くまどん-三太 共作作品

磯に立つポセイドン

第3章 俺達と親父さん

 

第3章 俺達と親父さん

 

 親父さんに磯釣りを教えてもらうことは、磯の子ども達にとってもっとも楽しい時間だった。

 魚を釣り上げる重みとその充実感。仲間達と釣った魚の大きさを比べたり、数を数えたりして賑やかに盛り上がること。そしてもちろん、家に持って帰れば夕餉の品数が増えると親から褒められることも含め、親父さんの回りで賑やかに過ごすことは楽しく、恒例のことだった。

 

 基本的な仕掛けは予め親父さんが用意してくれるが、ルアー無しで釣るのは自分達の腕にかかっている。

 特にこういうごつごつした岩だらけの場所では、釣り針やテグスが岩に引っかかってしまうことも多く、スナップを効かせて出来るだけ沖の方に投げるのにはかなりの練習が必要だ。

 それでも周囲の様子に気をつけて仕掛ければ、オキアミだけでもイシダイやアジ、メジナなどが小中学生でもよく釣れた。

 

 その日は大漁で、みんなそれなりの匹数は釣れていたんだと思う。

 みなで竿を振り「すごくたくさん連れたね」「俺のクロダイが一番でかい」とか「俺はボラばかりでがっかりだあ」とか、みんな互いに感心したり貶したりしながら過ごす時間が、とても楽しかったのだ。

 

 その日、俺達の釣果を見た親父さんが俺達に言った。

「ちょっと今日は獲れすぎたなあ。小さいのは海に返してやろうな。」

 大きな籠を持ってきた親父さんが、みなの目の前でまだ小さなやつを10匹ほど選びだし、その中に放り込む。

 親父さんは、俺達のグループの中で一番歳上の西村先輩に籠を渡し、海に返してくるようにと伝えた。

「まだ小さい奴は乱暴に扱うと身体も傷つきやすい。岩とかにぶつからないよう、そっと返してやれよ。」

 

 西村先輩は俺より二つ上の中学三年生。俺と同じ柔道部で、主将をしている。

 俺達の中でも一番身体が大きくて、引き締まった相撲取りのような重量感がある。背もすでに、大人である赤褌の親父さんどっこいどっこいだ。

 先輩は自分の腹の前に両手で籠を抱えるようにして、親父さんに仕事を任された嬉しさからか、晴れやかで柔やかな顔をしていた。

 先輩の張り出した腹なら、丁度その上に籠を乗せるようにすると楽に運べる。岩場だから歩きにくいが、先輩は大きな籠を抱えしっかりとした足取りで、海へと向かっていった。

 

 先輩を残し、俺達は親父さんと一緒に少し歩いた先の小さな洞窟のようになっている岩場へと向かった。

 10名以上になる集団でもくつろげる広さと、褌一丁で泳いだ後も海水に濡れた身体に直接風が当たらないような場所で、俺達のたまり場のようになっていた場所だ。

 

 それぞれ持っていた手拭いで身体を拭っていると、海に下りていた西村先輩が帰ってきた。

 おつかれさん、と、親父さんが声をかける。

 ところが、何故か先輩は籠を抱えたまま洞窟の中にぺたんと座り込んだまま、その籠を親父さんに返そうとはしないのだ。

 胡座をかき、股の間に籠を抱えたままで。

 

 親父さんは不思議そうに先輩の様子を眺めていたが、先輩が抱えて離さない籠をじっと見ると、急に何かが分かったかのようにうなずいた。

 それからあの優しい顔で、西村先輩に諭すように語りかけた。

 

「達也(西村先輩の名前だ)。お前、今、ちょっと具合が悪くて動けないんだよな。」

 と、先輩だけに目配せをしながら近づいた。

 先輩は少し驚いたようだったが、すぐに親父さんの意図が分かったかのか、こっくりとうなずき、股座に抱えていた籠を親父さんに返した。しかし、下を向いたまま両手を褌の前の部分に合わせて、何か困ったような様子だった。

 

 西村先輩、腹の具合でも悪いのだろうか?

 先輩は褌の前袋、股の部分を両手で覆った状態で、必死に親父さんの顔を見上げている。先輩のあの目は、助けてと欲しいと訴えている目だ。

 そんな先輩を見ていた親父さんは、依然にこにこしながら先輩に耳打ちをし、そのままゆっくり立つように促した。

 

「達也、お前が今感じてることは、まったく恥ずかしいことではないぞ。手をどけて、隠してるものをみんなに見せてやれ。

 お前が嫌な気持ちにならないよう、俺がちゃんと説明してやるからな。俺を信じろ。」

 

 親父さんにそう言われ、少し安心したのか、先輩は前袋の上に置いていた両手を左右にどけて褌を見せてくれた。

 先輩の堂々とした姿と、その後の親父さんからの説明。

 それは、俺達にとって生涯忘れることのない、まっすぐな男としての生き方を示すものだった。

 

 その日、俺達は、先輩の姿と親父さんの話から、男にとってとても大切なことを学ばせてもらった。

 俺はそう思ってる。