雄志社大学柔道部

副主将の受難

その2

 

負けた副主将

 

「ありがとうございましたーーっ!」

 

 男達の大声が広い武道館に響く。

 

 1週間にわたって行われていた『雄志社大学・明友大学・柔道部合同練習会』の最終日だ。

 同県内にあり、かねてよりライバル校としての交流も盛んな大学同士、互いの体力と根性を賭けた合同練習もレギュラー5名の団体試合を持ってその全日程を閉じることになる。

 今年の最終試合結果は、雄志社4本、明友1本という、かなり極端な結果に終わっている。

 

「済まん、みんな……。俺がふがいないばっかりに……」

 

 雄志社大学柔道部側、現在の団体戦レギュラーで唯一負けを記録したのは、3回生で副主将である、内柴正也(うちしばまさや)である。

 

 66キロ級は現在の体重別でも軽量級ではあるが、その分集まる選手も多く、全国的に見ても激戦区、といったところだ。

 上背があるわけでは無いが、がっしりとした筋肉の塊であるその体躯は、軽量級の選手の中でも一つ図抜けたものだろう。頭部と変わらぬ太さをもった首を垂れ、部員達の前で頭を下げる。

 インターハイでの優勝経験もある内柴は、これまでその勝利はいずれも立ち技、投げ技にて勝ち取ってきていた。

 

「シバが勝ててりゃ、全勝だったのにな」

 

 悔しそうに言うのは部内でも最重量を誇る、3回生の斉藤司(さいとうつかさ)だった。

 130キロを超す体重は100キロ級、100キロ超級の選手が多く集まるこの明友大学柔道部の中でも、一番の体格だ。

 同学年のよしみか、3回生のメンバーは副主将である内柴に対してもみながみな「シバ」と呼んでいる。下級生達にも「シバ先輩」と呼ばれることも多かった。

 

「まあ、全体の戦績としては言うこと無いんだが、明友の方は半分は2回生だったしな。ただ、シバ、やっぱりお前の固め技苦手な部分はどうにかしないとな……」

 

 その日の団体戦出場メンバー5人と、部内選手全体の体調管理にも気を遣う3回生1人、計5人が集まった幹部反省会。努めて冷静に話しているのは主将であり、内柴とは幼なじみでもある古賀俊彦(こがとしひこ)であった。

 

 73キロ級という階級にしては一回り大きく見える古賀の肉体は、幼い頃から柔道一筋に鍛えてきた賜物だろう。中学高校時よりその実力を存分に発揮し、内柴と共に従来重量級選手の輩出に歴史のある同大学柔道部に取っても、幅広い階級への対応力を開花させてきている流れの立役者でもある。

 

 主将である73キロ級の古賀、66キロ級副主将の内柴の他、100キロ超級の斉藤司、81キロ級の吉田克彦(よしだかつひこ)が、2人と同じ3回生。100キロ級の井上泰成(いのうえやすなり)はレギュラー5人の中での唯一の2回生だ。

 

「シバ……。ちょっとお前のことについて考えてることあるんだが、いいか?」

「なんだよ、俊彦。あらたまって。お前が俺になんか意見するとき、俺が反論したことあるか?」

「まあ、その、なんだ。俺もこの柔道部の部長として、いや、昔から一緒にやってきたお前にずっと言わなきゃとは思ってたんだが、きちんと話したことなかったしな」

「だから早く言えって。もったいぶられるとこっちがモヤモヤしちまうだろう!」

 

 話の主題を薄々は分かってはいるだろう内柴の少しいらだったような返答に、困ったような顔を向ける主将の古賀だ。

 

「ああ……。ちょっと皆も聞いてくれ。今回、シバが負けちまった訳はもうみんなわかってるだろう。こいつは正直、全身敏感過ぎる。昔からだし柔道の柔道たる部分でも無いので周りも指摘できなかったのも分かるんだが……。学生のうちはまだいい。勝ち負けは名誉の部分が大きいからな。ただ、俺達ももう卒業後のことを考えていく時期だろう。指導者や実業団の道に進むことを考えると他の者に対しての責任も生じてくる。

 で、個人のことじゃああるんだが、部として一丸となって、内柴の弱点が克服出来ないかと思ってな……」

 

 一気にしゃべる古賀としても、気持ちにどこかで踏ん切りをつけたい内容だったのだろう。

 いったん周りを見回した目には、話の最初に見えた内心の揺らぎの光は、もう消えていたようだ。

 

「おいおい、俺のくすぐったがりって、治せるもんなのかよ? そんなの知ってたら、早く言ってくれてれば、俺だって……」

 

 内柴の方にこそ、古賀の言葉に動揺が見られた。

 

 立ち技、投げ技においては同階級の中でも無類の強さを誇る内柴であったが、寝技・固め技に弱いというのは、実にその全身の皮膚における接触への敏感さにあったのだ。

 柔道着が、対戦相手の指や腕が、あるいは脚が、その肌の上にあるとき、いわゆる「くすぐったさ」や、なんとすれば「快感」すら覚えてしまう内柴の全身。

 それは幼いときより同じ道場や部活で組してきた古賀ならず、部内でもすでに周知の事実であり、それゆえにまた内柴にあっても、いかに相手の引き技・倒し技を喰らわずに己のペースへ持っていくかという技術習得へのモチベーションともなってはいたのだが。

 

「治るかどうか、俺もしかとは分からんのだけどな……。ただ、やってみる価値はあるとは思うんだが」

「どんなこと、やるんだよ?」

「ああ、それがな。ちょっと調べてみたら、やっぱ刺激に慣れさせるってのが一番なのかなと思ってな。で、寮のみんなでお前の肌を次の試合までの間、全員で刺激し続けるってのがどうかなと考えてる」

「刺激し続けるって、なんだよ。風呂でずっと垢すりでもするってか?」

「お前、明友の『寮僕(りょうぼく)制度』って知ってるだろう?」

「俊彦、まさか、お前……、俺に……」

「さすがに知ってたようだな……。そう、それだ」

「止めろっ! いや、それは、それだけは……」

 

 古賀の話に出た『寮僕(りょうぼく)制度』というのは、明友大学の体育会男子寮に伝わる伝統らしい。近隣の大学、それも男子体育会部活の中では密かに囁かれている、明友での部活についての確度の高い噂だった。

 

 まことしやかに伝え聞くその内容は、かなり過激なものだ。

 かの体育会においてはそれぞれの部に毎年1人ずつ『寮僕』なる部員が用意され、日々の肉体鍛錬と持て余す体力精力、もちろん性欲の解消へと『貢献』させられているらしい。具体的にどのようなことが行われているかまでは他大学では知るよしも無いのだが、膂力精力に溢れた男達の中、その選ばれし『寮僕』がどのような扱いを受けているのかは簡単に推測出来てしまうことだった。

 

「つまり、それって、シバの全身を俺達全員で嬲り倒すってことなのか? 俊彦? まあ、シバが強くなるって目的なら反対する奴もいねえだろうけど、下の者には精神的にかなりキツいんじゃないか、それって?」

 

 内柴と古賀との話に割り込んだのは同じ3回生、部内81キロ級ではトップになる吉田克彦だった。ずっしりと重みのある肉体と腰の重い柔道に、周囲から一目置かれている存在である。

 

「ああ、シバに取ってはたまらんだろうが、正直、対応が遅くなりすぎたって思いもあったりするんだ。シバの努力はもちろんだが、俺達、部内一丸となって取り組まなきゃって思いを強くしてる。シバ、どうだ、お前? 挑戦する根性、あるか?」

 

 古賀の内柴へと向ける真剣なまなざしは、主将としての責任と、また幼い頃よりずっと隣で見てきた親友への心配と、その双方を含むものだったのだろう。

 

「う、そりゃ、お前がそこまで考えてくれてるのを、俺が嫌って言うわけにはいかんだろう……。その、まあ、具体的にはどんなことを考えてるんだ、俊彦は?」

 

 内柴の返答には否定したい気持ちと、男として引き下がれないという矜恃が内心でぶつかっている様が見て取れる。

 

「シバには悪いんだが……。これまで克服出来なかったことを考えると、風呂のときとかマッサージのときとか、そういう機会性のもんじゃダメだろうなと。

 そうなるとまあ、とにかく一日中、シバの身体を俺達全員で刺激し続けるってことになるんだが、そこらへんのやり方はみんなで持ち寄ろうかと思ってる。

 もともとうちの部でもそこそこ下におっ勃った魔羅をしゃぶらせたりとかはしてるから、みなもそう抵抗があるわけじゃないだろう。シバが寝技固め技へのくすぐり耐性、感じちまうことへの耐性が付くんなら、これはもう部にとっても戦力がさらに強化されることになる。

 もちろん、シバにとってもこれからの柔道人生でデカいアドバンテージになるかとも思ってる。

 後は、シバがこの鍛錬を受けるかどうかだな?」

 

 古賀の問いかけは、内柴の性格を熟知しているからこそのものだったろう。

 プライドの高い内柴が、『部のため』『お前のため』という言葉に対し、否と答えることは無かろうとの思いがあったに違いない。

 

「ま、まあ、俺のことを思ってやってくれるんだろうけど……。俺自身も昔からなんとかしたいとは思ってたんだが、どうすればってのはまったく考えつかなかったからな……。

 分かった。この鍛錬、受けるぜ。俺を男にしてくれ、みんな」

 

「ホントにいいのか、シバ……。その、かなり過激っていうか、ひどいことになると思うぞ……」

 

 この場にいる3回生の中で、最後まで口を開かなかった男がポツリと言う。

 団体戦には加わっていないが、主務としてこの場に在籍している最軽量60キロ級の野村忠義(のむらただよし)だった。

 もともと寡黙でストイックなことで部内でも有名だったが、その言葉の端には古賀が提案した内容に疑問を持っていることが分かる。

 

「……、ああ、ノム、ありがとう……。でも、決めたよ、俺。

 俊彦が言ってくれたのも、俺のためなんだなってのも分かるし、俺自身、課題にしてたことだ。もしそれで俺の弱点が克服出来るんなら儲けもんだし、そうでなくても俺の男をみなに試してもらえるってことだけでも、なんだか一つ吹っ切れそうな気もしてる。

 俊彦、みんな。俺、やるよ。やる、やるよ!」

 

「よし、じゃあ決まりだな。夕食の後、みんなに話そう。シバもそれでいいな?」

「ああ、俊彦。じゃなくって、主将。頼む」

 

 古賀と内柴の合意についてどこか厳しい顔をしたままの野村ではあったが、本人が承諾したことにまで口を挟む気は無いようだ。

 

 斉藤と吉田は話を聞いているうちに興味が湧いてきたようだ。吉田にいたってはすでに情景を想像してか、どこか楽しげな雰囲気であるようにすら見える。

 1人2回生である井上は、自分には発言権が無いだろうとの判断からか、最初から最後まで無言を貫いていた。

 

 こうして、今回の堂々練習最終試合の結果を受けての反省会は、内柴の身体の鍛練を行うという、一つの結論を迎えることとなったのだ。

 

 

……

…………

………………

 

 

 その日の夜、夕食を終えた寮の食堂に、部員全員を残した上での主将古賀の説明の声が上がる。

 

「……、というわけで、うちの副主将、内柴の肉体をみなで鍛えてもらうことになった。具体的にはまずは授業と練習の時間以外で内柴が寮内にいるときの定位置を、すべてこの食堂とする。

 次に内柴には寮内にいる間は常に全裸で過ごしてもらい、みなからの鍛練を受ける。

 みんなはそれぞれ工夫して、内柴の全身の皮膚、とりわけ、脇、胸、乳首、股間や内ももなど、感じやすそうなところ、敏感なところを責め続けてくれ。

 同時に、まあなんというか、寝技に持ち込まれたときの股間への刺激にも耐えられるよう、内柴には最低一週間の射精禁止を命じることになる。もちろん途中でイッてしまったら、逆に連続射精の苦しさを罰とでもしよう。

 みなは内柴の敏感な皮膚を刺激しつつ、内柴が簡単に射精しないよう、特に金玉や亀頭への刺激も同時にやってもらいたい」

 

「古賀先輩! それって、その、俺達下級生も、シバ先輩の身体、いじっていいってことッスか?」

 

 大声で質問したのは2回生の鈴木桂三(すずきけいぞう)だ。

 

 100キロ超級、実測120キロ近い体躯を誇るのだが、がっちりと充実した肉体は逆にそれほどの体重を感じさせない。

 部内一の巨根とされるその逸物を、オフの日などは下着すら身に付けず、さも自慢するかのように寮内を闊歩する猛者だった。

 

「ああ、こればっかりはそれぞれの授業時間でのズレもあるので、寮内全員で対処したいと思ってる。どうだ、日頃から内柴にしごかれてる奴もいるだろう。

 そういう奴はいい機会だと思って、思い切り責めてやれよ。ただし、責めの時間は互いの睡眠時間の確保や勉強のことも考えて、夕食後から22時までの間とする。朝は朝で、こいつが夢精やせんずりでずるしてないか、下のものでしゃぶって味や匂いで判断してくれ。

 俺からは以上だ」

 

 ニヤリと笑いながら言う古賀の声には、男だけの集団で過ごすあけすけさとともに、そこまで残虐なことにはならないだろうという楽観もあったようだ。

 

「みんな、変なことを古賀が頼むことになって、本当にすまん。俺が肌を責められると、審判に見えないように胸や脇をまさぐられると途端に力が抜けちまうことは、みなも知ってるだろう。

 それの克服になるんじゃないかって、古賀が考えてくれたことだ。

 どんな責めでも、俺は受けきってみせる。

 頼む、俺を男にしてくれ。

 雄志社大学柔道部、3年、副主将の俺の頼みでもある。

 お願いしますっ!」

 

 内柴が頭を下げる。

 下級生の前での彼のこのような態度は、実際初めてのことだったのだろう。

 もっとも、その姿に感動する者もいれば、どこか嗜虐的な笑いを口元に浮かべている者がいることも、提案した古賀にはうっすらと分かっていたようだったが。

 

「内柴を責めるのに、こういうのがあったら、などの提案ある奴いるか? 一応、部としてはマッサージ用のローションや垢すり用のタオルなんかは用意しようと思ってるが……」

 

 古賀が集まった部員を見渡しながら尋ねていく。

 

「あのほら、筋肉痛のときとかに使う置き針の奴とか乳首に使うとすげえってネットに書いてあります!」

「ああ、シールになってる奴だな。買い置きがけっこうあったと思うので使ってみるか」

「風呂で使うナイロンタオルとか、どうっすかね?」

「あれも石鹸使わないで擦ると、すげえ刺激になりそうだな」

「ソフトな奴で、筆とか鳥の羽根とかどうっすかね? 焦らしたりとか使えないッスか?」

「おお、それいいな。100均とかにもありそうだし、買っといてくれ」

 

 次々と提案されるグッズに、内柴の表情がこわばっていく。

 自分が想像していたこととは、行為の内容がかなり違ってきているのだろう。

 

「寮にいないときとかも訓練出来るよう、麻の下着とか着せるといいんじゃないかなって。刺激けっこうすごいと思うんスけど」

「ああ、それも、もしいいのがあれば探しといてくれるか」

「了解ッス!!」

 

 寮の外、たとえ授業のときでも、その肌に刺激を与えるための下着を着せられる。

 内柴もそこまで管理されるとは思っていなかったようだ。周囲の言葉の嵐に切なそうに古賀を見つめるが、主将である古賀もまた、ここで徹底的に内柴を鍛えること、その高すぎるプライドを1度見直させることへの意思は強い。

 

「だいたい意見は出たかな。それぞれ、役に立ちそうなものを用意してくれ。明日の夕食後から始めたいと思う。それでは、解散っ!」

 

 こうしてこの日から、雄志社大学体育会柔道部、副主将内柴正也の受難が始まったのだ。