重森大介氏 - 三太 共作作品

「褌祝」~褌で繋がった男たち~

第五章 俊夫と俊彦

 

 俊彦は叔父の俊夫のことを頭に描くとき、これまでとは違う感覚を抱き始めた。

 30歳という年齢になるまで、男とはもちろん、女とのセックスを経験したことがなかったが、この歳になってようやく自分の中に、男に性的に興奮する自分を発見した。

 田中を見習って、自らの将来設計をきちんと考え、それに向かって進むために実家へ今度の休みに帰省することとした。

 

 翌週は旧盆の8月15日を挟み、俊彦の休みは4連休となっていた。

 これといった予定もなく、日頃から他のスタッフの代わりに休日にシフトを受けたりしていた代償として、たまたまではあったがまとまった休みがもらえていたのだ。

 独り身で、ほぼ仕事と柔道に明け暮れる日々を送っていただけに、4連休と言っても特に予定もない。

 これを幸いにと急いでネットで切符を予約すると、実家に電話をする。母が出た。

 12日の夜に着くこと、できれば迎えをお願いしたいこと、16日までいること、そして、叔父の俊夫に時間をとって欲しいことを伝えた。

 

 帰省した当日は、父が迎えに来てくれた。

 何年振りかに会うためか、随分老けた気がした。家に着くと母が出迎えてくれる。仕事から戻り、大急ぎで夕餉の支度を終えたところのようだった。

 

「おかえり。また大きくなったんじゃない?」

「ただいま。毎日道場に通ってるし、この歳だけどまだ成長段階なのかもね。」

 さりげない会話も久しぶりだった。

 隣に住む叔父夫婦も交え、久々に賑やかな自宅だった。

 

 俊彦は毎朝の儀式で瞼に浮かぶあの叔父と、まさに今、目の前にいる叔父とを比べながら、目の前の叔父に、より一層の男の魅力を感じていた。

 

 夕食も終え、玄関先へと見送りに出た俊彦に、叔父がそっと耳打ちをしてきた。

 明日夜、“悠久庵”に席をとってある、兄である俊彦の父にも自分の妻にも、俊彦と二人だけとは伝えていないから、その積もりで来るようにとのことだった。

 

 二人だけでの、秘密の時間。

 

 久々に自宅でゆっくりくつろぐつもりの俊彦だったが、叔父がこっそりと伝えてきたその言葉に、自分の心がこれほど胸躍るものとは思いもよらなかった。

 

 翌朝、毎日の儀式をいつもどおり済ませると、裏の畑に出かけてみた。

 そこには、まだ夜が明け切らない早朝にもかかわらず、もう水遣りに精を出している叔父の姿があった。

 相変わらず六尺褌一丁だった。目の前で見る叔父のその姿に自らの男根が熱り勃ったことで、俊夫への思いは確信に変わった。平静を保つのがやっとだった。

 

 その日は時間が流れるのがとても遅く感じた。ようやく陽が傾き始めた頃、それでも叔父との約束の時間にはまだかなりあったが、久しぶりに故郷の街を見たくなり、早めに家を出た。

 なにも変わらない街並みが、俊彦を過去にタイムスリップさせたようにさえ思えた。

 中学高校時代、仲間とよく通った喫茶店、本屋、お好み焼き屋……ただ毎日が楽しい日々だった。その視界に、俊彦が柔道を始め、高校卒業まで通った道場を捉えた。

 久しぶりに畳の感触が味わえたら、と思い近くまで寄ってみる。

 人の気配がした。

 松本師範と叔父の俊夫だった。

 

 叔父が55歳、師範は確か70歳になっていたはずだ。

 二人は技を掛け合い、機敏というより、相手の動きを素早く捉え、的確に技を繰り出していく。熟練を越え、もはや老練とも言える二人の柔道に、俊夫はただただ、視線を凝らした。

 俊夫の方に勝負あり、と思った瞬間、二人は一礼し、お互いを讃えるように抱き合った。その抱擁は一定の時間続いたかと思うと、どちらともなく、二人の姿は更衣室に消えた。

 その後ろ姿は、垣間見ていた俊彦の脳裏に焼き付いた。

 二人の背中に、俊彦は言葉では言い表せない、何かを感じた。それが何かはその時はわからなかった。

 

 どこか興奮した気持ちそのまま、そしてこのあとあの叔父と二人っきりの時間を過ごすことに高揚感を抱きつつ、俊彦が指定された“悠久庵”に着いたのはようやく日も傾き、ヒグラシがあちこちで合唱し始めた頃だった。

 部屋に通されると、すでにそこには俊夫の姿があった。

 

「よっ、悪いな、先にやってたよ。」

 俊夫はビールを飲みながらくつろいでいた。

「随分早いんだね。俺も早いと思いながら待ち遠しくてきたんだけど。稽古の後のビールはさぞかし美味しいんだろうね。」

「ん? 俺が稽古帰りってこと、何故知ってるんだ?」

「早めに家を出て久しぶりに街をぶらぶら散歩してたんだ。道場も見たくてね。誰もいないと思ったのに、音がしたから覗いてみたんだ。」

「そうだったのか。師範、相変わらずだっただろ? 俺もまだまだだよ。いい汗、描かせてもらったよ。それはともかく、早速乾杯といくぞ!」

 俊夫の発声で冷たいビールグラスを合わせると、二人は一気に飲み干した。しばし、思い出話や柔道の話に花を咲かせたが、ほろ酔い気分になった頃、俊夫が切り出した。

 

「ところで、ところでだ。俺に時間をとって欲しいって、一体なんだ。」

「叔父さん、今日はせっかくの休みなのに急に……、すみません。改めてお礼言います。」

「そんな堅苦しいことはいい。で?」

「他でもない、自分のこれからのことを、誰よりも先に叔父さんに相談したかったんだ。俺、今は柔道整復師としてとても充実してるし、サラリーもまあまあだし、取り立てて将来のことを考える必要はなかったけど、ある人と出会い、その人の人生設計を聞いて感動したんだ。

 で、俺の人生設計は? と自問自答してみた。

 俺、もう30歳なのに、まだ一人もんだし、地に足がついてないっていうか、このままだと、俺って単なる社会の歯車に引っかかってるだけじゃないかって。

 そんな時、治療に携わってるある患者さんのケース会議があってね。その人って二代続いた事業の後継者がいないまま介護が必要になって事業を畳んだんだ。

 奥さんを先に亡くして、子供たちはみな独立してしまっていて、だれもその人の世話をしようとしない。

 それ聞いた時、俺、山本家の将来を垣間見たような気がしたんだ。

 今はまだ叔父さんも元気だし、いいかもしれないけど、もう10年、20年も経てばこの人と同じことになるんじゃないか。我が家にも、叔父さん家にも、誰もいなくなる。

 農場も誰も耕作する人がいなくなる。

 叔父さんも、親父も、一体誰が支えるんだろう。そう考えるとなんか、居ても立っても居られなくなって。

 そう考えてると、叔父さん、俺のこれまでの大事な時にいつもそばにいてくれて、アドバイスしてくれたんだよなって。

 親父以上に俺のこと構ってくれたよね。俺、それってとても嬉しかったんだ。

 だから褌だってあれからずっと今も締めてるし、柔道だって。

 ……だから、山本家を継ぐのって、俺しかいないって。これって、叔父さんが一番望んでたことじゃないかって。ほんと、今更になってだけどようやく気づいたんだ。

 俺、叔父さんの跡を継ごうと思う。そのことをまずは叔父さんに聞いて欲しかった。そして、あと……」

 

 ここまでは酒の勢いもあってスラスラ言えたけど、その次をどう切り出していいか……。そして、俊彦は目を真っ赤にして、

「叔父さん、俺、叔父さんが、叔父さんが……。

 俺、叔父さんが憧れだった。男として叔父さんのようになりたいって、いつも思ってた。

 そんな叔父さんに一歩でも近づきたくて、叔父さんはいつもそばにいてくれて、見守ってくれて、進むべく道も教えてくれて、俺……」

 

 ここで俊彦は言葉を無くしてしまった。

 この先は、言えない。どう言ったらいいか、分からなくなった。

 

「俊彦、ありがとう。ありがとう……」

 叔父の声も震えているようだった。

 

「俊彦、お前のいう通りだよ。

 俺はな、お前に山本の家を継いで欲しかった。

 それはお前が生まれた時に、もうそう心に決めていた。

 お前は俺そのものだって、明確な理由はないけど、お前は俺を継ぐ奴だって、そう思った。

 もちろん、兄貴にも言ったさ。兄貴もそれでいいと言ったよ。

 だから名前だって俺の一文字をとって俊彦って名付けてもらった。

 進学で上京する時、俺は我が身を割かれるような思いだった。お前を手放したくない、いつも手元に置いておきたかったからだ。

 でも、大人になるお前を俺一人のものにしておいてはいけないと思った。きっといつかは分かる日が来る、そう信じて待っていた。

 ちょっと時間はかかったけど、うれしいよ。あー、今日はいい日だ。さ、飲もう飲もう。」

 

 叔父の満面の笑顔を見て俊彦はホッとした。

 ホッとしたと同時に、叔父への思いがより一層強くなった。

 なんとしても、今日のうちに自分の思いを伝えておきたい。でも……ふとその時、さっき道場で垣間見た叔父と師範の二人から感じた何か。

 あれは、ひょっとして……

 

 叔父と師範、自分と叔父。

 その感じた「何か」を確かめようと、俊彦が話を切り出した。

 

「俺、ほんと、恥ずかしい話だけど、実はまだなんだ。」

「まだって?」

「……」

「もしかして、筆下ろしのことか?」

「……」

 

 俊彦の沈黙に、年長である俊夫が悟ったようだ。

 

「ま、今どき天然記念物ものかも知れんけど、いいじゃないか。いい相手との出会いって、運命だからな。いつか来るさ。」

「かもしれない。でも、俺、それより……」

「それより?」

「俺、俺……。

 叔父さん、笑わないで聞いて欲しいんだけど、俺がセンズリする時、思い浮かべる人がいるんだ。

 それが、それが……、叔父さんなんだ。

 俺、毎日のセンズリのとき、たくましい男の人の褌姿がいつも目に浮かんできて、その人のことを思いながらセンズリをしていたんだ。

 ついこの前までそれが誰かはわからなかったんだけど、分かったんだ。

 それが叔父さんだって。」

 

「……ひょっとしたら、お前……、その、俺と、同じ、なのか?」

 俊彦の告白に、俊夫が先ほどの嬉しさを表した表情を引き締め、問い直す。

 

「同じっていうと……?」

「俊彦、これは誰にも言うまいと固く決めていた。

 もちろん、家内も、娘たちも、お前の親父も知らない。

 自分の、このことは、棺桶にまで持っていくつもりだ。

 俺は、男がいいんだ。」

 

 俊夫にとっても、意を決した告白であった。

 

「……そうだったんだ。

 教えてくれてありがとう。叔父さんがそこまでいうなら、俺のことも。

 さっき、センズリの時、叔父さんを思い浮かべるって言ったけど、ずっとそれが誰か分からず、褌姿の男の上半身だけが見えてた。

 けど、さっき言った俺に人生設計の大切さを教えてくれたある人って、その人ゲイなんだ。自分からそう言ったよ。

 でも、自分がゲイってことに誇りを持ってると言うか、ゲイとしての矜持があるんだ。

 その人とはもちろん、何もないんだけど、でもその人の話を聞いた夜に夢の中に出てきたのは、叔父さんの褌姿だった。

 俺、それで扱いたよ。俺のを。

 それと、さっき見ちゃったんだけど、叔父さん、道場で師範と一緒だったでしょ?

 乱捕りが終わって抱き合った二人を見て、なにか違うものを感じたんだ。

 俺はそんな二人が羨ましかった。

 俺も叔父さんとそんなふうになりたいと思った。

 そう、俺って……」

 

 言葉を探そうとしている俊彦を遮って、俊夫が吐露する。

 

「そうか、お前も…俺と同じなんだな。

 師範とのことは、お前が見たとおりだ。お前が感じたとおりだ。

 師範と俺が特別な関係になったのは、俺の褌祝の時、そして、俺が二十歳の時、俺と師範は結ばれた。それ以来、俺は師範とだけ、師範も俺とだけ男同士の情交をしてきた。

 師範は俺にとても気を遣ってくれた。師範は俺のことを独り占めしたいと思っていた。だが、俺には山本家を継ぐ使命があった。そんな俺の立場を、いちばん分かっていたのは師範だったんだと思う。

 だから、山本家を継ぎ、次代に渡すために、師範は俺に結婚を勧めた。

 その後はお前も知ってのとおり、俺には娘3人いるが、3人とも山本家を継ぐことなく、嫁に行ってしまった。それは、俺の思いだけではどうしようもないことだ。

 だが、山本家にはお前がいる。山本家を、俺を継ぐのはお前だ。俺はそう確信している。お前にも俺と同じように嫁を迎え、山本家の後継者を作ってほしい。

 そして、俺と、俺とだけで、俺と師範とのように男同士の秘め事を共有し合う間柄になってほしい。

 これは、本当に俺の勝手な願いかもしれない。

 だが、俺は師範との出会いから今に至る関係が、俺にとって、どれほど素晴らしいことだったかと今でも思っている……。

 俺はこの思いを、お前にも引き継いでほしいんだ。」

 

 

「叔父さん、そんな大事なこと教えてくれてありがとう。

 ほんと、ありがとう。

 そして、もし俺の願いが叶うなら、俺、叔父さんと……」

 

 二人の間に、秘密を共有したものだけに感じることが出来る、熱い思いが通い合う。

 

「お前がそこまで言うなら俺も言おう。

 俺はお前のことをとても大事に思っていたのは、単に跡を継いで欲しいからだけじゃなかった。

 お前を俺のものにしたかった。お前のすべてを俺のものにしたかったんだ。

 もちろん、褌祝をすぎる頃までは単に可愛いだけだったが、大人になっていくお前を見るたびに、俺は……。

 覚えてるか? お前がまだ小学3年か4年だった頃、お前を抱っこした時、固くなった俺のものをお前の体に押し付けたことを。

 あれは俺自身で、おれの分身で、お前に刻印を押したんだ。本当は直接肌に触れたかったけどな。

 お前にはまだわからなかっただろう。

 だけど、男が自分の狙ったものを欲しいと思った時のサインだと言ったはずだ。それは、お前のことだったんだ。

 だから俺も言おう。

 俺は、お前を俺のものにする。男としては、俺だけのものに。」

 

「叔父さん……」

 

 二人はじっと見つめ合う。

 誰も来ない座敷で、二人の男たちはしっかりと両手を握り合った。

 

「明日朝、6時に作業小屋に来い。そこで俺は毎朝、禊をしている。

 その時に、本当なら一人でする禊をお前とやりたい。

 いずれ、こっちに戻ってきたら、その禊は二人でする行にしたいんだ。禊もお前に跡を継いでもらおう。」

 そう言うと、思いの丈を打ち明けあった二人は、今後のこと、二人だけで見ていく夢を語り合った。

 

 翌朝、約束どおり俊彦は午前6時にまだ少し前に作業小屋に行った。

 叔父はすでに作物への水やりをしていた。

 六尺褌だけの叔父の肉体は、相変わらず逞しく、赤茶色に焼けた素肌は汗で光っていた。朝日を浴びたその裸体は、俊彦にとっては仏を守る守護神を彷彿とさせた。

 俊彦もシャツと短パンを脱ぎ、褌姿になった。

 二人を並べれば、それは阿吽の金剛力士像に見えたはずだ。

 俊彦は少し遠くからじっと俊夫を見つめ続けた。

 俺がなりたい、あこがれていた叔父と俺は、今日のこの日、一心同体になる。

 

 やがて俊夫は水遣りをやめ、作業小屋に向かった。それを見計らい、俊彦も作業小屋に向かった。

 小部屋の入り口に俊夫は立っていた。俊彦の存在を悟ると俊夫は手招きをする。

 

 二人は禊屋に入る。

 二人とも言い合わせたように、オーシャンブルーの青海波の六尺褌を締めている。

 逞しい裸体が並び立つ。

 

 いつもは一人の行だが、今日は二人だ。

 

 俊夫は俊彦に向かい合わせになるよう指図する。俊夫が褌を解くと、俊彦もそれに倣った。すでに硬く勃ち上がったそれぞれの男根は、ようやく解放されたかのように熱く息づき、心臓の鼓動と同じ動作を繰り返していた。

 全裸となって向かい合い、その場で正座になる。

 俊夫の目は、俊彦を鋭く射抜く。俊彦は俊夫がこの禊に込めた思いをその視線から受け止める。

 やがて、俊夫の鈴口から透明の液体が滲む。俊彦のそれも同じように露を滲ませ始める。

 

 俊夫は互いの想いがほぼ限界まで高まったことを確認すると、正座をしている俊彦の膝頭を掴んで脚を開き、股間への侵入通路を確保すると、右手で俊彦の男根を掴み、扱き始めた。

 ゆっくり、優しく……。

 

 俊彦は脳天に突き刺さる快感に浸りつつ、されるがままにした。

 やがて俊彦の睾丸が体に吸い込まれる。

 俊夫は俊彦への扱きの手を止める。

 

 しばしの時間を置き、俊夫は俊彦の男根を再び扱き始める。俊彦には何もしないように指図し、扱きの動きを早める、より強く、より早く……。

 

 俊彦の男根が一層その硬さを増し、亀頭の赤みが強まった瞬間、俊夫は俊彦の亀頭を咥えた。

 

 すぐに俊彦の男根から白濁液が俊夫の口内に発射された。

 白濁液は俊夫の喉を二度、三度と突いたあと、徐々に放出は鎮まった。

 俊夫はそれを一滴残らず飲み干し、鈴口を綺麗に舐めあげ、元の体勢に戻った。

 

 しばらくの間、目を閉じ、息を鎮めると、今度は俊彦に自身と同じ行為をするよう伝えると、再び目を閉じその瞬間を待った。

 

 俊彦はこれまで自分の男根しか扱ったことがなかった。果たして自分に俊夫と同じことができるか戸惑った。

 が、ここで止めるべきではないことを悟っていた。その思いは無言ではあるが、俊夫から確実に伝わり、二人の間で一致した。

 

 俊彦は深く長い息を一息ついたあと、俊夫の膝頭を掴み、脚を広げた。

 二本の脚の付け根に重力に反して天を突き鼓動する男根と、一方で重力に従い重く垂れ下がった双球が鎮座していた。

 俊彦は息を呑んだ。

 早朝の陽光を浴びて赤黒く光る亀頭、その先からは透明な液体が滴っている。まるで鈴口が滝口で、その滴りは滝のようにすら思えた。

 俊夫の男根は、それに触れることすら烏滸がましいほど、光り輝いている。不動明王が持つ三鈷剣のように見えた。

 

 俊彦は恐る恐るその起立する男根に手を添えた。そして、握った手を上下させてみた。僅かながらぬるっとした感触だった。そしてそこからは、熱い俊夫の思いが伝わった。

 徐々に上下運動を強く、その幅を広げていくと、俊夫は、嗚咽にも似た喘ぎともつかぬ声を漏らした。

 俊彦は俊夫の男根への扱きをさらに続けた。俊夫は俊彦にはしなかったが、俊彦はもう一方の手で俊夫の双球を握ってみた。ずっしりと重く、陰嚢の中で蠢く睾丸は果実の種のように重なり合った。

 

 俊彦の手は、鈴口からの滴りも加わり、その粘度をさらに増し、扱ぐ手の潤滑油になった。さらに強く扱き続ける。双球は徐々に体内に吸い込まれていったかと思うと、亀頭の赤みがさらに増し、男根全体が一瞬膨張した。

 その瞬間が近づいていることを俊彦は悟り、俊夫の股間から手を離した。

 

 二人の荒い息だけがその部屋を満たした。窓から注ぐ陽光はさらに強くなり、2人の汗ばんだ肉体を照らした。

 その刹那、俊夫は目を開け、頷くとまた目を閉じた。

 絶頂の一瞬を迎えたい、俊彦はそれが俊夫の精の放出を待つサインだと感じた。

 

 俊彦は再び、俊夫の男根を扱きはじめた。ゆっくりと、優しい動きから徐々に強く、しっかりとした動きに導いた。その動きに、自身の俊夫への渾身の思いを込めた。

 

 やがて俊夫の男根が膨らみを増した。その変化を直ちに読み取った俊夫は、俊夫が俊彦にしたことと同じように、俊夫の男根を頬張り、今度は口での動きを加えた。俊夫の男根の鈴口を、俊彦の喉の奥に突き刺さすかのように吸い上げた。

 

 俊彦にとっては、生まれて初めての行為だった。

 自慰行為以外の経験のない俊彦だった。俊夫に導かれているとしか思えなかった。

 その初めての行為に、俊彦は夢中になっていた。

 

 その瞬間、俊夫の男根は一層の膨らみを増したかと思うと、俊彦の喉奥深くへ俊夫の精が放たれた。俊彦の喉深くを突くその放出は、いつ止まるかとも知れず続いた。

 「ウッ…」

 それは俊夫が漏らした嗚咽だった。

 俊彦はふと俊夫の顔を見上げると、目尻から一筋の涙が溢れ出すのが見えた。その涙はスーっと頬をつたった。

 

 俊彦が初めて味わったその精の味は、ほろ苦くも、成熟した大人の味がした。

 俊彦は俊夫と一心同体になった、俊夫のすべてを自身の体内に収めたかのような思いに満ちた。

 

 ことが終わった。俊夫は俊彦に告げた。

「昨日まで俺は40年間欠かさず、ここで、この小屋で、1人だが、この行を行ってきた。

 師範と、師範の心に生き続ける大切な人に捧げる行だった。

 これからは、お前と二人の行にしたい。

 お前と、お互いの命が尽きるまで、お互いの男を確認し、男を磨くために、続けたい。いいな。」

 

 俊夫の覚悟とも言えるその言葉は、確実に俊彦に伝わった。

 先ほどのあの涙の意味するところを俊彦は確実に読み取った。

 俊彦のこの先、俊夫と共に歩むこれからの人生の確実な一歩が刻み込まれた。

 

 俊彦にとって、短い夏休みが終わった。

 俊夫にとっても、自身の後継者ができた喜びと同時に、これからは俊彦と男同士の交わりができる悦びも加わった。

 

 いつもの生活に戻る俊夫と俊彦。

 俊彦は年内には東京での生活にピリオドを打ち、山本家の跡を継ぐための農業の、また柔道の修行を始めることになるだろう。

 俊夫は若い俊彦との情交に胸を躍らせたが、何もかもを独占してはいけない。利夫が俊夫を導いたように、俊彦には山本家の後継として、嫁を迎え、さらに次代の後継者を儲けてもらわなければならない。そう導かねばならないという責任感を新たにした。

 俊彦はそれに従うはずだ。

 と同時に、二人の絆と二人だけの秘め事は、命尽きるまで続く。

 あの、お互いを繋いだ六尺褌の、オーシャンブルーの青海波のように…

 

 二人で、二人でなら、いや二人でしかできない新たな人生を歩み始められる。

 そう強く思っていた。