ED気味の俺が……(略)

その5

 

その5 徳永一郎の俺語り③

 

 俺、ノリに話してるうちになんかすごく打ち上がっていったっていうか、なんていうか。

 話す内容も後から考えると『そんなことまで』っては思ったんだけど、とにかくもう、全部、そう、俺のこと全部、あいつに話してしまいたかったんだと思う。

 話してどうにかなるってもんでもないんだろうけど、吐き出すっていうか、思いを聞いてもらえる相手が見つかったってこと、それも後から気付いたことだけど、なんか、そういう思いが強かったんだな、きっと。

 

 中折れのこと。

 最初の彼女とのセックスでの失敗。

 ソープ嬢との蜜月と幻滅。

 せんずりするのに、最近は色々グッズ買い込んでること。

 

 冷や汗ものの恥ずかしいことなんだけど、その俺の恥ずかしい部分を、全部目の前のノリに、全部伝えてしまかった。

 これ、なんの感覚なんだろうな。

 こういうのって、中学とか高校のとき以来か。友達と部室で練習終わってもずっとだべってたり、夜中に電話して、朝方までしゃべってたりとか、そういう話しが止まらないっての、ホントに久しぶりだった。露悪的かとも思ったけど、もう、俺、止まらなかったんだ。

 ノリに俺の全部、聞いてほしかったんだ。

 

 押し入れに入れてた段ボール箱、あいつの目の前にひっくり返して、自分のせんずり用のオナホールとか、俺、全部披露したんだぜ。

 たぶん、ノリの奴、俺のことおかしくなったって思ったんじゃなかろうか。

 そんな勢いだったんだと思う。

 インポ、中折れをどうするかって言うより、変態みたいな俺、さらけ出したかっただけじゃねえのかって、自分で後から感じてヒヤッとしたよな。

 

 しかも、俺、正直言うと、ノリにそういう話ししてるとき、勃ってたんだ。

 なんでだろうって思うけど、勃起して、その『中折れ』前の状態のギンギンだった。

 会社帰りにそのまま飲み始めちまったからスラックスだったんでバレなかったとは思うけど、白い部屋着とかだったら、ぜったい先走りが染みててアウトだったよなって思う。

 それぐらい、俺、『自分の恥ずかしいことを話すこと』に興奮してた。

 

 そんな俺に、あいつが言ったんだ。『騙されたと思って、オレの提案乗ってもらっていいですか?』って。

 その瞬間、あ、俺、ノリに『中折れ』の対策相談してたんだって、元々の目的思い出した。

 そのときはなんかもう、そこらへんが飛んじゃってたんだよな。

 でもノリの方は最初に俺が言ったこと、きちんと覚えてて考えてくれてたんだと思う。

 それ、俺が断るわけには、やっぱいかんよな?

 

「あ、ああ、うん。もちろんだ……」

「オレ、考えたんスけど、ホント、センパイには失礼な話しするんスけど、いいスか?」

「失礼もなにも、俺の方がおかしいよな。部下にオナニー用のグッズ、見せつけるとかさ。これ、お前が男だからなんとなくやっちゃったけど、まさにお前の言う『セクハラ』以外のナニモノでも無かったよな……。ホント、ごめん。ていうか、すまん……」

「あー、そっち方面の反省いかなくていいっスから……。オレ、先輩のインポの原因、ちょっと分かったんじゃないかって思って」

「え、ええ? そりゃ色々話ししたけど、お前に話した中に、なにか原因になりそうなことあったか?」

 

 俺、ノリの言葉に、ホントにびっくりした。

 失敗談ばっかりだから、確かにそこらへんが原因なのかもって言われてみると思うけど、自分じゃぜんぜんそんなこと関係無いようにも思えてるし、それが突然『分かった』って言われると逆に疑っちまうのは仕方ないよな。

 

「うーん、そこ言うと、センパイますます落ち込むかもしれんのですが」

「言ってくれ、ノリっ! 俺、お前に全部話しちまって、ちょっとせいせいしてるっていうか、なんか話してるとき、妙な気持ち良さがあったんだ。たぶん、俺。俺自身が思ってるより変態なんじゃないかって気すらしてるんだ!」

「……、たぶん、そうなんだと思いますよ。あ、変態がどうのこうのじゃなくて、その『せいせいした』ってとこッス」

 

 俺、ノリが言ってること、分かんねえ。たぶん、俺が馬鹿なんだ。

 

「すまん、俺、全然分からん」

「センパイ、もしかして、なんスけど、そしてすげえ言うのに躊躇もするんスけど……」

「いいから言ってくれ、教えてくれ! ノリの考える、俺のインポの原因、教えてくれ!」

 

 分かんないなりに、必死に考えてる俺。

 もう、これ、懇願って奴だよな。

 

「じゃあ、言うッスよ」

「ああ、言ってくれ。どんなこと言われても、俺、お前の言うことならちゃんと聞くから」

 

 嘘偽らざる気持ちだった。

 

「センパイ、たぶん、ホントにたぶんなんスけど、なんていうか対等な『恋人』って関係がこれまで作れてなかったのが、その、インポの原因かなって、オレ、思っちゃって」

「??? どういうこった?」

「言葉にすると難しいんスけど、最初の彼女さんのとき、センパイ、ヤル前にイっちゃったこと、どんなふうに思ってました?」

「う、あ、どんなふうにって、やっぱりヤバいっていうか、悪いっていうか、恥ずかしいっていうか。リードしなきゃいけない俺の方が情けない姿さらしたっていうか。いや、そんなのあの状況なら普通に思うだろ?」

 

 え、え? なんか俺、間違ってんのか?

 

「うーん、じゃあ、ソープでいい感じだった人の『素の表情』見たってときは?」

「ああ、そりゃ商売じゃ仕方ないっては後から思ったけど、その瞬間は『なんだ、こいつ?!』って思ったって思う……。でも、当然じゃないのか、そういうのって……?」

 

 男ならさ、商売でやってるんだから夢見させてくれよって、思っちゃダメなんか?

 風俗って、そんなもんじゃないのか?

 俺、やっぱりどっか、間違ってんのか???

 

「センパイ、オレの話し聞いて、怒んないでくださいね」

「怒りはしないけど、なんか、俺、間違ってたか?」

「いや、間違ってるとか、そういうんじゃないんです。あくまでオレの感想っていうか、ちょこっと思ったことなんで……。でも、ここまでセンパイに言わせちゃったってのもあるので、あえて言います。気にいらなかったら、オレのこと、ぶんなぐっていいっスから」

「お前を殴るなんて、出来るわけ無いだろう。で、どういうことなんだよ、ちゃんと聞かせてくれよ」

 

 俺、正直言うと、内心ビクビクしてた。

 なんか、俺が分かってなかったこと、すんげえ致命的なこと言われるんじゃないかって、ドキドキしてた。

 

「はっきり言います、センパイ。徳センパイって、セックスの相手、ここでは最初の彼女さんとか、ソープの女の子とか、『自分と対等な相手』って思ってないと思うんスよ、オレ……」

「え? あ? は? いや、そんなこと……」

 

 俺、心臓止まるかと思った。

 次にノリが言う言葉、聞きたくないとか思っちまった。

 

「たぶん、最初の彼女さんのときには、センパイって『自分がリードして相手を気持ちよくさせてやらなきゃいかん』とか思ってたんじゃないスか?」

「いや、それって、男として当たり前だろ? こっちが挿れる方なんだから……」

「ソープのときは逆に『自分が客なんだから恋人っぽく振る舞うのが当然』とか思ってたんじゃ? で、逆に嬢が素の部分を『見せてくれた』ときに、『金払ってるのに!』って思ったんじゃないスか?」

 

 たぶん、図星だ。

 俺、ノリに言われて、何年も前のことなのに、何十年も前のことなのに、自分が『そう』だったのに、初めて気付かされた。

 いや、もしかして、薄々気付いてたんかもしれないって、そこまで思っちまった。

 

「センパイ、オレにこの話ししてくれたのも、オレが『モテる』って聞いてたからでしょ?」

「あ、うん、まあ、そうだ……」

「その『モテてる』はずのオレが言ってるんスよ、センパイ。センパイってセックスの相手のこと、『自分と対等な相手』じゃなくって、ずっと『目下の相手』って思ってきたんじゃないかって」

「いや、俺、そんな、まさか……」

「殴られる覚悟で、オレ、言ってます。そんな『目下の相手』って思ってたのに、見合いの話とか出たら、どうしても『結婚』とかの話が付いて回りますよね。それ聞いたとき、オレが思うに、センパイのその価値観と、今の『結婚』って奴の歯車が合わなかった。それがセンパイのインポの原因だと思うッス」

「俺、俺……」

 

 うわごとみたいに呟くことしか出来ない俺。

 ノリの奴、俺と同じに涙目になってた。しかもテーブルの右横で、いつの間にか正座して、膝に手を乗せて背筋伸ばしてやがった。

 こいつ、俺のこと、とにかく真剣に考えてくれてるんだ。

 話の中身は、俺、分かってないのかもしんない。

 でも、俺、こいつのその思いだけは、絶対に無碍にしちゃいけない。

 そんな思いだけは、俺、感じてた。

 

「センパイ、目の前にいる人を対等な相手って思ってください。自分がセックスしたいって思う人を、自分と同じ人間だって思ってください。少なくとも、オレはそうしたいと思って色々やってきたっス。それが正解とかは思わないけど、センパイのインポ、オレはそれクリア出来たら、治る気がするんスよ

 

 頭ぶん殴られたような衝撃って、こんなことを言うんだなって、俺、無い頭で考えてた。

 こいつの言う通りだった。

 俺、そのときそのとき、自分がセックスしようと思ってた相手がどう思ってるか、ぜんぜん考えて無かった。

 自分がどう相手の目に映るか、どんな『かっこいい男』の映るのか、『かっこ悪い自分』を見てもらう相手って、ぜんぜん思ってなかった。

 たぶん、俺、もう泣いてたんだと思う。

 泣いてる自分が惨めって、自分の中に『勝手にイメージした自分』を作ろうとしてたんだと思う。

 

「ノリ、お前の言う通りだったんだと思う。俺、たぶん、セックスに相手がいるってこと、ぜんぜん分かって無かったんだと思う。自分が気持ちよくさせなきゃか、気持ちよくしてもらうか、それだけしか考えて無かったんだと思う。『させる側』か『される側』か、それだけを考えちまってたんだと思う……」

 

 俺の話、ノリの奴、口を挟まず聞いてくれてた。

 あいつも泣きながらだったと思う。

 お互い腕まくりして、ぐじゃぐじゃって顔に当てた右手で涙を拭ってた。

 

「センパイ、すみません、ホントに、すみませんでした。オレみたいな若造がえらぶって、上から目線で説教みたいなこと、言いました。いつもオレの軽口受け止めてくれるセンパイに、オレ、甘えてます。ホントに、オレ、ホントに、センパイに、ぶん殴ってほしいっス」

「馬鹿が。俺がお前、殴れるわけねえだろう。でも、俺、お前の言われて『すっきりした』ってのは確かにあるぞ。俺の気持ちが全部お前が言ったことと当たってるのかは、俺もよく分かんねえけど、お前が言ってくれたこと、8割ぐらいは当たってるって、俺の馬鹿な頭でも分かったと思う。目の前の人を対等に思えって、よく考えたら、俺の会社でのみんなへの接し方のことでも、お前、前から言ってくれてたんだよな」

「はは、今頃オレ様の考えが分かったっていうんスか。センパイ、それってたいがい、おつむ回ってませんよ」

 

 二人して、冗談口に無理矢理戻してたんだと思う。

 男二人がおいおい泣いて、そのままにしとけなかった。

 前のような(前に戻るだけじゃいけないんだろうけど)、馬鹿話出来る空気を、二人とももう一度作り上げたかったんだと思う。

 

「じゃあ、今度は俺から聞くぞ、ノリ」

「なんスか、センパイ?」

「俺、どうしたらいい? 対等に思って人と付き合うには、どうしたらいい?」

 

 真剣な、でも、ノリがなにか答えをくれるって確信してる、俺の質問だった。

 ノリもまた、たぶん、その答えが先にあったからこそ、あんなキツい話をしてくれたんだって、俺は、そう思ってた。