部品三個の、ど根性

その4 三ヶ月が経ち

 

三ヶ月が経ち

 

 健幸が小原の会社社員による飲み会に初めて顔を出してから、三ヶ月が過ぎようとしていた。

 週末、金曜日の夜。

 今日の宴席は普段より人数が多いのか、会場となった居酒屋の広めの個室の入口近くに、健幸は一人、素っ裸になり膝立ちで待機している。

 

 そして今日はもう一人、敷島からの誘いを受けている社員がいた。

 その男は健幸のように脱がされていたわけでは無かったが、広間の後方、宴席からは遠い壁の前で、怒りを通り越した無表情な瞳を会場全体へと向けている。

 その男、西山健和は、逞しい両足を正座した膝の上で、きつく握り締めた拳を微かに振るわせていた。

 そう、今日の敷島からの呼び出しは、健幸の息子、健和をも指名していたのだ。

 

「失礼します」

 注文された酒の追加を持ってきたアルバイトが、襖を開ける。

 

「ありがとうございます」

 全裸の健幸はビール瓶が6本ずつ入った入れ物を二つ受け取り、バイト生にすら丁寧に頭を下げる。

 その股間には大人の人差し指ほどのペニスが、ぴょこんと腰から垂直に勃ち上がっていた。

 

 若いアルバイトは男性とはいえ、好奇の目で見られていることは明らかだ。

 その好奇と侮辱に満ちた視線を意識すればするほど、健幸のチンポがびくびくと頭を上下に振り立ててしまう。

 小原と敷島に毎週のように呼び出しを受ける中、密かに仕込まれていた勃起薬によるペニスの屹立が、健幸の中に『衆目の中に全裸を晒す自己像』と結びつき、『見られる快感』が羞恥心による緊張をも越えてしまっていたのだ。

 いや、今ではもう『見られる行為』そのものが、勃起薬と変わらぬ効果を表し始めてたと言っても過言ではなかったろう。

 

「おお、ビール来たか。西山さん、こっちこっち!」

 すでに幾度か宴席で顔を見ており、製造課の係長だったなと分かる男が大声で健幸を招く。

「はい、すぐにお持ちします」

 健幸はあちらこちらから声がかかる度に、酒を運び、酌をし、空いた皿を入口の襖近くへと運んでいく。

 畳の広間に15人ほどの男達。

 その中を全裸でちょこまかと動き回る健幸の姿は、周囲が当たり前のように受け入れていることで、よりその奇妙さが強調されている。

 もちろん、素っ裸になり、ペニスを晒した健幸がただの仲居の代理として半分無視されたように動けていたわけではなかった。

 行く先々でその短小包茎のペニスをいじられ、精一杯勃ち上がった勃起を話題にされ続けるのだ。

 

「今日もまた、西山さんのチンポ、がちがちッスね」

「裸見られてるだけでこんなにおっ勃ってるなんて、ホント、西山さんって変態なんだからなあ」

「こんだけカンカンに勃起してても、小学生のチンポみたいにちっこいッスねえ」

「こんなちっこい包茎チンポが、毛だらけのところから生えてるのがすげえんだよな」

 

 さんざんな言葉責めを受ける健幸を、会場の端、壁際で唇を噛んで見つめる息子の健和がいた。

 乾杯だけはみなと一緒にと一気にビールを飲まされていたが、その後は「西山社長の働きをぜひ見ておいてあげてください」と席を外され、一人壁際に座らされている。

 

「おお、西山さんとこの息子さん、そろそろこっちに来てもらっていいですか?」

 

 実の父親の恥辱にまみれた姿を存分に見せつけたと判断したのか、敷島が、言葉は丁寧ながらも、どこか横柄な口調で健和に言葉をかける。

 憮然とした表情で敷島と小原の近くに歩みよる健和だ。

 

「敷島さん、小原さん。もうこんなことは止めてもらえませんか。いかに下請けの方が弱い立場と言っても、部品三個しか回してもらえない俺達の工場だと言っても、あまりにもひどすぎる」

 内心に秘めた怒りを抑えた静かな声が、二人の耳に届く。

 

「何を仰ってるんですか。西山社長には一つ一つお尋ねして、すべて承諾をいただいてやってもらってるんですよ」

 父親から漏れ聞く話では、確かにそうなのだ。

 

「顔繋ぎに席を回ってもらっていいですか?」

「おや、勃起してますね?」

「この前みたいに脱いでもらうと場も盛り上がると思うんですが、どうですかね?」

「おお、脱いでくださる! それは若い連中も喜びますよ」

「また西山さんのドジョウすくいを見たいって声が多いんですよ」

 

 決して命令としてのそれでは無い、しかし実際に逆らうことは出来ない。狡猾に仕組まれた質問の数々。

 唯々諾々と従うしかない健幸にとり、その頷首一つ一つが羞恥にまみれた行為へと繋がっていくことは避けられない。

 

「おっ、いいことやってますね、西山社長!!」

「こりゃすげえっ、朝顔のつぼみみたいなのから、我慢汁がぼとぼと出てるぜ!」

 

 健幸が若い社員に囲まれてる健幸の方から、どっと歓声が上がる。

 健和が振り向くと、そこには目を疑うような光景が広がっていた。

 

「ああ、健和、見るな、見てくれるな……」

 かぼそい健幸の声が聞こえる。

 

 健幸の小さくも固く突き出したペニスが若手社員の持つ箸で挟まれ、その2本の棒でしこしこと扱かれていたのだ。

 

「親父……、なんてことを……」

 瞳から、血の涙が流せるものなら、流れてほしい。

 それほどまでに思う、健和の心根がついに決壊する。

 そしてそれもまた、敷島による策略の一つ。

 健和の乾杯のコップにこっそりと仕込んでいた勃起薬。その効き目が現れる時間を、しっかりと計算しての、部下に命じた煽り行為であった。

 

「もう止めてくれっ! 俺が代わりに脱ぐから、親父のことは、もう勘弁してやってくれ!」

 慟哭に近いその声は、当然健幸の耳にも届く。

 

「バカっ、止めろっ! 俺がいったい何の為にこんな恥ずかしいことに従ってると思うんだ。お前達に累が及ばないよう、恥を忍んでやってるんだ! そのくらい、お前も分かってるだろう!」

 健幸としてみれば、他の社員を守るためこその行動であった。

 一人息子の健和がターゲットになってしまう。それこそが避けうるべきことの第一のものだった。

 

「まあ、ドジョウすくいだけは余興としてやってもらうにしても、息子さんがお酌に回ってもらえるなら、西山社長はその間は休憩してもらってもいいかとは思いますが……。

 小原社長、どう思われますか?」

 

「いやあ、健和さんとやらがそれでよければいいんじゃないか。何と言っても息子さんの方から言い出してくれたんだし」

 

 ああ、やられた。

 そのときの健幸の心情を表せば、まさにそういったところだろう。

 周囲の社員達の煽りもまた、敷島専務から指示されたものに違いない。

 

「ああ、俺なんかでよければ、素っ裸にでもなんでもやってやるよ! そのかわり、親父にはもうこれ以上、手を出すな!!」

 

 健和が言われる前にと、勢いよく服を脱ぎ出す。

 

「馬鹿モンが……、まんまと口車に乗りやがって……」

 健幸の呟きは、息子の耳には届かないようだ。

 

「ほお、息子さんの息子さんは西山社長のよりはデカいようですな」

 敷島が親子の逸物の違いをわざと口に出す。それを聞いた他の社員達が、一斉に野次り出す。

 

「親父さんの倍以上あるぜ!」

「仮性包茎だけど、勃ったら剥けそうだよな」

「そりゃあ、勃たせてみないと分かんねえよ」

「金玉は息子のが張り付いちまってる分、西山社長の方がでかく見えるな」

 

 父親に代わり、酒に料理にと宴会場を動き回る健和は、行く先々で父親と同じような恥辱の洗礼を受けていく。

 

 健幸の勃起しても包まれたままのそれとは違い、健和の逸物はこのような状況でもゆったりとした太さを保ち、少しばかり余った包皮もかろうじて鰓の部分を覆っているだけだった。

 健幸の何倍にもなるその大きさは、巨根とまでは言われないかもしれないが、平均の長さ太さは遥かに超しているようだ。

 

「西山社長、よかったッスよね。短小包茎が息子さんには遺伝しなくって」

「なんか、息子さんの、勃ってきてないッスか? もしかして社長と一緒で、見られると興奮しちゃうとか?」

「露出狂ってのは遺伝するんですかねえ?」

 

 遠慮会釈の無い言葉が広間に飛び交う。

 愛想笑いだけはするものかと心に決めているのか、黙々と酒を運び、次々と干されるコップに酌をする健和。

 返杯と言われ、何杯ものビールを勧められるのは父親と違うところだ。

 おそらくは勃起薬とアルコールの相性と、健幸の年齢を考えた敷島の指示だろう。もちろんそれは、50代になる健幸に万が一でも体調不良を起こされてはかなわないという、敷島なりの自己保身からのものではあったろうが。

 

 その頃、アルコールと空きっ腹に投入された勃起薬が、本格的な効き目を発揮し、確実に健和の逸物の容積を増す準備を始めていた。

 

「おお、やっぱりデカくなってきてるッスよ、息子さんの」

「西山社長~、息子さんの息子さんが、こんにちはしてますよー」

 

 唇を噛む健和にとっては、恥辱と混乱が同時にその胸中を駆け巡っていた。

 薬を仕込まれたことに思い至らない健和にとって、己の股間の昂ぶりがいったい何に起因するものなのか、とうてい想像出来るものではないのだ。

 本来、性的な妄想を喚起するはずの無い勃起薬の効果ではあるのだが、父親の健和同様、「恥ずかしさで興奮することがある」という知識が、自らに作用してしまっているのだろう。

 健和の心の中では、己の中心で高まりつつある欲情の炎が衆人環視による羞恥心からのものではないのか、己の隠れていた性癖ではなかったのかという疑問が生じてしまっている。

 それこそが敷島が、そして小原の企ての目的でもあった。

 

 方々から伸びる箸や手のひらが、体積を増すことにより皮も後退し剥けきった健和の亀頭を、つつき、挟み、扱き上げる。

 じわりと滲み出した先走りは瞬く間にぷっくりとした露玉を作り、次の瞬間には表面張力を維持出来ずにたらりと流れ出す。

 

「社長~、息子さんのチンポ、もう我慢汁も出てきてるッスよ!」

 

 完全に勃ち上がった健和のペニスを順手で握り、前後にしごき上げていた若い社員が大声を上げる。

「息子さんの方も、準備は良さそうですね」

 それを聞いた敷島がなぜか納得したように頷いた。

 

「さて、いつもやってもらってる西山社長のドジョウすくい。これだけは外せませんし、そろそろお願いしてもいいですかね」

 

 会場の端でなにをするともなく座っていた健幸に声がかかる。

 敷島の台詞は、あくまで健和が交代したのは酌をしながら席を回るということだとばかりの物言いではあったが、健幸が立ち上がった姿を見れば、もうなにもかも諦めていることは明白だった。

 

「親父、やるのか……」

「お前がなにか出来るわけでも無いだろう、やるしかないのさ」

 健幸がてぬぐいとザルを用意している横で、健和が無念そうに声をかける。

 

「おやおや、社長が頑張って踊られるというのにあれほど大口叩いた息子さんは見てるばっかりなんですねえ。まあ、西山社長のドジョウすくいは一級品ですから、息子さんにはちょっと荷が重いでしょうしな……」

 

 厭味たっぷりの敷島の物言いはわざと健和の怒りを誘うためだ。

 若く、ビールを飲まされ続けた健和が、敷島の望み通りの反応を見せる。

 

「俺もやってやるっ! 親父だけに恥かかせるわけにはいかない!」

「止めろっ、健和っ! お前まで笑いものにされることは無いっ!!」

 必死に止める健和。

 

「親父っ! もう、親父だけを笑わせはしないっ!

 俺も子どもの頃から親父のドジョウすくいは何度も見てきてる!

 俺も一緒にやるから、親父も堂々と見せつけてやれっ!」

 

 健幸の困ったような顔を見ながら、敷島はほくそ笑んでいた。

 まさに敷島と、そして社長の小原の思うがままに事態は進んでいっているのだ。

 

「おやおや、それじゃあ栄えある親子共演ドジョウすくいやってもらえるんですね。

そりゃあ、ありがたい。おい、みんな拍手で二人を迎えようや!」

 煽る敷島に、会場の社員達が盛り上がる。

 カラオケにはすでに安木節がセットしてあるようだ。

 最近は裸の健幸の姿を堪能しようと、最低2回は踊らされていた。

 一曲終われば、という健幸の思いを嘲笑うかのような敷島の手配によるものだ。

 余興用にと予め居酒屋に伝えてあったのだろう。手拭いやザル、腰に結びつける入れ物に、五円玉と細紐がさっと二組用意される。

 

 軽快な音楽が流れ出す。

 部屋の奥側をステージに見立て、二人が左側から腰を振りながら現れた。

 

「よっ、親子共演っ!」

「二人とも、チンポびんびんになってるぞっ!」

「チンポ振れ振れ! ビンビンチンポ!」

「腰、もっと振ってくださいよ~!!」

 

 見られ、囃され、蔑まれる恥ずかしさ。

 飲まされたことを知らない薬による強力な勃起という物理的な作用と、衆人に見られ、囃される恥ずかしさ。

 その二つが、健幸と健和親子の中で結びついてゆく。

 

「息子さんのはデカいが、社長のはほんっとに短小包茎ですよね!」

「いやあ、ホントに遺伝しなくてよかったッスね、西山社長!」

「でかさは違っても、ビンビンなのは親と子どもと一緒ッスね~」

「親子そろって、見られて感じる変態だなんて、やっぱり親子の血って凄いッス!」

 

 反論したいが、自らの股間の昂ぶりがそれを阻んでしまう。

 

 健幸はここ数ヶ月の中でうすうす感じていたのだが、この若者達に悪意は無い。

 その場のノリとアルコールの酔いの中で、上司によるそのノリを「赦す」言動が、エスカレートしていくだけなのだろう。自分の会社のことを振り返ってみても、御園のようなお調子者がいるでは無いか。

 若者達に罪は無い。敷島が企む「悪意」に翻弄されているのは、自分達と、ここにいる若い社員達、双方なのだ。

 

 とにかくまずは最後まで踊り終えれば。その思いだけで踊りを続ける健幸と健和。

 

 がに股でどじょうを探す二人の仕草に、会場からどっと笑いが漏れる。

 股間を強調するようなその動きは、滑稽でありながら、対照的な二人のチンポの有り様を克明に写し出す。

 なんとか一度目を踊り終え、部屋の隅へと引き返す二人。

 

「お二人ともお疲れ様でした。次の2回目は、本物のドジョウを捕まえてもらいましょうかね。それじゃあ、おい、誰か、アレ用意しとけ!」

 敷島が若い社員に命じる。

 

「なんだ、なにをやらせる気だ? 親父、なにか聞いてるのか?」

「いや、いつもだと、2回目も笑われて終わるだけなんだが……」

 

「いや、せっかく親子お二人なので、なにかリアルなシーンの演出が出来ないかと、お互いのドジョウを捕まえてもらおうかなと思ってですね」

 にこにこと笑う敷島が、健幸と健和、二人の手にローションらしきものが入っている小さなプラボトルを渡す。

 

「これでどうしろと言うんだ?」

「ほら、お二人の股間に元気なドジョウがいるじゃないですか。これでドジョウのヌルヌルも再現出来るかと、ローション用意したんですよ」

 

「何を言ってるっ! まだ俺達を辱めるのか……」

「いえいえ、お二人揃ってのせっかくのドジョウすくいですから、より盛り上がるようにと思ってのことですよ」

 

 怒気をはらんだ健和の質問に、敷島はぬけぬけと説明した。

 

「おおおっ、西山社長親子の、モノホンのドジョウすくい、見たいッス!!」

「ぬるぬるつるつるのドジョウ2匹、活きのいいとこお願いするッス!!!」

 

 酔った社員達が敷島に乗せられ、下卑た野次が宴会場に飛び交っていく。

 敷島への怒りと、その手のひらの上で踊らされている若者達への哀れみ。

 健幸の中で、なにかがカチリと切り替わる音がした。