ED気味の俺が……(略)

その3

 

その3 徳永一郎の俺語り②

 

 ノリの奴に『相談』のこと相談してから(ん、変な言い方だな)、あっと言う間に週末になっちまってる。

 金曜日、俺、半分仕事手に付いてないなって自分でも分かるほどで、こりゃ上役としちゃダメだなって、両頬叩いて気合い入れた。

 

「係長、どうかされたんですか?」

 

 相変わらず、舞ちゃん、いや、石清水さん、鋭い。いつもの『俺』と違うってのがなんか分かられちゃってる。

 

「あ、いや、その、ちょっと眠くてさ」

「あ、そっか! 今日って……。しっかり三好さんと話さなきゃダメですよ」

 

 って! バレてんのか?! そんなこと無いはずっ! ……とは思うけど、俺、なんか途中で口走ってたのかも。自分で自分が一番信用出来ないんだよな、俺……。

 

「あ、うん……。まい、い、岩清水さん、ありがと……」

 

 にっこり笑ってくれる舞ちゃん、なんだろ、あの『大人の微笑み』。俺、ホントに上司なんかね。

 まあ、自分で自分に気合い入れて、舞ちゃんからも励まされて、とにかくノリの奴にしっかり『相談』しないとな。恥ずかしがるなよ、俺。いや、恥ずかしいのは恥ずかしいんだけど、やっぱり後輩の前だと威厳っつーか、そこらへん、どうしても『ぶっちゃう』とは思うけど。

 

 そんなこんなで、ついに来ちまった退社時間。

 ノリの奴、平気な顔して『係長、何飲むんすか?』とか聞いてきて、ついつい『ビールかな、やっぱ』とか答えちまってる俺。

 ホントは酒入れてする話じゃ無いってのも分かってるし、かといって酒入れないと出来ない話でもあるしなって、思っちまってる。

 

「失礼します、係長、三好さん。男二人だけだからって、あんまり飲み過ぎないようにされてくださいね。では、また来週」

「石清水さん、お疲れっしたー!」

「ああ、お、お疲れ様でした。来週も、その、よろしく」

 

 なんかスマートに退社した舞ちゃんに、ホッとしてるっていうか、軽く返事出来るノリのこと、尊敬っていうか。

 二人っきりになった、部屋。

 俺、たぶん、顔朱くなってるな。

 

「徳さん、部屋行く前に、なんか酒とか買ってきましょうよ。腹も減ってるし、ビールだけじゃあれなんで、つまみとかも色々、ね」

 

 明るく言うノリの奴に、俺、どうすればいいんだろう。

 とにかくなんか曖昧に『ああ、そうするか』みたいな感じで上衣を羽織る。

 あいつもなんか、ちょっといつもと違う感じなのは、俺が穿ちすぎてんのかな。

 

 電車下りて、家の近くのスーパー寄って、ビールと酎ハイ、つまみを山ほど買い込む。

 ノリがあれもこれもって籠に入れるもんで、こんな量、食い切れねえよって言うんだけど、足りないよりいいじゃ無いですかってちょっと強引に。

 半分出しますよってあいつをなんとかなだめ、ピピって支払いすませると、二人の両手に提げるほどの袋一杯の買い物になった。

 

「これだけあれば、朝までだって飲めますね」

 

 屈託無く言うあいつの顔が、俺、まぶしくて。

 こういう奴に、俺の悩み、ホントに分かってもらえるんだろうか、話す相手、間違ったんじゃなかろうかって、急に不安になる俺。それでも、『話がある』って言ってしまった手前、もう後には引けない、ここで逃げたら男じゃ無いなんて、変なプライドも頭をもたげてきちまう始末。

 そんなこんな考えてるうちに、とうとうマンションの部屋の前に着いちまった。

 

「その、散らかってるぞ。すまん」

「中年男の一人暮らしになんも期待してませんって。せんずりかいたティッシュとか踏んじゃうのは勘弁ッスけど」

 

 そのこと真面目に相談しようと思ってんのに、なんて例を出してくんだよ、こいつ。

 まあ、そこらへんさらっと言えるとこが、男の同僚にも人気があるんだろうな。俺が一番苦手っていうか、口に出せないことを言えるってのは、すげえと思う部分。

 ガチャって玄関開けて、部屋の電気を点ける。一応は昨日のうちに片付けといたとはいえ、変な匂いとかしてないよな、俺の部屋?

 ノリはと言えば、本棚とか興味あるらしくちらって見てるのは分かるんだけど、なんか話が切り出しにくい。

 

「テーブル、そっち側座ってくれ。正面じゃない方がいいだろ?」

「そっすね。あ、90度の位置が一番話しやすいって研修、先輩も受けたんでしたっけ?」

「お前より先に入ってんだ、当たり前だろ」

 

 ソファもあるんだけど、ローテーブルあると日本人って結局床に座っちゃうんだよな。

 俺がいつものテレビが正面に見える位置、ノリの奴に右手側に座ってもらうことにする。L字のソファがきつくなったら背もたれみたいになるし、あぐらでも足伸ばしても大丈夫だし、俺も正面にあいつが来たら、まともに話せるか分かんなかったし。

 

「んじゃ、先輩と二人の夜に、カンパーイ!」

 

 あいつの温度で缶ビールそのままでカチンとアルミ缶を合わせる俺。なんだよ、二人の夜って。妙に意識しちまうだろうがよ、ホント。

 焼き鳥に唐揚げ、サンドイッチにおにぎり、ポテトチップにサラミとチーズ。

 まとまりの無い、それでも酒は進みそうなつまみをいそいそとテーブルに広げるあいつ。

 まあ、なんかやってくれてた方が、間が持つっていうか、まずは飲んじまえと、妙な割り切りも出来るって言うかさ。

 しばらく会社のことや高校時代のこと、仕事の愚痴なんか話してたら、二人とももうビールのデカい缶、三つも空けることになってた。

 

「徳さん、で、話ってなんなんスか?」

 

 話疲れて、ちょっと間が空いたときだったと思う。

 ノリの奴が、ぼそっと呟いた。

 それまでの雰囲気で、今日はもう話さなくていいかな、また日を改めて、とか思ってた俺。

 あいつの方から切り出させてしまったのは、なんか申し訳なかったけど、正直、ドキッとしちまったんだ。

 

「あ、いや、今日はほら、もういいかなって。けっこう飲んじまったし、あんまり楽しい話じゃないしな……」

「わざわざ徳さんから相談あるって言っといて、それは無いッスよ。オレ、酔ってても、ちゃんと聞きます。先輩から、徳さんから、『相談ある』って言われたの、オレ、すんごく嬉しかったんですよ」

 

 ああ、こういうところ、マジでこいつ『人たらし』って奴だ。

 俺、どうしたらいいんだろう。

 真面目なところ、笑われないか、バカにされないか、そんなことばかり考えてた。

 

「う、あ、まあ、その、だな……」

「話しにくいことなんスよね?」

「……うん。お前に『相談したい』って言った後も、ずっと迷ってた。ホント、変な話だし、この年して恥ずかしいってのもあるし」

「女か、シモか、そのあたりッスか?」

「なんで分かるんだよ……」

「四十過ぎたおっさんが『年の割には恥ずかしい』なんてのは、そこらへんしか無いでしょうよ」

 

 こいつ、頭よすぎる。いや、俺が頭悪すぎるんかも。

 ここまで言われて話さないと、逆に男が折れるかな、そんなバカな考えが頭ぐるっと回って、やっと俺、そもそもの本題、話すことにしたんだ。

 

「その、笑うなよ」

「笑いませんよ。もともと真剣っていうか、話しにくいから、酒、入れる感じにしたんでしょ?」

「あ、ああ、そうだな……。じ、実は、な……」

 

 一呼吸、間を置く俺。

 ノリの奴、俺の右斜め前に見える顔が真剣だった。俺もちゃんと話さなきゃ。ノリの顔見てて、そんな思いが急に湧いてきたんだ。

 

「実は俺、インポみたいなんだ」

 

 ああ、言っちまった。

 後輩の、年下のノリに、俺、言っちまった。

 

「ぜんぜん勃たないんスか?」

「いや、勃ちはするんやけど、あの、『中折れ』って奴かな。途中で元気無くなっちまって……」

「射精はするんスか?」

「最初はいいんだけど、途中でぐたっとなって、そのまま柔らかいまんまイッちまうんだ。それが逆に怖いっていうか、このまま固くなっての射精出来なくなるんじゃないかって、なんか、うん、怖くなっちまって」

「病院とかは?」

「医者からインポです、EDですって言われると、もっとショックなんじゃないかって思って、行ってない……。色々話し聞いてて、お前だったらいい薬とかさ、知ってるんじゃないかと思って、俺……」

 

 ノリの言葉、ぜんぜん感想とかあいつがどう思うかで無くって、まずは俺の言葉を引き出すためだけの問いかけなのが、すごい話しやすかった。もし俺が人の話として聞いてたら『大変じゃん』とか『気のせいなんじゃ?』とか言っちまってたと思う。でも、俺自身が聞きたかったのはそういう言葉じゃ無い。

 まずは何もジャッジをせずに、俺の話を聞いてもらいたい。そんな思いに、ノリはすごくよく受け止めてくれてると思った。

 

「薬って、まあ個人輸入のとか持ってますけど、あれ、人に渡すと犯罪なんスよ。サイトの紹介は出来るッスけど、そういうのはもう、センパイも調べてるっしょ?」

「ああ、やっぱり色々探してはみてるけど、なんか怖くて」

「センパイ、ちょっと個人的なこと、色々聞いていいっスか?」

「あ、ああ……。ここまで言っちまったら、もう恥ずかしいこととかないんで、なんでもいいぞ」

 

 ノリの言葉に、俺、覚悟決めたんだと思う。

 こいつの口調、ぜんぜんバカにしてるとか感じない。

 俺が言ったこと、真剣に考えてくれてるってのが、なんか伝わってきてた。

 俺、正直に答えなきゃなって、ホントにそう思ったんだ。