『金精の湯』 秘境温泉物語

その1 序章

 

 10月1日、平地では大気が夏をまだ抱え込んでいる微妙な時期だ。

 早朝にJRへと乗り込んだ俺は、いわゆる『秘境駅』と呼ばれる、ここ北陸でも山深い小さな無人駅へ降り立った。

 早朝に出てきた最寄りの町での気温よりここでのそれは、およそ3、4度ほどは低いのでは無かろうか。

 谷を渡ってきた心地よい風が、一昨日散髪したばかりのうなじに当たる。

 朝と夕方、日に2本しか運行の無いこの路線へと辿り着くためには、乗車した町に前泊乗り入れをするしか方法は無く、最寄りの県庁所在市からでもすでに2日目を迎えた朝のことだった。

 

 都会のそれに比べれば極端に短いホームに、音を立てて閉まるドアから足を踏み出したのは、俺を含めて4人の男。

 列車の中でそれぞれに距離を取って座っていた男たちについて、朝の時間帯では逆方向にしか地元の乗客はいないだろうという俺の考えは当たっていたらしい。この日この朝、周辺には何も無いこの駅で降り立った男たちの目指すところは、やはり同じ目的地なのだろう。

 この秘境駅では、それこそ鉄道雑誌やマスコミの取材でも無ければ、たとえ偶然にも数人の集まりが発生するはずが無いだろうということは容易に考えが及ぶ。

 俺は思いきって、一番年長に見える男に声をかけた。

 

「もしかして、そちらも『金精の湯(こんせいのゆ)』での湯治に向かわれるんでしょうか?」

「ああ、そうです。ここいらの人とは違う感じがして、たぶん皆さんそうかとは思っていたんですが、駅に降りるまではもし違ったらとの思いもあって、お声をかけることが出来ませんでした」

 

 壮年への入口付近の年かと思える男のその落ち着いた話し振りには、短い言葉の中にも人としての誠実さが滲み出ている気がした。

 俺とその年配の男2人の会話に、残りの2人も近づいてくる。

 青年、と言っていい20代風の若者と、まるでプロレスラーかと見紛えるほどの体格のいい男。

 互いに話してみれば、確かに4人ともが同じ目的と経験を持って、この地に足を向けたのだということが分かった。

 

「自分は北郷大和(ほくごうやまと)と言います。フリーライターをしています」

「私は東尾豊後(ひがしおぶんご)という、少しばかり陶芸をやっているものです。北郷さんはライターとのことですが、手紙のやり取りの中で、こちらの宿について、取材や記録は一切ダメってことではありませんでしたか?」

 

 東尾と名乗る男の質問に他の2人も同調した頷きが見えるのは、4人が同じ情報に接していることの表れだ。

 

「ええ、事前の手紙でその点は釘を刺されましたので、今回は純粋に個人的な興味の対象として湯治に来ることにしたんです」

 

 東尾と俺との会話に出てきた『手紙』。

 そう、これから俺たちが向かうはずの温泉宿には電話が通じておらず、湯治宿泊をするためのやり取りはすべて手紙で行ってきたのだ。

 

 話は半年ほど前へと遡る。