海鳴りの家

その1

 

 荒い岩肌にかぶる波が白く濁り、晩夏の海風が波の花を運んでいる。海岸に一人立つ男の身体は霧のように包み込むしぶきと雨に、いつの間にかしっとりと濡れそぼってしまっていた。

 

 男同士の常なのか、知り合ったその日のうちにホテルに向かった。話をすればするほど惹かれ合い、一緒に住みたいと語り合ったのもつきあい始めてそう長くならないときだったはずだ。やっと実現した二人の夢。周囲に気遣うことの無い暮らしを始めたばかりの二人だった。
 そんな矢先、仕事中にかかってきた一本の電話が、俺達の小さな幸せを無惨にも打ち砕いた。「配達途中に交差点でトラックが飛び込んで来て・・・、即死でした・・・」俺は受話器を握り絞めたまま、凍り付いたように動けなかった。
 なぜ? なぜ、こんなことに?
 目の前に広がる海は、俺の問いに答えることなく、ただひたすらに荒々しい波を岩肌へと打ち付けていた。

 

 

「・・・よお、目が覚めたか。あんた、大丈夫か? 寒くないか?」
 いったん目を開けたものの再び眠りへと引き戻されそうになっていた意識が、男の声でうつつへと引き上げられる。目が覚めても、しばらくは記憶が戻らない。どこだ、ここは? 俺はどうして、こんなところに?
「お前さん、坂下の岩場で倒れてたんだよ。俺が分かるか? ここは男二人しかおらんので、なーんも気兼ねはいらん。まだ気分がはっきりしなけりゃ、も少し横になっとくとええ。服はずぶ濡れだったので脱がせちまったけど、火ぃ、焚いてるから寒くはないだろ?」
 頭を巡らせ声の方を見やると、目の前に心配そうに覗き込む男の姿があった。
 男は50才前後だろうか、日に焼けた顔に刻まれたわずかなしわが笑うと無くなりそうな小さな目を包み、ほっとするような安心感を与える。二の腕は元より毛深く厚い胸板が目に飛び込む。生地も薄くなったランニングに包まれた太鼓腹がはち切れそうだった。どっしりとかいたあぐらに、短めのズボンから覗くふくらはぎにもびっしりと剛毛が渦巻いていた。
「すみません、すみません」
 雨の中、倒れてしまった俺を介抱してくれたのだろう。俺が男に消え入るような声でつぶやくと、男が毛布の上から俺の胸に手をやり、安心させるようにつぶやいた。
「もう一眠りするとええ。お前さんの世話は若いのにさせるから、心配せんでええ」
 男の野太い声を聞きながら、俺の意識は再び深い闇へと沈み込んでいった。

 

 俺が担ぎ込まれたのは、この付近の漁師達がシーズンになると集団で寝泊まりしていたところらしかった。男の話しを聞けば、昔は20人近い男達が半年以上も共同生活をしていたらしい。簡単な作りとはいえ、炊事場や風呂、少し古めかしいが大型の冷暖房設備やテレビもあり、一応の生活は出来るようになっている。
 結局、俺が床を離れるまでには五日ほどもかかってしまった。心労も重なっていたのかもしれないが、冷たい潮風に打たれ熱まで出てしまっていた。男達は「何があったのか」と聞くこともなく、身の回りの世話をしてくれる。
「なに、今では泊り込んで仕事する奴なんかほとんどいなくなっちまってよう。結局一人者の俺と若いの二人だけになっちまった。もともと大勢で暮らしてたんだから、お前さん一人なんぞどうってことねえんだ。気にせんで身体が元に戻るまではゆっくりしていきな」
 男に、若いの、と呼ばれているのは30代半ばぐらいだろうか。男のことを「おいちゃん、おいちゃん」と呼び、自分の方は「しょう」と呼ばれていた。本当は、匠司、なのだが男二人の気兼ねない日々の中で、いつの間にか呼びやすく短くなってしまったらしい。労働で鍛えられた肉厚のむっちりした肉体を、潮風に洗われた赤銅色の滑らかな肌が彩っている。布団に寝たままの俺と目が合う度に、にっこりと笑う男らしいその顔から言葉以上に「安心しろ」という気持ちが伝わってきた。

 

 二人は早朝と夕方早く、日に2回の船を出す。漁に出るときには六尺褌を締め込むのが毎日の日課となっているようだった。二人がお互いに六尺をぐっと絞めあげている姿を興味深げに見ていると、「匠に絞めてもらうと、なんか気合いが入ってよ」と笑う親父さんの顔が実にうれしそうだ。
 陸に上がると二人は六尺を水洗いし、越中褌へと締めかえる。目の前で繰り返される行為の度に、もっさりとした茂みから覗く男達の逸物が強烈に目に焼き付く。
 朝からなどは、二人とも緩んだ越中から突き出た逸物を隠すこともなくうろついている。親父さんにいたっては「朝勃ちは元気な証拠や」とにんまりと笑い、おっ勃った肉棒をずるりずるりと扱き上げるのだった。
 朝の漁から帰ってくると親父さんは仲買へ魚を卸に行き、匠さんの方が俺の世話をしてくれた。自分達が風呂に入る度に、俺の身体もしぼった手拭いで拭き上げてくれる。
 自分でするから、と言っても「病人は寝とくもんだ」と取り合ってくれない。半身を起こし背中を力強く拭き上げられるとき、ふらつく身体が匠さんのがっしりした手で支えられる。その素肌に触れる厚い手のひらのぬめった感触に、回復しつつある身体が思わず反応してしまう。「ここもきれいにせんとなあ」と扱くように揉み上げられたとき、俺の肉棒はゆっくりと頭をもたげてしまっていた。

 

「あっ、匠さん、何を!」
 匠さんは俺の肉棒が半勃ちになっていることに気付くと、海水に荒れた手を伸ばしてきた。匠さんは勃ち上がったものを人差し指でぴんと弾き、「ちっとは元気になったようだなあ」とにやりと笑うと、驚いたことに俺の股間に顔を埋めてきた。俺は突然の行為に、「あっ、あっ」と、小さな声を上げるが、匠さんのずっしりとした身体にのしかかられると、跳ね返すことも出来ない。
 亀頭をずるずると舐め回し、鈴口には舌先が差し込まれる。裏筋を尿道の膨らみに沿って舐め上げられ、睾丸を唾液を溜めた口中でくちゅくちゅと吸われる。久しぶりの感触に、俺はあっという間に果てそうになり、慌てて匠さんの頭を押し戻そうとする。
 匠さんは俺の限界が近いことに気がついたのか、唾液を溜めた口に肉棒を咥えなおした。左手でふぐりが揉み上げられ、根本に添えた右手が激しく上下に振動する。

 

「あ、ああっ、イくっ、イくっ、匠さんっ、ごめんっ」
 イく!、そう思った瞬間、匠さんの顔が離れ、尿道口にひたと匠さんの親指が当てられた。射精寸前の敏感な鈴口に爪先をこじ入れ、亀頭だけを手の平がくちゃくちゃと牛の乳搾りのように締め上げられた。新たな刺激に堪らず噴き上げてしまった雄汁が、匠さんの手の平でこねくりまわされ、何度も打ち付けられる。
「あっ、匠さん、イッた後はいかんっ、いかんってっ」
 発射の途中でもねろねろと亀頭を弄りまわされ、俺は悲鳴のような喘ぎ声をあげたのだった。
 およそ2週間ぶりの射精に全身の体力を使い果たした俺は、布団の上に大の字になり、せっかく拭いてもらった全身を吹き出た汗でぐっしょりと濡らしてしまっていた。

 

 射精後の虚脱感の中、匠さんが自分の肉棒をおっ勃てながら後始末をしてくれる。俺が身を起こし、匠さんの越中の前垂れに手を伸ばそうとすると、「本格的なのはもっと元気になってからだ」と笑いながら身をひかれてしまった。あっけらかんとした匠さんの振る舞いに、広い小屋で二人きりで過ごす男達のおおらかな性のやりとりが予想され、俺は一人で顔を赤らめていた。
 全身を拭き終えると「洗ってあるからな」と越中を差し出してくれる。初めて味わう晒しの感触に、納まりかけていた興奮にまた灯がともる。俺は匠さんの尺八だけでイッてしまったことよりも、海風に焼けた匠さんの前で生っちろい自分の肌を晒していることの方が恥ずかしかった。

 

 むくつけき男達だけで過ごす生活の中で漁で鍛え上げられた肉体が精力を持て余すのか、それとも匠さんに溜まった雄汁を絞り出された俺に安心したのか、二人は三日目ぐらいからは朝に夕なに、俺の目の前でも男の欲情を隠すことなく見せつけ始めた。
 ときにはせんずりで漏らした雄汁を拭いたのか、くしゃくしゃに丸められた越中褌が枕元に転がり強烈な栗の花の匂いを放っていた。親父さんの胸から下腹部へと続く黒々とした茂みに、渇いた汁がこびりついていることもあった。
 成熟した雄達が発する肉欲は最低でも日に二回の放出を求め、朝の漁から帰り、飯の後の一眠りの際に繰り広げられる扱き合いは、寝ている俺に見せつけるかのように行なわれる。
 9時すぎには明りが落される夜には、シルエットで二人の姿が暗闇に浮かび上がる。あるときはお互いの股間に顔を埋め、ねろねろとちんぽをしゃぶり上げていたり、またあるときは、親父さんの尻肉に股間を押し付け激しい前後運動をしている匠さんの固太りの姿であった。
 二人のはばかることのない喘ぎ声と、ぬちゃぬちゃと湿った卑猥な響き。普段であればそれだけで逐情してしまいそうな耳からの刺激も、熱にぼやけた意識には四六時中聞こえる海鳴りのように染み込むだけだった。ノンケであれば、それだけで嫌悪感を持つはずの行為が、生来の男好きである俺には、まるで子守歌のように耳に届いていたのだ。
 夜毎に行なわれる二人の交わりに、俺自身は想像を巡らし自分の肉棒をおっ勃てることはあっても、扱き上げるまでの体力がない五日間だった。