降臨 淫欲の邪神アスモデウス

その2

 

淫獣

 

 帝国皇帝グルムとその長子であるグリエラーン。

 竜人一族の中でも、その堂々たる体躯がとりわけ目立つ2人であった。

 

 皇帝グルムの鍛え上げられた下腹部。

 普段はその在処すら分からぬほどにぴったりと閉じられているスリットが、ぬめる体液を滴らせながら、内側からの圧力にその縦長の切れ目を割り始めていた。

 硬質化した鱗状の皮膚に覆われていたスリットの上部からバネ仕掛けのように飛び出したそれは、全体が真っ白な粘膜に覆われた、およそ同年齢の雄竜人の中でも巨大なものである。

 その先端はぶっくりとした膨らみを見せ、体液の射出口はすでに挿入や摩擦の際の潤滑剤ともなる分泌液を大量に滴らせていた。

 

 哺乳類、あるいはヒト属として知られる雄体の陰茎とは構造からして違うそれは、太棹そのものが筋肉で構成されたものであるがゆえに、その形状が性的興奮で変化するものでは無い。

 常にその大きさと硬度を保ったそれは、あくまでも射精時期の判断が下されたときにスリット内部からの瞬間的な開放により、その目的を達成する準備を終えるのである。

 グルムのそれも、その息子グリエラーンの眼前にて、臨戦態勢を完全に整え終えていたのであった。

 

「あ、あ、父上の……、皇帝陛下のこれを、わ、私は口にし、その精液を飲み干したい……。ち、父上の雄汁を、我の口に……」

 

 グリエラーン。

 若者の精神はすでにアスモデウスの『淫の気』の影響を、強く受けてしまっている。

 父よりも強いとされる魔導の力を持ちながらも、その生活歴と戦闘の経験差ゆえに、神たるものの放つ『淫気』の浸透を許してしまった青年に責は無い。

 それほどまでに、存在するだけで周囲に影響を及ぼすモノこそが『神』と呼ばれる存在なのであった。

 

「や……、や、め、ろ……、グ、グリエラーン……」

 

 もはや完全にアスモデウスの『淫気』に当てられているグリエラーンに対し、父グルムの見せた抵抗は、この状況下においては驚くほどの精神力の賜物であったと言えよう。

 それこそが、帝国皇帝としての責任を負ってきたグルムの最後の矜恃なのであった。

 しかしその皇帝グルムにおいても、アスモデウスの影響下による己の性的な欲望の噴出を抑えることは、とうてい叶わぬことであったのだ。

 

「ふふふふ、お前の息子とやらは、どうやらお前の精を飲みたがっているようであるぞ。

 我が味わう前にとは不遜なことではあるが、父と子の交わりというのもまさに一興。

 存分に息子の舌を味わうが良い。

 息子の口にお前がイくのも、そう時間もかかるまい。

 我の淫気、精もまた、用意しておくか」

 

 アスモデウスが黒獅子の口吻からふうっと吐いた『淫気』。それは瞬く間に黒い霧が中で蠢く水晶玉のような球形を形作る。

 その禍々しくも美しささえ覚える黒き玉が、グルムとグリエラーンの頭上へと移動する。

 

 邪神にとって目の前で展開する苦悩と快楽に満ちた親子の行為も、それこそ一時の余興に等しいものなのであろう。

 その興味関心はあくまでも『王たるグルム』その人にあり、息子であるグリエラーンについては目の端に止まった虫程度の認識でしかないようだ。

 グルムの精が『どこに』出るのかすら問題では無く、あくまでもその『精気』を自らの『淫気』と混ぜ合わせることのみが、邪神と呼ばれる存在の目的なのであった。

 

「おお、父上。父上の太棹のなんと勇ましく、雄々しいことでしょうか。父上の一の息子、私グリエラーンの舌と口を存分に味わい、我に皇帝陛下の精をいただきたく存じます」

 

 父であるグルムへの尊敬の念はいささかも薄れることなく、ただその眼差しの奥底にて、敬意と尊敬だけでなく、情欲をも同じように昂ぶらせていること。

 これこそがアスモデウスの持つ純粋な『力』であり、その影響下にあるものは己の感情と何ら矛盾することなく、その愛する者を無差別に燃え盛る情欲の炎へと焼べるのである。

 

「や、止めろ……。止めてくれ、我が息子グリエラーンよ……」

 

 アスモデウスの黒き肩が、ひくりと蠢いた。

 邪神ですら驚くほどの、グルムの精神力であったのだ。

 

「ふうむ、王たる者として、なかなかの者だな、お前は……。まあ、もうそろそろとは思うが……、実に楽しみだ……」

 

 同じ空間内に存在すること。

 そこでは『神』と『人獣』の力の差は、あまりにも歴然としたものであった。

 

「あ、あ、あ……。グ、グリエラーン……」

 

 ついにグリエラーンの舌が、グルムの先端を舐め上げたのだ。

 天井を見上げたグルムの瞳から、一粒の水滴が流れた。

 それは王たる者の感じる苦悩の証しであったとともに、最後まで砦としていた『何か』が、脆くも崩れ去ってしまった証しでもあったのだ。

 

 じゅばじゅば、くちゃくちゃと、言葉を発する者のいない室内に、卑猥な水音だけが響く。

 父と子の淫猥なる行為を目にせぬためか、ダイラムの瞳は強く閉じられ、ぶつぶつと小声で何か呟く様は、もはやあまりの状況にその老いた心が保てなくなってしまってあったのかどうか。

 

 グリエラーンのは父の逸物をしゃぶり上げながら、自らのスリットから飛び出した父にも劣らぬ勇壮な己の陰茎を、こちらも淫らな露音と共に扱き上げていく。

 父の吐精と同時に己もまたその逸物からの汁を噴き上げたいと、もはや淫気に犯されたその欲望のみが、緋色に輝く龍鱗で覆われた頭の中に渦巻いているのだ。

 

 皇帝グルムの肩が震える。

 堪えようとしても堪えられぬ情欲が、射精への昂ぶりが、己の中で爆発的に膨らみゆくことを感じ取ることしか出来ぬ自分に、ただただ絶望していたのであろうか。

 

「ああ、イッてしまう……。息子の口に、グリエラーンの口に、汁を、雄汁を、出してしまう……。あっ、あっ、あっ、ああああああっ……!!」

 

 ある意味、静かな吐精であった。

 本来であれば何時間も交わり続け、幾度もの放出を可能とする竜人属の性的エネルギーが、アスモデウスという『存在』にさらに高められ、ただ一度のそれにその生命力のすべてが変換された吐精であった。

 

 ごくり、ごくりと、濃厚なその汁を飲み干しているはずのグリエラーンもまた、自らの大量の白濁した液体を冷たくも固い石床に撒き散らしていたのだ。

 

「さすがに一国の王、凄まじきまでの精の迸りであったな」

 

 いつの間にか、先ほどの黒き玉と同じような、こちらは白く濁った水晶球のようなものが、アスモデウスの前に浮かんでいる。

 邪神が自らの視線の動き、それのみで、その黒き玉と白き玉を近づけていく。

 

 

 ぐどどどどどどどーーーーーーーーーーん!!

 

 

 もしもガラスであれば双方が砕け散るはずのその刹那、このガズバーンの城全体を揺るがすほどの空振が発生した。

 

 グルム、グリエラーン、ダイラム。

 竜人の竜人たる頑強な肉体を持った男達が、ばらまかれた小石のような勢いで弾き飛ばされてしまう。

 3人ともに、部屋後方の壁へと打ち付けられるほどの衝撃ではあったが、みなその命はなんとか繋いでいるようであった。

 

「あ、あ、父上……。わ、私はなんということを……」

「グリエラーンっ、詫びずとも良い。あれの力の元では、たとえ誰であれ、仕方の無かったことだ」

 

 全身を石壁に叩きつけた衝撃が、淫気に犯されていたはずのグリエラーンを正気に戻したのであろう。

 それを知ったグルムの言葉も、直前に息子の口へと己の精を吐出するしか無かった皇帝の名に恥じぬものではあったのだが。

 

「ほほう……、久方ぶりの我が『仔』は、このようなモノと相成ったか。さて、名前を決めねばならぬな……」

 

 すでにグルムのことさえ忘れたかのような、アスモデウスの言葉であった。

 部屋の中央に突然現れた『それ』は、ぬるぬるとした透明な液体を滴らせながら、ゆっくりとその頭を高くもたげていく。

 為政者の『精気』と己の『淫気』を混じらすことにより『仔』を成すアスモデウスではあったが、その生まれくるモノの形や性格までコントロールしているわけでは無さそうな口ぶりである。

 

 竜人とその存在が、いわゆる『ヒト属』の特徴である完全二足歩行であることや、太古の昔には存在していたかも知れぬ『羽』を失っていることは、現在では『当たり前の』事実であった。

 そのような『事実』よりも、古来より眠る血が呼び起こしたものなのか、グルム達の目の前で形作られていくその『モノ』は、グルム達よりも遙かなる古代の生き物、生息地が限られるゆえに地域によっては伝説とさえ伝わるような、『飛龍=ドラゴン』に似た肉体を形作っていくのである。

 

 体長は20メートルほどになろうか。

 両の足は力強く大地を蹴り、大空へとの飛翔を助けるのであろう。

 逞しき両腕は、その指先に備わる凶悪な爪が、鋼鉄をも引き裂くのではとの凄みを見せる。

 一方の父とも言える、グルムとグリエラーンと同じ、緋色の龍鱗をまとった有翼のドラゴン。

 それが一番簡単な説明であろう。

 

 しかし、よくよく見れば、その下腹は見にくいほどにでっぷりと膨らみ、口の端からしたたる体液とも唾液ともつかぬ粘性の高いそれは、どこか暗黒の、あるいはもう片方の親であるアスモデウスの持つ『淫気』をも、強く強く漂わせている。

 

「我が主、アスモデウス様。我を産み落としいただき、ありがとうございます」

 

 おそるべきことに、アスモデウスの眷属は生まれながらにしてその想像主たる邪神の知識をも引き継いでいた。

 己の出現の理由・原因、そして、アスモデウスの思うままに、己の力を振るうことに、一切の躊躇の見られるはずのない『存在』であった。

 

 あえて邪神との違いを言えば、完全な精神体であるアスモデウスとは違い、あくまでも『実体』を備えた存在であることであろう。

 その肉体は強固であれ、あくまでも物質としての存在を確たるものとしており、そこには唯一、人獣類の持つ『武力』で対抗することが出来るという、わずかばかりの希望が存在している。

 そのことは、前回の邪神の出現と消失?の後、各地に散った淫獣達がだんだんとその力を削られていき、最後にはその存在を滅することが出来たということにも現れていた。

 

 しかしながら、ここ、ガズバーンの王室に現れたそれは、これまでの『仔』とは、いささかな違いが見られることに、魔導師であるダイラムは気付いていたようだ。

 

 わずかながらに周囲の空間を歪めるような、その輪郭のぼやけ方。

 それは物理的に触れることの出来る肉体を持ちながらも、精神体としての存在を多重に重ね合わせていることによってのみ生じる、空間認識の変容を伴うものであった。

 

「ふむ、確かお前のような形のものを、かつていずこかで見聞きしたこともあったな……。そうだな、これからお前を『ワイバーン』と呼ぶことにしよう。緋色のワイバーンとは、なかなかよいものだと思うがな」

「はあっ、主よ。我が名を授けていただき、ありがとうございます。このワイバーン、アスモデウス様のご意向を満たすため、どのようなことでも為し得ましょう。思し召しことを、なんなりと」

 

 もはやそこにはグルムやダイラム、グリエラーンのことなどまったく気にすることの無い二つの『存在』があるだけであった。

 アスモデウスがいわゆる『仔』を成した後の個体に対して、一切の感傷を持たないのはある意味当たり前ではあった。

 それでもおそらくは、グルムをこの『国』という集団を率いるものとして、今後はその『国民』を自らの『淫気』の供給源として、ある程度の人口を必要とするための傀儡として存在を許す程度のものではあったろう。

 

「そうだな、お前を成して、まあしばらくは別になにかやりたいことがあるわけでもないが……。

 お前自身、生まれてすぐのことだ。まだその身の内の『淫の気』が足りぬであろう。せっかくここに竜人の国がある。

 まあ、気に入ったものどもの気を吸い上げるなりなんなりで、しばらく己の力を溜めておけ。またなにか我の気が向けば、頼むこともあるやもしれぬでな」

「はっ、我が身へのお気遣いも、ありがとうございますアスモデウス様。

 それではさっそく……、おお、ちょうどよいことにそこにいる小さきものはこの国の王とやらでございますな。

 おい、お前、この国の屈強な兵士を200人ほど集めよ。その者供と共に、淫らな宴を行い、少しばかりの『淫気』を練り上げることとしようか」

 

 ワイバーンの指先が、グルムの額へと向けられる。

 

「あ、あ、あ、頭が、我の頭が……」

 

 その爪先から発せられた強力な『淫の気』は、いとも易々とグルムの精神を淫楽への虜へと染め上げていったのであった。