岐跨村の男達

その3

 

相棒と神代

 

 一見放埒にも見える相棒同士の交情の中にも厳密な約束事があり、神代の選籤と同じく6月の朔日に神代によって定められる一人の「相棒」と、神代によるものしか、他者からの刺激で果てることは許されていない。

 数え15から55までの村の男は「棒達(ぼうだち)」と呼ばれ、神代より一年毎に「相棒(あいぼう)」となる生活上も性欲処理をも内包する意味合いでのパートナーを指定される。

 この男として最も性的エネルギーが昂ぶる期間を、男女のペアにも似た結合を人為的に成立させることで乗り越えようとした結果なのであろう。

 おそらくはその疾風怒濤とでもいう時期の破壊願望にも似た男達の欲求発露を抑制するため、固定された関係の中での愛情発露と性欲発散を効率的に行うためのシステムとして機能してきたのではなかろうか。

 

 互いに相棒となった者達は住まいを同じくし、その二人は「相棒組」と称される。更にそのうちの幾ばくかの者は、子どもや年寄りとも一緒に暮らすこととなる。

 相棒を持つことが出来る棒達の対象年齢から外れる、12から14までの年少の者と55以上の高齢の者達は、それぞれ「神子(かんのこ)」「神翁(かんのおきな)」として尊重され、同居している棒達が世話をする。神子、神翁は同居の棒達との肉体接触は認められているが、他の棒達とは禁じられていた。

 

 社殿での神代との接触を希望する者はあらかじめ申し出ておけば、いついつに昇殿をとの返事が来る。

 神代側からは月の1日と15日を除いた日に指定した相棒組を「御客」と呼び、己の肉体での歓待を行うのだ。

 本年の相棒組は三十五組あり、そのほとんどが希望を出すため、実際に昇殿が許されるのは1ヶ月から1ヶ月半に一度ほどの割合となるのだ。

 

 かつて美袴村との並立存在が固定化していく村の歴史の中で、少数の者へと性欲の対象が集中することがあり、そのための争いが村としての体力を奪ってしまう史実があったのだろう。何らかの権力による相棒の独占と占有を防ぎ、神代による神託という形での平等性を担保した仕組みが相棒制度として固まってきた。

 互いの希望などは一切考慮されず、神代によって個々人の性格性癖、過去の相棒歴から厳密に組み合わせられ、与えられる制度なのであった。

 

 岐跨村で日常を過ごす男達に取って、自らの内から湧き上がる性的なエネルギーを処理するためには、自らの手によるもの、相棒との肉体的な接触、神代との肉体的な接触に限られる。

 村の祭りである秋口の神事と厳冬期の禊ぎにおいてはその規制が取り払われ、全員が互いの肉体を糧にした射精が許される。

 しかしそれもまた、対象を個人に絞ることは許されず、あくまでも「神事の期間中」に「社殿内」で「棒達全員」との交合でのみ発揮されるものであった。

 

 これらの決まり事により、岐跨村に生きる精通を済ませた男に取って許される性欲の発露方法は、「相棒」と「神代」との接触がほぼそのすべてとなる。

 普段から生活上の付き合いのある「相棒」との行為では、互いが生業上でもパートナーであったりするためにそうそう無茶なことは出来ないのであるが、村全体の「贄」としての存在である「神代」との行為に於いては、その抑制がすべて取り払われ、過激なものとなってしまうのは自明のことであった。

 男達の支配欲、嗜虐欲、性欲、膂力をすべて受け止めるため、アトのモノである重吾はこれから数年をかけ、サキのモノである雷蔵からじっくりとその肉体と精神を改造されていく定めとなるのだ。

 

 口中での射精を促すため、互いの性器をしゃぶりあい、サキのモノである雷蔵の教えを乞う。喉の開け方、力の抜き方、押し入る際には出来るだけゆったりと迎え、引き出される際には喉も口蓋も搾るように圧迫する技術。長大なものに至っては九寸にも届こうかという逸物を、そのまま喉奥に入れ込むための訓練が行われる。

 最初は台上にて喉の開きやすい仰向けに横たわり、頭を垂らした姿勢の重吾の喉に、雷蔵の平均以上の逸物がゆっくりと差し入れられる。喉奥に雷蔵の亀頭が届いただけでえずいてしまい、涙と鼻汁、涎で顔中をぐしゃぐしゃにしていた重吾が、半月もせぬうちに内側から突き上げられる喉を、雷蔵の労働に厚くざらついた手のひらが外側から圧迫しながら前後に出し入れされることが、粘膜から直接脊髄へと快感を溶かし込むようにと変化する。

 

 今で言えば軽い麻酔のようなものであろう、雷蔵の勧めるままに口中に溜め込み、うがいをするように喉へと浸透される薬湯は嘔吐反射を減じることで、挿入されるものの快感と挿入するものの心理的抵抗を無くしていく。

 

 雷蔵との、あるいは村の男達との交合の際、室内に焚かれる二種の合わせ香もまた、男だけに作用する催淫と精力増強の作用をもたらしめる。

 

 何度でも埒を上げることを楽しむ男には、行為に入る前に皮膚の接触の敏感さを上げる軟膏をたっぷりとその肉棒と先端、両手で支えるほどの睾丸、ぽっちりとした乳首へと塗り込める。

 とりわけ大人の握り拳のほどもありそうな睾丸への塗布は薬効あらたかであるのか、表面の皺を伸ばしながら塗り広げているその最中にも、堪えきれずに大量の汁を飛ばす者もかなりいるという。

 反対に射精直前の快感を長時間味わいたい者には、神代の喉に流し込む薬湯を膨れ上がった亀頭に染み込ませる。

 

 これらの薬湯薬香の原料採取、精製、管理もまた神代の大きな仕事であり、村の薬師としての役割も兼ねているのであった。

 

 

殴打

 

 六月の中程、社殿に重吾が神代に選ばれて初めての「御客(おんきゃく)」を迎える日が来た。

 これからは毎月の1日と15日以外のほぼすべてで、この社殿に毎夜相棒2人を迎えることになる。

 棒達から見れば、ほぼ一月に一度は神代を訪ねることが許されることとなる。

 神子や神翁と共に暮らす者も相棒組のうちの半数ほどおり、そのもの達については神子、神翁を同伴しての昇殿も可能である。

 今回は「文治」「重晴」の二人の相棒組が招かれた。

 

 神代に代々伝わる人別帳には、村人一人一人の詳細な記録が残されている。

 美袴村から引き継いだ養育録はもとより、病や怪我、気質や相棒歴、性癖や毎回の昇殿内容などが日々書き加えられ、新しく神代に選ばれたモノはまずその内容を把握するだけでもかなりの時間を取られるのである。

 

「雷蔵殿、ここしばらくの文治殿の記録を見ますれば、『ささら竹にて神代を打ち据え、己が逸物は神代の口中にて滾らせ、後には自ら慰め吐精へと至る』『この楽しみ方は神代との交情の際のみ見られ、相棒との振る舞いは口中、後口にて受ける交情のみ』とのこと。また重晴殿にては『手または口にての奉仕を喜び吐精へと至る』『相棒への振る舞いは主に後口への責めにて逐情を果たす』とございます」

「うむ、文治殿については激しく神代を折檻し、そのことそのものが本人の興奮を増す。前回は打ち据えつつもう一人の神代が魔羅をしゃぶり続けるが、最後は己が手で扱いて果てておられる。どうやら我らとのこの試しにより、その激しい情欲は相棒へと向かずに済むらしい。重晴殿は相棒との日常での交情は激しいものの、我らとの際には横たわった本人に我らの手指と口で丹念に扱くことでの吐精を好まれておる」

 

 かつて「岐跨の男はおなごを壊す」と言われた暴力性は、男女の生活空間の分離といった物理的な隔離によって一定の衝動低下が見られたのだろう。にもかかわらず、やはりその屈強な肉体の奥底に眠る熾火のような嗜虐性は、いずこかでの発散を求めるのであろう。

 文治に見られるような、神代との交情を逸物への刺激という形ではなく、他の形態にて求める者も多かった。

 このような男達の情動を受け止め、その余りあるほどの性欲や嗜虐あるいは被虐性、支配欲、暴力性などを一身に引き受けるのが、神代たるモノ達に求められている役目であった。

 アトのモノである重吾に取って、初の試しとなる御客にこのような嗜癖を持つ文治と重晴の相棒組が選ばれたのは、重吾にこれからの神代としての自覚を深く理解させんがための、サキのモノ雷蔵の特別な計らいであったのかもしれぬ。

 

 また、重晴のような普段はいわゆる責め役としての立場でありながら、神代との行為では徹底的に「される」側になるというのも、神代との行為はやはり「特別なハレの行為」であり、「日常のケの行為」との峻別を図ることにより、自らの精神の安定を求める者が一定数いるのであろう。

 これらの者に対しては、神代に伝わる様々な秘薬や技を使い、普段の情交では味わえぬほどの快楽を存分に与えることもまた、その絶大なる求心力を低下させぬ為、神代に求められるものであるのだ。

 

「重吾殿にあたってはまだまだ心身の鍛錬も出来ておらず、その点は文治殿も理解しておられるだろう。今回はわし一人が打たれることになる。冬の前にはおまえ様にもささら竹の痛みを味わってもらうことになるが、それまではわしに任せよ」

「私の方が打たるる責めに耐えることは出来ましょう。雷蔵殿一人が打ち据えられるのを見ている方がつろうございます」

「なに、年の若くあられる分、重吾殿が壮健ではあられるだろうが、こればかりは打ち据えられながらその痛みを快感へと転じ、最後は文治殿の嬲りにて汁を噴き上げなければおさまるものも納まらぬ。おそらく重晴殿は文治殿のわしへの折檻を見ながらその肉棒をおまえ様に任されるゆえ、文治殿の最後の吐精に合わせての逐情となるよう、心して努めよ」

 

 文治、重晴二人の試しの有様は、雷蔵の予測通りに展開したと言える。

 神代、相棒組、みな六尺一つの裸体となり、文治の手によって雷蔵の両手には縄がかけられることとなった。

 

 足裏が床に触れるように調整された釣るし縄は、肩が外れぬ用心であろう。雷蔵の両腕を介し、高い梁へと渡っている。

「重吾殿は儂の仕置きは初めて見ることになるが、雷蔵殿との話にて、今日は儂と重晴殿の魔羅をしゃぶってもらうだけで済ますこととする。重吾殿の身体を打ち据えることが出来るのを楽しみに待つゆえ、神代としての鍛錬を怠らぬようにな」

 岐跨村の男達の中でもその大きさでとりわけ目立つ文治の肉体は、今の単位で言えば130キロほどもあるのであろうか。六尺を優に越える背もさることながら、骨太い肉体は四肢体躯ともに丸太のように肥え太り、されども内にある筋肉はどのような力仕事でもこなせる筋量を誇っていた。

 

 文治が手に持つのは、竹の一方を細かく割り裂き、手持ち部分を割り止めしてある通称ささら竹である。

 竹刀や一本の木棒と違い一度振り下ろせば割れた竹が肉の表面を細く挟み込み、打ち据える度に真っ赤な蚯蚓腫れを幾重にもその肌へと刻み込む。打撲とともに、皮膚への擦過傷をも与えることとなる残忍といえば残忍な武具であった。

 

「ばんっ! ばんっ!」

 木棒や一本竹で殴られる際に聞こえる低い打撲音とは明らかに違う、ひしゃげた音が社殿内に響き渡る。

 

「うっ、うぐっ、うぅっ・・・」

 ひたすらに振り下ろされるささら竹からの痛みに声を上げまいとする雷蔵ではあるが、堪えようとも漏れ出る呻きは止めることが出来ないのであろう。

 文治はささら竹を握り締める己が利き腕に感じる雷蔵の肉体の逞しさに欲情を覚えるのか、その股間は六尺を突き破らんとするほどの昂ぶりを見せている。

 

「新しい神代どのも、なかなかに上手いのう。祭りのときにもあまり情を交わしたことも無かったが、これはもったいなかったかもしれぬ」

 重晴は重ねた布団を背に両足を投げ出すように緩く横たわり、正面に文治の折檻の様を見上げている。褌はすでに解かれ、神代二人に勝るとも劣らぬほどの逸物は垂らされたぬめり汁に艶を返していた。

 重晴の右横に横たわった重吾の右手は重晴の股間をぬらぬらと嬲り、その舌と唇は隆起した乳首を刺激するのに忙しいようだ。

 

 半刻ほどの時間が経ち、さしもの体力を誇る文治としても打ち疲れを感じたのであろう。茶を入れてほしいと、手を止めることとなる。

 

 重吾があらかじめ雷蔵の指示で用意していた茶もまた、薬効のあるものであり、碇草の茎や葉、五加木の根、南天の葉などを乾燥したものを煎じた薬湯である。

 激しい打擲を受けた雷蔵もいったん縄を解かれ、重吾の手で気付けの薬湯で水分補給を行う。

 

「さて、この後は儂の気のイくまで、嬲らせてもらうぞ。雷蔵殿、覚悟はよいか」

「なんの、文治殿の気をやり、こちらも気をいかせるまで受けきってみせますので、思う存分打ち据えくだされ」

 

 人を打ち据えることで性的な興奮を覚える文治のような者を初めて見た重吾には、やはりとまどいはあるのだが、雷蔵と文治の会話には打ち打たれる者同士に通常感じ得るような、上下関係がある様はついぞ感じることが出来なかった。ある意味、そこには対等とも、また勝ち負けを争う両雄とも見られる趣すら感じていたのだ。

 

「ばんっ、ばんっ、ばんっ、ばんっ!」

 先ほどよりも凄まじい強さと早さで、ささら竹が振り下ろされる。

 その度に鞠のように弾む雷蔵の肉体は、細く掻き傷のように見えていた腫れは何重もの打撲に重なり、一面赤く腫れた皮膚に全身を覆われてきている。

 一服の後、全員が褌を解き、すべからく勃ち上がった太魔羅の先々には透明な露が溢れ出していた。

 

「雷蔵殿を、下ろすぞっ」

 文治の悦楽が高まった印であったのだろう。

 みなで雷蔵の縄を解き、互いにぬめり汁をたっぷりと手にする。

「雷蔵殿はおのが手で魔羅を扱き、儂がイくのと同じくして果てよ。重晴殿も儂が気をやるときに共に果てようぞ。重吾殿も重晴殿に扱いてもらえっ」

 

 文治の指示に従い、雷蔵は蹲踞の姿勢にて文治に背を向けしゃがみ込む。くゆらせ続けてある合わせ香の効力か、その逸物はすでに勃ち上がり、いまかいまかと噴射の時を待つ。

 重吾は重晴の太い首に左手を回し、指先で重晴の左乳首をつまみ上げる。唇と舌は右の乳首を責め上げ、伸ばした右手で重晴の太魔羅を扱き上げる

 三処責めに全身を仰け反らせるほどの快感を味わいながら、重晴も重吾の股間に右手を伸ばした。

 

「ばんっ、ばんっ」

 先ほどまでの鋭さでは無いが、痛みを与えるには充分すぎる打ち付けが、しゃがみ込んだ雷蔵の広い背中を襲う。

 文治は左手にとったぬめり汁を自らの逸物にまぶし、堅く天を向くそれを握りつぶすほどの勢いで上下に扱き上げている。

 

「おおっ、イくぞっ、イくぞっ、みな、一緒にイくぞっ」

「イくっ、イくっ」

「よし、イけっ、イけっ」

「わしもっ、イくっ」

 

 四人の男達の雄叫びが上がる。

 

 最初はやはり、文治であった。

 四匹の雄が醸し出した汗と香の薫りで噎せ返るほどであった社殿に、濃厚な栗花の匂いが加わった。

 

「・・・よい気をやることが出来た。雷蔵殿には澄まなかったな」

 自らが打ち据えた雷蔵の身体に多量に浴びせ掛けられた文治の精汁が、その粘性ゆえにゆっくりと流れ落ちていく。

 その濃厚な汁を手に取り旨そうに啜りあげるのは、やはり雷蔵の神代としての性なのかもしれぬ。

 

「なに、わしも最後によい気をやれたよ。前回はささら竹の先端で嬲られながらであったが、あれもまたよいものだがな」

 社殿の高い天井に、先ほどまでの暴力の嵐がまるで無かったかのような、男達の笑い声が響いた。

 

 いまだ神代としての経験が無きに等しい重吾に取って、雷蔵の心持ちを芯から得心出来たわけでは無いのだろう。それでもそこに、痛みを与えられた恨みの気配など一切残っていないことだけは理解しているようだ。

 

 

長月の夜

 

 重吾が籤にて神代へと選ばれ、やがて三月が過ぎようとする長月となった。山の季節は一気に秋へと進んでいる。

 早めの夕食を済ませ、風呂にて身を清め、今夜の御客を待つ二人。

 社殿奥、祭壇前の長囲炉裏には炭が熾され、土間には二カ所に積み上げられた薪に火の手が上がっている。

 季節からは考えられないほどに温められた社殿の中では、褌一つでも汗ばむほどの室温となっている。

 

 雷蔵があらかじめのことか、重吾へと声を投げかけた。

 

「今宵の御客(おんきゃく)は、徳造殿と吉佐殿となる。この二人の性質は覚えておるか」

「徳三殿が四十四、雷蔵殿と同じ代でございますね。吉佐殿は今年が棒達最後の五十五となられます。前回昇殿までの記録によればおそらく徳三殿が主権を握り、吉佐殿は補佐に回るかと。徳三殿はとにかく神代の亀頭を何時間も嬲り続け、その間に自らは神代や吉佐殿に己の逸物をしゃぶらせることでの数回の逐情を果たし、我ら神代には一度たりとも吐精を許さぬのでは無いかと。吉佐殿の方は神代の口と手を使っての一、二度の吐精になるかと思いますが」

「うぬ、そのような案配で良かろうかと思う。我らは徳造殿にひたすら吐精を懇願し、あやつに我らを完全に支配しているという実感を与えてやることが何よりも重要となる。それには如何にすれば良いか分かるかの」

「・・・、徳造殿の責めにひたすら気をやらせて欲しいと懇願し、許されるためにはどのような辱めを受けるつもりであることを宣言すればよろしいでしょうか」

「うむ、特に重吾のような若く逞しいモノが自らに屈するのは、徳造殿の大いなる自信へと繋がろう。なんとなれば吉佐殿もかつて神代の経験ある者ゆえ、横から手も入れてくれようかとは思うしの」

 

「最初から褌も外し、頭を下げたまま挨拶をすることから始まるぞ。香も燻らせておくので、紐で棹と玉を固く縛り上げられる際に、互いに決して漏らすこと無きよう、心してかかれよ」

「おそらくは二刻ほども気をやらずに嬲られるままというのは、私としても初めての試しとなります。不甲斐なき様を徳造殿、吉佐殿に見せぬよう、精進いたします」

「うむ、今年の神代もよき勤めを果たしていると言わせてみようぞ」

 

 夜五つ(20時)前、徳造と吉佐が社殿入り口に現れると、平伏した二人を前に羽織っていた上着を脱ぎ捨てた。二人とも締め上げた六尺褌の前袋は拳二つ分ほどにも盛り上がり、これから始まる行為への期待が見て取れる。

 

「吉佐殿、徳造殿、お待ちいたしてしておりました」

 神代を代表して、雷蔵が歓迎の言葉を述べる。

 

「新しい神代殿の初の相穿(あいがち)に選んでもらえるとは光栄だな。俺の楽しみ方は雷蔵殿から聞いておろうし、重吾殿のよがり声をこちらも存分に楽しませてもらおうかの。吉佐殿との交情では元神代の性技を堪能させてもらっておるで、その分の礼も含めて俺の手の技を味わってもらうぞ」

 徳造の言葉には明らかにからかいの響きも伴っているのだが、それをもすべて受け入れるのが神代たるものの役目であった。

 

 脱いだ草履は吉佐が揃え、雷蔵と重吾に小さく頭を下げたのは神代経験者としての敬意の表れだったのだろう。ずかずかと板の間に上がった徳造とは対照的な動きであった。

 

「重吾殿は俺の前に立ち、両の手は頭の後ろで組んでいてもらおうか。お前様にはぬめり汁で逸物を弄ってやるので、俺の命あるまで決して勝手に漏らすでないぞ。雷蔵殿は四つん這いになり、俺の肉棒を手と口で念入りに扱いてもらおう。雷蔵殿の尻と逸物は吉佐殿に任すので、こちらも許しが出るまでくれぐれも漏らさぬことだな。さて、神代お二人には棹と玉を革紐でくくらせてもらうぞ。これをやられて弄られると何もせぬときの倍ほども感じるからな。では、重吾殿、俺の目の前にて腰を突き出されよ」

 

 合わせ香の煙が社殿を満たし、堅く勃ち上がった重吾の逸物と手の平いっぱいに乗るほどのふぐりの根元が皮の細引きを二重に回し、きつく縛りくびられる。

 雷蔵もまた、吉佐の柔らかな手のひらに乗せられた双玉ごと己の摩羅がくくられる感触に身悶えしている。

 その刺激と密かに塗り込められている尻肉の中の軟膏の効果か、重吾の先端からは床に届くほどの糸を引く先露が漏れ出している。

 

 今宵は重吾に取って、長い夜となるだろう。

 雷蔵の思いはサキのモノとしての当然の思いであり、アトのモノとして過ごした経験則から導かれる確実性の高い予測でもある。

 

 そこにあるのは決して同情や、苦行を強いられる若者への憐憫では無い。神代として、一人の男として、目の前の青年が成長していくために乗り越えなければならぬ通過儀礼を見守るサキのモノとして、当然と言えば当然の思いであろう。

 重吾もまたここしばらく学んできたこの村の男達の秘めたる熱量を受け止める責務を負う、アトのモノとしての自らを誇りに思う、夜の始まりであった。