金木犀

その3

幸雄の章

 

 バイトも休みのたまの日曜。大学のリフティング部も、休み。つーか、俺のところって一人一人メニュー違うから元々休みもなんもあったモンじゃないんだけど。
 いい若いモンが家でもんもんとしてるのもアレかと思って、梅田に出た。久しぶりにミナミに回ろうかと思ったんだけど、ちょっと路線的にめんどくさいのでキタで済ますことにする。
 秋晴れの日差しに身体が暖まると、どっか身体の奥底から、むらむらと性欲が湧いて出てくる。まったく昼真っから俺も好きモンだよな。CD屋覗いてたら、急にやりたくなっていつものBOXに来ちまうし。
 174の88の俺、ジムでもトレーナーやってるし、会員証見せると割引で入れるんだ。受付のあんちゃんに軽く会釈して中に入る。

 

 このヤリ部屋、ガタイのいい奴が多くて結構気に入ってる。いわゆる太め、がっちり御用達ってやつ。ありがたいのはいたるところにゼリーとスキンが置いてあって、自分で持ち運びしなくていいこと。脱ぎ系のとこだと、どうしても邪魔になっちまうんだよな。その点ここは、部屋の中はもちろん、廊下も角々に台の上に山積みしてあって、立ったままヤルのにも都合がいい。
 俺、入り口のすぐ横で服を脱ぐと、ロッカーキーを足首に通し、真っ暗な館内を巡り始めた。

 

 真っ昼間というのに通路は遮光され、目が慣れないうちはお互いの顔もほとんど分からない。パーテーションとカーテンで仕切られた迷路のような通路を回ると、時折り触れあう男達の裸体。おぼろげに浮かび上がるシルエットと、手探りで交わされる会話。それだけが、ここでの相手を選ぶ唯一の手段だ。
 一通り回ってみると、昼間というのに10人近い男達がうろついているのが分かる。マンションを改造したここのつくりでは、結構、人が一杯って感じ。

 

 俺、角に立ってた奴の前で立ち止まった。多分、初めて逢う奴。
 一瞬の空白。

 

 俺がつっと手を伸ばす。そいつ、よけない。ぐっと引き寄せて首筋に顔を埋める。背は俺と同じぐらいか? 重さはもちょっとありそう。90は軽く行ってるんじゃないかな? 俺がそいつの首からあごをねっとりと舐め回すと、そいつが耳元で囁いた。
「俺みたいなのでいいんすか?」
 こっちから手を出してんのに、なんでみんな同じこと聞くんだろう。声の感じからしたら年近いのか、ちょっと下か。ま、俺も年上から誘われたら同じセリフ、返しちゃうけど。

 

 俺、返事せずにそいつのむっちり張った胸肉を撫で回して、小さな乳首を爪先でこりこりといらった。奴はその俺の爪先が乳首の先端に触れる度に、身体全体をひくひくと緊張させる。わざと触れずにいたチンポを、唾をなすりつけた手のひらで、いきなり亀頭をざらりと撫であげてやった。
「んっ」
 声にならない奴の敏感な反応に、今日は大当たりだと、内心喜んだ。反応薄い奴、ノリの悪い奴だと真っ暗に近いこの場所では面白くない。奥にあるプレイルームへと、俺、そいつを抱いたまま足を進めた。

 

 敷き布団ごとに薄いカーテンで仕切られたその場所は、豆電球ほどの明かりが暗闇に慣れた目には充分な刺激になる。かすかな明かりの下でみるそいつは、思った通りの年齢のようだ。
 顔の真ん中にあぐらをかいた鼻のせいか、見ようによっては妙に精力ありそうに見える。モンゴルだったっけ? あれ、トルコ? なんか、おっさん達がレスリングみたいな相撲する奴。あれに出てそうな顔立ち。俺、タイプだった。

 

 隣の布団ではがっちりしたおっさんが、でぶ、と回りから言われているだろうな、というような男をバックスタイルで犯している。そこここで何度も繰り返されている行為のせいか、嗅ぎ覚えのある匂いが充満している。

 

 俺とそいつ、布団に倒れ込むと、むさぼるように唇を奪い合う。いいぜ、キスから入る奴って、本能のままのセックスって感じで、俺、すげえ感じちまう。

 俺がそいつの唇と歯茎の隙間をねろねろと舐め回すと、そいつの舌が負けじと俺の舌の裏側を舐めあげる。いや、舐める、っていうより、ねぶりあげる、が正解だ。唇だけじゃ飽きたらず、頬や首筋、耳までもねとねととねぶり尽くす。
 舌のざらつきに、お互いが感じてんのが、手に取るように分かる。
 密着させた腰で肉棒をごりごりと擦りあげ、その熱さと堅さが相手をより一層燃やしちまう。

 

 お互い、いきり勃ったモノには、まだ、触れない。肉厚の手で身体中を撫で回すが、そこだけは避けて通る。すんげえ、俺と同じだ、こいつ。俺の爪先が乳首や脇腹に達するたびに、そいつの重たげな肉体がびくっびくって蠢く。そいつも俺の全身を下から上へと撫で上げ、俺の背中が思わず反ってしまうほどの快感を与えてくる。

 

「先輩、いいっす、俺、感じます」
 そいつが低い声で呻いた。おいおい、先輩、かよ。俺がタチってことだな。まっ、それもまたいっか。俺、こういうとき、ちゃんと演じてやる。ノリ悪いと、お互いきついし。

 

「お前、男に触られて感じてるんだろ。我慢しないで、声、出しちまいな」
 精一杯低めの声で、耳元に囁いてやった。そいつ、それだけで身体震わせてる。体育会のノリでやりたいらしい。
 お互い存分にハグしあったところで、俺がそいつを仰向けに寝かせる。しばらくは感じさせてやらなきゃ悪いよな。

 

 そいつてっきり、ケツに来ると思ったらしい。自分で腰を持ち上げようとしたところを、俺、ちょっと制した。
「先輩・・・?」
 ?、そいつの表情に浮かんだ疑問符。俺、にやにやしながら枕元のゼリーに手を伸ばす。ケツは最後に決まってんだろ?

 

「ケツよりもっと気持ちいいことやってやるよ」
 俺、そいつの耳元で言うと、安心したのかされるがままになってる。こんなとこ、すげえこいつ、素直。

 

 そいつの身体、俺、いいように扱える。まずはゼリーをたっぷりとって、そいつの股ぐらと俺の肉棒にぬるぬると塗りつける。それだけで感じるのか、そいつ声を殺しながら喘いでる。まだまだ感じさせてやるからさ、俺、内心でつぶやく。
 まずは下半身。そいつの太股使って素股のときみたいに、俺のチンポを挟み込む。普通だと相手の金玉の裏側に当たるぐらいに突き上げるんだが、今日はちょっと下側。そいつ、自分の太股の一番ぶっといところで俺の肉棒を感じる訳だ。

 

 俺、自分の腹にもゼリーを塗りたくると、ゆっくりそいつの上に身体を密着させた。これ、効くぜ。そいつのチンポ、自分の腹と俺の腹筋で見事に挟まれちまう。ケツやるときには、こうはいかないもんな。ちょっと腰を動かすだけで、そいつ、ひっ、て声上げやがった。まだまだ、お楽しみはこれから。

 

 次ぎにそいつの両手を身体に沿わせて降ろさせると、俺、自分の両肘で身動き出来ないように押さえ込んだ。両足も俺の膝で伸ばしたまんまで固定され、ほとんど丸太ん棒になってるそいつ。身動き出来ない束縛感が、快感を増すはずだ。
 俺、そいつの顔を上目遣いに見上げながら囁いた。
「胸、感じるんだろ?」

 

 そいつ、これから自分を襲う快感を予知してんのか、痙攣したようにこくこくうなずきやがった。
 いよいよ、最後の仕上げ。乳首感じる奴で、これまでこれで落とせなかった奴はいない。俺、そいつの胸肉をべろっと舐めあげると、両手の爪先で小豆ほどの乳首をつまんでやった。

 

「あっ、あっ、ああっー、いいっ、いいっすよ、先輩!」
 その途端、店中に響き渡るほどのよがり声が上がった。奴も自分でもびっくりしたんだろう、最後の方はほとんど悲鳴になってた。そのくらいの、俺の必殺テクニック。

 

 乳首と胸を爪と唇で責めあげる。チンポは俺の腹筋とそいつの腹肉のあいだでぬるぬると擦られる。そいつの太股には俺の肉棒がごりごりと当たる。
 これ、俺も前にやられたことがあったけど、すげえ感じる。実際には尻に入れてるときより、べったりお互いの身体が密着してるし、その分、全身が性感帯になっちまう。
 外気に触れて乾きやすい胸のゼリーは、唾液をぬちゃぬちゃと補充しながら責め立てる。俺の胸から下半身にかけてを、ゼリーのぬめりを利用して半身ほども上下させると、そいつも何とか押さえようとしてるんだが、ついつい大声を出しちまう。普段なら腕でも押しつけて、声を殺すところだろうが両手を押さえ込まれててはどうしようもない。男らしい野太い喘ぎが、何度もあげられる。

 

 たまにこれだけでイッチまう奴もいるんだが、こいつはどうにか耐えてるようだ。それでも何回か寸前まで来たようだった。俺、わざとそいつが「イキますっ」て言うたびに、全身の動きをぴたりと止める。そいつ、自分の腰を動かしてでも出そうとするんだが、両手両足を固定されちまうと、それもままならない。
 落ち着いたのを見計らい、また責めを開始する。これを何度も繰り返す。15分もやってただろうか、ついにそいつから泣きが入った。

 

「イ、イカせてくださいっ、俺、俺、イキたいっす」

 

 俺、これを待ってたんだ。俺の方もそいつのでっけえ太股の感触と全身に伝わる快感のうねりで、イく寸前まで来ちまってた。
 素早く身を起こすと、自分の肉棒にスキンをはめる。もう一度ゴムの外側にゼリーをたっぷり垂らすと、そいつの両足を抱え上げ、一気にぶち込んでやった。

 

「あっ、あっ、ああっ、先輩、いいっす、いいっすよー」
 久しぶりにタチに回った俺が俺が激しく腰を動かす。そいつの肉棒もゼリーまみれの右手でぬちゃぬちゃと扱きあげた。重たい両足を肩で受けて、左手は乳首をこりこりといじる。古典的な三処責めってやつ。これもたまんないはずだよな。
 そいつのガタイがイく寸前の昂りを伝えてくる。俺ももう、限界だった。

「あっ、先輩っ、俺、俺っ、いいっ、イくっ、イッちまうよっ」
「俺もっ、イくっ、イくぞっ」
 真っ赤に腫れ上がったそいつの亀頭の先端から、卵の白身よりも濃い粘度で雄汁がはじけ飛んだ。勢いよく飛んだ第1弾はそいつの首筋にべっとりとかかり、臍から腹にかけて溜まりをつくる。
 俺は発射中の敏感な亀頭をつぶれんばかりに扱きあげる。二人とも、「んっ、んっ」と詰まったような声を上げ、快感を全身でむさぼるように味わう。射精時の筋肉の収縮が肉棒を締め上げ、俺もそいつの身体を抱きかかえるようにして、ほとんど同時に雄汁を発射しちまった。

 

「あんなすげえの、初めてだったっすよ」
 明るい風呂場でシャワーを浴びながらそいつが俺に笑いかけた。やっぱり好みの顔。やば、俺、こんな奴に明るく言われると、惚れちまう。
 とりあえず一緒に店を出た。なんだか、俺、緊張してる。ホント、馬鹿だ。そいつに誘われる形で喫茶店に入っちまった。
 俺、カフェオレ、そいつはブレンドを注文した。そいつも大学生。思った通り、イッコ下。くったくなく笑うそいつの顔から、俺、つい目をそらしちまう。

 

「・・・まったくおじさん達って奥手だよなあ。俺がバイトしてるとこの上司と客、絶対昔から何かあるんだぜ。それなのに二人してもじもじしちゃって、もう2週間くらいなるってのに、まったく見てられないんだ」
 ネタが見つからなくて、俺、バイトの話とかしちゃってる。なんかもっと気の利いた話とか出来ないんかな、俺って。

「おじさんって変なプライドあるから。犯ってくれって素直に言やいいのにね」
「ホントホント、客の方はこの前、仕事中に誘ったら出来ちゃったし。しかもそのおっさん、もっこ褌してるんだぜ。絶対ありゃ昔から男好きだよ。本人がそれに気づいてないってのが呆れるんだよね」
「認めたくないってのがあるんじゃない? 30過ぎだとまあ色々あるだろうし・・・。その人って独身?」
「客の方は家族持ち。子どももいるみたい。上司の方はまだ独身だよ」
「くっつけてあげたら? なんかそういうの得意そうだし」
 俺のコトバ足らずの話にもちゃんと合わせてくれる。頭、いいんだ、こいつ。

 

「・・・あ、そう言えば、先輩。なんて呼ばれてるんすか?」
「俺? 別に本名でいいけど、幸雄。飲み屋とかだと、名字がサダっていうから、マサシって呼ばれたり・・・」」
「あはは、それすげえイメージ違うっすよー」
「なんだよ、それって」
 あはは、って笑うそいつの顔、えらく可愛い。乳臭いってんじゃなくて、ごっつい童顔。そんな感じ。俺、ホントにヤバい。そいつの顔、すんげえイケてる。

 

 久しぶりに駆け引きのある会話、俺、やってるな。こういうの、ちょっと新鮮。
 奴は俺のことを、結構話せると見込んだのか、うれしそうにしゃべり続ける。話好きってのも退屈しなくていいかもしんない。とりとめのない会話、そんなのここ最近、ホントにやってなかったしなあ。

 

「あ、幸雄さん知ってます? ほらあそこに植わってる金木犀って、ホントは雌雄の株があるんだけど、日本には雄の方しか無いんだって。それであんな派手な匂いしてるんだからまるでホモ丸出しって感じですよね」
 おいおい、大声で。喫茶店でホモ丸出ししてんのは、おめーだろうが。ガタイのいい短髪が二人でお茶してたら、そら目立つし。でも、なんだか俺、こいつのこと憎めない。

 

 店出たら、俺、何か黙っちゃった。嫌になった訳じゃない。引き留める口実が無いな、って思ったら一瞬女子中学生になっちゃっただけ。まあ、今時の中学生なら、そんときの俺よりずっと大胆だろうけど。
 そいつ、気配を感じたのか携帯の番号さっと渡すと「よかったら電話下さい」ってあっさり帰った。引け際知ってるつーか、頭いいっつーか、俺、いいとこまったく無し。

 

「あ、じゃあ、またな」
 俺の別れ際のセリフ。そういえば、俺、あいつの名前も聞かなかった。俺、バカだ。ホント。
 電話して、「付き合ってみようぜ」って言ってみようか。いや、やっぱり「付き合ってくれないか」かなあ。タチもやってみたいとか言ってたから、俺が仕込んじゃったりして。俺が上からまたがったらあいつ驚くかな? でも、結構あのタイプってタチはタチでがんがんやりそうだし・・・。
 ま、いっか、取りあえず電話、かな。

 

 ・・・それにしても高橋さんの方は割り切っちゃってるからいいみたいだけど、勇二さんの方がぐちゃぐちゃ悩みそうだよなあ。手、出したのまずかったのかなあ。でもあのくらいしないとあの人踏ん切りがつかないタイプだろうし・・・。まったくあのおっさん達、若者をこんなに悩ませるんじゃないよなあ。この年で禿げちまったらどうしてくれるんだよ、まったく。
 駅までの道をぶらぶら歩きながら、バイト先のことを思い浮かべる。あの二人、お似合いだと思うんだけどな。

 

 地下街に下りる寸前、さっきの奴が言ってた金木犀の香りがふっと漂ってきた。ちょっと足を止めて空を見る。ピーカンの青空。そういえばこんなの久しぶりだった。

 

 俺もそろそろ、コイビト、探そっかな・・・。ポケットの奥で、あいつの携帯の番号がかさかさいってる。俺、そのことが、なんだかすんげえ、うれしかった。