韓国エステ その1

「課長、韓国エステって御存知ですか」
 昼休み、喫茶室のコーヒーを飲んでいるとウチの課の若い奴が声をかけてきた。何でも昨日、会社帰りに同期の連中といっしょに、最近増えてきた新手の風俗店に行ってきたのだという。
「ソープみたいなことすんのか。風俗って言うんならやっぱりイかせてくれるんだろう」
「いえいえ、エステっていうだけあって顔や身体をマッサージしたり、天井の棒につかまって背中踏んでくれたりってのがメインですよね。これがすっごく気持ちいいんですよ。イかせてもらうのはどっちかというと付け足しかなあ。気軽なマッサージと思った方がいいかも知れませんね。男のトレーナーもいるみたいですし」
「風俗で男はないだろう」
「一緒に行った奴の話しではマッサージなんか力が強い分、男の方が気持ちいいみたいですよ。イかせてくれるってのも手で擦ってくれるだけで、向こうの身体は触っちゃだめだし。まあ、自分でせんずりするよりいいかなってくらいですね。五千円で本格的なマッサージしてもらって、一発抜けると思えば安いもんじゃないですかねえ」

 五年程前に妻を病気で亡くし、一人息子も所帯を持ち独立してから三年になる。周囲にも単身者が多いせいか、一人身の生活も自由を謳歌する方に忙しく、後添えをという親戚連中の声にもあいまいな返事を繰り返していた。
 妻の生前には同僚の連中と会社帰りにソープをひやかしたりもしたが、今では逆に風俗とやらには足が向かなくなってしまっていた。それでも四十八才という年では煩悩はまだまだ納まらないようで、年甲斐もなく週に二度は自分の手で処理する毎日だ。

  駅前の雑居ビルにその店はあった。行きつけの居酒屋で景気をつけた後、小さなネオン看板に案内されてドアを開けた。

「すみません、今日は女の子が全部回転してて、30分ほどお待ちいただくことになりますが。男性トレーナーでよろしければすぐにセットできますけど」
「マッサージだけでいいから別にかまわんよ。いくらになるのかな」
「45分の基本コースが5000円になります。あかすりのつくデラックスコースは90分で8000円になりますが、どちらになさいますか」
 受け付けの若い男が淫靡さのかけらもないような、あっけらかんとした明るい口調で応対する。せっかくのことだと思い高い方で頼むことにした。
「では前金でいただきます。もし延長される場合は10分毎に1500円の追加となります。廊下を進まれて6番の部屋にお入りください。トレーナーが入室してからの時間となりますので、そのままお待ちください」

 案内された部屋は、風俗店と言うよりは病院の施療室みたいなもので色気を感じるには程遠いものだった。話しに聞いた鉄棒が天井に通り、簡素なベッドとクローゼットが目に入る。ワゴンには二十枚ほどの真っ白なタオルと、マッサージ用のローションらしき何本かの容器が乗っていた。
 よくは分からないが保健所などがうるさいのだろうか、衛生管理はしっかりしてるように思われる。洗い場を持つ風呂場には、首だけ出すようになっている一人用のサウナが置かれていた。

「失礼します」
 ドアがあくと同時に体格のよい青年がぺこりと頭を下げて入ってきた。制服なのか上下に別れた白衣がやはり診察室のような感じをさせてしまう。
 見れば三十才ぐらいであろうか、柔和な顔にずっしりと重みのあるような身体付きの男だった。てっきり今風の茶髪金髪長髪の若者が出てくるかと思っていたのだが、とても風俗店で働いているとは思えないような青年だ。

「あの、お客さん、お世話をさせていただく、久保山と言います。今日はよろしくお願いします」
 私の顔を見た青年が、最初のしっかりした第一声とは違い、なぜかとまどったような自己紹介をする。そのわずかな狼狽に商売上の愛想とは違った誠実さが感じられ、同性とはいえこの男になら裸もまかせられるなと変なところで感心してしまっていた。

「最初にサウナに入っていただきますので、服を脱いでもらえますか」
 彼に促され素っ裸になり風呂場に向かう。青年の方も白衣とシャツを脱ぎ、灰色のニットトランクス一丁になると洗い場に湯を流し始めた。女のトレーナーならここで全部脱ぐのかな、とも思ったが、さわったら駄目だという部下の言葉が思い出され、そんなこともあるまいと一人で納得する。
 童顔に似合わず脂ののった身体は全身が毛深く、とりわけうっそうと茂った胸毛は男臭さを漂わせていた。
 股間のものも包まれている柔らかなニット地のせいで、身体を動かす度に金玉のありかから太そうな肉棒、亀頭のくびれまでが露になる。見ているこちらが恥ずかしくなるような下着で、いっそ素裸の方が気楽だとも思えてしまった。
 温度が上がったのを確認したのかサウナを勧められた。タオルを敷いた段に腰掛け蓋を閉めると、大きな箱から頭だけ出した格好になる。足元から温風が吹き出してくるのが気持ち良く、少しずつ汗がにじみ始める。

「けっこういい身体をしてるね。全身毛深いし、なにかスポーツをやってるのかい。言っちゃあ悪いが、こんなとこで働いているようには見えないけど・・・」
「大学のとき柔道をやってて。一度会社に勤めたんですが、将来スポーツトレーナーになりたくて、今は整体とマッサージの専門学校に行ってます。まあ、ここは実地で勉強もできるし、割のいいバイトってところですね」

 私の問いかけに答えた後、逆に久保山君が尋ねてきた。
「でも、その、お客さん。ここ、一応風俗店ですし・・・、何やってるか御存知で、僕みたいな男性トレーナーを選ばれたんですか」
「マッサージは久保山君みたいな力の強い人が上手なんだろ。専門的に勉強してるならなおさらだろうし。あっちの方もやってくれるって話しは聞いたけど、男同士だしねえ・・・。まあ、女房亡くしてからこっち、ずいぶん溜ってはいるんだがね」
 私が笑いながら答えると、彼もほっとしたかのように話しかけてくる。
「ああ、御存知だったんですね。でもよかった。お客さんみたいな人、すごくうれしいです。酔っぱらってる人なんか、自分で頼んでおいて、なんだ男かってどなられるし、ひどいときには金返せって、怒って帰ってしまう人もいますからね」

 温風はあっという間に首元まで行き渡り、私の額からも滝のような汗が流れ始めていた。
「そろそろ汗も出てきたみたいですね。出てもらっていいですよ。こちらで身体を洗いますから腰かけてください」
 スケベイスというのだろう、ソープでよく見る尻の割れ目の部分にくぼみのついた椅子を、シャワーで暖めながら彼が言った。

「お客さん、お客さんていうのも失礼な感じですから、お父さんって呼んでいいですか。お父さんこそいい身体されてて、なにか運動やってたんじゃないですか」
 久保山君が、腰掛けた私の背中を力強く流しながら話しかけてくる。誠実そうな彼の人柄に安心したのか、自分の方もついつい饒舌になってくる。