海鳴りの家

その2

 

「俺、惚れてた奴が、事故で死んでしまったんです・・・」
 床上げをしたその晩、俺は夕飯の後にいつもの晩酌を始めた二人を前に話し始めた。
「あんちゃんが話したくないなら話さなくてもいいぞ。俺達、なんも気にせんからな」
 親父さんの台詞に匠さんもうなずく。
「いえ、お二人には聞いてもらいたいんです。俺の中で整理するためにも・・・」
「二人でやっとアパートを借りた矢先でした。俺、ここに来たとき、死のうと思ってなかったかと言えば嘘になります。ただ、自分でもそこまでの勇気もなかったし、それだけはやっちゃいけないって思っていたのもホントです」

 

 三人には広すぎる間取りのせいか、波音だけが耳に響く。そしてその音が、男達の間の静けさを一層引き立てている。

 

「匠に扱かれて出しちまったってこと聞いたが、あんちゃんも男好きみたいだな。その惚れてたって奴も男なんだよな? 死んだ兄ちゃんも、天国できっと、もっといい男見つけろよ、って笑ってくれてるよ」
 親父さんが俺に気遣ってか、不器用に励ましてくれる。本能の赴くままにお互いの肉欲をストレートに発散しているこの二人には「惚れてた」ということは、逆に伝わりにくいのかもしれなかった。それでも、二人の自然なふるまいが俺にとってはすごくうれしかった。
「3年前に偶然知り合って、それから付き合い始めたんです・・・」

 

 なれそめ、二人の夢、お互いの家族の反対、男二人ということで業者に嫌がられながらもやっと探し出した二人だけの城・・・。
 俺は二人が口を挟む間もないほど、一気に話していた。今まで誰にも言えなかったことが、行きずりのこの二人には、何も包み隠さずに話せるのだった。それを許してくれる温みが、二人と俺の間の空間を越えて、こちらへと伝わってきていた。

 

「あんちゃん、その相手の男のこと、ホントに好きだったんやなあ・・・」
 俺が一息に話し終えた後、親父さんがその空隙を埋めるようにつぶやいた。いつの間にかちゃぶ台がよけられ、焼酎の一升瓶が直に床に置かれている。二人はアルコールが注がれた湯飲みを抱え、俺を真っ直ぐに見つめていた。

 

「男が男を好きでも何も気にすることなんかねえ。人が誰を好きになるなんて、他のもんが決めるこっちゃねえだろ。あんちゃんがその男に惚れてたんなら、それがそれで一番のことなんだ。何も恥ずかしがることなんかねえぞ。俺と匠の奴も、溜ったら二人でせんずり掻きあったり、しゃぶりあったりしてるんだ。昔から、この小屋に泊まる連中は男同士でみんなやってたこった。あんちゃん一人が悩むようなこと、何にもいらん。男が好きなら好きでええ。誰にも迷惑かけるじゃなし、あんちゃんがその男と暮らしてて、今でもそのことを幸せだって思ってんなら、それがそん人への一番の手向けなんじゃないか」
 言い終えた親父さんは縁の欠けた自分の湯飲みをぐっと干すと、一升瓶からなみなみと注ぎ、俺に差し出す。
 俺は渡された湯飲みの中身を一気に干し上げた。一仕事終えた後のような心地よい疲労感が、全身へと広がる。久しぶりのアルコールが病み上がりの身体を駆けめぐった。匠さんが「焼酎しか無くて悪いな」と言いながら、一升瓶を再び抱え上げる。俺の意識は蒸留酒特有の酔いへと沈み込んでいった。

 

 二人はまだまだ飲めそうだったが、俺の方が限界だった。三人で一升瓶を空けたぐらいか、ゆっくりと風呂に浸からせてもらうことにした。
 一人で入るのにはもったいないような広い風呂をつかい、水を浴びてあがる。湯上がりに匠さんが用意してくれた越中を股に通した。洗い晒した生地の柔らかさがふぐりを包む。床を敷いてある部屋へと向かうとき、どこか猥雑な想いが頭をよぎる。
 越中一丁でも過ごしやすい季節だった。親父さんと匠さんの二人は真冬でも家の中ではほとんど褌だけで過ごしているらしい。「金玉冷やすとよ、ちんぽがうずいて仕方ねえんよ」、と言う親父さんの顔がすけべそうに歪む。
 親父さんと匠さんも風呂を済ませお互いの汗が引くのを待つと、越中一丁の男達が揃うことになった。

 

「布団、二つしか無くてよ」
 親父さんがすまなさそうにつぶやく。この五日間、一枚の布団で寝ていた親父さんと匠さんの暗闇の中での淫猥な行為が思い出される。これまでは病人は静かにということか、少し離して置かれていた布団が、今日は寄り添うように並べて敷かれていた。広く感じる2枚の布団。その真っ白な敷布の中央に俺は大の字に寝かされた。

 

 三人の間に暗黙の了解が交わされる。

 

 俺が男好きだと告白したせいか、それともこの小屋を訪れた男達がすべて、この試練にさらされるのか、親父さんと匠さんが俺の両側に横たわった。俺の心臓がこれから行われる行為への期待に、二人にまで聞こえるかのように音を立てる。
 親父さんが胸に、匠さんが俺の太腿へと手を伸ばしてくる。俺の借り物の越中の前袋は膨らみ、いきり勃った肉棒の先端から滲み出た先走りが布地にぽつんと染みを作っていた。

 

「あんちゃんは何もせんでええ。好きだった男のこと、思ってな」
 親父さんが耳元で囁く。この二人だったら身を委ねてもいいだろう、そんなわがままな思いが頭の中を駆け巡る。俺が全身を覆っていた緊張を解くと、匠さんが親父さんに目で合図をした。

 

「んっ、んんっ」
 全身を二人の手で撫で回される。潮に焼かれ荒れた手のひらの刺激が強烈に俺の官能を揺さぶる。両方の胸を二人から交互に舐め上げられると、のけぞりそうな快感が脊髄を駆け上がった。
 毛深い親父さんの身体に比べ、匠さんの方は赤銅色の肌に六尺の跡がくっきりと残る肉感的な肌が滑らかにすべる。吸いつくようなその感触と、親父さんの肉体から発する匂うような男臭さに、横たわったままの俺の頭はくらくらとするほどの刺激を受ける。
 親父さんの体毛に覆われた腹が、俺の脇腹を擦り上げる。その刺激に首を振ると、ぐっと押えつけられた顔に、親父さんの唇が迫ってくる。目の前に見る親父さんの顔は、いつになく真剣で、真っ直ぐに俺の目を身据えていた。
 上半身は親父さんにがっしりと拘束され、下半身は匠さんが責めている。太腿の内側から下腹にかけてを、爪立てた指先でまさぐられるだけで、びくびくと俺の肉棒が越中褌を突き上げる。

 

「あっ、あっ、いいっ、感じるっ、感じるよっ、俺っ」
「ええか、ええか、こんなすっと感じるんかっ」
 俺の喘ぎ声に、乳首を吸っていた親父さんが答える。親父さんは俺の胸を荒々しく揉みしだき、掴み上げた先端の乳首を吸い上げる。普段の男同士の情交では経験したことのないような力強さだった。親父さんの汗に海の男の味を感じると、俺の中のある部分が激しく反応する。
 匠さんは前垂れを跳ね上げた越中褌の布越しに俺の肉棒にくらいつき、唾液でべたべたにしながらしゃぶり上げる。唾液のぬるつきが勃起した肉棒に晒し木綿をべったりとまといつかせ、朝剃ったはずの匠さんの不精髭がざわざわを周辺を嬲る。匠さんが抱え上げた右足を、親父さんが受け取り、俺の足裏をべろりと舐め上げてきた。悲鳴を上げそうになるほどの新しい刺激に、俺は全身を反り返して何とか耐えるのだった。