男性専科クリニック Part 5

その7

 

その7 合同セッションへの誘い

 

 宮内がちょっと聞きにくいな、と思っていた内容をさらりと尋ねることが出来るのは、村岡の性格ならではのものだろう。

 野村医師は患者同士の情報のことでもあり、椅子の向きを正して2人に答えた。

 

「まあ、そうですな。もうお分かりでしょうが、私と田畑君は村岡さんたちのように、いわゆる『付き合ってる』関係です。

 

 私たちのことはいいんですが、医療者と患者さんの関係における秘密にはもちろん守秘義務があります。

 

 ただ、この前の温泉で一緒に楽しんだ西田さんと山崎さんについていえば、なにせこの前のあの時間は医療行為中のものではなかったわけですからね。

 あのお2人からも、村岡さんたちと一緒に楽しみたい、なんでも話してもいいですよとの許可もいただいております。

 それに甘えさせてもらってお話をさせていただくと、あのお2人は、このクリニックの治療過程において『同性との性的な行為も楽しめるように変化された』というふうに私はとらえております。

 おそらくは村岡さん、宮内さんも同じような考えをお持ちかと思うのですが、『快感を感じる相手を拒否する必要は無い』との思考にいたってもらえたと、私と田畑君の間では話しているような状態です。

 

 また、温泉でもちらっと話しに出ていたもう一人の医師というのは、私の先輩であり、男性にとっての強壮とはなにか、また、性的な快感を自由に表出することの素晴らしさを薬品開発の部門でも訴えていこうとされている研究をされている先生になります。

『玉井先生』とおっしゃる方ですが、ご本人の肉体も素晴らしいですし、開発された薬品については精力剤と勃起薬、さらには持続力をも高めることも出来る、男性に取ってはある意味究極の興奮剤と言えるものなのです。

 これは研究から実際に商品化されるにあたって、かなり慎重に扱わないといけない案件ですので、限られた、安心出来る患者さんとのみ、様々な試験を行っています。

 こちらの先生にもぜひ村岡さん、宮内さんを紹介させていただいて、新薬のモニターとして一緒に楽しんでもらえないかな、とも思っているところです」

 

「そういうことなら、ぜひワシらも協力させてもらいたいよな、寛」

「ああ、なんだかすごそうだ」

 

 宮内、村岡ともに、医師の話しぶりからそこに強烈な『性的な快感を追及する男たち』の匂いを嗅ぎ取ったのだろう。

 話しを聞いているうちに、2人の顔色が再び上気してきていた。

 

「あのー、ワシからもちょっとお願いがあるんですがのお……」

「ご提案でしたら、ぜひお願いします」

「ワシがもう何十年も通ってるマッサージ屋さんがあるんだが、そこのオーナーもその『玉井先生』とやらの研究に声かけてみたいなと、野村先生の話しを聞いて思いましてな。この世界も長くおられて信用もありますし、どんなお客の要望にも対応出来る技を持っとられるので、おそらく『快感を追及する』という先生方の研究にもすごく役立つんじゃなかろうかと。

 先生のお許しが出れば、ワシから伝えてもいいですし、もちろん先生から言ってもらっても構わんのですが……。

 あ、『回春堂』さんというマッサージさんですわ。ワシも寛も、30年以上前から知っとる古株の一人で、ワシらの少し上になられる頃合いですな」

 

「先生、もしかして村岡さんが言われてるマッサージの方って、あの回春堂の甚兵衛さんのことじゃないですかね?」

「ああ、そうですそうです! 田畑君、甚さんを知ってるんですか?」

「直接では無いんですが、うちの患者さんでも通われてる方が何人かおられて、たまに話題になってるんですよ。施術も丁寧だし、身体もテクニックもすごいって……」

「ご存じなら話しは早いですな。どうです、先生?」

 

 村岡が期待を込めて、野村医師の返事を待つ。

 

「ああ、話しに聞いてる甚兵衛さんなら、玉井先生の新薬をもっと生かせるかもしれませんね。私から直接話しをしてみましょう」

「やった! 先週も行ってきたんですが、とにかく客側の要望を最大限大事にしてくれて、毎回楽しませてもらっとるんですわ。これはまた、楽しみが増えましたなあ」

 

 うきうきとした様子をあきれたように見ている宮内だったが、彼もまた色事に熱心なタイプであるのは間違いないのだ。

 

「まあ、玉井先生もお忙しい方でもありますし、お声かけした方が全員揃うというのもなかなか難しいかもしれません。

 村岡さんたち、西田さんたち、玉井先生、甚兵衛さんが承諾いただければ、それぞれの治療を進めながら、日程調整をしていきたいと思います。そのような形でよろしいでしょうかね?」

 

 医師の言うことももっともであり、それぞれに仕事を持つ男たちの都合を調整するだけでも一苦労であろう。

 

「先生、私たちも気長に待ちますので、ぜひ実現させてください」

 

 宮内の言葉は村岡ほど舞い上がった調子では無かったが、それでもそこに滲み出る期待値の大きさはかなりのように思えたのだ。

 

「それにしても、村岡さんに宮内さん、山崎さんに西田さん、甚兵衛さんに玉井先生、先生に僕と、8人ものセッションになると、もうどんなことになるんでしょう。なんだか想像するだけで、僕、また射精出来るんじゃないかと思うんですけど」

 

 田畑看護師の言葉は、中年を数える男たちの中でも一番の若さから来るものであったろう。その証拠に白衣のズボンの前の膨らみは、先ほどまでの濃厚な行為をなにものともせず、その内容物の昂りを如実に表していた。

 

「それでは、また再来週、2週間後の金曜日にお2人の予約を入れさせていただきますが、よろしいですか?」

 

「はい、それでお願いします。もう今から楽しみになってきますわ」

「私も大丈夫です。次回がどんな『治療』になるのか、昭一と一緒に楽しみにしておきます」

 

「本日のセッションもお疲れさまでした。ではまた、2週間後に」

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 

 クリニックの玄関先で田畑看護師と野村医師が、遠ざかる村岡と宮内を見送っていた。

 2人の背中を見る田畑看護師の目が、わずかにうるんでいる。

 

「先生、あの2人の距離感、いいですよね。色々話ししてて、僕、ああ、ああいう年の重ね方をしていきたいなあって思っちゃいました。束縛せず、お互いに楽しみながらも同じときを過ごす。なんか最高ですよね……」

 

 このクリニックにおける、『治療』=『快感の追及とそのための技術の習得』という等式は、玉井医師の薫陶を受けつつも、野村医師が独自に開発研究してきたものであった。

 その実践を毎日目にする看護師田畑にとり、村岡と宮内の付き合い方、関係の取り方は理想と映ったのかもしれない。

 

 青年の言葉に、医師はにっこりと笑うと、ゆっくりとした口調で語りかけた。

 その瞳は雑踏にまぎれた2人の姿をなお追っているようだった。

 

「色んな生き方、付き合い方があるのがこの世の常なんだろうな。

 例えば私は玉井先生のことは付き合いも長いし、顔も身体も体臭も、それこそタイプだし、大好きで尊敬してるが、一緒に暮らす相手としては、田畑君、君の方に軍配を上げている。

 それでいて、君と一緒に仕事をしながら、あんないい患者さんたちにも巡りあえるなんてのも、君の言う『最高の付き合い方』だと思うんだが、どうだろうな」

 

「……、もう、先生ったら、突然そんなこと言うと、僕、涙腺、緩んじゃいますよ……。

 ほら、施術室の片付けも終わってないし、今日の夕食も考えないといけないですし、さっさとカルテまとめちゃってください!」

 

 ある意味、突然に『お前が最高だ』との意味を含んだ言葉をかけられた田畑青年が、ドギマギしてしまった自分を隠すように、医師の背中を軽く叩く。

 

 その感触を甘く味わいながら、合同セッションのことに思いをはせる野村医師の胸中にも、甘酸っぱいものが走り抜ける。

 医師と看護師、逞しい2人の背中が、玉井医師の開発したあの薬の効果を、8人の中年男たちが、堪能し、乱れ、絡み合う姿を想像しながら、クリニックの門を再びくぐっていった。