れている。

 双丘見事に盛り上がった男達の尻肉はくっきりとした割れ目を誇り、誇張したかのように巨大に描かれた隆々とした逸物は、柔々とした女体に秘められた赤貝と、見事な対比を成していた。

 

 嬉々として春画を覗き込む武之進の瞳は色事への真っ直ぐな興味に溢れ、それを年配の黒虎と分かち合えることへの純粋な喜びを感じているのだろう。

 それはまた、昨夜、己の尻に当たっていた巨大な黒虎の逸物の熱さを思い出し、このところ遠ざかっていた一人遊びをこの夜に果たすことが出来るのではという、若さゆえの精力溢れる肉体からの興奮かとも思われた。

 

「遠目には見ておりましたが、実に素晴らしい春画でございますな。男二人の逸物も、たいそうに大きく太く、松の幹のようにうねった血の道すら細かく描いてあります。女のそこも、毛の1本1本まで鮮やかに描かれ、朱を使った色合いも実によく出来ております」

「そうじゃろう、そうじゃろう、黒爺。父君と兄上からこの絵を貰うた日は、もう幾度も幾度も自分のものを扱いてしまい、朝まで寝付けなかったほどじゃ」

「ふふ、その夜の武之進様のご様子も、この黒虎、拝見しておりましたぞ」

「なんと、あのときのことも見られておったか! いや、もうそれはよい。どうせ何もかも見られておったというのは、だんだん私にも分かってきたゆえにな」

 

 寝間の様子を覗かれていたというのに、それすらをも普通のことと受け止めることは、武之進もまた領主一族においての父や己といった、男子への守りの強さを感じ取っていたゆえであった。

 若者にとって、今はもうそこに憤慨するよりも、昂ぶってきた己の性的な欲求を、この場で満たすことを出来るのでという興奮の方が勝ってしまっている。

 

「武之進様、武之進様の褌の前布が、どうやら濡れてきておられるようでございますな」

 

 にやりと黒虎が唇を歪める。

 その笑いにすら、何かを期待する若者である。

 

「その、黒虎……。この春画を見ながら、その、互いに、その、まあ、せ、せんずりをかかぬか……?」

「今宵、拙者と共に、汁を、精を出したいのでございますかな、武之進様」

「ああ……、そうだ。お主とこのような話をしておると、もう私の逸物が滾りに滾ってしょうがないのだ。若さゆえと笑わば笑え。男が色話しをして勃たぬなどということがあれば、それこそが戌亥家の男としての名折れだと、我はこそ思う」

 

 若者らしい真っ直ぐな言葉である。

 この時代、交情の相手そのものに性別を問わぬことは、武家の間においても当然のことであった。同族の異性においてのそれは世継ぎを産むためのものと考え、普段の性的な昂ぶりは行動をともにすることも多い同性とのそれの方が日常化していたこともあるのだろう。

 武之進の昂ぶりは互いに褌一つだけを身に付けたその姿に、劣情を隠しきれぬとの開き直りもあったのやもしれぬ。それでも老いの域に近付きつつある黒虎から見れば、その己の性に対しての率直な物言いは、眩しいほどの若者の生の輝きと映ったのであった。

 

「あなた様のお年であれば、一度や二度の吐精でおさまるものでは無いでしょう。まずは御父上をもよがらせた、拙者の手を存分に味わいなさいませ」

「その、黒爺が私の逸物を『かいて』くれるのか?」

「己の手での扱き上げとは格段に違う心地よさのはず。さあ、この黒虎の身体に背中をお預けくだされ」

 

 促された武之進が褌を外せば、小さくも固く勃ち上がった逸物が天を指している。

 その先端はわずかに鈴口を覗かせてはいるが、亀頭全体が顕れるには、今しばらくの月日を必要とするようだ。

 

「既に先露が滴っておりますな」

「その、黒爺の逸物も、おっ勃っているではないか」

「色話をして勃たぬとは男子の名折れと、あなた様が仰ったのでございましょう」

 

 脚を伸ばして壁によりかかって座る黒虎の股間に、武之進の尻を乗せる。

 若者の張り切った尻の双丘が黒虎の巨大な勃起を挟み込むようにあてがわれ、その尻穴には、ぼってりとしたふぐりが密着する。

 

「黒爺のが、その、尻に当たっておるぞ……」

「武之進様が拙者の手の動きにその身をよじれば、武之進様の尻に挟まれた拙者の逸物もまた、心地よい刺激を受けるのでございます。よければ時を合わせて、互いの精を漏らしましょうぞ」

「ああ、黒爺と共に汁を出すなどと、考えるだけでたまらぬぞ……」

「武之進様が存分に楽しんだ後に汁が上がるようにいたしますので、御覚悟あれ」

 

 武之進は今だ知らぬことであったが、忍びの者たる黒虎は、色事のためのありとあらゆる技術である『房中術』をも極めた者である。

 その手、指、逸物、唇。そのすべてが研ぎ澄まされた責め具となり、相手の全身を嬲り回すのだ。

 相手が女であれ男であれ、あるいは若年の者から高齢の者まで、たとえどのような人物であっても、狂うほどによがらせ、あるいは快楽拷問にすらなり得るほどの卓越した技を持っていたのである。

 

 武之進の父である源三朗も、初めて黒虎と同衾した夜に、その豪たる意識が飛ぶほどの悦楽を与えられ、黒虎の逸物と技を味わい尽くしていた。

 黒虎にとっては若い武之進の快楽を支配しつつ、その究極の悦楽を堪能させうることは児戯にも等しいことである。

 ただ一つ、黒虎の中に育ってしまった己の『煩悩』それだけが、その桎梏となるものであったのだが。

 

「では、参りまする」

 

 黒虎の言葉に、若き犬獣人がその喉を期待に鳴らす。唾液を垂らした虎族の大きな右手が、若者の肉棒をぬるりと握り締めた。

 

「ああ、黒爺の手が、私の逸物を握っている……」

「これだけでも心地ようございましょう?」

「己の手で握るのとは、段違いじゃ、黒爺……」

「ここからが本番ですぞ、武之進様」

 

 黒虎の言葉とともに、親指の腹が先端に当てられ、既に溢れ出している先走りを潤滑油に、ぬるぬると円を描くかのように動き出す。

 合わせて肉厚の手のひらが犬獣人の肉棒を握り締め、小刻みに上下に扱き始めた。

 

「あああああっ、黒爺っ! そんなにされたらっ、すぐにっ、すぐにイッてしまうぞっ!!」

「イくのはたっぷりと楽しんでからでございますよ、武之進様」

「ああっ、すごいっ! よいっ、心地よいぞっ、黒爺っ!! そ、そんなにやられるとっ、気が、気が違ってしまいそうじゃっ……」

 

 武之進がその若い樹液を漏らしそうになる寸前で、老虎獣人の手がひたとその動きを止める。

 あと一扱き、もう一扱き、という限界を長年の経験で見極めた黒虎の寸止めは、若者の意識をあっと言う間に朦朧とさせていく。

 

 ときにはもう片方の手で、張り付きそうになるふぐりをゴリゴリと転がせば、股間から貫く痛みすらも快感として武之進の脳を焼く。

 先走りと唾液を垂らした指先で、ぽっちりとした若者の乳首を苛えば、初めて味わう快感に全身で反応を返す武之進である。

 

「ああっ、黒爺っ、黒爺っ! もうたまらぬっ! イかせてくれっ! もう、もう、イかせてくれぬかっ!」

「もうひととき、もうひととき、もっともっと感じてからですぞ」

「ああっ、おかしくなるっ、おかしくなってしまうっ! 黒爺っ、黒爺っ!!」

 

 我が腕の中で暴れる若者を抱き締めながら、黒虎の逸物もまたその剛直を昂ぶらせていく。

 己の昂ぶりと主君筋である若者の昂ぶりの交差する時を見据えたか、黒虎の手の動きがさらに激しいものとなった。

 

「ああっ、イきそうじゃっ、黒虎っ! イッて、イッてよいのかっ?」

「拙者の逸物も、武之進様の尻の揺さぶりに、埒を上げそうでございまする。共に、ともに、男の精を噴き上げましょうぞ」

 

 それまでの小刻みな動きから、大きく上下の扱き上げへと黒虎の手が動きを変える。

 その右手の小指は武之進のふぐりを叩き、左手の爪先が腫れて膨らみ始めた乳首をコリコリとつまみ上げる。

 元服の傷が癒えたばかりの武之進の耳を、黒虎の力強い舌がぬるりと舐め上げたとき、ついに2人は最期の刻を迎えた。

 

「イくぞっ、黒爺っ! ああっ、イくっ、イくっ、イくっ!!!!」

「拙者もっ、武之進様の尻に擦られてっ、イきますっ、イきますぞっ、イくっ!!!!」

 

 逃避行の最中での逐情である。

 声を上げつつも、二人がどこか無意識にその声を短く、小さく押さえているのは、生存本能から来るものとも言えようか。

 それでも我が腕の中に、己の背中に、互いの肉体の吐精律動を感じながらの射精は、若者が一人で手遊びをしていたときの快楽の非では無い。

 普段であれば二度三度にて放出するほどの量を噴き上げた若い雄汁が、黒虎の手をしとどに濡らす。

 黒虎の精もまた、武之進の尻の割れ目と腰をどっぷりとした汁で汚していた。

 

「黒爺の汁が、私の背中をぬるりと垂れていくぞ」

「年甲斐も無く興奮してしまいましたな。して、武之進様。このような場所と時ではございましたが、心地よう吐精は出来ましたかな?」

「ああ、自分でやるときの十倍、いや、何百倍も、気持ちよく噴き上げてしまった。これが相手のおる交情というものなのだな……」

「もちろん、女の前穴、男の後ろ穴を使ったものとはまた心地よさの質は違いまするが、一人と二人、という点においては、武之進様が仰る通りのことでございます。一人では味わえぬ悦楽が二人ならば、というところでございましょう」

「父君と黒爺が、毎回このような快楽を味わっておったとすると、なにやらもやもやとした気持ちになるわ」

「それこそが命を預け合う主従というものでございます。武之進様も、戦の場へと赴くことあれば、またその醍醐味も知ることとなられましょう」

 

 とてもたった今、精を交わし合った者同士の会話とは思えぬものではあるが、このあたりは読者諸兄の暮らす『現在』とは、戦国の世におけるものの捉え方の違いが大きいゆえのものだろう。

 明日の命をも知らぬ日々を過ごす者どもにとり、他者との触れあいは、また違った意味を大きく持つものであったようである。

 

「さて、後始末は朝にでもこの黒爺がやっておきまする。夜も更けて参りました。武之進様は、お休みくだされ」

 

 黒虎の言葉に従い、素直にまたその背中を預ける武之進からは、すぐに寝息が聞こえてきた。

 若い肉体が冷えぬよう、胸と腹、両腕でかき抱くようにその小さな肉体を抱きしめる。

 規則的に上下するその胸にそっと手を当てた黒虎が、誰も聞く者のいない小屋の中に、小さな声を紡いでいく。

 

『武之進様のお家再興の話にはあのように答えてしまいましたが、私はもう、あなた様のことを契約をなした源三郎様のお仔とだけの目では見られぬようになってしまっております。

 この黒虎が、忍びの里に黒虎ありと言われたこの私が、人としての煩悩にこれほど囚われようとは、誰が思うことでございましょうな。

 あなた様の父上様、源三郎様の命が、私を縛る唯一のもの。それが今になって、これほどまでに私を苦しめようとは。

 源三郎様、あなた様の最後の言葉を、私が守らねばならぬことは明らかなこと。

 しかし、しかし、それでも、我が心は、忍びとしてはありえぬその『心』は、千々に乱れ、引き裂かれてしまうのでございます……』

 

 黒虎の脳裏には、屋敷で迎えた最後の夜、源三郎の寝所に招かれた場面がまざまざと蘇っていた。