昭和39年夏 出稼ぎ親父

その2

 

05

 

「ぼんずもがも※おっ勃てたあくらいはしかたないず。若い兄ちゃはそういうもんだ。何より元気な証拠でっしゅう」

 親父さんは先走りで一面濡れている状態の越中の膨らみを、俺の顔にくっつくほど近づけながら急須に湯を注ぐ。

 目の前の黒々と濡れた膨らみから微かな小便と汗の匂いに混ざって、明らかな栗の花の匂いが浮かび上がる。

 

 親父さんは、茶をすすりながら、田舎の家族の話を始めた。それは思いもかけず、俺と真逆の立場のような話だった。

 

「わしにも、実は息子が一人おったけえ、ぼんずの裸さ見っだら、まんず息子さ思い出す」

「おったてこた、もういねえのけ? なして?」

 俺はおそるおそる聞いてみた。

「戦争が終わったのが、俺が35のときだんべ、その5年前によ、結核の疑いがあって徴兵は免れたがよ、実は藪医者の誤診だったんだず」

 外はもう雨が上がっていて、湿気がもわっと路地から部屋に入ってきた。

 

「俺もおがしい、おがしいと思ってたんだ。咳は出るけんど、食欲はあるしよ、痩せねえし、毎日せんずりかいて汁飛ばすほど元気だ。そのうち咳も治まってな。田んぼに囲まれているうちにいつの間にか戦争も終わったはあ」

「もう兵隊に取られることねっがら、早くかあちゃんさもらえ、もらえて周りが言うからよ、仕方なしに旦那が戦死して母一人、子一人になった隣村の親子さ嫁と息子に来てもらうことにしたんだ」

 

「息子さんはそのときいくつだったんけ?」

 

「10歳だべしたあ。まんず、めんこい、まるまると太い玉みてなおのこでの」

 

「俺に似てたんだべ?」

 

「んだよ。笑うと目さ無くなるんだず。丸くてのう、いつも笑ってたはあ」

「父ちゃん、父ちゃんてよ、すぐに懐いてはあ、俺の褌の紐引っ張って、どこにでもついて来るべ、めんこくてえ、ほんなわしの子だと思うことさ決めてよ。周りもよく似よったのう、って認めてくれてな。一緒に歩いていると、本当の親子にしか見えなかったず。背格好も顔も歩き方も、話し方も何から何までそっくりだったず・・・」

 

 俺は二人が並んで歩いている姿を想像した。俺の場合は立場が逆だったが、やはり父と子でよく似ていると近所では有名だった。

 

 窓の外からは、ときどき三輪トラックの音が聞こえてきた。テレビを買ったばかりなのか、近所から明らかにプロレス中継だと分かる、力道山への声援が聞こえて来る以外は、商店街の裏通りは夜の8時を過ぎると急に静かになった。

 その分親父さんの話が生々しく響き、自分の呼吸も荒々しくなるのがよくわかる。

 

 

06

 

 親父さんの話というのは、なんとも言えない本物の男親と息子の話しであった。

 性的な内容も含まれるがそれも含めて単なる親子の情愛の一つの表現に過ぎないと、勇太は感じた。男同士が酒を酌み交わして、連れションをして、素っ裸でお互い大の字になって寝るような、仲の良い親子の延長線上にあるに過ぎない。

 

 親父さんは本名を相座(ぞうざ)明利(あきとし)といった。

 小学校から固肥りで、村の相撲大会では毎年優勝候補として名前が挙がっていた。旧制中学校に上がっても、相撲部の大将として全国大会にも出るほどの実力があった。

 母一人子一人の家庭であったため、卒業後は町工場で荷物運びをして家計を助けていたそうだ。

 それも10年ほど経つと町工場は軍事工場にかわり、飛行機の部品などを製造するようになる。朝から夜中までの過酷な労働環境から、やがて30歳のときに過労で倒れる。そのときに診察した医師が結核だと誤診したのは前述した通りだ。

 

 戦争が終わり、隣村の後家さんを娶り、母親と4人で暮らしたのもつかの間。

 昭和25年に嫁さん、母親と相次いで、今度は本当の結核でこの世を去り、父一人息子一人の家庭となった。

 幸い仕事は自営業を始め、小さいながらも町の八百屋を営むことができた。

 

 10歳で息子となった彼は15歳になっていた。体格も、血の繋がりは無いのに父親にそっくりに育ち、二人歩いていると兄弟のようだったそうだ。

 息子の名前は相座修平。

 親父さんは「しゅう、しゅう、」と呼んで可愛がり、どこに行くのも一緒だった。

 修平の方も最初から「父ちゃん、父ちゃん」と親父さんを慕い、家の家事一切を切り盛りして家業を助けた。

 

「修平はよく働いてのう、そして、よく懐いてくれだずなあ」

「風呂に入るのも一緒、飯も一緒、寝るのも一つの布団だべした? 本当の息子以上に情が移っての。いつも腕枕をしてやった。修平も俺にしっかりしがみついてのう。俺の胸に顔を埋めて、それから、俺のがもを大切そうに握りしめて寝るんだず。最初は何すべか、おめえは父ちゃんの男のしるしを握って、と手を払いのけようとしたんだが・・・」

「父ちゃん、堪えてけろは、こうして父ちゃんの胸の匂いさ嗅いでよ。父ちゃんの太え大人のちんぽさ握りしめて寝るとよ、落ち着くんだあ。俺の小さいときに本当の父ちゃんが戦争に行ってよ、父ちゃんの匂いとか、ちんぽとか見たことねえした。だが、俺にもこんなにいい父ちゃんができたべ。嬉しくてよ。お願えだから、父ちゃんを感じさせてくれや、父ちゃんにならなんでもよ、正直になれんだ」

 

 そこまで慕われては無下に拒絶するわけにはいかなかった。

 秋利は父として思春期の息子に必要な存在であったし、独り身の明利にも修平はかけがえのない存在だった。

 

「あるときよ、店じまいさして、部屋に戻ると、俺の越中褌がよ、きちんと畳まれて、積まれていたんだべした。俺はバツの悪いことといったら、まんず恥ずかしかったす。その日は修平が学校さ行った後によ、どうもムラムラがおさまらなくてなあ。茶の間で久しぶりにセンズリさかいたんだ。そしたらよ、久しぶりだったもんでよ。まんずほだいな信じられねえくらいの雄汁さ部屋中に飛び散ってよ。ほんな話慌てたず。部屋の隅々まで、白い汁の飛沫が飛んではあ、雑巾さも見当たんねかったしな。急いで俺が履いていた越中褌で、部屋中拭いてよ、後で洗うべえと思って押入れの中さに丸めて押し込んだんだず」

 

 親父さんの話はドキドキする内容に変わっていった。

 俺は興味津々で話の続きをせがんだ。

 

「そしたらよ、修平が毎日洗濯してくれる一枚だけの越中が二枚綺麗になっていたべ。もしかしたらと、押入れの中さ探した。案の定、精液でびしょびしょになった越中はよ、綺麗になって茶の間に置いてあったんだず。まあ、まんずこっぱずかしいことさねえした」

 

 それからの親父さんの行動と息子さんの反応が気になった俺は、その後の二人の関係について、尋ねてしまう。

 

「修平はよ。何にも言わずにいつも通りに飯を用意して、いつも通りに食って、いつも通りに風呂さ沸かしてくれたさ。そこが、あいつの優しさだな。親父の汁まみれの褌を手洗いなんて嫌だったろうに、文句ひとつ、愚痴ひとつ言わずに洗っておいたんだ。良い子だべ。そんでもよ、俺はなんだか申し訳なぐてよ。一緒に風呂さ入るときに、遠回しに聞いたんだず」

「おめえもよ、毎日洗濯つらかんべ、父ちゃんの下着まで洗うのはしんどいけ? お前は自分のだけ洗えば良いからの。父ちゃんは自分でできるからよ」

 すると、修平はびっくりした表情で、こう言った。

「父ちゃん、何言ってんだ? 親子なんだべ。一緒に洗濯するのは当たり前じ」

 

「もしかしたら、父ちゃんは自分の汚れた越中を気にしとるのか? 父ちゃん、俺だってもう16だ。センズリも知っとるし、男の生理も分かってるず。なあに俺に遠慮なんかするか、父ちゃん? ちいとも父ちゃんの精液を汚いと思わねえず、お互い男だべした。センズリするのも遠慮する仲さになんかなりだぐねえ。父ちゃん、屁こくとき、俺に遠慮するか? 俺の前でゴツい音鳴らしてこくべ? 小便も並んでするのは恥ずかしいか? センズリも同じじゃ、男同士だからよ、センズリさかきたくなる気持ちもわかるしよ、後始末も汚いもんじゃなかろう。父ちゃん水くさい、悲しい」

「父ちゃん、遠慮なく、俺の目の前でセンズリさかいてけろは。見せつけるくらい堂々としていてほしいんだず。俺も父ちゃんの前でセンズリさかくの平気だ。だから、俺たちに遠慮はなしにしてくれや。俺は本当の父ちゃんだと思うとるぜ」

 

 そこまでの話しを聞くうちに、俺は号泣していた。2人の間に流れる気持ちの交流に涙は止まらなかった。

 親父さんもまた、話しながら泣いていた。

 

 涙を流しながらも、親父さんの話は続く。

 俺たち親子の間には、血の繋がりのある親子以上の信頼関係と情が固い絆となった。という話だ。

 

 

07

 

 俺はなおも興味のあることが聞きたく、質問した。

「それで、親父さんは、息子さんの前でセンズリさかいたのけ?」

 

 親父さんは待ってましたとばかり、意気揚々と話を続けた。

 

「そうだ、そうだ、ぼんずも越中締めてるのを見て、あれこれ思い出してのう」

「俺と父子二人暮しになってから、修平は俺と同じ越中褌を締めたがってな、父ちゃんの使い古しでいいから締めさせてけろ。とせがむんで、まさか俺の薄汚れたもんを使わせるわけにもいかねえべ? んだからよ、新しいものを買ってきたんだが、あいつはどういう訳か、黄ばんでよれよれの古いものを選んで、どんなにやめれ、と言っても俺のはき古ししか締めねえんだ。なしてだべ、とずうっと考えていたら、その訳が分かる日が来たず」

 

「次の日、一緒さへいろ、と修平が風呂さ沸かしてよ。湯船に浸かって、いたら、修平が俺の股座ばかりじっと見つめてよ」

「父ちゃんは幾つのときにセンズリさかくの覚えた?」

 

 屈託のない笑顔で聞いてきた修平の心遣いがいじらしくなって、親父さんは夢中になって話し出したと言う。

 

「そうかあ、修平ももう立派に下の毛さ生えそろったなあ。父ちゃんが初めて精液さ出たのは、小学校6年の夏休みだったさな。そりゃ初めてたべ、何も知らねえおぼこだったんで、まんずびっくらこいてなあ。病気さ思て、先生さ相談したあ」

 

「自分の手で出したのと違うのけ?」

 

「違う違う、夏休みによ、川さ泳ぎに行くべえって誘われてな、目立つように赤い褌さ締めていけって、おろし立てのごわごわした赤い木綿の六尺褌さに締め変えて行くことになったんだず。んだともよ、新しいのと、俺がえらく肥えていたんでな、短くてよ、それでもぎゅうぎゅう無理やり、ちんぽと金玉さ前袋さに押し込み、歩いて行ったんだわ。長い道を歩いているとよ、ちんぽと六尺が擦れて、なんとも気持ちよくなってきてな、川について気づいたら、褌の前が染みになって濡れていてよ、なんだかベトベトするしよ、小便漏らしたと思われると嫌で、急いで川さ飛び込んで、川ん中でこすって落としたんだず」

 

 修平はそれを聞いて笑いながらも、愛おしげに父親の太いちんぽを見つめ直した。

 

「んでよ、川で泳いでいるうちにすっかりそのことを忘れとったら、2、3日して母ちゃんから学校の先生さとこへ、うちで取れたスイカ持ってけえ、って言われてな、重いスイカさ腹のとこさ抱えて宿直の先生に食べてもらいに行ったず。んでな、そのとき、スイカが、ちんぽに当たるたびにちんぽが大きく固くなってよ、川さのときのことを思い出したんだ。また何か出そうな感じでな、ちんぽが小さく戻るまで待ってから、学校に向かった」

「そいでよ、40くれえの汗とタバコ臭いよう肥えた先生がよ、スイカさ井戸水につけてから、一緒に食べてけ。てよ、冷えるまで待つように言うで、待っている間に褌に漏らしたもんについて質問したんだ」

 

 俺はもはや、修平以上にかなりの好奇心で聞き漏らすまいと、親父さんの子供の頃の話を修平と同じ立場のつもりで聞いた。

 

「したら先生はよ、そりゃ精液というもんだ。男は大人になったら誰でも出るもんだから、心配するでねえよ。と言ってな、にやにや笑いながら、おめでとう、おめえは、図体さでけえんで、まわりのやつより成長が早いかもしれねえな、って言うべ?」

「俺は精液ってなんだべ? と尋ねたらよ、それは赤ん坊のもとになるもんで、それがおなごの腹さへえると赤ん坊になるんだって言うだが、どうしても信じられなくてよ」

「俺は『うそだず。あんな寝小便みてえなんが、人間になる訳ないべした。俺はきっとちんぽが腐る病気なんだず』と言って絶対信じようとはしなかったよ」

 

 どんなに説明しても納得しない親父さんに困り果てた先生は、何か決心したらしく、水泳の時間に締める赤い褌を持ってきて綺麗に伸ばして畳に広げたようだ。

 ここから先は、そのときの先生と親父さん、さらには息子の修平との会話だ。

 

 

08

 

「おめえ、そんときちんぽが気持ちよかったか? ちんぽが大きく固くならなかったか?」

 先生がランニングシャツとステテコを脱ぎ捨てて、素っ裸になりながら尋ねてきた。

 俺は何するんだべと思いながら

「ちんぽは大きくなったような気がするけんど、気持ち良いってなんだべ、むずむずする感じけ?」

 すると、もっさり生えそろった胸毛から、腹の毛に汗を垂らして、だるまのような身体の先生は赤い褌の上にどっかとあぐらを組み、ちょうど握りこぶしほどもあるまるまる膨らんだ金玉の真下に赤い布がくるように、こちらに股ぐらを開いて見せた。

 大人の男の睾丸の迫力に圧倒されながらも、先生のちんぽを観察するように言われて、俺は四つん這いになり、先生の黒々としげる股ぐらに顔を近づけた。自分の股間と同じ匂いと同時に、明らかに若い自分の股間とは違う濃厚な男の匂いも感じられた。

 

「いいか、おめえが信じられねえって言うからよ仕方なしに、先生が精液を出して見せてやるからな。自分が出したものと比べて見ろ」

 そう言うと先生は太い指で太いちんぽを握りしめた。

「いいか、まずは、ちんぽの大きさが変わるからな」

 

 右手でちんぽを握り、上下させながら、左手でその下のでかい玉を撫で回しはじめる。

 すると、みるみるうちに先生のちんぽは大きさを増し、血管を浮き上がらせて固く上を向いた。

 先生のしごく速さが徐々に速くなるのに合わせて、先生の息づかいも速くなった。目を細めて気持ちよさそうに、玉を鷲掴みにして俺に男を見せつける。

「こうして、しごいているとちんぽが気持ちよくなる。そしてな、どんどん気持ちよくなると最後に小便が出るように出したくなってな、精液が出るからな。もうすぐだ、よく見ておれ」

 そう言うと、おうっおうっと吠えて、出るぞ! と叫び、赤い布めがけてどぴゅっどぴゅっと数回にわたり、白く粘り気のある液体を出して見せた。

 

 それは明らかに小便とは違う何かだったが、自分の出したものと同じものかどうかの確信が持てなかった。

 

「どうだ、おまえのと同じものか?」

「よく分かりません」

 自信の持てない俺は、男の性の一面を見て圧倒されていたのだと思うのと、自分のちんぽも大きく固くなったのが分かり、衝撃を覚えていた。

「そうか。じゃあ触って見ろは、同じように粘り気があったべ?」

 俺はぬるっとしたまだ温かい液体を指ですくい取り、感触を思い出した。

「たしかにこんな感じだった」

「匂いはどうだ同じか?」

 先生は自分の出した精液を手のひらに塗り、俺の鼻先に近づけた。

 ふわっと広がる青臭い匂い。あの日、下から立ち上がってきた匂いと同じだった。

 

 これが親父さんの射精初体験だった。

 

 修平は自分の勃起した一物を隠そうともせず、さらに質問した。

 

「父ちゃんはそれからセンズリをかくようになったんか?」

「んだ。そのときよ、射精を見せてくれた先生がよ、俺がまたちんぽを大きくしているのを見るに見かねて、俺のちんぽを握り、亀頭の皮をゆっくりめくって、扱き方を教えてくれたからな、唾をつけて滑りやすくするとか、強く扱きすぎないようにとか、寸止めして楽しむこととか。だからよ、すぐに気持ちよさがわかって、その日から毎日センズリかいたず」

 

「さあ、父ちゃんは話したからな、修平、お前は、いつどうやって覚えたんだ?」

 

 修平は決心したように、ぎちぎちに固く勃ち上がった自らのちんぽを父親の顔の前にさらけ出した。

 そして自分のセンズリのきっかけを話し出した。

 

「父ちゃん、父ちゃんと初めて会ったのは、俺が10歳のときだべ?」

 明利は約束通り、恥ずかしがらずに息子のいきり立った陰茎を直視しながら相槌を打つとともに、自分の持ち物も巨大になったのを息子に隠さず、見えるがままにした。

「んでよ、母ちゃんが死んだのは12のときだんべ」

 明利はむしろ、自分のちんぽも息子に誇示するために大きく股を広げて座った。

「母ちゃんがいなくなってから、父ちゃんは俺が寝たのを何度も確かめてからよ、自分のちんぽを握っている俺の指さ丁寧に解いて、今度はゆっくりしごいていたべ?」

 明利はそれを聞いて驚いた。

「おめえ、起きてたのか?」

「父ちゃんはすっかり俺が寝たと思ったかもしれんが、あんなに大きな声を上げてしごけば起きてしまうず」

「しかも、俺の名前を呼ぶからした、俺に用事かと思うべ? 俺は目を開けてよ、父ちゃんなんだべ? と聞いたんだず。そいでも父ちゃんは自分のちんぽをしごいてよ、俺の名前を呼んでよ」

「修平、修平、気持ちいいぞ、いぐ、ああ、いぐ、修平のために出すぞ!」

 

 当時のセリフを話す修平は、流石に真っ赤になって恥ずかしそうだった。

「父ちゃんが俺の名前を呼んで、気持ちよくなっているのはよく分かったしよ。毎晩のようにやってたからよ、やり方まで覚えてしまったんだず」

「父ちゃん、俺はよう、嬉しかったんだず。父ちゃんは俺のことが好きなんだっちゃなあ」

 

「それから俺も父ちゃんがセンズリをかいたあと、精液がべっとりついた父ちゃんのちんぽと越中をさわりながら、布団の中でセンズリをかいたんだず。父ちゃんの見よう見まねだけんどよ。父ちゃんのちんぽの臭い嗅ぐと気持ちよくなってはあ、俺も俺の越中に毎晩のように出してたんだず。父ちゃん、出る。見てけろ父ちゃん!と、よう心の中で叫んで出してたんだよ」

 

 

 息子である修平との話しを終えた親父さんの目は涙で潤んでいた。

「それを聞いた俺たちにはもう言葉などいらなかったず」

「その夜から親子の間に何があったか、毎晩な? ぼんずにも分かるべ?」

 

 蒸し暑い部屋に、濃密な時間が立ち込めていた。街灯の裸電球が時おりちかちかと不規則な点滅をしていた。

 

 

*「がも」・・・秋田から山形の一部では、男の一物を意味する方言。