開拓地にて

ある農夫の性の記録

第三部

青年期

 

二 伊藤鍼灸治療院

 

 六月のある土曜日の放課後、私は祖父に指示された通り、学校帰りに指定された住所に向かった。そこは学校に程近い旧市街地で、古い家屋が密集したエリアであった。

 私が下宿した県庁所在地は、戦災をほとんど受けていない。麓のS市やN市に住む、私より十歳程年上の年長者に聞くと、終戦の数日前に空襲があり、防空壕に入ったことを覚えているそうだ。そうはいっても、中に蚊がいて大変だったとか、蒸し風呂みたいだったとか、至ってのんびりとした思い出ばかりで、周辺の市町村では、空襲中も緊迫した状況ではなかったようだ。

 実際、ウェキペディアで調べると、空襲は駅周辺が中心で国宝の寺院に被害はなく、犠牲者は四十七人という情報が出てきた。私の通った高校は、その寺院から徒歩で十分ほどの場所だったので、学校周辺には古い町並みが残っていたのも納得の話である。

 私は古い街並みの中を歩いた。路地が入り組んだ、門前町の旧態依然とした街並みがそこかしこに残されていた。ちなみに、そのエリアは再開発から取り残されて、当時の面影のまま、今でもそこにある。

 私は細い路地の突き当たりにある木造平屋の建物の前で立ち止まった。古びた看板が掲げられており、何とか「伊藤鍼灸治療院」と読むことができた。

 その家には庭など存在せず、路地に面した部分に、直接掃き出し窓が四枚並び、それが玄関を兼ねていた。今、四枚の掃き出し窓には内側からカーテンが引かれ、外界からの視線を遮っているので、中のようすは窺えない。

 しかし、窓を隔てて道のすぐ向こうが三和土で、そのまま広い土間になっているのが、容易に想像できる造りであった。古い商店街によくある造りで、その土間スペースが店舗になっていることも多い。

 私は意を決して呼び鈴を押した。中で人の動く気配がして、カーテンが十センチ程開かれた。一人の男が探るように目元だけを覗かせて、こちらをじっと見つめている。その目には覚えがあった。祖父であった。私の姿を確認したのだろう。ガタガタ音をさせながら、掃き出し窓の鍵が開けられた。

「急いで入れ。入ったらすぐに閉めろ。」

 顔を出しもせずに祖父の声だけが、内側から聞こえてきた。私は素早く掃き出し窓を開き、カーテンを掻き分けて中に入ると、すぐに窓を閉めて視線を戻した。

 驚いたことに、そこにいた祖父は全裸であった。見慣れた陰茎は萎えていたが、ねっとりと濡れそぼっている。それは祖父が、既に一回、もしかしたら数回も射精しているだろうことを示していた。祖父は射精せぬうちに逸物を萎えさせるような男ではなかった。

「ついて来い。」

 祖父は私を土間の奥へと誘った。土間の奥の上がり框の左手には、狭い板張りの廊下が建物の奥へと続いている。

 祖父が立ち止まり、突き当たりの板戸を開くと、そこが小さな小部屋になっていて、幾つかの長いすが置かれていた。どうやら待合室のようである。その部屋にはさらに二つの板戸があった。祖父が片方の板戸を開くと、さらに板張りの廊下が建物の奥へと続いていた。そこから先は生活空間のようだった。祖父は間取りを熟知しているらしい。振り向きもせずに、奥へと私を案内する。

「ここが風呂だから入ってこい。あがったら、さっきの部屋のもう一つの戸が施術室だから、そこに来るがいい。」

 そう言いながら、祖父は廊下に面した板戸を開けた。そこは狭いながら脱衣場になっており、その先に摩りガラスの板戸があった。どうやらそこが浴室なのだろう。

 私は全裸の祖父を見た瞬間、既にすべてを悟っていた。祖父は、時々、用事があると言って県庁所在地に出かけてることがあったが、恐らくここに来ていたのである。何をしていたのか。そんなことは祖父の姿を見れば一目瞭然であった。そして、中学を卒業した私は、もはや一人の大人として扱われ、その仲間に加わることを許されたのだろう。

 

 大急ぎで身体を流した私は、そっと浴室から抜け出すと、待合室に戻り、指定された突き当たりの部屋「施術室」の前に立った。迷ったが、服は着ないでよいだろう。中のようすを確認し、必要なら浴室に戻って服を着れば良い話である。

 施術室に続く板戸は閉められており、浴室同様、こちらも嵌め込まれたガラスは磨りガラスであったから、中のようすを見ることはできなかった。しかし、扉の向こうから艶めかしい声が漏れていた。祖父がウケとして女になる時の声であった。

「爺さんよ、雄吉と儂とどっちがええ?」

「Nちゃん、Nちゃんの方がいい。」

 祖父と、祖父とは別の男の声が私の耳に届いた。それがここの主の声なのだろう。私の心臓が激しく脈打った。後でわかったのだが、鍼灸師の名前は伊藤N春だった。祖父は下の名前でNちゃんと呼んでいた。

 私は板戸を静かに数センチ開き、右目で覗き込んだ。そこには信じられない、しかし、魅惑的で淫乱な光景が展開されていた。

 施術用に木製のベッドが二台並べられていたが、その一台に臑毛の濃い、肋骨の浮いた痩せぎすの男が仰向けに横たわっていた。禿げてはいないが、おでこが広く頭髪が薄い。黒縁の眼鏡を掛け、一糸まとわぬ姿は、昆虫のカマキリを連想させた。この男が伊藤さんで、ここの主人であり鍼灸師なのだろう。

 祖父はこちらを向いて、その男に跨がっていた。祖父の肛門に起立した鍼灸師の陰茎が差し込まれ、腸壁をヌラヌラと激しく出入りしていた。祖父の陰茎は天を仰ぎ、臍に届きそうになっていたが、その先端からはダラダラと先走りをシーツに滴らせている。それが彼の喜びを如実に証明していた。

 私は他人の性行為を、この時初めて目撃した。そして、時として、それは自らの性行為よりも激しく官能を刺激することを知った。私はあまりの興奮にクラクラした。ここ数年、なかった程の性的高まりであった。やはり服など着てくる必要はなかったのだ。私の陰茎は既に極限までに猛り勃ち、わずかな刺激だけで爆発しそうであった。

 祖父と私の視線が交錯した。祖父がゆっくりと手招きをする。祖父は顎をあげ、自ら激しく上下運動を繰り返していた。関節に毛の生えた祖父の節くれだった指が私を招き、反対の手は鍼灸師の指とからまりあっている。

 私の自制心は完全に吹き飛んだ。乱暴に板戸を開けると、ずかずかと絡まり合う二人の元に近寄った。

 私は、躊躇することなく勃起した自らの陰茎を祖父の口に突っ込み、激しく腰を使った。祖父が嘔吐(えず)いたが、興奮しきった私に、祖父を思いやる余裕などなかった。祖父の喉深くに、勃起した陰茎を突き立て続けた。

 横たわった鍼灸師がニヤニヤしながら、その姿を見上げていた。次第に祖父は私のピストンに慣れてきたようだ。祖父は私の陰茎を口に含んだまま、自らの陰茎を激しくしごき始めた。射精したがっているのだ。しかし、鍼灸師はそれを許さなかった。祖父の手を払いのけ、

「まだ早い。しごいたら、またすぐに出してしまうべ?」

 再び、下衆た笑いが鍼灸師の口元に浮かんだ。鍼灸師は、私に祖父の口を解放するよう促した。私が従うと、彼は祖父の肛門から陰茎を引き抜いた。

 ニュルリと抜け出た鍼灸師の陰茎は、雁首の発達した、いかにも祖父好みの立派な形態をしていた。それにしても脛毛の濃い男だった。祖父の濃い脛毛と鍼灸師のそれが絡み合い、汗に濡れて一層陰影を際立たせている。

「おしめ替える格好になれや。」

 鍼灸師の指示に、祖父は仰向けになって濃い毛の生えた太腿を抱え込んだ。祖父の使い込まれた肛門が二人の前に晒された。それはぱっくりと口を開き、緩み切っている。潤滑油の代わりに使われた液体が、ねっとりと湿り気を帯び泡立っていた。

 鍼灸師が私に顎で合図した。顎が描く軌跡は、、明らかに祖父の肛門を指し示していた。私に迷いなどあろうはずがない。それまでに散々堪能してきた秘部である。

 私は祖父の両脚を肩にかついだ。その瞬間、鍼灸師の手が伸びてきて、私の勃起した陰茎に何かを塗りたくった。後でわかったことだが、それは熊の油であった。吹き出物などによく効く熊油だが、乾きにくくサラリとしているので、男同士の交尾には最高の潤滑油であった。

 鍼灸師は、そのまま祖父の肛門に私の陰茎をあてがい、私の腰の辺りに押して一気に挿入させようとした。しかし、そんな必要は皆無であった。

 開ききった祖父のそれは、難なく私の逸物を受け入れ、祖父はすぐに歓喜の表情を浮かべ始めた。恐らく午前中からずっと犯され続けていたに違いない。緩みきっていたが、中は信じられないほど潤っていた。

「そのまま一気に一番奥まで入れるんだ。お前ん爺さんは、そうすると女みたいに喜ぶ。」

 鍼灸師が言った。言われるまでもなかったが、私は従ったふりをした。なぜなら鍼灸師は、相手を従わせることに喜びを覚えるタイプの男のように思えたからだ。それ以上は無理という部分まで陰茎を突き入れると、とにかく闇雲に腰を打ち付けた。祖父の肛門を壊してしまいたい。そんな感情が脳裏を支配していた。

 祖父のよがり声が施術室に響いた。

「具合い、いいべさ、さっき儂が一発ぶちまけたばかりだでな。」

 鍼灸師は下衆た表情で私の興奮を煽った。私は、祖父の秘部の潤いの理由を理解した。熊の油と鍼灸師の精液にまみれた祖父の秘肛は、私がそれまでに味わってきた部分と同じものとは思えない程の名器と化していた。自分の陰茎が、祖父の体内で、このカマキリのような毛深い男の精液にまみれている。その事実が私をひどく興奮させた。

 鍼灸師は、世間一般でいう美形とは全く無縁の男であった。しかし、臑毛が濃く、細身の中熟年が好みの私にとって、決して嫌いなタイプの男ではなかった。むしろ、どことなく中学時代に国語を教わったR太郎先生を彷彿させ、心の奥にときめくものを感じさせた。

 私はすぐに頂点を迎え、あっけなく祖父の体内に精を放ってしまった。私は息を荒げたまま、ゆっくりと陰茎を引き抜いた。命ぜられた訳ではないが、祖父との性行為の中で、終わった後は緩慢に動いた方が、ウケを喜ばせることを知っていたから、そうすることが習慣づいていた。

「抜くときはゆっくり抜くんだ。ゆっくりだ。」

 それが日頃からの祖父の教えだった。自分の性の喜びを大きくする術を、老人は若者に教え込んだのだ。

 私が祖父の身体を離すと、鍼灸師が私と入れ替わり、再び逸物を挿入した。射精の後の虚脱感の中、私の目の前で鍼灸師の逸物が祖父の粘膜と擦れあい、ヌラヌラと出入りを繰り返している。鍼灸師はピストン運動を繰り返しながら、私に話しかけた。

「坊主、いいチンボしてるな。さすが爺さんの孫だ。話はずっと前から聞いてたで。」

 私は若かった。まだ十五歳だったのだから無理もない。目の前の光景に私の陰茎は再び力を取り戻した。私は祖父の口に陰茎を押し込んだ。鍼灸師が一層激しく腰を使うと、理性の吹き飛んだ祖父は、もっともっとと叫びながら、私の陰茎を吸引した。

 鍼灸師が陰茎を引き抜き、しごきながら祖父の顔にそれを近づけた。男らしい雄叫びとともに、鍼灸師の亀頭から精液が飛び出し、祖父の顔に一筋の飛沫を描いた。

 私も限界だった。祖父の口から陰茎を引き抜き、激しくしごくと、祖父の顔に向け大量の樹液をぶちまけた。祖父の顔は目元から鼻、口にかけ大量の精液で真っ白に染まっていた。私のそれと鍼灸師のそれが祖父の顔面で混ざり合う。

 祖父は舌をビラビラさせながらそれを舐めまわし、自らの陰茎をしごいた。やがて、声にならない呻き声とともに祖父の陰茎が痙攣し、ドクドクと精を放った。祖父の精液は濃い。それはゼリーのような濃厚さで、祖父の下腹の剛毛に絡みついた。

「三回目なのに、えらいけんまく出たな。」

 鍼灸師はそう言い残すとさっさと浴室に行ってしまった。部屋には私と祖父が取り残された。私は祖父に塵紙を手渡した。祖父は顔中を汚した二人分の雄の樹液を拭き取っていたが、塵紙が顔のあちこちに貼り付き、収拾がつかなくなっていた。

「爺ちゃん、三回目なんか?」

 私の問いかけに、祖父が小さく頷いた。ほどなくして鍼灸師が浴室から戻ってきた。

「坊主、次はお前が風呂に行ってこい。」

 私は鍼灸師に言われるままに浴室で身体を洗ったが、ふと怪しげな胸騒ぎを覚えた。

 案の定、そっと待合室に戻り、板戸の隙間から中を伺った私の目に飛び込んで来たのは、よがり声をあげ、涎を垂らしながら女のようになっている祖父の姿であった。案の定の展開である。やはり、祖父は男とのセックスに貪欲だった。

「Nちゃんの赤ちゃんほしい。妊娠させて。爺ちゃんのおまんこに白いのぶちまけて。」

 祖父が鍼灸師の名前を叫んでいる。

「俺はお前なんか好きじゃねぇ。それでもいいんか?」

「いい、いい、お願い。中に出して。」

「年寄りなんて、俺は嫌いなんだよ。」

「Nちゃん、Nちゃん、爺ちゃんのこと捨てんどいて。お願いだから捨てんどいて。」

「そんなに言うなら孕(はら)ましたるっ。」

「ああ、いっちゃう、またいっちゃう。爺ちゃん、また白いの出ちゃうっ。」

 鍼灸師に再び肛門を犯されながら、狂った雄と化した祖父。その姿は孫の私にとって衝撃としかいいようがなかった。やがて、祖父は自らの逸物をしごき、奇声とともに僅かばかりの精液を滴らせ、やっと静かになった。

「四度目か。まったく淫乱な爺さんだ。」

 鍼灸師が蔑むような口調で吐き捨てた。さすがに祖父はぐったりしていた。祖父の陰茎はだらりと萎え、すっかり力を失っていた。あの年齢で四回も精を放ったのだから、当たり前といえば当たり前であった。

 祖父の亀頭からは、精液の残滓がシーツに糸を引いていた。鍼灸師が乱暴に陰茎を引き抜くと、祖父の肛門から黄色くなった精液が大量に溢れてきた。少なくても二人分の精液である。便と混ざり合い、決してきれいなものではない。

「ほんとに汚ねぇな。」

 鍼灸師に、祖父を思いやる仕草など皆無であった。そこにあるのは力による相手への一方的な支配と侮蔑。ただそれだけであった。

 これらの言動からもわかるように、鍼灸師は粗野な男だった。私がこれまで接してきた男たちは、下品ではあるが、基本的には気のいい、朴訥とした田舎親父達ばかりであった。しかし、この鍼灸師は違う・・・。祖父を抱きながら、「嫌いだ。汚い。」と断言する男なのである。今までに経験のないタイプの男の出現に、私はひどく戸惑っていた。

 ところが、祖父はそれを嫌がっている風には見えなかった。むしろ、粗野に扱われれば扱われるほど、陰茎を硬く勃起させているようにさえ私には感じられた。

 私は板戸をそっと締め、待合室の長椅子に腰を下ろした。突然、乱暴に板戸が開いた。鍼灸師が現れ、勃起したままの逸物を誇示しながら、私の横を通り過ぎて行く。再び風呂に行くのだろう。

「坊主、覗いてたべ? お前の爺さんはいっつもああだ。」

 すれ違いざま、鍼灸師が吐き捨てるように言った。その口調からも、鍼灸師が積極的に祖父を抱いているのではないらしいことが明らかだった。むしろ、鍼灸師の態度からは、祖父が懇願するから、仕方なく抱いてやっているという本心が垣間見えた。あの男らしい祖父が、この鍼灸師には見下されている。

 ふと鍼灸師が立ち止まり、私の耳元に顔を寄せて呟いた。

「捻挫したり腰が痛くなったりしたら、連絡をよこすがいい。金は取らん。治してやる。」

 私は混乱した。これはどう捉えればよいのであろうか。後日、私が自分なりに行き着いた答えは、

「金はいらん。治してやるから、その分は身体で払え。」

 であったのだが、果たしてこれが正解なのか否か。当時、たった十五年という人生経験と、祖父という一人の男との性行為しか経験のなかった私には、即座には判断がつかなかった。

 

 祖父のすさまじい行為を見てしまった私はひるんでいた。しかし、いつまでもそこにいるわけにはいかない。私は思い切って、施術室の板戸を開けた。

 祖父は、放った精液を拭き取る気力も残されていないのか、茫然自失、惚けたような表情で治療用のベッドに横たわっていた。性行為を私に見られていたことには気づいていただろう。

 鍼灸師が、あえて覗かせてようとしたことは、はっきりしていた。むしろ、祖父もそれに同意していたように思える。二人の行動から、ここに来てからのすべてのできごとが、事前に計画され、二人の総意のもとに実行されたであることを私は確信していた。

 この時、祖父は数ヶ月前に既に古希を迎えていた。それにもかかわらず、半日で四回もの射精に至ったわけだ。それが可能だった祖父の精力の強さに、当時の祖父と同年代になった私は感嘆するしかない。

 私は祖父の隣のベッドにそっと腰掛け、ぼんやりと横たわったままの祖父を見下ろした。祖父は二人分の精液で肛門を汚したまま、虚ろな表情で相変わらず天井を見つめ続けていたが、快楽の渦が過ぎ去り、興奮が冷めていく中で、次第に自分を取り戻しているようにも見えた。今、祖父は何かを思い悩んだように天井の一点をじっと見つめている・・・。

 

 その日の夕方、私と祖父は一緒に伊藤鍼灸治療院を後にした。バスに乗っている間も、祖父はほとんど口を開かなかったし、私も多くのことは尋ねようとはしなかった。

 帰り道、私が祖父に質問したのは、たった一つのことだけであった。

「俺を呼ぶことに決めたのはいつ?」

「中学を卒業したら呼ぶ・・・と伊藤さんとずっと前から約束していた。」

 恐らく正しくは「約束させられていた」なのだろう。二人の関係性から、私は心の中でそう確信していた。

 鍼灸師は、祖父にとっても、外見的には百パーセント好みの男というわけではなかったはずだ。なぜなら祖父は若い男が性欲の対象だったからだ。それにもかかわらず、祖父は鍼灸師に精神的に支配され、肉体的に離れられなくなっているようだった。

 祖父は完全なウケだったが、その性癖は祖父の深層心理に宿る「M的性質」に根ざしていることに、かねてから私は気づいていた。

 鍼灸師の言動は常に命令口調で、それはある意味、「男らしい」と受け取れないこともなかった。しかし、実際に彼の根底にあったのは単なる「粗野さ」であった。祖父のように内面に他者への依存性を隠し持って生きる男にとって、粗野さに支配されることは羨望の的となり得る。

 普段、男らしさという鎧をまとい、女々しい内面をひた隠しにしているのだから、それを捨て去った時の解放感と興奮はいかばかりだったろうか。祖父のように、被虐的な行為のもつ魅惑を捨てられないウケにとって、それは最高の喜びであり、一歩間違うと錯綜した愛情の発露になりかねない。祖父は既にその領域に踏み込んでしまっていた。

 祖父は、鍼灸師の粗野さに自らのM性を刺激され、それが強烈な性的興奮を生じさせていたのだろう。そして、本人も自覚のないまま、鍼灸師が望むと望まないとにかかわらず、自らをその性的欲求に縛りつけ、その支配から逃げられなくなっていた。

 自らの欲望を満たすには、例え鍼灸師が自分を愛していなくても、彼に抱いていただくしかない。そのためには、鍼灸師に進んで支配されるしかなかった。もはや鍼灸師の命令、要求には逆らえないようになっていたのだろう。

 私の前では常に男らしかった祖父。この日、私は祖父の別の一面をはっきりと垣間見た。

 本村で私と祖父はバスを降りた。そこからは三キロメートル、約四十分の歩きである。一番日の長い夏至の頃だったので、周囲はまだ明るく、歩いて帰るのに何の支障もなかった。

 祖父が先を行き、私が後から続いた。私の目の前に祖父の背中があった。私は祖父の下半身から精液の匂いが漂ってくるような錯覚を覚えた。

 自分の知らないところで、祖父は、私以外の別の男に股を開き、その逸物を受け入れ、生きた証を体内に放出されながら、狂ったようになって精液を垂れ流していた。しかも、件の鍼灸師は、私にとっても嫌いな類いの男ではない。むしろ、思慕を呼び覚まされる、遠い記憶の中のR太郎先生を彷彿させる男であったから、話はややこしくなる。

 私は、この事実に軽い衝撃を受けていた。同時に、胸の中をナイフでえぐられるような痛みのようなものも感じていたが、その感情こそ「嫉妬」であった。

 ただ、当時の私には、その嫉妬が、祖父を意のままにする鍼灸師に向けられたものなのか、それとも鍼灸師に抱いてもらえる祖父に対するものなのか、はたまたその両方なのか。その答えを見い出せずにいた。

 混沌とした感情の中で一つだけ確かだったことは、この時は実現しなかったのだが、いつか鍼灸師に犯されたいという欲求であった。そして、実は鍼灸師も、私を犯したいと思っていたことに、私はまだ気づいていなかった。

 家に着くと、いつものように母が出迎えてくれた。夕食の席には父、妹たちもいた。祖母は私が高校に入学して間もなく、亡くなっていた。

 祖母の死は、この物語とは直接関係がないので、割愛したが、祖母が亡くなってからも、祖父は、決してそれまでの生活を変えなかった。畑仕事、日常生活はもちろん、たまの外出においても変化など微塵も感じられなかった。当然、外泊などあり得るはずもない。鍼灸師との逢瀬の際も、必ず最終バスまでには帰って来た。

 もしかしたら、祖父は鍼灸師に家に泊まり、朝まで鍼灸師に抱かれたがっていたのかもしれない。しかし、鍼灸師がそれを望んでいたとは、私には思えなかった。鍼灸師本人が放出したら、けんもほろろに「早く帰れ」と言わんばかりの対応だっただろうことは想像に難くない。

 笑顔で夕餉を囲む両親や妹たちを目の前に、私はどうしようもない後ろめたさを感じていた。それまでの祖父との行為では、そんな感情を持ったことは一度たりとしてなかった。例え、そんな思いが生じかけたところで、目の前で平然としている祖父を見れば、そんなものはすぐさま吹き飛んでしまっていたことだろう。

 しかし、その日は明らかに今までとは違っていた。私と鍼灸師は、その日出会ったばかりである。そんな見ず知らずの男と行きずりの性交渉を持ったことは、まるで自分が汚れてしまったかのような錯覚を自らに呼び起こした。

「爺ちゃんは、俺に抱かれた後、いつもこんな感情を隠しながら、家族と過ごしていたんだろうか?」

 ふと、そんな疑念が私の脳裏をよぎった。しかし、私は強引にそれを否定した。それは、そうであって欲しいと願う、単なる願望だったのかもしれない。 

 私は、一緒に食卓を囲む祖父の横顔を見た。一見、平然としているように見える。しかし、その心の奥底はわからない。そんな祖父を尻目に、私は、自らの中に大きな変化が生まれかけていることを、朧気ながらも感じていた。

「鍼灸師のおっちゃんと俺は、この後、どうなっていくのだろう?」

 私は自らに心の中で問い直した。