南方第二騎士団の壊滅と

獣人盗賊団への従属

その4

 

騎士団の夕餉と団長ボルグ

 

「おかえり、アレク。兎は豊作だったようだな。それにしてもお前、熱でもあるような顔してるが、何かあったのか? それにこの匂いは……。犬獣人とでも会敵したのか?」

 

 アレクが狼獣人のレイに犯された後、騎士団員の待つケイブへと戻ったのは、日が傾き始めた夕方前だった。

 団長のボルグが声をかける。

 川で流したとはいえ、全身に染みついた獣臭と性臭は、敏感なボルグには違和感として感じられたのだろう。

 

「ああ、兎を仕留めるのに少し走ったせいですかね。群れを襲おうとしていた野犬の集団ともバッティングしたので、そちらも何匹か手にかけざるを得なくて……。返り血を浴びてしまったので沢で洗ってはきたんですが、やはり匂いますか?」

「そりゃ大変だったな。お前さんのことだから、危ない橋を渡ったわけじゃないんだろうが……。で、今日の晩飯はその兎ってワケだ」

「ええ、香草もそれなりに採れたので、今日のメインは兎のシチューにしようかと思ってます」

「そりゃ美味そうだ。野営もきついが、アレクの飯が喰えるというの、俺達の団の売りでもあるしな」

 

 とっさに思いついたアレクの言葉に納得したのか、ボルグからのそれ以上の追及は無さそうだ。

 なにより獲物をきちんと持って帰ったことだけでも、安心しているということだろう。

 

「日が落ちるまでには作りますので、楽しみにしといてください」

「ああ、頼む。誰か手伝わせなくていいか?」

「このくらいなら1人で大丈夫です。寒くも無いですし羽虫の季節にはまだ早い。せっかくなので外で食べられるよう、用意してもらってていいですかね?」

「ああ、ベル達に言っておこう。それじゃあ、美味い飯を、頼んだぞ」

「了解です、ボルグ団長」

 

 血抜きは済ませていた兎の皮を剥ぎ、内臓を避けて大きく肉を切り分ける。

 ぐらぐらと煮立たせた湯に肉を入れ、丁寧に灰汁を取っていく。臭み消しにと森で調達した香草を束にして入れれば、すでに一級品のスープの香りが辺りに漂っていく。

 ざっくりと切った野キャベツと備蓄品のジャガイモを軽く油通しをし、兎肉の鍋でしっかりと火を通す。

 麦の粉とバターを合わせたルーを溶き伸ばし、兎のスープと混ぜ合わせれば、香草の香りも高いシチューの出来上がりだった。

 付け合わせに備蓄品の干し肉をほぐしたものを森で採れた野菜と合わせ、ボリュームたっぷりのサラダも用意する。

 日持ちする硬いパンを薄くスライスし、食卓の用意は調ったようだ。

 

「団長……、セオリオ、ベル、みんな……。済まない……。私は、私はレイの言葉には、逆らうことは出来ないんだ……」

 

 ここまで楽しげに調理を進めていたアレクの顔が、一瞬にして曇る。

 ベストの収納ポケットに入っている小瓶のことを思い出したのだ。

 厨房の入口に目をやり、団員の気配が無いことを確認したアレクが、小瓶を兎の鍋の上で傾けた。

 

「こ、この匂いは……。た、たまらん……」

 

 一度でも獣人の体液に『当てられて』しまった人族は、経時的な効果の漸減はあれども、次の体験ではもうその魅力に抗えなくなることは、騎士団だけで無く、この世界においてはほぼ常識たるものですらあった。

 それゆえに、人族が他種族のものと、生活上の、あるいは性的なパートナー契約を結ぶ比率はかなり大きい。それは人族を含む6種族が、各種族ごとの発生確率の違いはあれど、親となる個体の種族とはランダムに生まれ来るという、この時代における生殖基盤のシステムと、ニーズと結果が合致しているとすら言えるものだったのではあるが。

 

 先ほどまで、その口で、その鼻で、性器や体内の粘膜で、十二分に味あわされた狼獣人の体液により活性化されたアレクの情欲と精液生産能は、再びの性臭にいっそうその働きを強めていく。

 瓶の中身を己1人で喉に流し込みたくなる強烈な欲望をなんとか抑え、アレクはむわりとした獣臭豊かな混合獣人精液を、今日のメイン料理の中へと溶かし込んだのだった。

 

「おお、美味そうだな。兎が捕れたって聞いたが、やはりそれか?」

「はい、副団長。半分をシチューにして、残りは備蓄品の干し肉用に塩漬けにしてます」

「匂いがもうたまらんな。おい、エールは冷えてるのか? ベル?」

「冷やしちゃおきましたけど、バーンさん、ほどほどにしといてくださいよー」

 

 夕食前の、いつもの穏やかな時間だった。

 ただアレクの心の中以外においては。

 

「おう、アレク! お代わりだ!」

「たくさんありますから、皆さんもどうぞ」

「お、俺ももらおうかな」

「バルガスさんも、はい、どうぞ」

 

 いつもの和やかな食卓では、アレクの張り付いたような笑顔には誰も気が付いていないようだった。

 汗ばむほどであった昼間に比べ、ケイブ周辺の気温はわずかには下がってきている。

 それでも夜気の冷え込みにはまだ遠い、そんな時間。

 

「ふう、兎、喰い過ぎたか。汗、出てきちまったな」

「確かになんか、元気が湧いてくるって感じだな。それこそ若い連中は、その辺りを走ってでもこんとおさまらんのじゃないか?」

「なんだ、バルガス。お前さん、ムラムラしちまってんのか? 久しぶりにおっさん同士で盛り合うか? ん?」

「バーン、若いもんもいるんだ。少しは自重しろや」

「へいへい団長。あんたは1人でセンズリ派だもんな……。俺はそっちの方が、むっつりスケベだと思うんだが」

「おいっ、バーンっ! なんてこと言うんだ!」

 

 団長のボルグ、副団長のバーン、弓遣いのバルガス。

 この南方第二騎士団の中心メンバーであり、いずれも入団して20年近くを数える猛者達だった。

 第2世代とも言えるセオリオ、アレク、ベルの若者達には、またバーンの色気話が始まったのかと苦笑いすることしか出来ない。

 

 ここ数年は団長のボルグは自分なりの考え方で団員との性的な接触を行わなくなってはいるが、他の団員にその考え方を押し付けるというとのでもないらしい。その分もあってか、性欲絶倫、性対象も雌雄種族に頓着しないバーンの好色さが、いささか誇張されてしまうのだろう。

 もっとも、この6人の中で、バーンとの夜を過ごしていないものは、新人のベル以外にはいなかったのだが。

 同年代のバルガス、また、数年前まではボルグもまた、バーンとの互いの性欲解消に熱い夜を過ごしていたのだ。

 当然、年長者3人に憧れていたセオリオやアレクも、バーンの巨大な逸物をしゃぶることに、抵抗は見られなかった。

 一番年若いベルについては、なぜまだバーンが手を付けないのか、周囲のもの達からは不思議がられている。ベルの普段の言動からすれば、それを喜ぶことはあっても拒否することはないだろうと、周りのもの達はみなが思っていたのだった。

 

「ふう、ごっそうさん。それにしても、ホントに暑ちいな……。マジでおっ勃っちまいそうだ。お前らも適当に抜いといたが、しっかり寝れるぞ」

「兎肉って、こんなに精力付くもんなのか? バーンじゃないが、確かに身体が火照ってくるな……」

「だろう、バルガス。どうだ、今から軽く、しゃぶり合いでもするか?」

「バーン、お前、ホントに大丈夫か?」

 

 バーンがさも軽口のように言い放つが、その血走った白目の部分がどうにも処理しようのない性欲の昂ぶりを示していることに、長い付き合いのバルガスも気が付いたようだ。

 

「まあ、俺から何か言えるわけじゃ無いが、お前らもほどほどにな」

 

 バーンの次にはバルガスが、ようやくその重たげな身体を持ち上げた。妻帯者でもあり、性的な言動についてはかなり控えめなバルガスが、十分にその意が取れる言い回しをしたことに、若い3人も驚いたようだ。

 立ち上がったその腰布の前が、大きく盛り上がっている。

 若い連中の『そこ』もまた同じ状態であることに安心したのか、自らの部屋へと戻るバルガス。

 

「俺もちょっとそこらで頭を冷やしてくる。バルガスの言う通りだな。兎料理でこんなに精が付くってのは初めてだ」

 

 年長者の3人の中では最後に、団長のボルグもまた、テーブルを立つ。

 アレクとセオリオ、ベルはかえって寡黙となり、食卓を急いで片付けている。

 若者達をちらりと眺め、ボルグはケイブの東、少し離れた台地に向かったようだ。

 

「それにしても、なんなんだ、この身体の火照りようは……。訓練で熊獣人の精液を飲まされたときのような具合だが、それとも微妙に違うような……」

 

 ボルグは全裸となって、平たい大石の上にいた。

 

 何年前のことだったか。かつて彼が野盗に襲われていた村の救援にあたった際、その村に古くから伝わるというZENという教えに興味を持ったのだ。以来、暇を見つけてはその村に通い、導師と呼ばれる賢者に教えを受けた。

 いまではZAZENという、結跏趺坐をし、己の心を鍛える行を日課とするほどに、その教えに傾倒しているボルグ。

 部屋でも、とも思ったのだが、団員達のいるケイブではどうしても研ぎ澄まされた感覚が他の団員の気配を濃厚に感じてしまう。己の下半身に漲る性的な興奮に、1人身体を冷まそうとこの台地に向かい、いつもこの行を修めるときのように全裸となる。

 全身の肌で周囲の『気』を感じ取り、己の五感を研ぎ澄ます。

 集中が結跏趺坐を解いたときにすら続くようになったとき、人族の身でありながら、いわゆる『鼻が利く』状態が開花する。他の団員が気付かなかったアレクの洗い流したはずの獣臭を1人感じた感覚は、このZENの修練の賜でもあった。

 鍛えられたボルグがその身に布一枚も身に付けず無心に座るその姿は、古来アジアと呼ばれる地域で盛んに建立された、仏という神の一種の像に見紛うほどのものであったろう。

 その股間に隆々と聳え立つ巨大な逸物だけが、ボルグが平常心とはほど遠い心情であることを伝えていたのだが。

 

 その姿を少し離れた茂みから覗くものがいた。

 

 ボルグであれば、いや、騎士団員であればたとえその倍ほどの距離があったにしても、その気配に気付かないことはないほどの近さか。

 足の裏がほぼ天空を指すほどの向きに交差されたボルグの太い両足。

 その膝に軽く置かれた両手は軽く開かれている。

 たとえ行のために目を閉じていたとしても、普段のボルグであればこれほどの近くにまで、気配にすら気付かずに他者の接近を許してしまうことは無い。

 

”ほう、これは何かの修行でありましょうかね。かなり集中しておられるようだが、残念ながら私の術の前には感知能力も発揮できぬでありましょう”

 

 すでに日が落ちた闇に紛れてるとはいえ、茂みに潜んでいたのは、全身を黒に近い茶色の体毛で覆われた牛獣人であった。

 その角の表面は周囲状況の把握をする第三の感覚器官とすら言えるほどに感知能力に優れ、ボルグの心身状態の把握も当然のようにこなしている。

 

”一応、集中は乱しておきましょうか”

 

 牛獣人はその穏やかな表情のまま、口中で小さく呟く。

 

「気を散じよ」

 

 とたんにそれまで微動だにしなかったボルグの肩が小さく揺れる。

 

「いかんな……。集中すら保てなくなってきているとは……。バーンの話ではないが、一度抜いておくべきか……」

 

 ボルグは肉欲に囚われた現在の状況を、己の未熟な精神のため強烈な性衝動による集中力低下と判断したのだろう。

 だがそれは、牛獣人から発せられた、内分泌腺からの神経撹乱物質のせいであった。

 

 この牛獣人本人も、己の有する能力がはるかなる過去から続くナノ細胞によるものとは認識してはいない。それでも、自らの力の有効性、利用法については、かなりの精度で理解出来ているようである。

 

 能力としては獅子獣人の非常に広範囲に及ぶフェロモン支配には遠く及ばないが、相手が1人、せいぜい2人までであれば、対個人戦術においては絶大なる効力を持つ。

 こちらの存在を対象の意識の外へと飛ばし、たとえ相手の目の前に立とうとも『いないことに』する『隠形・無意識化』、対象の精神集中を乱す『精神攪乱』、逆に、ある空間地点に一定の気配を生じさせ意識を集中させる『顕現・意識化』の能力は、アレクがレイに襲われた際に使われたものだ。

 獅子族のフェロモン操作能力のように種族特性としての発現では無いのだが、その『技術』そのものが失われて久しいものであるがゆえにこの世界ではその存在をほとんど知られず、一般的には『魔法』とすら称せられる特殊能力であった。

 

 なんとその牛獣人は、巨体をのっそりと茂みから現し、大石の上に座るボルグへと近付いていく。

 

「『無意識化』にて私の気配は認識出来ないようにしているとはいえ、さすがに分団を預かる団長さんだと聞くと、少し緊張しますな」

 

 口では『緊張』などという台詞を吐きながらも、ゆっくりと歩み寄る牛獣人。実際には己の接近が気取られるなどとは微塵にも思ってもいないようだ。

 

「おお、団長殿の勇ましいまでの勃起は、さすがに私たち全員の精液を口にしただけありますな。それにしても人族の中でもこの逸物は巨大なものと言えるでしょう。では、その先端に、少しばかり私の汁を、塗らせていただきましょうか」

 

 レイが持参していた小瓶と同じものを、牛獣人もまた己の雑嚢から取り出し、どろりとしたその瓶の中身を指に取ると、膨れ上がったボルグの先端へと塗り込める。

 先の言葉を聞けば、瓶の中身はこの牛獣人の精液に違いない。

 第三者がこの場にいれば、その液体から立ち上る強烈な匂いだけでも警戒心を抱くはずであったが、今のボルグにそれを望むことは出来ぬのであろう。

 これほどのことまでをされてもボルグほどのものに気取られずに動ける牛獣人の技は、非常に強力なものだった。

 

「粘膜から直接の吸収は、口腔からの摂取以上に強力なものですからね……」

 

 不敵に笑う牛獣人の顔は、その穏やかな風貌の中に好色さを滲み出していた。

 

「なんだ、急に火照りが強くなって……。ああ、逸物が熱いし、もうたまらん。ここで1発、抜くか」

 

 普段のボルグであれば、自分の身に起きている変化に疑問を持つのは当然であったろう。

 しかし獣人達の精液による情欲の異常な高まりは、個々人が『なぜ?』と自問すべき状況をも超越するほどのものであった。

 

 団の中では副団長のバーンにつぎ、巨大なボルグの逸物である。

 結跏していた両脚を大きく投げ出し、仰け反るようにしてその節くれだったそそり勃つ肉棒を激しく扱き上げる。ずっしりと太い肉棒を林檎を簡単に割り抜くほどの握力で握り締めているのは、これもまた見事に鍛え上げられた右腕だ。

 

「団長殿ほどのお方が堪えきれなくなっての自慰行為を行うとは。レイから『射精寸前まで昂ぶらせろ』とは言われてるんですが、これではあっと言う間にイッてしまいそうですな……。となると、もう一度……『気を散じよ!』」

 

 いきり勃った肉棒を扱けば扱くほどに、その快感はボルクの肉厚な腰の奥底へと蓄積されていく。

 しかし、いつもであれば数分で快楽の境地へと至る『あの感覚』が訪れることが無い。

 イく寸前の快感の奔流はボルグの神経をますます麻痺させ、ついには唾液を溜めた手のひらで、紫色になるまでに膨れ上がった亀頭を、ぐりぐりぬるぬると責め立て始めた。

 

 ぐちゃっ、ちゃっ、ちゃっ、ちゃっ。

 ぬるり、じゅるり、じゅちゃ、じゅちゃっ。

 

 日頃からの剣の修練で堅くなったボルグの手のひらが、唾液と先走りを潤滑油として巨大な肉棒を扱き上げる。

 そのスピードがいかに早まれど、いつもはすぐに襲い来る『あの感覚』が『来ない』のだ。

 

「あ、イきそうだ、イきそうなのに……。なぜだ、なぜなんだ……」

 

 じゃっ、じゃっ、じゃっ、じゃっ。

 夜の闇に卑猥な水音と、荒い息が響いている。

 どれだけ扱いても、どれだけ亀頭を責め上げても、どれだけその手のひらに余るほどのふぐりを揉み上げても、最期の刻は訪れない。

 

「ああ、イきたいのに、なぜだ。どんなに扱いても、どんなに亀頭を責めても、イけない……。このままだと、ずっとこうしてしまう……」

 

 射精への神経反射すらを『散じて』しまう牛獣人の術は、見事に極められたものだと言えるのであろう。

 

「さて、他の方々のところはどんな具合でしょうかね。こちらの団長さんは放っておいてもしばらくはこのままでしょうから、覗きに行ってみましょうか」

 

 その場を去る牛獣人にはまったく気付けぬまま、ボルクのせんずりは続いている。