おやっさん

その2

 

 おやっさんの店、日曜だけが休み。

 このあたりの飲み屋さんそのものが日曜に休むとこが多くって、大学の県外の奴から「(自分の地元だと)普通は月曜とか水曜とかが飲食休み多いのに、こっち来て繁華街でも日曜閉まってるとこ多くて困った」って、よく聞いてたんだよな。

 こっちにずっといるとそれが当たり前でピンとは来なかったけど、そう言うのはあるのかもね。

 土曜日の今日は久しぶりに忙しくって、遅くまで2人して頑張ったよ。

 途中でコンビニおにぎりとかサンドイッチとかも喰わせてもらってたけど、明日は丸々休みだし、飯でもゆっくり喰おう&システム作成お疲れさん会しようってことになった。

 

 繁華街の外れに週末だと朝までやってくれてる中華料理屋があって、俺も何回か連れて来てもらってるところ。

「まだいいかい?」って、おやっさんから先に暖簾をくぐる。

 

「おっ、しょうちゃん久しぶり! バイトのあんちゃんも久しぶりやな!」

 大将が声かけてくれる。

 夜飯に何度も来てるので俺も顔馴染みではあるんだけど、やっぱりこの辺りはどの飯屋に行っても挨拶されるところが、おやっさんが昔からの商売人ってことなんだろうな。

 店の名前は「知梅庵(ちばいあん)」。夜の9時から平日は3時ぐらいまで、週末は朝方までやってる深夜営業の中華屋さん。

 最初聞いたときに高級和食の店かと思った店名だけど、大将が知梅月次(ちばいげつじ)さんってことで、名前そのまんまってだけのことだった。

 大将の月次さん、いかにも街の中華屋の大将然としてて、太鼓腹をそのまま包んだようなコックコートは油染みや料理の跳ねた跡もいっぱい付いてたり、店も含めてお世辞にも綺麗とは言えないかな。あ、もちろん掃除清掃はちゃんとしてるんだけどね。

 それでもここの餃子と炒飯は絶品だし、今日みたいになんか作ってくれと言うとコース料理みたいなのも出してくれるし。

 昔は人も使って昼夕も開けてたみたいだけど、大将1人になってからは夜中だけの営業にしてるって話しだった。

 

 おやっさんが今日はちょっとしたお祝いだから豪勢に頼むぜって言ってたら、結構な量が出てきて、そのどれもこれもが全部本当に美味い。

 まあ、夜中の2時過ぎに喰う量かと言われると、ちょっと違うかもだけどね。

 

 前菜には茹でた鶏肉をちょっと辛味の聞いたソースで食べる奴。きゅうりとか太めのもやしとか、付け合わせの野菜もガンガン入ってく。

 挽き肉と刻んだ椎茸とかを汁炒めしたのを春雨揚げて細かくしたのの上にジャーッと掛け混ぜてレタスの葉っぱで包んで食べる奴は、俺、たぶん生まれて初めて食べたと思う。

 同じ炒め物でも青椒肉絲は竹の子の食感良くて、ずっと食べていたかったかな。

 箸休めみたいな中華風の冷や奴も山椒が効いてて、中華で冷たいのが出るってのもなんだか新鮮だった。

 

 前菜持ってきてくれたとき、こちらからは頼んでもいないのにビール出してくれた大将だけど、当然のように俺にも注がれて「一応未成年ですよ」とだけは言っておいた。

 おやっさんとカチンとコップを鳴らすと向こうは一気に空けちゃってすぐに2杯目注がなきゃいけない。

 このペースだとおやっさん酔っぱらうかなってチラッと考えて、俺は食べる方に専念する。

 三杯目からは手酌でやりだして、こっちに無理やり勧めてくる人で無いのはありがたかった。

 

「昔は大学入学したらもう普通に店でも飲んでたけど、最近は違うよなあ」

 おやっさん、やっぱり街の飲み屋をずっと見てきてるから、そのあたりの変わりようが気になるのかな。

 

「大学近くの飯屋の人達もみんなそう言いますよね。

 昔はあのあたり、通りにずらーって飲み屋が並んでたとか、学園祭は大学の敷地内でテント立てて、それこそ潰れるまでみんな飲んでたとか……。自分達は入ったときからもう二十歳までは飲まない、みたいのが普通だったんで、そのあたりはよく分かんないんすけどね」

 ぬるくなったビールをやっと干して、コーラをもらう。

 

「俺は高校出てすぐそのまま家を継いだんで大学のことは分からんが、それでも飲んでひたすらしゃべくって、てのが若者だと思ってたんだがなあ。最近の若いのは人付き合いがあっさりし過ぎてる気がしてならんのは、こっちが年取ったせいなんかなあ」

 典型的なおっさんの愚痴ではあるんだけど、おやっさんの言い方だと、誰かを咎めたり怒ってる風では無いのはまだいい方なのかな。

 ちょっと寂しそうな物言いは稼業そのものへの影響のことがもちろんあるんだろうけど、端から見てる俺としては「なんか、かわいい」とか思っちゃうところもある。

 

「俺らからすると『酒飲まないと本音が分からん』なんてのの方が分かんないですよ」

「やっぱ、今はもうそうなんだよな。酒が人間関係の潤滑油じゃ無くなってきてるんだよな」

 一応典型的な若者っぽい返しをしてみたら、あ、そっちか! って感じの答えが返ってきちゃった。

 これは俺の持って行きようのミスだよな。

 確かに酒屋やっててアルコールを目の前のバイトに否定されたらきつかろうて。

 

「祝い事って、なんかいいことあったんかい?」

 他のお客さんもいなくなってて、カウンターの椅子にどっかり腰を下ろした大将が、へたった新聞バサバサやりながら尋ねてきた。

 

「はは、陣太の奴がうちの経理も手伝ってくれることになってよ。へへ、共同経営みたいなもんだよな、なあ陣太」

「いや、あくまでバイト代しかもらってないんで。バイトです、自分」

「あああ、そういうところが人付き合いが浅いってんだよ。ちったあ年上に気を使えや」

「おやっさん、それ、パワハラです」

 

 このあたりは愚痴っていうより、ボケとツッコミのやり取り。

 大将も「金勘定、前は奥さんがずっとやってたんだろう。いい相棒見つかって良かったな」とか、変な笑い声立ててるし。

 

 おやっさん、酒屋なんだけど普段はほとんど飲まないんだよな。

 若いときはそれも仕事と思って、取引先の飲み屋さんに帳面消しで顔出すようにしてたらしいけど、ここ十年ぐらいはさすがにそれもきつくなったって言ってた。

 街の酔っ払いを何十年も見てきてるんで、酒に飲まれることだけはしたくないって話もしてたんで、そんなもんかなとも思ってる。

 洋酒は苦手というか、日本酒や焼酎の方が好みらしいけど、酒蔵や卸し元の関係であまり何々が好きとかも言えなくてよ、とか、酒屋あるあるの話しとかしてた。

 

 なんやかやで結局10品以上出てきたんじゃないかな。「とにかく腹一杯喰え」って言われて、かなり頑張ったけど、大将から「締めに炒飯喰うか?」って聞かれたときは、さすがに No thank you だったなあ。

 

 俺は美味い食い物で腹いっぱい、おやっさんも1人で瓶ビール5本空けてその後も焼酎3杯ぐらいは飲んでたと思う。俺はビール小さめのコップで1杯だけだったけど、2人ともけっこういい気分になってた。

 もっとも眠気もそれなりに強まってきてて、明るくならないうちに寝とかないと、こりゃまた夜がきついなってのは2人ともよく分かってたと思う。

 

 目が覚めたとき用の飯やアイスをコンビニで仕入れて店舗兼住宅の狭い階段上がって部屋に帰り着いたのは、もう朝の5時近かった。

 俺はシャワー借りたけど、おやっさんはそのまま寝ちゃってて、髪乾かして部屋に戻ったら、ランニングとトランクス姿でもう高鼾だったんだ。

 

 バイト先の雇い主に色気やホモとしての憧れ持つなんて、結果がズタボロになるのは目に見えてる。

 つくづく、ノンケは遠くから眺めるもんだと思うんだけど、今現在はイケてるノンケのおやっさんがアルコールも入って無防備に目の前に転がってるワケで。

 普段そんなにがっついてる方でも無いんだけど、どこか家族みたいに接してくれてるおやっさんには、手を出したいって思いと、絶対にダメだって思いが、日頃からずっと交差してた。

 

 その日は少しだけ口につけたビールの酔いがそうさせた、ってことにしたかったんだと思う。

 

 座布団を枕に寝っ転がってるおやっさんの隣に、俺、座っちゃってた。

 

 ランニングの裾は捲れ上がり、横になっても平らにならない腹の丸さを強調している。

 よれたトランクスの股間は盛り上がってるように見えるけど、勃ってるってことでは無いだろうから、ちらっと見たことのあるでかい金玉のせいなんだろう。

 

 そんなことを考え始めると、もう俺は自分へのブレーキをかけることが出来なくなっていた。

 

「あれだけ酔ってれば、ちょっとやそっとのことでは起きないよな」

「目を覚ますギリギリまでなら、ちょっといじるぐらいいいよな」

 そんな分かりやすい悪魔のささやきが頭の中で谺する。

 

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ。

 胸から続く下腹部の毛に右手が触れたとき、俺はもうルビコン河を渡っちゃってたんだろう。

 

 腹肉を撫で回した俺は、そのままトランクスの中へと手を伸ばす。

 少し湿った感触の陰毛の中に、萎えてるはずなのにずんぐりとした太さをキープしてる逸物がすぐに指に当たる。

 その感触はあくまで「ぐにゃりとした持ち重りのする熱いナニか」であって、「ふにゃふにゃとした小さなモノ」では決してなかった。

 

 俺のチンポもズボンの中で変な方向に勃ってしまい、位置直しのために思わず腰を引いてしまう。

 たぶん、先走りでボクサーブリーフには染みが広がっているはずだった。

 

 さすがに尻を持ち上げて脱がすのは無理っぽかったので、前袷せからチンポと玉を引っ張り出す。

 アルコールで身体も火照っているのか、かなりの大きさの金玉もだらりとした量感のまま、どてって感じで引き出すことが出来た。

 

 もう、俺の理性ってどっか遠くに飛んでいってたよな。

 鼾が聞こえているうちは、とか冷静だかそうでないか分からない自己判断基準で、自分自身にゴーサインを出している。

 

 ずろんとした逸物は、ずんぐりむっくり、という表現が一番伝わるだろう。

 そのままの状態だと半分ほど見えていた、先端を覆う薄い包皮をずるりと剥き下ろす。萎えているにもかかわらず丸みを帯びた亀頭が、赤黒くうっすらとした皺を刻んでいる。

 直接味わいたい、そう思って顔を近づけると、むわっとした湿気を含んだ熱気の中に、小便とおやっさんの匂いが立ち昇る。

 俺はもうそれだけでイッてしまったんじゃないかと思えるほど股間を濡らしていた。

 蟹の甲羅を放っておいたときのような生臭い匂いも、自分自身がこれから行おうとしている「相手に取って卑劣な行為」そのものが、自分への興奮剤になってしまっていた。

 まだ鼾が聞こえている、それだけを自分への言い訳にして、俺はついにその「ブツ」へと舌を伸ばした。

 

 匂いはそれなりに強烈だったけど、味そのものは汗と小便の塩味ぐらいのもので、しゃぶっていくうちにそれも胃の奥へと消えていく。

 ぼってりとした重さを感じさせる肉の塊。

 しばらくその味わいを堪能していると、突然口の中に含んだ肉棒の体積が増してきた。

 

 心臓が飛び出しそうな勢いで脈を刻む。

 

 目線を飛ばすと起きた様子には感じられず、どこかおかしくなっていた俺は「このままイッてくれたら」などと自分に都合のいい妄想を根拠に行為を続けてしまう。

 

「ううん……」

 頭の方から聞こえた声は、もうあきらかにいびきでは無かった。

 アルコールの浅い眠りと下半身に加えられる刺激に夢と現の間をさまよっているに違いない、そんな勝手な自分の思い込みが「ノンケを襲ったときには中途半端に終わる方が良くない」などというどこかで聞いた戯れ言にも押されてしまい、口と舌と、手の動きをより一層早めてしまう。

 最初に感じた塩味が再び口中に広がる。

 射精直前の先走りだと思うと、もう、止まらなかった。

 

「あ、ああ? 陣太か?」

 たぶん、もう、寸前のはず。

 俺はその問いに答えることもせず、先端を舐め上げ、吸い上げ、しゃぶり、唾液と先走りでずるずるになった太竿の根元からぷっくりと張った鰓までを、それこそものすごいスピードで上下に扱き上げる。

 酔いが回り、突然のことに頭が追いついてないだろうおやっさんは、下半身にのしかかった俺の身体をはねのけるまでの力は無いようだ。

 

「ああっ、あっ、あっ、このままだとっ、止めろっ、陣太っ、止めろっ!」

 最後の瞬間を期待して、ねぶり上げる舌の動きを加速し、口中の圧を下げては次々と湧き出る先汁を吸い上げる。

 右手は唾液のぬめりを最大限に活かすよう、高速で扱き上げた。

 

「あっ、ダメだっ、イくっ、イくっ!」

 

 もう、夢中だった。

 たぶん、これでもう俺とおやっさんの付き合いは無くなる。

 首にされるだけならまだいい方で、俺に取って一番きついのは、おやっさんに軽蔑されることだろう。

 ホモやゲイってことだけでは今どきを生きてるおやっさんもそこまで毛嫌いするものでも無かったろうけど、酔いつぶれたところを襲って無理矢理射精させてるなんて、人として一番しちゃいけなかったなんてのも分かってる。

 でも、我慢出来なかった。

 軽蔑されようが、唾を吐かれようが、もうこの瞬間には「おやっさんをイかせたい」「おやっさんのを飲みたい」ただその欲望だけが突っ走っていた。

 最初におやっさんの下着に手をかけた瞬間から、俺の中でのゴールは既に決まってしまってたんだと思う。

 

 かなり溜め込んでいたのか、俺自身のオナニーのときよりも何倍もありそうな量の粘りけのある汁が喉を直撃する。

 精液特有のえぐみと生臭さが、一気に鼻に昇ってくる。

 俺は外にだけは漏らすまいと、えずきたくなる衝動を何とか抑え、だされた雄汁を飲み込むことだけに全神経を注いだ。

 ノンケに取って吐き出された自分の汁なんて見たくも無かろうし、その匂いも嗅ぎたくないだろうし。

 

 びくびくと小さな痙攣を繰り返していたおやっさんの下半身が、ようやく落ち着いてきた。

 俺はくすぐったさをなるべく感じさせないよう、出した後もそこまで体積を減じていない亀頭をその先端だけを吸い上げるようにして後汁の始末をする。

 おやっさんは射精の瞬間に声を上げて以来、一言もしゃべっていなかった。

 

 俺もそこまでの経験があるわけでは無かったけど、精液を飲んだ後の口からは独特の匂いがすることは知っていた。

 黙ったまま、台所で口をすすごうと部屋を出る。

 おやっさんが目を覚ましたと分かった時点で俺の股間のものは萎えてしまっていたけど、ひんやりとしたその感触が自己嫌悪の感情を倍にしていた。

 

 俺がうがいをし、顔を洗って部屋に戻ると、おやっさんはあぐらをかいて座っていた。

 寝たふりをしてくれてるんじゃないか、という俺の都合のいい想像は打ち砕かれる。

 

 二人とも何も言わない。

 

 俺は黙ったまま、荷物をまとめる風にして、ザックにノーパソやらなにやらを詰め込んでいく。

 たとえバイトとしての存在は赦されたにしても、もう泊まれない、泊まらせてはくれないと思ってた。

 

「お前、ホモだったんか?」

 

 しばらくの沈黙の後、おやっさんが畳に目を落としたまま呟いた。

 答えを求められてる訳でも無いとは思ったけど、先ほどまでの激情が霧散した俺は、もうどうにでもなれという灼けっ鉢な気持ちになっていた。

 

「ごめんなさい、気持ち悪かったですよね。今日はもう帰ります。原付は置かせといてください。ごめんなさい、本当にごめんなさい」

 

 泣きそうになってた。

 ダメだ、やっぱり自分の口からは「ホモ」とか「ゲイ」とか、言えなかった。