重森大介氏 - 三太 共作作品

「褌祝」~褌で繋がった男たち~

第三章 利夫と俊夫

 

 二人の「トシオ」がそれぞれの思いを吐露しあってからと言うもの、秘め事を共有しているということが二人は嬉しかった。

 それまでと同じように道場に通い、稽古をつけていても、それぞれはそれまでとは違う力が漲っていることを実感した。松本はそんな俊夫が愛おしく、一方ではより厳しく、俊夫を可愛がった。

 そんなふたりの姿はまるで兄弟のようだと、誰の目にも映っていたように思える。

 

 俊夫が高校に進学してからは、二人でよく出かけた。

 俊夫の両親は松本に全幅の信頼を置いていたし、松本もその信頼に応えていた。

 時には俊夫からの甘えや身体的な接触が性的な限界を超えそうになったこともあったが、松本は二人の間での一線を越えることは徹底的に避けていた。

 そこには俊夫がその性向を男色だけに留まらせないよう、俊夫の心に余裕を持たせておくべきと、松本が考えていたからだ。

 まだ若く将来ある俊夫には、人生の良き伴侶を得て、子供を設け、幸せな家庭を築いてほしいと切望していたし、仮に今、肉体的な一線を越えてしまえば、若い俊夫はきっと同性である松本に対してしか、その若き性を解放できなくなると考えたのだ。

 

 その松本の考えを知る由もなかったが、思春期を過ぎた俊夫とて徐々に成熟に近づく自らの生殖機能と能力に心と身体を翻弄されていた。

 時代的にもまだまだ男色には理解がある風潮ではなかったうえ、地方都市ゆえそういった性癖の男と出会うことすらない。故に、俊夫としても漲る性欲をひたすら自慰行為で発散させていた。

 俊夫自身にも、どこか自らの行動を律しなければならないという思いもあったのだろう。ただ、松本とほぼ毎日会い、その笑顔に接することで、その性欲を自らの内に収める術も身につけていた。

 

 やがて俊夫は大学進学を考える時期となった。

 将来についてははまだ朧げな思いではあったが、父はどうやら俊夫に家業の農業を継がせたいと思っていたようだったし、俊夫自身は、いずれは松本と共に柔道に関わっていたいと思っていた。

 悩んだ末、農業の技術や知識を修得しながら柔道にも関わっていける東京の有名私大へと進むことにした。難関校だったが、学業には長けていた俊夫にはさほど難しいことではなく、すんなり合格することができた。

 唯一、松本と少なくとも4年間離れ離れになることが寂しかった。

 

「俺はここを動かない。お前の帰りを待ってるよ。なぁに、4年なんてすぐさ。それに電車に乗れば数時間、どうしても会いたくなったら、いつでも会えるさ。」

 駅での見送りの際、松本は紙袋に包まれた手土産を俊夫へと渡した。

 この先4年間、体は離れ離れだが、自身が選んだ褌が俊夫の股間を包む、そしてそれで俊夫とつながっていられたらと、取り揃えた10本の六尺褌が入っていた。

 その中の一本は、オーシャンブルーの青海波柄だった。自身も気に入っており、また、その柄が「無限に広がる波の文様に未来永劫へと続く幸せへの願い、平穏な暮らしへの願い」が込められていることから、探し当てた京都にある“褌屋”という店から取り寄せたものだった。

 年長者であるという思いもあったのか、自身も寂しくなる気持ちを抑え、努めて明るく振る舞い、固い握手のあと強く抱擁し、自分の体の感触と匂いを俊夫に伝えた。俊夫もそれに応えた。

 

 俊夫の大学生活は想像以上に多忙を極めた。

 入部した柔道部においては毎日数時間におよぶ練習、休日は朝から丸一日をかけた濃密な練習が続く。学業も専門性が高く、学業を続けながらの資格取得試験も多かった。

 故に、松本のことを思いながらの毎朝の自慰行為だけは時間をかけ、時には2度3度と繰り返すこともあった。いよいよ、俊夫の男性器は成熟を完了したようだった。まさに男盛りの時期を迎えていた。

 

 六尺褌はあれ以来、一日も欠かさず着用していた。

 六尺褌を締めることは、松本への服従をも表していた。

 特に、別れ際に松本から渡された10枚の褌の内、オーシャンブルーの青海波はお気に入りで、締める回数も多かった。それ故に、いつしか色も褪せてきていたが、それでも大切に使い続けた。

 六尺褌を着用している俊夫を同じ柔道部員たちも初めは珍しがったが、中にはその機能性、格好良さに俊夫の真似をする部員も少なからず現れてきた。

 同じ柔道部員同士、俊夫が締め方を教えたり、互いに褌姿を見せ合ったりしたが、筋骨隆々の青年が六尺褌を締めた姿はそれは凛々しく、俊夫には年の近い男達がまるでギリシャ彫刻のように光り輝いて見えていた。

 他の部員の六尺褌姿は俊夫の性欲に大いに火を灯したが、俊夫はその慎重さ故に決して自らの性癖を周囲に漏らすことなく、若い性欲の暴走をもしっかりと抑えるのに成功していた。

 毎日の日課である、松本を思い、我が男根を扱き、雄汁を放出する儀式が、俊夫を繋ぎ止めていたのだ。

 

 そんなある日、俊夫の手元に成人式の開催通知が届いた。

 俊夫の故郷では、冬は雪深いため、成人式を半年ほど前倒しし、真夏である旧盆の時期に開催する習わしとなっていた。

 その手紙に目を通した俊夫は、嬉々とした表情が隠せなかった。

「成人式なら部活もその時は抜け出せるだろう。明日監督にさっそくお願いしよう。」

 俊夫は成人式への参列より、久しぶりに松本に会えることの方が嬉しかった。

 

 松本は松本で、同じように成人式への来賓としての参列を求められる通知を受け取っていた。道場を継いでからは地元の中学校の道場部の監督を務めており、教え子も多かったため、毎年招かれてはいたが、これまでは参加を遠慮していた。

 だが、今年は違う。俊夫がいるのだ。

 松本の胸も高まった。

 

「俊夫に会える。」

 その一心で、松本は出席との返事を主催者に伝えたのだった。

 

 俊夫が一年半近く離れていた故郷に帰省するその日。

 松本は俊夫の両親に代わって、駅まで迎えに来ていた。

 松本が列車の到着を今か今かと待っていると、俊夫を乗せた列車がホームに滑り込んできた。

 ホームに降り立った俊夫が、松本の姿を見付けるや否や、その大きな身体を揺らし駆け寄ってくる。

「お久しぶりです、先生。」

「おう。」

 俊夫は軽く挨拶をすると手にした荷物から手を離し、松本に勢いよく抱きついた。

「おいおい、こんな所でいい男が、恥ずかしいじゃないか。」

 松本は一瞬たじろいだが、一回り大きく成長した俊夫の躯体からの圧力を跳ね除けることはできず、そのまま応じるしかなかった。

 

 ようやく俊夫は腕を外すと、恥ずかしげに松本を見つめる。上京する時には笑顔だった俊夫の目にうっすらと涙が溢れていた。

「先生、会いたかった。」

 うれし涙を流す俊夫。松本も思わずもらい泣きした。涙なんて、川中の死の体験で、とうに枯れていたと思っていたが……。

 

 車に乗り込み、故郷へと向かう。

 思いが多すぎて話す言葉が見つからない二人。

 途中、白馬連山を望める展望台がある公園に差し掛かると、松本は車を止め、展望台の椅子に俊夫を誘った。

 遠くに臨む山々は、故郷の町から見る山々と形は違ったが、全てを見渡せるその景色は俊夫の思いをさらに高めた。遠くの山々を見つめるだけの二人が、どちらからともなく声をかける。

 

「トシ兄」

 俊夫は道場を離れた時の呼び名で、松本に話しかけた。

「トシ坊」

 応える松本。

 

 お互い呼び合ったまま、どれだけ時間が経ったか。すると松本は一言一言言葉を選ぶように訥々と話し始めた。

 

「トシ坊、お前ももう二十歳。社会からも大人と認められる年になった。ヤンチャでほんと、ガキだったお前がだ。

 川中の生まれ変わりと思い、大切にしてきたお前も、もうこんな立派な大人だ。

 今だから言おう。俺はお前に一つだけ、気をかけてきたことがあった。

 それは、お前には女も愛せる、普通の男になって欲しいということだった。

 お前が俺を思う気持ちはわかっていたし、そんな気持ちに応えたかった。俺が男しか愛せない男だということは、お前の精通のときの話でお前もわかってくれているだろう。

 俺はお前が欲しかった。お前を俺のものにしたかった。

 だが、ひとたびお前を抱くと、きっとお前は俺のことしか見えなくなる。お前の心は俺だけで溢れてしまう。

 だから、俺はお前の心に余裕を持たせ、そこにお前が大切にしたいという人が入る隙間を空けておけるよう、一線を越えることは避けてきた。

 お前は今、二十歳になった。

 どうだ、お前の心にそんな余裕はあるか。

 俺は今でも本当に欲しいのは川中だ。でもあいつはいない。川中と最後に抱き合ったあの時のこと、あの思いを心に抱いたまま、おれは川中だけを愛してきた。

 俺はお前と初めて会った時、川中の生まれ変わりだと思った。いや、確信した。

 今、目の間にいるお前は、川中そのものだ。

 でも、それは俺の勝手な思いにすぎない。

 お前は「山本俊夫」という、一人の大人の男だ。将来ある男だ。そんなお前の心を俺が独占するわけには行かない。お前の両親にも顔向けできなくなる。

 お前はやがて大学を卒業し、社会人となる。そしてお前には山本家を継ぐ使命がある。未来永劫、その血を絶やしてはいけないんだ。

 お前にはその覚悟はあるか。俺は今言ったこと、家業を継ぎ、子孫を残していくことをお前が実行できるのなら、そして、お前が俺とのことはそれはそれと割り切れるのであれば、俺はお前を抱きたい。

 お前が俺のことを、心の片隅だけにそっと置いておけるのなら、俺はお前が欲しい。

 今日一日、考えてくれ。

 そして、俺の願いが届くなら、東京に帰る前、俺の道場に来てくれ。」

 

 これほどまでに俊夫のことを大事に思ってくれる松本を、俊夫は愛おしく思った。それほどまでに1人の男に思われた自分を幸せ者だと思った。

 そして、また涙が頬を伝った。遠方の山々も霞んで見える。

 

「俺は、俺は、先生の思うような俺になれるんだろうか。これまで俺は、ただ先生が好きで、先生を憧れて、先生のようになりたいと思う一心でここまできた。俺には、俺には……。」

 言葉を飲み込んだ俊夫は、何も言わずに車に戻った。

 しばらくして松本もハンドルを握った。

 俊夫の家に着く間も、二人は言葉を交わすことはなかった。

 

 翌日、成人式が開催された。

 松本も会場にいた。俊夫はその日は久しぶりに会う旧友たちと交友を深めた。松本は俊夫だけでなく、自らの教え子の成長ぶりに胸を撫で下ろした。

 夜、同窓会が開催された。俊夫はその時は松本とのことも忘れ、同級の者達と、酒を酌み交わしながら積もる話に花を咲かせた。

 日付が変わる頃、会はお開きとなり、再会を誓い合った出席者はそれぞれの帰路についた。

 そのとき、俊夫の家の近くに住む、小中高と一緒だった旧友の中原が駆け寄ってきた。

 

「山本、お前今でも褌なのか? 東京にいたら女とやる時、褌してたら珍しがられたんじゃないか。どんなもんだい?」

 興味津々の様子で中原は俊夫の顔を覗き込む。

「俺、正直言って女とはまだないんだ。なんか、そんなことも考える余裕がなかったんだ。言い訳だけどね。」

「だよな。柔道も相変らず頑張ってるみたいだし。俺は自慢じゃないけど、もう結構な数、こなしたよ。どうだ、これから女を買いに行かないか。お前、いい男だし、きっとモテると思うぜ。」

「それもいいかもな。」

 

 女との性交。

 それはまだ自慰しか経験のない俊夫にとっては未知の行為だった。

 愛した女を抱くことと、単なる性交とはどう違うのか。性交には変わらないんだし、昨日の松本の言葉をも思い出しながら、何事も経験だと思った俊夫は、旧友の誘いに乗ることにしたのだった。

 

 俊夫の故郷の町は北信地方の中心地から距離はあるが、古くから門前町だったこともあり、材木の製材や卸売業が盛んで、取引に来る業者も多く、人の流れが多かった。

 来訪者をもてなすため、旅館や花街も形成されていて、その当時はまだそれらの名残りがあって、女を買うには事欠かない環境だった。

 案内する中原は迷うことなくある店に入り、自分のお気に入りの女と俊夫の相手を見繕った。

 二人は別々の部屋に案内されると、すでに女は待機しており、さっそく行為が始められた。なにもかも初めての俊夫の相手には、これが筆下ろしとなることが予め伝えられていたようで、

「お兄さん、初めてらしいけど、私に任せといてね。気持ちよくしてあげるからね。それにしても柔道してる人の相手、初めてだけど、こんなおっきい人、初めて。アソコも、おっきいのかしら。」

 と、俊夫の股間に手を伸ばした。

 

 酔って血流も良くなっていたこともあり、軽く触られただけで若い俊夫の男根は反応し、すぐに怒張をはじめた。

 女の柔らかい肌ざわり、指先は心地よいものだった。

 女も手慣れたもので、俊夫のシャツとズボンをささっと下ろすと、六尺褌もさらっと解いてみせた。

 まだ古い風習を色濃く残すこの地域では、中年以降の男は褌を着用しているものもまだ多く、下着として目にすることも女の商売相手としては決して珍しくはなかったのだろう。

 

 褌祝の時に松本から女との性行為のやり方については詳しく教わっていたが、とにかく初体験、そこはまさにプロの技、仰向けになった俊夫の男根を女が手で膣口に誘導する。

 俊夫の男根はやはり大きめのようで、すんなり挿入というわけにはいかなかったが、やがて女の膣に収まった。

 女ははじめは自らの腰を振ったが、やがて上下に身体を入れ替え、俊夫は仰向けになった女にピッタリと体を合わせた。腰を前後すると、さほど時間もかからず射精にいたる。

 1人で行う行為ではいつも右手で自らの男根を扱き、絶頂へと導いていたが、女の膣内の肉襞は程よく俊夫の男根を刺激し、初めての感覚に俊夫もこれまでにない快感を覚えた。

 

 こうして俊夫の筆下ろしは終わった。

 

 時間はまだあったので、女は俊夫のことを訥々と聞き始めた。

「お兄さん、若いのに珍しく褌なんだね。いまどき、と思うけど、私は日本男児なら褌が一番と思うわ。お兄さんも褌祝からなのかい?」

「あ、そうだよ。ま、俺の場合は爺ちゃんもそうだったけど、柔道の師範がしてたし、かっこいいってちっちゃい頃から思ってた。それに、褌は大人の証だからね。」

「お兄さん、初めてって嘘みたいだわ。アソコもおっきいし、腰振りもうまかったわよ。」

 

 などと話しているが、俊夫の心の中は先ほど味わった快感より、明日、自分が松本に会いに行けるかどうかに思い悩んでいた。

 

「女との性交渉はできた。快感はあったが、はたして俺に女を愛することができるのだろうか。そんな人と巡り合えるのだろうか。」

 

 正直、自信はなかった。

 が、この先のことは天命に委ねるしかない。明日は思い切って先生に真正面からぶつかってみよう。

 俊夫は女の話を聞きながら、そのような思いに馳せていた。

 

 翌日、俊夫は道着の下に、長年の使用に色褪せてはいたが、一番お気に入りのオーシャンブルーの青海波柄の六尺褌を締め、道場に向かった。

 扉を開けると、道着姿の松本が神棚に向かい正座している。

 俊夫の挨拶にも返礼が無い。

 黙っていた松本が俊夫を右手で手招きをした。

 俊夫は一礼し、松本の真後ろに正座する。

 神棚に向かい礼をすると、松本が初めて俊夫に言葉をかけた。

 

「さ、勝負だ。」

 

 二人の真剣勝負が始まった。

 互いになかなか決め手を繰り出せない。

 俊夫は一か八かと松本に飛びかかると後向きに体勢を変え、松本を背負い投げで畳に叩きつけた。

 荒い息遣いだけが道場に響いた。

 

 松本は天井を見上げたまま、しばしそのままでいたが、起き上がると、

「俺の負けだ。お前は本当に強くなったな。技の繰り出し方といい、まるで川中がそこにいるようだ。ありがとう、俊夫。」

 と言うと、今度は松本の頬を涙が伝った。それはやがて雫となり、足下の畳へと一滴二滴と、滴り落ちた。

 松本は泣いてはいたが、その表情は眩しいほどの清々しい笑顔だった。

 

「先生、礼を言わなければならないのは俺の方です。ありがとうございました。おかげさまでこんなに強くなれました。」

 俊夫はその場で正座し、松本に土下座した。

 俊夫もまた、松本と同じように泣いていた。

 松本は俊夫の肩を叩き、手を取った。

 俊夫の顔を自分の胸に当てると、思いっきり抱きしめる。

 強く、強く。

 俊夫は松本の剛毛に覆われた胸が顔に当たる感触と、全身から漂う松本の匂いを思いっきり確かめた。

 

「俊夫、どうだ。俺との新しい誓いは守れそうか。守る自信はあるか。」

「俺、俺、今ははっきりと答えられない。まだまだ修行が足りません。先生の思うような、先生が俺に望む男にはまだなっていないと思う。だけど、だけど、先生、誓います。先生が望むように、一人の大人の男になれるよう、頑張ります。だから、だから先生、ずっと見守っていてください。道を外れそうになったら、思いっきり叱ってください。」

 

 俊夫は顔を上げ、にっこりうなずく松本を確認する。

「ここは神聖な道場だ。」

 松本が神棚に向かい一礼すると、道場に続く更衣室へと向かった。

 松本の思いが通じたようだ。俊夫も同じようにして松本の跡を追った。

 

 更衣室では松本は筋トレ用のベンチに腰をかけていた。

 松本が俊夫に自分の左側に座るように合図し、俊夫はそのすぐ隣に腰をかける。

「いいんだな」

「……」

 

 二人はじっと見つめ合う。

 松本が俊夫の唇を奪う。

 深く、強く、俊夫の唇に自らの唇を重ねた。

 

 二人に取って、初めての性的な接触であった。

 これまで何年も待ち続けた二人はその年月を埋めるようにお互いの唇を貪りあった。

 やがてどちらともなく黒帯を解くと、道着を脱ぎ捨てた。

 上半身露わになった松本と俊夫。

 剛毛に覆われた松本に対し、俊夫は汗で光った滑らかな肌をさらしている。松本と同じようにその大胸筋は盛り上がり、肩、背中と筋肉の鎧に覆われている。

 程よく肉がついた俊夫の臍からは、その下に陰毛に繋がる毛がうっすらと生えていた。

 

 俊夫は松本の左胸に耳を当てると、左手で松本の胸を弄った。

 松本の鼓動は高く、早く、確かだった。

 俊夫が左の乳首を唇で撫でると、松本の口からため息が漏れる。右、左と交互に乳首を舐め回すと、その唇は徐々に臍へ、さらにその下へと進んでいく。ゴワゴワとした生地の道着のズボンの上からでもはっきりとわかる、固く、強く、熱く、勃ち上がった松本の亀頭に到達した。

 厚い道着の上から松本の股間を己の顔に押しつけながら、俊夫の両手は松本の上半身を撫でまわし続けた。

 

 いかほどの時間が経ったろうか。

 互いに役割を入れ替えながら、松本と俊夫は道着を身に付けたままの愛撫を終えた。

 

 二人は立ち上がると、それぞれの道着のズボンを脱ぐ。

 そこには同じオーシャンブルーの青海波柄の六尺褌一丁の二人の男の裸体が向き合っていた。

 どちらともなく、

「やっぱり、それだったな。」

「トシ兄もそれだと思ったよ。」

 

 互いの股間を包むその柄を、俊夫が特に気に入っていたことを松本は知っていた。松本の好みの柄でもあったが、初めて道場に来た時から、俊夫が使っていた汗拭い用の手ぬぐいは決まってオーシャンブルーの青海波だったからだ。

「トシ坊にはそれが一番似合うな。」

「トシ兄だって。」

 

 改めて二人は抱き合った。

 なんともいえない嬉しさが込み上げてくる。

 熱り勃ったそれぞれの男根が、お互いの男根を刺激し合う。

 それぞれの褌の前袋は、汗と先走りでぐちょぐちょになっていた。

 やがて松本はしゃがむと、俊夫の褌の前袋から俊夫の肉棒を引き摺り出し、亀頭の先の鈴口を舌でなでた。

 

 透明の液体はツーッと筋をひく。

 松本は思いっきり俊夫の肉棒を口に含むと、喉の奥まで吸い上げた。口を前後に動かし、俊夫の亀頭を刺激する。

 これまでの人生で味わったことのない、川中のものとは違う、雄の香りが松本の味覚を刺激する。

 俊夫は怒涛のように押し寄せる快感に、足が痙攣し、崩れそうになるのに耐えながら、その感覚に身を委ねた。

 

 松本の男根は未だ前袋の中で窮屈そうにしていたが、それに耐えきれず松本は自分から肉棒を引き摺り出し、右手で扱き始めた。

 先走りは滴り落ち、汗と先走りで床はいくつもの滴で濡れていた。

 二人はお互いの褌を解くと、ついに一糸纏わぬ姿となった。

 

 どちらともなく、ベンチに横たわる。

 松本が仰向けになり、俊夫は松本の男根を口に含んだ。

 慣れない、いや、初めての行為とはいえ、鈴口から亀頭へ、男根全体へと舐めしゃぶる俊夫の舌と唇、手の感触に、松本の男根はさらに膨らみを増していった。

 

 思わず喘き声を上げる松本に呼応し、俊夫はさらに強く松本の男根を吸い上げる。

 松本は川中と彼の死の直前に交わしたあのとき以来、初めての同性との交情であった。

 俊夫はといえば、これまで何度も夢見た松本との現実の行為に、もう夢中になっていた。

 

 松本の重く垂れ下がった睾丸がキュッと持ち上がったと思うと、男根はさらに膨らみを増す。

 松本は俊夫の両頬を両手で持ち上げ、己が股間をしゃぶられるその行為に中断を告げた。

 俊夫も同じように自らの手で扱いていた手を止める。

 

 もっと深く繋がりたい。もっと深い快感を違いに感じあいたい。

 そんな思いが共通し、互いのこれ以上の行為を諫めた二人であった。

 

 しばし間を置くと、松本は自らの菊門が疼き始めているのを感じた。

 川中の男根を自らの体内に収めたあの興奮を、あの充実感を、俊夫の褌祝から五年の月日を経て、求めたいと思った。

 同時に俊夫の方は、松本を誰のものでもなく、自分のものにしたいと言う願望を、自らの男根を松本の体内に収めることで達成したいと思っていた。

 二人の「トシオ」、その思いが一致する。

 

 松本は俊夫を受け入れられるように、秘口が俊夫に見えるよう自分の両足首を両手で掴み、手前に引っ張った。

 松本の尻はベンチから浮き上がり、疼く菊門が俊夫の視線を正面に受け止める。

 

 俊夫に取って、憧れの先生が、誰にも見せられないこんな恥ずかしい格好を俺の前に晒してくれている。

 その嬉しさは、すぐに男としての本能である征服感へと姿を変えた。

 俊夫の見事に亀頭が露出し、松本の口にさえようやく収まるほど勃ち上がった若々しい男根が、その先端から汁を垂らしている。

 俊夫は右手でその根元で固定しながら、深く切れ上がった鈴口をそっと松本の菊門に当てがった。

 松本の窄まりは開いたり閉じたりを繰り返し、俊夫の男根が入ってくるのを今か今かと待ち侘びている。

 俊夫は昨日、興味本位のままに女体に侵入し、体感したあの感覚を思い出し、己の男根の先端を、松本の陰嚢から肛門へと伸びる蟻の巣渡りへ、さらには菊門へと滑らしていく。

 亀頭の先端が松本への侵入口に触れた時点で、緩やかに、そして全身全霊を込めて、成熟した男の体内へと、熱り勃った己の肉棒を挿入し始めた。

 

 菊門に強い圧迫感を覚えた松本の肉体が、生理的な反射としてその括約筋が固く秘口を閉ざしてしまう。

 俊夫の肉棒の侵入を拒むほどの硬直。

 しばらく間を置いた俊夫が再度侵入を試みると、松本の肛門括約筋は程よく緩み、俊夫の肉棒の侵入に耐えた。

 俊夫は昨日の女体との合体に引き続き、今は男の、しかも自らの憧れの偶像であった松本との合体に成功したのだ。

 

 松本の痛さと圧迫感に耐える目元から、一筋の涙が耳へと伝ったのを目にした俊夫は、一瞬その動きを止めたが、優しく、緩やかに、そして確かに前後運動を始めた。

 松本は次第に全身の筋肉が機能を停止したように感じたかと思うと、どこまでも広がる大海に波打つ青海波のような妙なる波動と同じ、寄せては去る、去っては寄せる快感に悶えた。

 松本の口が半開きになり喘ぎにも似た声を発すると、俊夫はその動きに加速度を加える。

 

 俊夫の男根が、より一層膨らみを増す。

 松本自身の腹を定期的に叩く男根の先端に、深い赤みが訪れる。

 

 そのときは同時に訪れた。

 その瞬間、俊夫は松本の体内深くに、松本は自らの体躯を覆う体毛の密林の上に、大量の白濁液を放出したのだ。

 

 2度、3度、4度……。まるで止まることを知らない噴泉のように男の精を噴き上げた二人はグッと体を寄せ、一つとなったままそれぞれの背後に腕を回した。

 

 二人の肉体は、絶えることのない波が大海原を漂う青海波のように、それぞれの男根を震源地として、快感の波動を互いの全身に送り続けていた。

 

 俊夫の20才の帰省はこうして幕を閉じた。

 東京と長野にそれぞれの居場所を移した後も、あのとき男と男の契りを結んだ二人に、その体内に残る波はしばしば訪れ、それぞれがあの時の熱い合体を思い、自らの男根から精を放出することでその波力を鎮める日々を送ったのだった。

 

 

 あれから2年の月日が経ち、俊夫が大学から巣立つ日を迎えた。

 俊夫はかつて成人式に帰郷した際、両親らとも将来のことを話し合っていた。

 その時点では明白な結論は出なかったが、実家の農業を継ぐ道も選択肢の一つとして残していたし、それには師である松本の思いも強く作用した。

 大学入学の時点で将来のことを想定し、農業系の専攻を選んではいたものの、長年続けている柔道の道を閉ざすことだけはしたくなかった。

 選手としてトップクラスの成績を収めるほどではなかったが、柔道部を要する大手企業からの誘いもなかったわけではない。

 

 俊夫は大学後半の二年間、悩んだ末に、故郷に戻り、山本家の生業を継ぐことを決意した。

 大学で農業に関する様々な知識を得るなかで、これからの農業のあり方や、起業して成功した前例なども学んできていた。

 地元に残っていた兄にも地元の農業を取り巻く環境を聞いてみると、地域の特産品の販路拡大や後継者不足で耕作できなくなった農作放棄地の活用も課題となっているとのことであった。

 柔道は選手としての生き方はせずとも、なんと言っても松本の道場で後進の指導や地域での普及活動なら十分可能だし、松本との親密な関係も続けられる。

 

 地元に戻り、家業を継ぐ。

 両親、兄、親族、そして松本の思いを総合的に判断した結果だった。

 

 卒業後、農業と柔道、そして松本との秘めた関係を継続できたことは俊夫にとってまさに順風満帆の時期であった。

 

 

 家業に、道場での後進の指導にと、忙しくも充実した日々を送る中、俊夫と松本に、さらに五年の月日が流れた。

 松本にとっては、いつまでも俊夫を自分だけのものにしておくわけにはいかないという思いがのしかかっていた。

 幸い、県内で道場を開いている知人から、娘の嫁ぎ先として、30歳ぐらいまでで柔道を嗜んでいるいい男はいないかと聞かれ、これはまたとない話だと俊夫を紹介した。

 

 柔道というつながりもあって、話はトントン拍子に進んだ。

 俊夫の父は息子のために実家の隣に新居を建て、俊夫にとっても妻と二人、新たなる日々を迎えることとなる。一家を構えた俊夫は、いよいよ山本家の後継としての資格を備えることとなった。

 

 結婚後も俊夫の松本の道場に通う回数は変わることはなく、二人の子弟関係はいよいよ円熟味を増した。

 一方で俊夫夫婦の夫婦生活、特に性交渉の面では、俊夫は問題なく夫の役目を果たし、次々と三人の娘を設けた。

 俊夫とすれば自分の後継者としても、できるものなら男子を、と思ったが、その思いが強すぎたのか、男子を設けることはできなかった。

 

 だが、俊夫の思いは自分の思いとは別の方で叶えられようとしていた。

 兄夫婦の間に遅くに出来た3人目の子どもが男子と聞いたその瞬間、俊夫はその子こそが自身の後継に違いないと感じたのだ。

 山本家の後継は、本家本流の血筋で叶えられるのが真っ当なのだ。

 そしてその男子と自分は、かつて利夫が自分に感じたものと同じように、男としての証である褌がつなぐ、男と男の繋がりを結ぶ得る男子だと直感した。

 

 兄夫婦の3人目の息子である「俊彦」は、ヤンチャでケンカっ早く、幼いときの俊夫とまるで同じだった。俊彦に柔道を勧めると、喜んで松本道場に通い、メキメキと上達した。

 俊彦が生まれた時の俊夫の直感は、確信となった。

 

 

 あれから何年経ったろうか。

 今年、俊夫は55の齢を迎え、師でもある松本利夫は古希を迎える。

 老いてなお盛んな松本だが、生涯を川中の慰霊に捧げるとの思いを通し、川中の生まれ変わりと信じる俊夫以外のだれとも肉体関係を持つことはなく、今も川中との最後の交渉の場での月一回の儀式を欠かすことはない。

 松本には、それで十分だった。

 川中の生まれ変わりと確信した俊夫と、この歳になっても一心同体でいられる。俊夫についても人生における愛弟子として、ずっと近くで見守っていられる、それ以上の幸せはなかった。

 

 そんなある日のことであった。

 松本と同じ思いを持つ俊夫は、今朝の禊は特別なものにしたいと思っていた。

 これまでの我が人生を振り返りながら、ゆっくりと時間をかけ、禊を行う。

 そう、この日は、松本と初めて己の肉体を接したあの褌祝の日から、ちょうど40年目の日だったからだ。