男性専科クリニック Part 6

その1

合同セラピー

 

 山崎がこの『野村クリニック』に通い始めて、10ヶ月近くが過ぎた。

 男性の医師と看護師、それぞれ1人ずつしかいないこの小さなクリニックは、男性性機能回復を主たる目的としたそれとしては、一部界隈でかなり有名なようで、完全予約制の診療でありながらも訪れる患者は引きも切らない。

 己の下半身、その逞しい勃起の昂ぶりを久しく味わっていなかった山崎に取り、このクリニックに通うことでのその回復と、新たな性的体験の扉が次々と開かれていく過程は、まさに『失われた青春をすら取り戻す』ほどの勢いだったのである。

 

 山崎登(やまさきのぼる)、43才。

 165センチの身長に80キロを超す体重は、見事な中年太り体型と言っていいだろう。

 それでもかつて相撲部でならした肉体は今でも一定の筋肉を維持しているのか、糖尿や血圧などの異常も無いままに過ごせている。

 学生結婚で早くに生まれた娘二人も、それぞれに結婚、進学と家を出ていき、交友関係も広く忙しい毎日を過ごす妻との日々は、それなりに幸せなものであったろう。

 

 ゴルフ仲間の西田から『お前、最近元気無いんじゃないか?』との声を掛けられ、西田が通うこのクリニックに紹介を受けたのは、もう遠い日のようにすら思える西田であったが、ここで味わうこととなった性と生への豊かな取り組みは、もうかつての味気ない毎日の記憶すら薄れるほどのものとなっていた。

 今では二週間に一度、このクリニックへと通い、一度は個人診療、もう一度は西田との合同セラピーを行うことが恒例となっていた。

 

「今日の合同セラピーでは、前回の予告通り、山崎さんと西田さんお2人が、陰茎、そう、ペニス以外の性器、そうですな、下腹部全体と捉えてもらって構いません。そのあたりについての快感を存分に感じ取り、さらに相手のいる情交においてどれだけその知識とテクニックを生かすことが出来るかを学んでもらいたいと思ってます」

 

 いったい何を言っているのか。

 初めて聞いた者に取っては、異常とも言える医師の言葉であろうが、このクリニックにおいては日々の治療方針がこのような形で提示されることは、実に当たり前なのである。

 

 クリニックの主宰である野村道雄(のむらみちお)医師、看護師の田畑の二人は、診療室で山崎とその友人西田に対峙している。

 今日はこれまでのセラピーの流れとは違う内容を予定しているらしく、最初にその解説の時間をゆっくりと取っているらしい。

 

「先生、下腹部って、まあ、金玉のことですかね? これまでも金玉しゃぶられたり揉まれたりはけっこうやってきたと思うんですが、それでも今回、特別にやるっていうのはなんか今までと違う別なことをやるんですかね?」

 

 山崎に比べると少しばかり慣れた言葉で尋ねるのは西田隆志(にしだたかし)、44才である。

 山崎のように腹が出ているわけでは無いが、そのがっちりと肉付きよく脂の乗った身体は、それなりに鍛えている証拠のようだ。首や腕にくっきりと残る日焼けの跡は、ゴルフ場への往来が賑やかなことの表れだろう。

 

「そうですよね、西田が言うのと同じようなことを、この前の受診のときの説明を聞いて私も思ってました。亀頭責めとかも色々教わりましたけど、後はふぐりをどうこうするって、わざわざやるのかなあって……」

 

 西田も山崎も、クリニックを一歩出れば、年相応に妻帯し子どももいる『普通の』男であった。

 もちろん、野村医師、田畑看護師、さらには玉井医師の下での治療とセラピーとその『行為』については、とてもではないが『普通』という言葉は当てはまらぬものではあったろうが。

 そのような二人が『下腹部への刺激』と聞いて、ペニス以外に思い浮かべるのが睾丸になることは、ある意味では当たり前の想像であるだろう。

 

「お二人の疑問ももっともかと思います。

 これまで西田さんは1年と少し、山崎さんは10ヶ月になりますが、お2人には個別受診でも、また、このような合同セラピー、さらには玉井先生や村岡さん達とのセラピーにおいても、いかに互いの『射精に至る快感』を追求し、自らと相手の勃起を豊かにするものかを学んできていただいたかと思っています。

 そのため、まだお二人に関しては、私達からの刺激、またお二人でやってもらう行為についても、これまでのほとんどが、互いのペニス、まあチンポをいかに扱き上げるか、もしくはぷっくりとしたお二人の亀頭をいかに責めるかを、課題にしてきたと考えていますが、どうでしょうか?」

 

 医師の言葉に頷く二人。

 

「そうですよね……。もちろん亀頭責めで寸止めされての快感もものすごいものですが、確かに言われてみれば、それもまた射精のときの快感を高めるためと思えるし……」

 

 真面目に答える山崎の言葉は、彼自身の実直な性格をも表しているようだ。

 

「そこで今回は、これまでの『ひたすらにペニスと亀頭に快感を与え合う』という状態から少し趣を変え、『男の肉体全体を快楽装置へと変える体験』をしていただきたいと、このセラピーを計画しました」

 

 顔を見合わせる二人の仕草は、当然か。

 

「それって、その、乳首とかですか? 後は金玉とかもでしょうけど、そのあたりはこれまでにも先生達に、さんざん感じさせてもらってきたけど……?」

 

 山崎よりは一定経験も豊富な西田も首をひねっている。

 

「ははは、当然そうなりますよね。山崎さんも西田さんも、私の話を聞いていわゆる『全身への愛撫』のようなものを想像なさったかと思います」

「え? そうじゃないんですか?!」

 

 西田の素直な質問に、にこやかに答える野村医師。

 

「お二人に質問ですが、この前、ゴルフのときの温泉で知り合った村岡さんと宮内さんのことは覚えておいででしょうか?」

「いや、その、もちろんあんな経験して忘れるなんて出来ませんよ、先生……」

「あの二人も、もうもしかして受診されてるんですか?」

 

 医師の問いかけに矢継ぎ早に質問を返すのは、二人とも、温泉での体験があまりにも印象深かったせいであろう。

 中年男達のあの日の露天風呂での『裸の付き合い』は、山崎の全身を愛撫されながらの射精や、村岡のそれ。さらに深夜に至っては総勢6人の男達のせんずり大会へと突き進んでいったのだ。

 

「はい、お二人に関しては西田さん達と違い、最初から二人ペアでの受診をしてもらってます。ああ、もちろん、村岡さんにも宮内さんにも、西田さん達にこのような話をする了解はいただいていますので」

「それで、先生、あの、あのお二人が何か……?」

 

 山崎が訊ねる。

 

「山崎さん。山崎さんはあのお二人と、御自身の違いというか、なにやら雰囲気や考え方、たとえば村岡さん宮内さんの間の雰囲気などで気付かれた点はありませんか?」

 

 医師の質問は単純なようでいて、その回答には言葉を選ばないといけないなと、山崎も感じとったようだ。

 

「ええと、その、よく分かっているわけでは無いのですが、あのお二人は、その、つまり、ホモとか、ゲイとか呼ばれてる方達かな、とは思いました……」

 

 山崎の返答は、いかにも彼らしい気の使いようであったようだ。

 頷く西田の様子に、医師達も頷き返す。

 

「そうですね。このことも包み隠さず話していいとの許可も得ていますが、あのお二人は性的な興味関心が同性に向く、男性同性愛者と呼ばれる方達です。そしてもうお分かりと思いますが、私、野村と、田畑看護師もまた同じ、同性愛者であります」

 

 医師の解説に、何も言葉を発することが出来ない山崎と西田。

 いつもは茶々を入れ、会話を進めるきっかけを作る田畑看護師も、今日はどこか神妙な面持ちで医師の話に聞き入っている。

 

「ああ、あまり固くなられなくて結構ですよ、お二人とも。田畑君もいつもの調子でやってくれんと、こっちも困ってしまう」

 

 空気が固くなっていたものをほぐそうというのか、野村医師が田畑看護師に話を振る。

 

「先生、そんなふうに言われたって、どうしても雰囲気固くなっちゃいますよ。山崎さんや西田さんにしてみると、『なんとなく分かってはいたけど、具体的に言葉にしちゃうとなんか怖い』みたいなのが、きっとありますよね?」

「え、ええ、その、なんというか、触れちゃいけないのかな、とかは思ってました……」

「俺もそんな感じかなあ……。悪いこととかは思わないけど、村岡さん達は先生達みたいに一緒に住まれてるんでしたっけ?」

 

 どちらかと言えば、西田の具体的な質問の方が答えやすかったのだろう。

 医師がにっこりとその相貌を崩し、さらに解説を重ねていく。

 

「私と田畑君はマンションに来てもらって分かったでしょうが、一緒に住んでいます。村岡さん達は住まいそのものは別のようですが、週末はどちらかの家で同棲のような形で過ごしておられるようですね」

「ああ、そういう付き合い方もいいかもしれないなあ……」

 

 西田の感想は、男女へと演繹してのものであったかもしれないが、山崎からしてみると、少しばかり不思議な感想であったようだ。

 

「まあ、そのあたりはおいおい合同セラピーなどで直接聞いていただくこともあろうかと思いますが、本題としてはですね……」

「本題?」

「ええ、最初の話は『男の肉体全体を快楽装置へと変える』ってことでしたので」

「ああ、そうそう。そうでしたね!」

 

 射精を見せ合った仲とはいえ、他人のプライバシーに関することを間接的に話すことにはためらいがあったのか、山崎の返答は会話の内容が切り替わったことに喜んでいるようだ。