部品三個の、ど根性

その9 全員参加

 

全員参加

 

 あれから2ヶ月が過ぎた。

 西山製作所に依頼された、三つの左右違いの部品は無事に株式会社OHARAの検収を通り、また別会社による量産体制に組み込まれることも確定していた。

 

「かずさん、文さん、これであとは来月のプレゼンに没頭できますね」

「ああ、俺の方は年明けからの受注分の設計に入るので、更科と健和にかなり頼むことになるがな」

「はい、健和さん。とにかく頑張りましょう」

 

 健和と今では数彦の二人がメインになっている設計図のデータ化プロジェクトについては、社内に箝口令を引いた上で、製作所の全員が進捗を理解していた。

 健和による日々の情報の伝達と、実際に取り込まれていく設計図のさばき量が目に見えて上がってきている。

 

「N社さんの撮影スピードも上がってきてて、逆にD社さんの部門がアップアップしてるってのはおもしろいな」

「その分、D社さんでも読み取り性能高い機種をプロジェクトに回してくれるって話も出てるみたいなので、こっちとしてはありがたい限りだけど」

 

 一応年内で単一契約としてのOHARAとの契約は切れるのだが、向こうからは来年もまた契約してきたいとの打診を受けていた。

 これまでの元請け下請け、資本力の差に起因する関係性をなんとか打破すべく、製作所一丸となってプロジェクトに取り組んでいたのだ。

 

 

 そして、国の関連機関によるベンチャー支援とも言える助成金獲得に向けたプレゼンが行われる12月中旬。

 

 くしくもその日は、株式会社OHARA、そう小原社長と敷島専務もそろって顔を出すはずの大忘年会が開催される日と同日のことであったのだ。

 

「じゃあ、親父。行ってくる」

 プレゼンそのものは午後からだが、朝から会場での機器のセッティングに向かうのは、会社四代目となるはずの健和、社内最古参の北村文四郎、読み取りシステムの効率化に貢献している更科数彦の三人だった。

 

「文さん、途中でいらいらして怒鳴らないでくださいよ」

「またお前はそんな言い方しかできんのか! 文さん、若い二人がきっと上手くやってくれます。黙って見ておいて上げてください」

 あいかわらず茶化したものの言い方をするのは御園友一、いさめながらも文四郎を送り出そうとするのは松永史朗。

 

「たけ、かず、そして文さん。社長と俺たち、製作所の未来がかかった大きな仕事だ。とにかく、頑張ってくれとしか言えんが、頑張ってくれ」

 不器用なりに三人を激励するのは児玉左右吉、文四郎に次ぐ古参の職員だった。

 

「親父……。

 親父は親父で、今日の忘年会、きついこともあるかと思う。

 もしプレゼン通ったら、いや、絶対に通してやるけど、もう親父にそんな思いはさせないからさ。とにかく吉報あるって信じて、待っててくれ」

 

「ああ、健和もみんなも、聞いてくれ。

 今日のOHARAの忘年会。俺はもう、あいつらの前で素っ裸になることそのものは何にも思ってないんだ。

 もちろん、一人だけ素っ裸にならされて、短小包茎のチンポ見られてるって恥ずかしさはある。

 ただ、少なくとも、あそこで働いてる若い連中が、俺の裸をさげすんだり、バカにしたりってのは近頃はもう感じなくなってきた。

 俺の恥ずかしさを和らげようとしてくれてるのか、それともホントにそれがしたいのかわ分からんが、最近は俺と一緒に全部脱いで飲んでたり、一緒に踊ってくれる連中も増えている。

 俺はみんなの、文さんの、数彦の、そして俺の息子、健和のことを信頼している。

 どんな結果になっても構わないから、今のこの西山製作所の本気と実力を、国に見せてきてくれ。

 それだけでもう、俺は満足だからな」

 

 父親の話を聞く健和の目に、涙は無い。

 この間の自分達の頑張り、父親が一人でOHARAの社員達の中で身体を張って耐え抜いてきたこと、そのすべてを背負って今日のプレゼンに臨む。

 そのことだけを心に決めていた。

 

「じゃあ、親父、行ってくる。みんなも、夕方には親父を送り出してやってくれ」

 

 そう言い残し、プレゼン会場へ向かう健和達だ。

 

 

「さて、社長。こっちは健和さんから連絡あるまで工場で待機してます。気をつけて、行ってきてください」

「ああ、そうさん、ありがとう。もし万が一のことがあっても、健和や友一がバカなことしでかさないよう、それだけは頼む」

 

 その日の夕方前、製作所から株式会社OHARAの忘年会場となっているホテルへと向かう健幸。

 これまで毎週のように顔を出してきた宴会は10回以上になるが、せいぜい20名ほどのものが最大で、今回のような向こうの全社員、60名近くが集まる大規模なものは初めてだった。

 一応、全部署の社員とは個々の飲み会で顔は見ているはずだったが、向こうはこちらのことを覚えていても、健幸の年齢ですべての社員を頭に入れておくことはできていなかった。

 もっとも、秋に行われた屈辱的な表彰式で一緒にドジョウすくいをやってくれた若者たちは、あれからことあるごとに脱いでくれていたのだったが。

 

「失礼します。お世話になっております西村製作所の西村健幸です。本日、株式会社OHARA様の忘年会にお招きいただき、ありがとうございます」

 

 バンケットの入口で、丁寧に頭を下げる健幸の姿があった。

 

 以前ならどこか及び腰の社員達が見守る中、敷島が応対に当たるのが当たり前だったのだが、秋口以降、その雰囲気は大きく変わっている。

 

「あっ、西山社長っ! 今日もよろしくお願いしまッス!!」

「今日も社長のドジョウすくい、見れるッスね!」

「俺も一緒に踊らせてもらっていいスか? 前に見て、絶対覚えたいって思ってたっス!」

 

 次から次へと社員達が駆け寄り、健幸の周りを取り囲む。

 一緒に踊ろうと声をかけてくれるのは、表彰式のときに手をあげてくれた社員だった。

 きちんと向き合ってみれば、決して悪い連中じゃ無い。

 長年、経営者として人を見てきた健幸の理性と本能が、ともに同じ結論を返してくる。

 

「ああ、また一緒に踊ってくれるとなると、こっちも心強いよ。今日もよろしくお願いするかな」

「やったー! もちろん、俺も全裸ッスよ、全裸っ! 全裸いいッスよね!!」

「おっ、お前も脱ぐんだ? じゃあ、俺も一緒にやるかな……。でも、俺も包茎なんで、ちょっと恥ずかしいってのもあるし……」

「お前、それ、西山社長に失礼じゃ無いか?」

 

 周りの若者たちからどっと笑い声が上がる。

 

 若者にとっては部活のノリ、あるいは酔ってのバカ騒ぎの一つとしてしか映ってないのかもしれない。

 それでも、衆目の中、一人素っ裸で動き回るよりは裸をさらしともに動いてくれるものがいるのは心強いという言葉以外、なにものでもなかったろう。

 

「今日は俺、もう最初から脱いじまおうかな。社長と一緒に全裸で酒注いでまわるのもいいのかなって」

「あ、俺も俺も、俺もやる!!」

 

「おいおい、そこまではいいよ……。君たちだって、恥ずかしいだろう」

「なーに言ってんスか、社長! うちのために頑張ってくれてる社長って、もう身内みたいなもんッスよ!」

 

「泣かしてくれるなよ……。まあ、今年最後の宴会だ。精一杯努めさせてもらうので、よろしくな」

 

 さすがの健幸も、感激にこらえきれず涙ぐんだ目を見られたく無かったのか、会場の隅に用意してあった屏風の後ろに向かい、服を脱いで宴会の準備に入った。

 その健幸を追って、3名の若者がすべての服を脱くと、同じく素っ裸で給仕をして回るという。

 

「それでは、今年一年の我が社の発展と、みんなの頑張りをねぎらう忘年会を始めたいと思います。最初に小原社長より、一言お願いします」

 

 司会者がマイクを小原に渡しても、通り一遍の挨拶をする小原へは、あまり皆の関心は向いていないようだ。

 神妙に聞いてはいるのだが、ファーストメニューと各テーブルにビールを置いて回る全裸の健幸と裸の社員たちに、あちこちからちょっかいとねぎらいの言葉が小声で囁かれる。

 

「では、本日の乾杯の音頭は敷島専務にお願いしたいと思います。みんな、お手元に飲み物の用意をお願いします」

 

 宴会場に一斉に、瓶ビールの栓を抜く音が響きわたる。

 お疲れ様、どうもどうも。

 たとえ経営陣と同じ宴席に着くとはいえ、酒と料理がたらふく飲み食いできるというだけで、現場職人たちにとっては十分に楽しいことなのだろう。

 一通りアルコールが行き渡ると、健幸と社員の全裸部隊にも景気づけだとコップが渡された。

 

 株式会社OHARA。

 創業者の後を継いだ小原典夫社長の経営する、おもに車両製造関係の部品をとりまとめる中堅所といったところか。

 実質的に小原と専務の敷島が社の方針を決定し、後はそれぞれ生産と下請け会社との調整を主とする製造部門に大きく分かれている。

 もともとは生産メーカーだった名残か、60名近くいる社員のほとんどが男性で、数名しかいない女性職員はいずれもパートで、忘年会には参加していなかった。

 これは毎年、猥雑なネタで盛り上がる社風に辟易した女性社員からの反発だったのかもしれないが、そこまでは社外の健幸には分からぬことだ。

 

 ともあれ、本日の参加者54名、それに健幸も加わり55名での宴会が始まった。

 

「社長のチンポコ、相変わらず小さいッスね~」

「こんな短小包茎なのに、もうビンビンになってるッスよ!」

「箸で摘まめる大きさって、こういうのを言うんスね」

「うお、こいつのチンポ、始めて見たけど、でけえな!」

 

 全裸で忙しく酒を注いで回り、空いた皿を下げようとする健幸たちに、遠慮会釈無い会話が交わされる。

 健幸の股間は、当初の仕組まれた勃起薬による物理的な反応を、自ら「見られて興奮する自分の存在」として、頭の中にすり込んでしまい、今では「脱ぐこと」「他人に己の恥ずかしい姿を見られること」で、その指ほどの逸物をいさましく固くしてしまうようになってしまっている。

 

 それでも最初の頃の明らかに嘲笑と取れる罵声とは変わり、このところの社員達の声かけの音色はかなり違うものとなっていた。

 

「おお、あいつのチンポ、社長の10倍ぐらいあるぞ!」

「お二人さん、並んで比べっこしてくださいよ!」

「すげー、四人並ぶと、SSからLLまで、チンポのでかさ順じゃんっ!!」

 

 若者たちの言葉は露骨なものではあるが、そこには健幸もまた一人の「同志」として自分達と同じ目線に立っているとも思えるものだ。

 健幸と同じように全裸になった社員3人の股間は、さすがに勃起はしていないものの、かといって緊張や羞恥に縮こまっているふうでもない。

 ここしばらくのノリに任せた脱ぐ行為に、だんだんと馴れてきているのだろう。

 

「そうだ!! 西山社長みたいにおっ勃てた奴、一等賞には俺から金一封出すぞ!」

「えー、部長、そんなこと言っていいんスかー?」

 

 少し年配の管理職だろうか、部長と言われた中年の男が陽気な風情で一万円札をひらひらと頭上に振れば、若者達が色めき立つ。

 

「西山社長っ! イくのはドジョウすくいのときにやらせてもらうッスけど、一緒にせんずりこきましょうよ!!」

「おーし、俺が金一封、かっさらっちまうからな!」

「なんの、俺の巨根、勃ったところオマエら見たことねえだろう?」

「金一封出るなら、俺も参加するぞっ!」

「げっ、途中参加もありなら、俺もやるっ!!」

 

「西山社長はもう完全に勃起してるから、検分役だな。元気ある奴、がんばれよ!」

 旗振り役の部長がハッパをかける。

 

 結局最初の3人ともう3人が追加参加し、次々に服を脱ぎ捨てた。

 健幸を入れれば、都合7名でのせんずり大会になるようだ。

 

 もはや、大学体育会寮での悪ノリ合戦のようだ。

 その中で健幸は「一人で辱められる下請け会社の社長」では無く、「ともに宴を楽しむ一員」として認められていた。

 

 そんな健幸と社員達の様子を苦々しく見つめているのは、専務の敷島と社長の小原の二人だ。

 

 もともと社員達に下請け会社をいじめているという雰囲気を悟らせないため、あくまで社内では「西山社長から宴会で接待したいと自主的な申し出があっている。せっかくの話なので、みんなもどんどん盛り上げてやってくれ」と、保身まみれの話をしていたのだ。

 社員達にしてみれば、最初は好奇の目で見るだけだった健幸が、真剣になって踊りも接待も取り組んできている姿に触れるにつれ、自分達も一緒になって楽しもうという雰囲気になったのは、ある意味、当たり前だったのかもしれない。

 

 総勢7名がずらりとステージに並び、真ん中に立った健幸は6人の男達の勃起具合を見比べ役として、一人前に出て背を向けている。

 

「それでは、朝倉部長の一万円をかけて、スピード勃起勝負の始まりだ!

 部長っ、ルールはどうしましょう?

「そうだな、しごいて勃つなんてのは若いモンには当たり前なんで、全員目ぇつぶって想像だけで勃てるのとかどうだ?

 誰が一番だったかは、検分役の西山社長に決めてもらおう」

 

「OKですっ! では、西山社長もスタンバイお願いします。では全員目をつぶって、それでは、スピード勃起競争、スタートぉー!!!」

 

 司会者の勢いに若者達がそれぞれ目を瞑り、妄想の世界に入っていく。

 恋人がいるものはそのあられも無い姿を想像しているのか、あるものはお気に入りのAVのシーンを、またあるものは一人で行う行為を思い出しているのか。

 

 それでも羞恥心が快感へと転化してしまった健幸とは違い、同僚たちの目の前で逸物を勃起させるというのはなかなかの難行だ。

 部長が「目をつぶれ」との条件を出したのは、衆目を意識するとレースそのものが成立しなくなるのではないかという、年長者ゆえの慧眼だったのかもしれなかった。

 

「お、あいつのだいぶデカくなってきた!」

「なんだ、すぐ勃つかと思ってたら、けっこうみんなゆっくりしてんな」

「あ、篠崎(しのざき)の奴、だんだん剥けてきてないか?」

 

 両手をだらりと下げておくのも気合いが入らないのだろう。頭の後ろで組んで全身をさらけ出す者、腰に手を当てて股間を突き出すようにする者、背中で手を組み仁王立ちになる者。さまざまな姿勢の若者達。

 スピードの違いはあるものの、全員の股間がその太さ長さを増していく。

 

「お、おおおおっ、篠崎が一番か? すげえな、上ぞりチンポ!」

「よーしっ、そこまでっ! 西山社長、社長から見てて、一番最初にギンギンにおっ勃てたのは、誰でしたか?」

 

 司会者が健幸に話を振る。

「あー、えっと、みなに篠崎君って言われてる彼かな。仮性包茎だったのが剥けて、あんなにでっかくなって、実にうらやましいです」

 一等賞になった青年は、ここ数回の飲み会では見かけたものの、健和も一緒になったときのそれには参加していなかったようだ。

 

「あはは、西山社長、ありがとうございます! それでは製造部ライン2課、篠崎将平(しのざきしょうへい)君に部長から金一封お願いします!」

 

 司会者の煽りに盛り上がる会場。

 万札が入った封筒を高く掲げた社員の股間は、ビンビンに勃ったまま、先端に露を滲ませ始めている。

 

「さて、場も盛り上がったところで、恒例の西山社長によるドジョウすくいといきましょうか? 西山社長、準備をお願いします」

「あ、はい、分かりました。ちょっとお時間いただきます」

 

「はーい、俺もまた、西山社長と一緒に踊りたいッス!」

「俺も俺もっ、せっかく勃ったチンポ、みんなに見せつけちゃるわ」

「ずりーな、お前達だけでなくって、俺らにも踊らせろよ」

「今年最後の宴会なんだ、みんなはっちゃけようぜ!」

 

 え? え? と司会者も驚く中、我も我もと脱ぎ出す社員達。

 

「え、いや、ありがたいけど、ザルとかそんなに用意出来るんですかね?」

 

 健幸もこれまでの部門毎の宴会の雰囲気から、何名かは同調者が出てくるだろうとは思っていたようだが、これほどまでに声が上がるとは思っていなかったようだ。

 つい口に出た言葉も、当たり前とはいえどことなくピントが外れたものだった。

 

 司会者の方でもある程度は予測していたようだが、それでも10セットにも足りないようだ。俺も俺もと手を上げた若者達は、数えてみれば20名近くにもなっていた。

 

「えーっと、多数の参加希望、ありがとうございます!

 ただ、ザルと入れ物のセットは8セットしか無いようです。後の人は手拭いと五円玉、紐は用意出来るようなので、頭の部分だけでもそれらしくしてやってもらいましょうか」

 

 手慣れた司会者だな、と健幸が思えるほどに、場の仕切りを上手く流していく。

 

 そのとき、会場後ろ側のドアの外から、大きな声が聞こえてきた。

 

「お客様っ、申し訳ございませんがっ、本日そちらはクローズドの会場となってましてっ!!」

「俺の身内がいるんだっ、入らせてもらうっ!」

 

 そう言って、なだれこんできたのは、健和を先頭に西山製作所の一行、総勢7名の男達。

 

「な、なんだ、あんた達はっ!」

 専務の敷島が、驚いた声を上げる。

 

「健和っ、みんなっ、どうしたんだっ?!」

 やはり驚く健幸と、すでに素っ裸になった若者達も、きょとんとした顔をしている。

 

「親父、やっぱり裸で……。

 って、なんなんだ、みんな脱ぎだしてて?!」

 

「いや、これはその、みんなも一緒にドジョウすくいやりたいって言ってくれて……」

 OHARAの社員達の前では堂々とその短小包茎の局部をさらしていた健幸だったが、さすがに自分の会社の社員達の前では恥ずかしいのか、さりげなく用意していたザルで前を隠している。

 それでも萎えもせずカチカチになった健幸の逸物は、羞恥が快感に結びついてしまった証左なのかもしれない。

 

「え、あ、いや、その……。

 あ、そ、そうだ、親父、プレゼン通ったぞっ! 通ったんだよっ、プレゼンっ!!」

「え、そ、そうか!! やったか!!!!」

 

 毒気を抜かれたような健和たちだったが、自分達がここに来た目的を思い出したようだ。

 

 午後いっぱいを使って行われた西山製作所と光学機器メーカー、印刷関連会社の共同による古い部品設計図のデータベース化事業が、国の助成金事業として認められた、そのことに健和達は健幸の帰社が待ちきれず、昂ぶった気持ちのままに父が接待させられているはずのこの会場に乗り込んできたのだった。

 

「今日のこの宴会、ほとんどの社員の人が参加してると聞いてる。ちょうどいい、あんたらも俺の話を聞いてくれ。

 小原社長、敷島さん、うちの会社は、来年度の国の助成金事業の対象となることが決定した。もちろん、助成金はその事業に関しての予算にのみ使えるものだけど、少なくともこの事業、最低でも5年間は続くプロジェクトになる。

 このことがどんな意味をするか、小原さん、敷島さん、あんた達なら十分に分かるだろう?

 この半期、親父が身体を張って契約を維持してきた金型製作も、3種6品、全部合格もらったはずだ。

 たった三個の部品でも、そこには俺たちの思いが籠もってるんだよ。

 いい部品を相手先に届けて、安全な、いい製品を作ってもらいたい。そんな思いが、根性が、汗が籠もってるんだ。

 俺たちみたいな零細な企業が外に出て行くためには、どうしても中間に立ってもらうあんた達のような存在は必要になるし、そのことそのもの、また、提示してもらった工程単価にしても感謝している。

 だがな、俺の親父を下卑た目で見て、辱めることを楽しむなんてことは、もう金輪際やらないでほしい。

 俺たちは、あくまで対等な存在としての付き合いをしてほしいとだけ思ってるんだ。

 社員さん達についても、親父から気のいい職員が集まってると聞いている。

 どうだ、俺の話、分かってくれないか?

 ええ? 敷島さん、小原さんっ!!」

 

 何事か、と思って聞き耳を立てていた社員達。

 彼らの中には、もう健幸を辱めようという気持ちは無かったのだが、どうやら小原や敷島が暗に健幸の会社にプレッシャーをかけていたことは伝わったようだ。

 

 健和の話を聞いていた社員の一人、そうさきほどの勃起レースで金一封を獲得した篠崎という社員が司会者からマイクを奪った。

 

「話を聞いていると、西山社長の息子さんかと思う。俺は、この会社の製造ラインで仕事をしてる篠崎と言います。

 あなたが話していた上の方の話はよく分からないところもあるが、少なくとも俺は、西山社長の堂々とした振る舞いと、裸踊りにかけてる時間と熱量に感激してる。

 ちょっとしか話はしてないけど、小さな会社ですごい精度の部品作ってくれてるってのも実際に試用ラインに流してみて、ものすごく実感しているんだ。

 そんな金型作ってくれた、あなた方の会社のことも、そしてもちろん、西山社長のことも、ひたすら尊敬してる。

 だからってわけじゃないが、この後、俺たちと西山社長と一緒になって、みんなで素っ裸でドジョウすくいをやろうと思ってたところなんだ。

 なあ、みんな、そうだろう?」

 

 篠崎が社員達に呼びかけた。

 

「そうだそうだっ、俺たち、西山社長のこと、応援してるぜっ!」

「西山さんとこの人達なら、俺たちと一緒に製品作る仲間じゃんか」

 

「篠崎さん……、みなさん、なんだか、ありがとう……」

 あっけに取られたような声で健和が反応する。

 

「そうだっ! 西山さんとこの皆さんも、一緒にドジョウすくいやりませんか?

 なあ、みんな服なんか脱いじまって、すっぽんぽんでさ!

 あっちもこっちも無くなって、みんな一緒にバカやろうぜ!」

 

「おおおー、さんせーい!!」

「それいいな、おい、みんな全部脱いじまおうぜっ!!」

「よし、俺も脱ぐっ、そのかわり俺のチンポも皮被ってて、くっせえぞ!」

「あ、俺、ズル剥けなんで、比べてみるかー」

 

「あ、えーと、なんだかすごいノリになってきましたが、西山製作所の皆さんは……?」

 司会者が申し訳なさそうに声をかける。

 社員達のノリを制御出来ないと判断したのだろう。

 

「え、あ、えーと、その……。親父、俺たち、どうすりゃいいんだよ……?」

「……………………。」

 

 健和の問いに、答えることの出来ない健幸だ。

 健幸自身が会場の雰囲気の盛り上がりに付いていけてないのは明らかだった。

 

「えっとお、俺、脱ぎますよ!」

 

「えっ?! 友一さん?!」

 

 製作所で健和に次いで若い御園友一が、一声宣言すると、するすると服を脱ぎ出す。

 それを見た左右吉と、文四郎と、年配者が続く。

 

「そうさんもっ、文さんもっ、ええええっ?!」

「四代目っ、小原さんとこの会社の若いもん達が、ああまで言ってくれてるんだ。

 これに答えねえのは、男じゃ無えだろう?

 なに、みんな同じもんぶらさげてんだ。中学生じゃあるまいし、恥ずかしがる年でもあるめいよ」

 

 児玉左右吉がくたびれたトランクスを脱ぎ捨てながら、健和に声をかける。

 その後ろで黙って越中褌を外す文四郎。

 

「健和さん、俺も社長と一緒に踊ります!」

 史朗がそう宣言し下着に手をかけると、数彦も思いきった表情で脱ぎ始めた。

 

「親父、みんなが脱いでくれてる。俺たち、OHARAさんとこのみんなと、一緒にやって、いいよな?」

「ああ、健和、頼む……」

 

 最後になった健和が、ゆっくりとシャツのボタンを外した。

 健幸の声が涙声に聞こえたのは気のせいだったのか。

 

「おおお、西山製作所の皆さんもすっぽんぽんだ! 不肖の司会者のわたくしも、脱がせてもらったぞ。さーて、まだ脱いでないのは……?

 小原社長っ、敷島専務っ! お二人が脱がなきゃ始まらないですよっ! みんな、お二人脱がせちまえっ!!」

 

「うわっ、止めろっ! 止めんかっ!!」

「止めなさいっ、ああっ、脱がせるなっ! ダメだってっ!!!」

 

 若者達の悪ノリは、ついに自分達の社長と専務に向かう。

 通常の会社であればとても信じられないことだろうが、職人集団ならではノリというものがあることは、健幸、健和親子にも十分理解出来ることだった。

 

「おおおおー、社長のはさすがにぶっといですな! おやおや、敷島専務のは西山社長のよりもさらにさらに、小さいか? チン毛に隠れて見えないぞー!!」

 

 どっと沸く会場のどよめきに、小原と敷島は顔を真っ赤にしながら下半身を必死に隠す。

 二人ずつ後ろに回った社員がその手を奪い取り、両手をかかしのように左右に持ち上げた。

 

「社長も専務も、社員一同素っ裸! 西山製作所の皆さんも素っ裸! これがホントの裸の付き合いですな。

 それでは、忘年会最後の演し物、株式会社OHARA社員一同、西村製作所さん社員さん一同、西山社長のドジョウすくいを手本に、ミュージックスタート~!!」

 

 いつものあの安来節が流れ始める。

 さすがにステージも舞台もあったものじゃ無い参加者の数は、OHARAの社員54名、西山製作所社員8名、合計62名での一大裸踊りの始まりだった。

 

 

『出雲名物~、荷物にならぬ~

 聞いてお帰れ~、安木~節~♪』

 

 62人の裸の男達が股間のものもぶらぶらと、いや一部のものは既に勃起していたが、落とした腰をへこへこと振りながら歩き始める。

 その前後に動く腰につれ、暖房の効いた会場にぶらぶらと金玉が揺れるもの達が大半だ。

 

『松江名所は~、かずか~ずあれど~

 千鳥お城に~、嫁が~あ島~♪』

 

 沼田についた男たちが、泥の中のドジョウを探し始める。

 ぐいと落とした尻を突き出すようにして、前に構えたザルで小刻みに、右に左へと沼田の中を探っていく。

 立ち仕事でライン製造現場の者達が多いせいか、若い社員たちの尻肉は豊かな発達を見せ、壮年の者たちもまたがっしりと張った双丘を互いに見せつけているようだ。

 

『俺がお国で~、自慢~のものは~

 出雲大社に~、安来~節~♪』

 

 見つけたドジョウに喜ぶ男たち。

 がに股のまま両手でザルを高く掲げ、ザルの一番奥に捕れたドジョウを寄せる動作。

 ザルの泥を落とす動作に、男達のチンポも右に左にと揺れ動く。

 

『出雲八重垣~、鏡の~池に~

 映す二人の~、晴れ姿~♪』

 

 トントンと腰の入れ物にドジョウを移す。

 おや、一匹が引っかかり、ザルから逃げだそうとしているようだ。

 気付いた男はザルを放り出し、大きなドジョウを両手で必死に捕まえる。

 

「西山社長っ、いつものお願いしますよっ!!」

「おらっ、せんずりこける奴ぁ、ローションもらえっ!」

 

 勃起レースで金一封を包んだ部長が、若者たちを煽る。

 その部長もまたでっぷりと肥えた腹を揺らしながら、太短いペニスをしごいている。

 もちろん健幸の手には、すでにたっぷりとローションが垂らされていた。

 

「うお、感じるっ! ローションすげえっ!!」

「これ、曲が終わる前にイッちまいますよっ、部長~」

「そのくらい我慢せんかっ! 西山社長みたいに、なんとかこらえて、最後にぶっ放せっ!!」

 

 さすがに俺も俺もとの声は出さなかったが、西山製作所のメンバーの中でも、健和と文四郎がローションを手に取った。

 

「文さん、俺だけでいいですよ。文さんまでこんな……」

「なに、ケンコーから最初に話を聞いたとき、俺も一緒にやってあいつをかばってやろうと思ってたんだ。お前さんに先こされちまったんだから、今日ぐらいやらせろや。爺さんのせんずりも、なかなかいいもんだぜ」

 

「おおおお、みんな注目っ! 西山製作所でも、お二人せんずりやってくれそうだぞ!!」

「俺もローションくれっ!」

「俺は想像ズリで大丈夫なんで、そのまんまでイくぜっ!!」

 

 あっと言う間のことだった。

 62名の素っ裸の男達。その中でもおよそ半数近い男たちが、自らの股間を揉み上げ、しごき、金玉を握り締める。

 

『愛宕お山に~、春風~吹けば~

 安来千軒~、花~吹雪~♪』

 

 ある者は空中のドジョウを逃がさぬと上へ上へと両手を交差し、またある者は己のチンポをドジョウに見立て、ヌルヌルとしたローションと先走りで快感を堪能する。

 

「うおっ、すげっ、すげっ……」

「ああ、見られながらのせんずり、たまらんッス!」

「健和さんの、でっけえ……」

「文さん、ガチガチじゃないか」

 

 男たちの官能の声があちこちから聞こえる。

 同時にぬちゃぬちゃ、びちゃびちゃという卑猥な水音がBGMとなり、踊りの節の賑やかさを増していく。

 

「ああ、俺、もう我慢出来ないッス……」

「もうちょっとだ、こらえろっ!」

「おいっ、一緒にイこうぜっ!」

「文さん、俺、もうイきそうだっ……」

「も少しだ、も少し待てっ……」

 

「みなっ! 一緒にイくぞっ! 揃えろよっ!!」

「おーッス!!!!」

 

『私しゃ雲州~、浜佐陀~生まれ~

 朝も早うから~、鱒や~どじょお~♪』

 

「よーし、みんなっ! 噴き上げろおーーーー!!」

 

「うお―ッス、イくっ、イくっ!」

「出るっ、出るっ!!」

「ちょっ、ちょ待ってっ、ああっ、イッちまう!!」

「親父っ、俺っ、イくっ、親父とっ、親父と文さんと一緒にっ、イッちまうーー!!」

「わしもイくぞっ! ケンコー、たけっ、イくぞっ!」

「健和っ、俺もイくっ、イくっ、出すぞーーーーーーーーー!!!!!!!」

 

 素っ裸の男たちから次々と噴き上がる、白い噴水。

 最初は射精まで行くのは半分ぐらいかと思いきや、周囲の痴態に当てられたのか、結局40人以上の雄汁が播き散らかされていた。

 あちこちで噴き上がった雄汁が、床や椅子、飛距離が出た者の周りではテーブルすらも汚してしまっている。

 料理とアルコール、男たちの体臭で満たされていた空間に、精汁独特のあの青臭い匂いが強烈に漂い出す。

 

「いやー、見事な打ち上げだったな。ちょっと片してから、締めにしようか」

 いつの間にか仕切り屋になった部長が、マイクを取った。

 

「うっ、人のだと思うと、くっせえな」

「お前の方が匂ってんだよ」

「汚えっ、なすりつけんなっ!」

「お互い様だろ? ほら、とっとと掃除しろよ」

 

 イッた後、射精した後の虚脱感もなんのそのか。

 労働者の集まりでもある男達が、テキパキと後始末に入る。見る間に片づいていく会場に、西山製作所の面々も驚き顔だ。

 OHARAの社員たちも製作所の社員たちも、いずれの顔も、一仕事やり終えた充実感に充ち満ちていたのだった。

 

 

「さて、今年最後の宴席もこれにてお開きとしましょうか。いやあ、今年一番の盛り上がりとなって、社長も専務も、ご満足かと思いますが、どうでしょうかね?」

 

 マイクを取り戻した司会者が、小原と敷島に話を振る。

 

「ああ、まあ、いい盛り上がりだったな……」

「そうですね、社長……」

 

 小原の方はどうにか言葉を絞り出したようだが、健幸よりも小さな陰部を晒された敷島の方はまだショックから立ち直れないようだ。

 

「それでは、今日、いや、今年最後の締めは……。そうですね、西山社長の息子さん、エールの交換ってことで、お願いできますか?」

 

「えっ、俺?!」

 頓狂な声を上げた健和に、会場にいた男達が一斉に拍手を送る。

 西山製作所の面々も、それぞれが「やれ」と目で語っていた。

 

「あー、マイクテス、マイクテス、いいですかね?

 えーっと、今日はなんだか分からないけど、最後は皆さんと一緒に盛り上がることが出来ました。うちとしてもOHARAさんとの関係は、いいものを創り上げていきたい。

 来年もまた両社の発展を願って、一本締めをやりたいと思います。

 

 それでは皆さん、お手を拝借っ!

 そーれっ!」

 

 ぱんっ!!!

 

 きれいに揃った一本締め。

 直後に盛大な拍手と歓声が、全裸の男達の中で巻き起こったのだった。