降臨 淫欲の邪神アスモデウス

その3

 

肉宴

 

 王宮の広い会場に、屈強な兵士達が集められていた。

 アスモデウスの出現すら知らされることのなかった帝国民にとり、グルムはあくまでも昨日までと同じグルムであり、敬愛する帝国皇帝のままである。

 そのグルムより、帝国軍精鋭の兵士達に声が掛かった。

 

 その鱗にも似た外皮の色は様々であったが、いずれも見事な体格と高い戦力を誇る男達。

 数百人にも及ぶその兵士達が、日頃の鍛錬をねぎらいたいという皇帝の意によって、一所に集められていたのだ。

 潤沢に用意された帝国各地の美味と美酒が、屈強な男達をいささか無防備な構えとなしていったのは仕方の無いことだったろう。

 男のみがこの場にいるという安心感からか、どこか乱暴で猥雑な空気が醸成していくのもまた、当たり前に思えてしまうのだ。

 

「みなのものに、知らせたいことがある!」

 

 皇帝が立ち上がり、広間の一角に大きなカーテンで隠された空間が現れた、

 

「先日、世は北部山脈の地で、今の世には珍しい飛龍の一匹を見つけた。しかもその飛龍、我と我が息子グリエラーンと同じ緋色の肌をしており、その姿まこと美しきものなり。

 我はこれを『緋のワイバーン』と名付け、我が皇国の、あるいは近隣友好諸国の代表の方々に供する乗り物として訓練したいと考えている。

 

 兵士達の間から歓声が上がる。

 自分達の押しいだく皇帝の武勇列伝は、常に兵士達の士気を上げるものたり得るのだ。

 

「見よ、これがその『緋のワイバーン』なりっ!」

 

 従者の手に寄り、カーテンが引き下ろされる。

 まさに皇帝と同じ緋色の飛龍の姿が見えた瞬間……!

 

「はあああっ、な、なんだこれはっ!」

「あの飛龍を見ているだけで、ああっ、嘘だっ、なんだ、なんだこの気持ちは……」

 

 姿を現した飛龍を中心に、逞しき兵士達が一斉に身悶えを始めたのだ。

 その肉体を鍛え上げていれば鍛え上げるほどに、その精神を鍛錬していれば鍛錬しているほどに、その場にいたすべての兵士達がワイバーンの発する『淫』の気に染め上げられていく。

 

 これが魔導の力を持つ敵と分かっていれば、日頃からの魔導団からの教えもあり、目を合わせぬ用心を、その吐息を吸わぬ用心が出来ていたはずであった。

 しかし、皇帝が用意したこの宴席で、皇帝自らが声をかけた披露目の席で、このような精神的な攻撃を受けようなどとは、ここに集まった兵士の中で一人だに想像することは出来なかったであったのだ。

 

「あっ、あっ、身体が熱い……」

「誰でもいい……、この滾りをっ、情欲をっ、解放させてくれっ……」

 

 影響の受けようには多少の個人差があるようだ。

 しかし、この場にいる大半の男達の竜人族特有のきらめく光彩を持ったその目は、すでに己の目の前にいる、戦友を、友を、仲間を、淫欲にただれた視線で捉え始めている。

 

「ほうほう、さすがに名だたる竜人の男達。ここに醸される淫気もまた、よきものが集まりそうだな。

 のう、グルムよ。我の気もまた、こやつらが盛り合えば盛り合うほどに、昂ぶり、強きものとなっていくぞ」

 

 グルムへと話しかけるワイバーンのその顔が、ぐにゃりと歪むほどに見えるのは、まといつく淫猥なる『気』のせいか。あるいはダイラムだけが気付いていた存在の二重性のためであるのか。

 いまやアスモデウスとその眷属の傀儡となったグルムには、まったく考えすら及ばぬことである。

 

 元凶たるアスモデウスはワイバーンを出現させた後、自らの投影体を消し去り、残されたダイラムでさえその気配を探ることは叶わなかった。

 ガズバーンへの侵攻については淫獣たるワイバーンに任せたものなのか、あるいは気配を消しただけで、やはりこの国の、この王への執着があり、その精神体ゆえとしての存在ゆえに、この空間にも『いる』ものであるのか。

 それすらも分からぬほどの『移り気さ』がまた、あの邪神を位置づける性格でもあったのだ。

 

 ワイバーンの命により、集まった兵士達にその『淫気』が行き渡るよう、もっとも効果的な場と時を整え、その目的を果たした竜人の王は、最初に立ち上がったときのまま、うつろな瞳を広間の中空に据えたままである。

 あの日、王の間で、己の性器をしゃぶろうとしたグリエラーンに見せた一瞬の抵抗は、やはり肉親、それも実の息子という存在による猥雑な行為という、反応ゆえであったのか。

 

 広間のそこかしこ、料理がなぎ払われたテーブルで、あるいは手甲脚絆を外した姿で石の床へと横たわり、屈強な兵士同士の、淫猥なる交接が始まっていた。

 

 普段のその行為の『相手』は異性個体であることが大半である男達が、なんの躊躇いもなく、スリットから飛び出した、友の、仲間の、あるいは兄弟の性器をしゃぶり上げている。

 

 鳥類の総排泄口と同じ機能を持つ竜人のスリットは、たとえ同性同士においても物理的な『挿入』を可能とする空間をその内部に持っている。

 なんとなれば、体内格納時においてもその容積を減らすことの無い竜人の雄性性器は、己がスリット外へと顕現した時点で、少なくとも同じ程度の容積を持つ性器を受け入れることが出来るのは、解剖学上でも標準化された知識であった。

 

 互いに勃起した性器が差し込まれ、筋肉と粘膜に覆われたスリットの中を、いやらしくも逞しく掻き回していく。

 外性器とともに刺激される『内側』は、ワイバーンから発せられる『淫気』の強まりとともに、普段感じたことの無いレベルでの壮絶なる『快感』をも、その持ち主に与えてしまうのだ。

 

「ああっ、すごいっ、なんだ、この快感は……。男同士の入れ合いがこんなにいいものなんて、もっともっと犯してくれっ、俺ももっともっと、お前を犯したいっ……」

「隊長っ、たまりませんっ! そのようにしゃぶられてはっ、もう、もう、俺っ、隊長の口に、口にイッちまいますっ!」

「すげえって、互いにしゃぶりあって、飲み合って、すげえ……。何回でもイける、どれだけでも出せるぞ、俺っ……」

 

 精汁独特の匂いが広がりつつあった。

 もともと、異性間の交接においても互いに本気を出せば、数時間にもわたる営みが当たり前の竜人達である。

 交差挿入をしたまま幾度も放つ精は、互いに塞ぎ合っているはずのスリットからもどろどろと溢れ出し、床を、テーブルを、交わる両人の肉体を白い排出液でぬらぬらと染めていく。

 広間のどこそこから立ち上るその異臭は、もはや常人が息を出来る空間をどんどんと狭めつつあるほどであった。

 

「ん、グルム、お前は参加せぬのか?

 私には違いが分からぬが、こやつらはお前達の中では逞しき男達なのであろう?

 我を出現させたとき、お前の性器を子である男がしゃぶり上げたと聞いたぞ。おそらくはその子よりも逞しき雄達だ。さあ、お前も混ざって楽しむがいい」

 

 ワイバーンの猥雑な挑発にも、その身を微動させぬグルムである。

 もはや意思の無い人形へと成り果てたのか、あるいは。

 

「ふっ、命ぜねば動かぬ人形とでもなったつもりか……。

 私には分かるぞ。お前の中にはまだ、私やアスモデウス様への熾火のように残る反抗心が残っている。そのような虚け面で私を騙せるとは思ってもおらぬとは思うが……。

 さて、まあ、そういう芝居がお望みであれば、私も寛容な心でそれに応えるべきであろうな」

 

 淫蕩なるその目で、広間をぐるりと見渡すワイバーン。

 その魔導の力、『淫気』を秘めた爪先が、兵士達の幾人かを指差していく。

 その数、5、10、いや、最終的には15名といったところか。

 

「ふふ、お前ら。尊敬する皇帝陛下にもお前らが味わっている愉悦を分けて与えるこそが、忠臣のすべきことよな。

 わずかばかりではあるが、お前達の中からより太きもの、巨大なものを選んだ。

 さあ、お前らの悦楽をグルム皇帝陛下にも味合わせてさしあげろ。

 その精汁したたる性器を、皇帝の口へ、股間へ、差し込み、えぐり、吐き出した汁で溢れさせよ」

 

 指差された帝国兵士達が、一人、また一人とグルムを取り囲むようにと集まってくる。

 広間に漂う『淫気』に犯されただけではなく、その脳髄へと直接ワイバーンの魔導を打ち込まれた男達の目には、すでに皇帝その人の姿は陵辱すべき相手としか映っていないことは明らかであった。

 

 逞しき竜人の男達の情欲に満ちた眼差し。

 元々、その強靱な体皮と通常であれば外部に露出することの無い性器構造から『衣類』という概念がほぼ無い竜人一族の中、その身に付けるのは兵士を表す手甲と脚絆ぐらいである。

 股間のスリットから屹立した巨大な雄性器はその先端から潤滑体液を滴らせ、びくびくと巨大な亀頭を振りかざす。

 締まりの無くなった口の端から漏れ落ちる唾液は、性欲と食欲すらが淫猥に結びついたゆえか。

 

 にじり寄る男達の中心、皇帝グルムその人の目はいまだに光灯ることなく、己の未来に待つ陵辱すらも意に介してはいないようである。

 

「グ、グルム様の顔に、お、オレの汁をかけさせていただきます。ああ、グルム様、皇帝陛下……」

「陛下のその逞しきお身体を、この俺が組み伏すなど畏れ多いこととは思いますが、これもまた陛下に我ら勇壮なる帝国近衛軍の勇ましさを示すため。しばし堪えられよ」

 

 ワイバーンによって歪められた兵士達の認識は、皇帝への敬意と自らが行う陵辱の内容を同時に存在させるという矛盾すら消し去ってしまっているようであった。

 

 帝位を示す錫杖、その頂点にあるきらめく宝石の光すら汚され、地に墜ちる。

 

 押し倒されたグルムの裸体には大勢の兵士達が群がり、その性器を、唾液にまみれた舌を、強く踏みしめるための足裏を、皇帝の身体へとなすり付けていく。

 

 瞬く間に白く濁った粘性の高い液体に覆われていくグルムの体躯は、ピクリと動くこともせず、自らの身を汚すそのすべてをうつろなる瞳にて照り返していた。

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 同日同国、王宮を見下ろす西の丘陵地帯。

 

 そこにはからくも城からその身を逃がしたグリエラーンとダイラムの姿が見える。

 

「老師ダイラム様、やはり城へ戻ることは叶わぬことなのでしょうか?」

「グリエラーン様も体感なさったではございませぬか。アスモデウスの精神支配には、我らの力で抵抗を試みることすら出来ぬのです。

 グリエラーン様があのワイバーン生まれしときの衝撃で一時なりと正気を取り戻されたのは、運以外のなにものでも無かったのでございますよ」

 

 あの時、グルムへと宴を命ずるワイバーンの監視を逃れえたのは、かの邪神達との邂逅の間、ひたすらに己の魔導力を集中させ、最後の瞬間に己とグリエラーンの存在を『魔導結界』にて隠匿することの出来たダイラムの力によるものであった。

 もっともワイバーンの関心が城中の精気を集めることだけに向かっており、もはやグリエラーンもダイラムも、その認識から外れていた、ということもあったのではあるが。

 王宮を抜け出した二人は、まだ被害の及ばぬ城下にていささかの装備を調え、逃避行への旅に出る支度をしていたのである。

 

「まったく情けないことです。老師より魔導の指導を受け、いささかなりと対抗出来る術を身に付けていたかとの私の思いが、あれほど惨めに砕かれることになるとは、思いもしませんでした」

「我らがなんとかあの混乱の中、城の外へと向かうことが出来たのは、かの邪神が我らの存在を歯牙にもかけておらぬということの証左なのでもございます。

 あれの興味は、おそらく皇帝陛下グルム様お一人のみ。この帝国についてはさらなる『淫気』を集めるための、単なる道具としての価値しか見いだしておらぬのでは、と推察しております」

 

 帝国最後の大魔導、ダイラムより幼少の頃からその魔導の力を見いだされ、父、母には持ち得なかったその力の使い方、応用方法の指導を受けてきたグリエラーンである。

 元服の儀より、成人として正式な皇位継承者順を与えられた皇帝嫡男であっても、長年にわたる師への敬意を失っていない言葉使いであった。

 

「母は一瞬にしてその身を潰され、父はまたあの邪悪なる力に囚われたままだ。せめて、せめて母の亡骸を、との思いすら、私には持つことが許されぬのでしょうか、ダイラム様」

 

 老いた魔導師の目は、若き戦士の目を見つめることは無く、その視線は依然とたたずまいを変えることのない王宮へとのみ向けられている。

 

「グリエラーン様も目の当たりにされたはず。フリエル様は私どもの誰もがその身体を硬直させてしまっていたあのとき、ただお一人その身を疾風と化し、あの邪神の前へと進み出られたのです。

 その結果があのようなことになろうとは、私も、グリエラーン様も、そしてグルム様も、誰も想像だにしておらぬことだったはず。

 亡骸どころか、骨も身も何も残らぬほどの暴力に曝されたフリエル様については、ただただその御心の安寧を祈るしかありますまい……」

 

 あまりにもつらく、あまりにも冷静なダイラムの言葉であった。

 しかし、どのような分析を行おうとも、我が母を目の前でただ赤き液状の『モノ』へと変化さしえたアスモデウスへの、我が父を陵辱の一駒としか見ておらぬあの『存在』達への、グリエラーンの思いが減ずるわけでは無い。

 

「老師ダイラム、私は、私は必ず、母の仇を討ち、また父の正気を取り戻すことをここに誓う。

 いつかまた、あの城へと戻り、我が一族の誇りを取り戻すために戦うことを、ここに誓うぞ」

「グリエラーン様、今は雌伏のときでございます。

 人を、力を、集めなければなりますまい。

 グリエラーン様ご本人も、鍛えられねばなりますまい。

 なにとぞ、なにとぞ、御身を大切になさってくださいませ。意に沿わぬお隠れになるかとは思いますが、このダイラムもまた、この老いた命尽きるまで、お仕えすることをここに宣言いたしましょう」

 

 その眼差しを、やはり魔導師と同じく、自ら後にしてきた王宮へと向ける青年。

 

「ダイラムよ、まず私は、どこへ向かえばよい?」

「お父上、グルム皇帝陛下も懇意にされていたノルマドの民の住む西へと向かいましょう。

 彼らは『草原を往く者』として知られる、狼をトーテムと掲げる遊牧の民。かつては森で暮らしていた彼らは、現在では広く伸びやかな草原の民として知られております。

 その族長ガル様はグルム様の盟友でもあられました」

 

 とりあえずの目的地を示唆するダイラムではあるが、そこになにか勝算があるわけでもなかったのだろう。

 まずは身を寄せる先としての提案であることは、グリエラーンも理解していることである。

 

「ああ、族長のガル殿とその龍騎ダルリハ殿には私もお会いしたことがある。実に豪快で気持ちのよい方々であったな」

「ですな。彼らが共に暮らす龍騎のドラガヌ一族は、奇しくもあの淫獣ワイバーンと似た姿を持つ、空をも駆け抜けることが出来る者達です。

 ノルマドとドラガヌ、両一族とも今は穏やかに暮らしておりますが、かつてその勇壮さを近隣諸国に鳴り響かせたものどもでもございます。

 もし協力を得ることが出来れば、飛躍的な戦力の向上になるかと思うのですが」

 

「よし、まずは西の山脈を越え、ガル殿のところを目指すこととしよう。山越えになる。老体にはキツいと思うが、共に来てほしい」

「先ほどの宣言をお忘れになられましたか、グリエラーン様。このダイラム、老いたとはいえ、若きグリエラーン様と同じく竜の身体を持つもの。

 どこまでもグリエラーン様の供をする覚悟。さて、そうと決まれば、参りましょうぞ」

 

 青年と老魔導師、二人の足は西へと向かう。

 草原を駆け、その空を舞う一族の元へと。