町内会長と

その3

 

「私もあれだけ泣いたら、何か世界が変わった感じがしてます。そのときの西岡さんはどんな風だったんですか」

 

「しばらく抱かれとっと、反抗心もどっかに飛び果てちしもてな。2人とも黙ったままで時間が過ぎていくうちに、なんで上官がこんなことをしてるのかを頭ん中でぐるぐる考え始めた。

 その上官とは二周りも年が違うとったんで、親父みたいなもんだった。

 それほど年が離れてる人が儂を互いに裸になって抱き締めてる。

 普通なら絶対起こらないようなことを、なんでこん人がしとらすとだろかいて考えとっと、ああ、もしかしてこん人は儂のことを心配して来てくれたんでは無いか、ってことにやっと気付いた。

 最初から言いよらしたとばってん、儂の方が聞く耳ば持っとらんかっただろたい。わざわざ非番の日に上官が訪ねて来ることの意味すら分からんくらい、事件のことで頭がいっぱいで混乱しとったんだと思う。

 かなりの時間、2人ともだんまりだった。とにかくずっと抱き合っとった。

 裸ん男同士が抱き合っとれば、冬でん汗ん出る。

 心臓のどくどく言うのがどんどん大きくなっていく気がしとった。

 まったく動かないなんてのは出来るはずも無かもんだけん、もぞもぞ身体を動かすとあちこちで筋肉や脂肪、お互いの腹毛やチンポ、金玉が、ヌルヌルぐにぐに当たってくっとたい。

 普通に考えれば気持ち悪か、とか思うとだろばってん、そんときの儂はそこまでのことをしてその上官が儂に何ば伝えたかったつか、やっと分かった気がしとった」

 

『○○さんは、もしかして俺のことを心配して来てくれたんですか?』

「たぶん抱き合って一時間もした頃だったんだろな。儂はもう消え入るような声で初めて上官に話しかけたたい。

 相手はその言葉を聞くと、さらにぎゅっと強く俺っば抱いてきた」

 

『俺はお前の上司だ。上司が部下を心配するのは当たり前だ。部下が上司に言えないことで悩んでいるときに、自分の素っ裸な心を晒せないような奴に、その部下が心を開くとは思えんのでな』

 

「上官がそう答えてくれたとき、儂はもうなぜか泣き出しとったよ。ボロボロボロボロ泣いて、ただもう泣きじゃくる、と言うたがよかぐらいだった。

 その間、上官は何も言わず、とにかく儂をずっと強く抱き締めてくれとった。

 そのとき自分が初めて上官を自分から抱き締めとることに気付いたったい。それまでは上官から強く抱かれてるだけで、自分から抱くことはしとらんかった。

 その儂が気付いたら上官を自分から抱き締めながら泣いとった。

 それからはもう、泣きながら自分の思いを上官にぶつけとった。

 地区の住民を守れんかったこと、同じ地区の男の思いに気がつけんかったこと、警察官としての自分が何のためにここにおるんか分からなくなってきとったこと。

 もう、何から何まで、素っ裸の上官にしがみついたまま、涙ばボロボロ流したまま、話しとったつたい。

 上官は儂の話しに一言も口を挟まず、黙って聞いてくれとった。

 それでもぎゅっと抱いてくれとる上官の力が、儂の話への頷きなんだと儂にも理解出来た」

 

 西岡さんは涙を流していた。

 私も一度は止まっていた涙が再び流れ始めている。

 

 だが、この涙は当初の「申し訳ない」という自責の念からのものとは明らかに違っていた。

 話しの中に出てきた無骨な男同士の関係への憧憬と、私という人間を精一杯受け止め、自らの経験を話すことでその思いを伝えてくれている西岡さんへの感謝、嬉しさに流す涙だ。

 

「重くなかな?」

 唐突に、だがそれは熱情に浮かれた2人の間に平常をもたらそうとする実にいいタイミングでの質問が西岡さんから発せられる。

 

「西岡さんぐらい平気ですよ。人肌の温もりを久しぶりに感じました」

 頭を持ち上げた西岡さんの顔を真正面から見つめることが出来た。

 

「篠原さんがよかなら、もう少しこぎゃんしとってよかかな」

「なんなら一晩中でも」

 軽く返した私の言葉に2人の腹が揺れる。

 私の失言前とまったく同じとまでは言えないが、それでも大人同士が互いに気を使いながらの猥雑な話が出来る雰囲気は戻ってきたようだ。

 

「さっきあたは、儂の言うこつは何でんするて言うたな」

「はい、言いました」

「なら、もう一丁だけ、儂の言うこつに黙って従いなっせ」

「はい、分かりました。なんばすっとよかっですか」

 

 もうこの時点では、私の中に先程までの妙に卑屈になっていた思いは消え去っていた。

 ここで西岡さんの言に従おうと思ったのは、純粋に西岡さんが好きになっていたからだろう。

 この「好き」が、精神的なものからだけ来ているのか、現にほとんど裸に近い状態で抱き合っていての心地よさから来ているものかは、まだ、自分の中では未分別であったのだが。

 

「男同士でん、こぎゃん裸でおっと興奮してくっどたい?」

 確かに下腹部にあたる西岡さんのものが熱と弾力を帯びてきている。

 そのことを意識した途端、私のものにも力が漲ってきた。当然西岡さんも気付いただろう。

 

「篠原さんのも太なってきたな。儂が篠原さんのセンズリばかいてやるけん、儂の目の前で出しなっせ。

 そっが儂からのもう一丁の命令たい」

 西岡さんが丸い目をくるくると動かしながら、面白そうに尋ねてくる。

 

 そしてこの途方もない命令は、この場を完全に西岡さんが仕切ることで、私に微塵たりとも罪悪感を残させないために打つ一芝居なのだということも、充分に分かっていた。

 独り身の男同士が、手遊びに互いのものを慰め合い、笑いに変える。

 その道程を経てこその付き合いをしていこうとの、声にならない呼びかけであった。

 そんな嬉しい思いがわざと私自身も道化になる道を選ばせる。

 

「よかですね。若っかときんごて、お互いんとば、掻き合いしまっしょか」

「そらよかな。どっちが我慢でくっか、勝負ばすったい」

 

 今どきの学生はもうこんな遊びはしないであろう。

 私達の世代までは、まだまだ戦友愛の影響が残った先輩や上司も現役であり、その中で明文化されないかたちでの様々な伝統とやらに縛られてしまっていた。

 知らず知らずにその影響を受けていた当時の若者に取って、己の人間としての度量を鍛えるには、男同士のセンズリ競争や、あるいは褌姿や素っ裸で走り回るストームこそが必要だと思い込んでいたのだ。

 

 寝転がったままではやりにくいと思ったのだろう。

 2人同時に身体を起こし、互いに膝立ちになって向き合った。

 右利き同士、正面から相手のものに手を伸ばせば、互いに邪魔になることもない。

 

「せっかくだけん、裸でしょうたい」

 西岡さんが前垂れの中の結び目を解けば一枚布がはらりと落ちる。

 もちろん私も恥ずかしがってなぞいられぬと、いや、正直に言うと西岡さんに自分のすべてを見てほしくなっていたようだ。

 正面から西岡さんの目を見据えたまま、褌を外した。

 

「あたんごてむちっとした身体しとってそぎゃん毛濃いかと、いやらしゅう見ゆんな。チンポも大きかけん、うらやましかばい」

「西岡さんも金玉の太かつが凄かですよ。焼き物の狸にも負けとらんとじゃなかですか」

「昔から玉ん太かつだけは、誰にも負けんかったけんな」

 

 半勃ちになっている股間に互いに目をやりながら、それでも面白おかしく騒ぎ立てる。

 お互いの肉体への冗談口だけであれば、なんと楽しくやり取りできるのだろう。

 

 言葉でのやり取りはそこまでだった。

 膝立ちでにじり寄り、右手を伸ばす。左手は相手の肩に掛け、身を反らせぬように固定する。

 

「始むっけんな」

 西岡さんの合図とともに、私のものは西岡さんの手のひらが、西岡さんのものは私の手のひらが握り込んだ。

 

「ああ、気持ちよかです・・・」

 ある程度の年齢の男であれば、逸物を初めて他人の手で握られ、扱かれたときの快感の凄まじさを経験しているだろう。

 それまで慣れ親しんできていた自分の右手とは明らかに違う、感触、強さ、リズム、指が当たる場所・・・。

 そのすべてが快感となって襲いかかる。

 

 西岡さんの逸物は大きな柑橘を思わせるほどのふぐりの上で、年齢を感じさせない硬度で勃ち上がっている。

 確かに全長で言えば私の方が勝ってはいるが、根元の太さは西岡さんのものは横綱級であった。

 私の手でもやっと指が回るほどの太短い棍棒をずるりずるりと扱きあげれば、いつにない快感なのか、腹と同じようにパンと張った尻肉が後ろに引けそうになる。

 夕食時からちらちらと見えていた先端は平常時でも露出していたが、血の通った今は扱く指の輪の防波堤となるほどに鰓が張り出し、膨れ上がった亀頭表面の色合いは経験の豊かさを物語っているようだ。

 

 私の方はと言えば、厚みのある手のひらの強い握り締めと、肩口にかかる西岡さんの荒い息遣いに、普段よりはるかに早く放埒のときを迎えてしまいそうだ。

 イキたい、でも、イきたくない。

 もっともっと、この射精前の凄まじい快感を長く味わいたい。

 私は己の本能に従うことにした。

 

「西岡さん、我慢比べは私が負けそうですっ! でも、もっと楽しみたいっ! もっと西岡さんに扱いてもらって、もっと感じたいっ!」

「よかよか。儂も自分ですっときよりゃ、早よイコごてなっとった。あたとはゆっくり楽しもごたるけん、ちょっと休憩すっばい」

 

 この年で膝立ちで扱き続ける疲れもあったのだろう。西岡さんが座布団を二つ折りにし頭を乗せ、再び横になった。

 私も同じ座布団に頭を乗せる。

 互いに横を向けば、お互いの鼻と鼻、額と額が触れ合うほどの近さだ。

 

「西岡さんと、こんなことを一緒にするようになるなんて、夕方までは思ってもおらんかったですよ」

「男同士で互いのチンポば扱きあって、篠原さんは気持ち悪くはなかな?」

「他の人なら分かりませんが、自分でも不思議ですが全然気持ち悪くなんかなかですよ。さっきの西岡さんともっと楽しみたいっていうのも、本当に本音で出た言葉ですけん」

 

 横向きの身体のバランスを取るためもあり、横たわった互いの肉体に手をかける。

 肌と肌との触れ合いが、これほどまでに安心感をもたらす実感を久方振りに味わっている。

 互いの背中を、腹を、胸をまさぐりながら、西岡さんがまたポツポツと語り始めた。

 

「儂は元々男だけの空間が好きだったのもその気があったからかもしれんが、警察学校で先輩から仕込まれてなあ。

 男も女もどちらも色気としては好きだったが、性根に惚れるっていうのは男の方が多かったような気もしとるたい。

 もちろんうちんととは好きで一緒になったばってん、夜はささっと済ませてばっかりだったけんな。

 知り合いの医者からはかくさん*が燃えんうちに儂がイってばかりだから男が生まれんのだと、よくからかわれたよ」

 

 連れ合いを亡くしたもの同士だ。

 どこか冗談めいた口調で亡くなられた奥さんのことを話すのも、湿っぽい雰囲気に自分が飲まれてしまわぬように身に付いた自己防衛策だということも、充分に伝わっていた。

「娘さん達のことであれば頻回に顔も出されてるようですし、いい子どもさん達じゃ無いですか。葬儀の時にお会いしたぐらいですが、旦那さん達もお孫さん達も、しっかりされているように見えましたよ」

 

「死んだあれに似たのか、儂なんかの娘に生まれたのに、2人とも気立てだけはよく育ってくれたけんな。孫はやはりかわいかな。おっと、独り身の篠原さんにはいかん話しだったかな」

 私の身の上を思い出したのだろう。

 こちらを向いた西岡さんの顔が済まなさそうに曇っていた。

 

「若い時分はやはり子どもの声が聞こえる家族をうらやんだりしました。それでもこの年まで一人で過ごしてくると、寂しさもありますが、純粋に他人の幸せも祈ることが出来るようになってきたんではと、自分で自分を褒めるのは出来るようになったかと思ってます」

 

 西岡さんがそっと顔を寄せてくる。

「そぎゃんならよかばってん。儂は篠原さんとこうして身体ば寄せあえる関係になれたつが、なんさま嬉しかこったいな」

 先ほどの涙の余韻か、互いの顔を見やればまだ少しまぶたの腫れは残っているようだ。

 

「今度は2人ともイくまで、すっばい」

 色事のリードはやはり西岡さんだ。

 私は返事の代わりに起き上がると、西岡さんに仰向けになってもらい、体積を増し始めている竿同士が重なるように、西岡さんの股間に腰を下ろした。

 

「一緒に扱いてくれるとな」

 下から見上げる西岡さんが、にやっと笑う。

「兜合わせ、気持ちいいかなと思ったけんですね」

 いっそのことどれだけスケベになれるかの勝ち負けを競いたいほど、淫乱になっている私だ。

 

「ああ、篠原さんの太かつが当たっとるばい・・・」

 かすれたような西岡さんの声がいやらしい。

 

 私のものより一回り太い西岡さんの逸物とでは、片手では二本をまとめて握るのは難しい。

 かろうじて親指と残りの四本の指で上下を挟み込むと、ゆっくりと扱き出す。

 両側についた膝と反らした足指でバランスを取りながら互いの鈴口を押し付けあうように力を入れた。

 

「ああ、よか、よかけん、もっと強う扱いてはいよ」

 首を反らし目をつぶり、荒い息を上げる西岡さんを見ていると、こちらの興奮度合いも高まってくる。

 ものは試しと、ぐちゅぐちゅと口の中に溜めた唾液を手のひらに取り、互いの亀頭にまぶすように握り込んだ。

 

「あっ、それっ、ぬるぬるして、よかっ、よかけんっ!」

「ああっ、気持ちいいっ! 西岡さんのチンポの堅いのが、ぬるぬるして気持ちいいっ!」

 

 唾液のぬめりは、手のひらのざらつきをも快感の坩堝に変えるのか、自分でも驚くほどの声が出た。

 普段1人での行いのときよりも、数倍早いスピードで最期のときが来ようとしていた。

 

「最後は西岡さんに、扱いてもらってイキたいっ!」

 自分も唾液を溜めた手のひらで、西岡さんが私のものを握り締める。

 再び他人の手で扱かれるそのあまりの快感に姿勢を保てず、西岡さんの太竿を扱きながら、身体を倒す。

 汗ばんだ首筋に顔を埋めた瞬間、堰が切れた。

 

「あっ、ああっ、イくっ、西岡さんっ、イキますっ!」

「儂もっ、イくっ、イくっ!」

 

 ほぼ同時だった。

 しゃくりあげそうになる尻と腰を、無理やり西岡さんの股間に押し付けながら、射精直後の敏感になった先端をわざと擦り付けた。

 

 そのたびに全身震えるように喘ぐ西岡さんの肉体を、私の両手は骨も折れんばかりにと抱きしめていた。

 

 若いときほどの濃厚さは望むべくも無いが、それでも紛れもない、男なら誰でも知っているあの香りが、胸と腹肉の間から漂ってくる。

 初夏の山あいに行けばどこからか必ず漂う独特のその匂いは、この交情が確かに男同士の交わりであったことを告げている。

 

「今日は泊まっていきなっせ。明日の朝飯ば、一緒に食べようごたっけん」

 

 時計も見てはいなかったが、もう真夜中と呼んでいい時間だろう。

「この時間に年寄りが外を歩くのも危なかですもんね。甘えてよかですか」

「こっからは行ったり来たりして、飯ば一緒にすっとよかたい」

 

 町内会長としての皆から慕われる西岡さんと、今私が見つめている西岡さんとは、別人のようでもあり、どちらもまた同じ西岡さんのようでもあった。

 

 私と西岡さんと、互いの年齢を考えれば、明日よりも今日一日を豊かに楽しむことの方が現実的なのかもしれない。

 それでも西岡さんと交わした今日という日は、限られた明日という日のことの考えさせてしまうほどに、私に取っても衝撃的であったのだ。

 

 人生の寂しさを、優しさに転ずることが出来る西岡さんのような人に、私もなりたいと思うのであった。

 

 

*かくさん・・・熊本弁で「(誰かの)奥さん」「(誰かの)お母さん」のこと。「家庭内にいる誰か」を差し、他者との話中に使用される。そのため呼びかける言葉としての使用はほぼ見られない。