降臨 淫欲の邪神アスモデウス

その5

 

再びの王宮

 

「ガル、久しぶりだな! 息災であったか?」

「グルム、お前も変わらぬな。よき飛龍を送ってもらった。こちらまでもひとっ飛びだったぞ」

 

 竜人帝国ガズバーン。

 その王宮高層のバルコニーで、皇帝グルムと族長ガルが再会を言祝ぎ、互いの背に回した腕で強く叩きあう。

 

 なんのことはない。

 グルムとガルと記憶と性格をも読み取られた両名が、淫獣ワイバーンの傀儡としての『猿芝居』を行っている以外のなにものでも無い喜劇を、一行の面前で繰り広げているのである。

 

 互いの国民、臣下、一族への体裁を繕うためだけのものではあったが、それゆえにまた邪神と淫獣のこの世への出現が、周囲へと広がらない一因ともなっているのだ。

 

「おお、ラルフも久しぶりだな。ダルリハ殿もよく着いてこられた。

 そしてこちらは初めてだな。リハルバ殿も話には聞いておった。どうかこの宮殿を我が家とも思い、ゆっくりと過ごしてくれ」

「ああそうか、ラルフがリハルバと組んでからは訪問しておらなかったな。なに、ドラガヌもさすがにこっちに来るには大変なので、飛龍の背に乗ってのことだ」

「それもまた珍しき画であったろう。さあ、宴を用意しておる。みな、こちらへ」

 

 

 半日前までは草原にいた一行がなぜにガルバーンの王宮へと辿り着いているのか。

 ワイバーンとガルによる忌まわしき飛行から、草原に舞い降りた飛龍とガルが再び土埃を舞い上げていた場面へと、少し時は巻き戻る。

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「いやあ、父上、よき空の旅であったようですね」

「ああ、お前も一度乗ってみるがよい。多少の上下動の激しさを考慮に入れれば、グルムから提案のあった大量の資材の運搬にこれほどの安定性のあるものは無いと思うぞ」

 

 見た目には先ほど飛龍に乗り飛び立った父と、なんら変化の無い様子に息子であるラルフも一切の懸念をいだくこと無く話しかける。

 ガルの答えもまた、普段の父親、族長としてのそれと違和感はまったく感じられない。

 

「それは素晴らしきことでした。ガズバーンの方々にも御礼の品を、なにか贈らねばなりませんね」

「とはいっても、儂等にはそれこそ家畜ヤクーぐらいしか所有物は無いからなあ……。おお、そうだ。ラルフにダルリハ、リハルバも、これからこのままこの飛龍に乗って、グルムに礼を言いに行かぬか?」

「はあっ?! 父上っ、何を仰っているのです!」

「ガズバーンの使者殿よ、この飛龍、そちらへの空の旅など軽いものだと思うのだが、どうなのだ?」

 

 息子ラルフの質問は直接答えず、同じくワイバーンの傀儡と化している使者へ話を振る『ガルらしき何か』。

 

「もちろんでございます、ガル様、ラルフ様。

 我が皇帝、グルム様の試乗におきましてもそこまで長距離飛行の記録は残しておりませぬが、おそらくは大陸を挟んだ移動にも十分に耐えうるものかと判断しております」

「ほら見ろ、なら善は急げだ。ラルフ、ほら、乗った乗った。ダルリハとリハルバも乗っていけ。お前らの羽では高度についていけまい」

 

 目を丸くして互いに顔を見合わせるラルフと龍騎達である。

 中でもラルフの盟友、『契り』相手のリハルバは明らかに不服そうな表情を見せていた。

 

「リハルバ、お前はどうする?」

 

 心配になったラルフが尋ねる。

 

「あの飛龍というものの背に乗ること。あまりいい気持ちがしないのだ、ラルフよ。お前は感じないのか、そういう気配を?」

「特段、感じるものは無いが……。まあ、魔導の力については俺達ノルマドはからっきしだからな。お前さん達ドラガヌの方が、その点は敏感だろうが……。ダルリハは何か感じるのか?」

「私は特に感じるものはありませぬな。ガズバーンにはまだ一度しか訪れたことが無く、正直ガル様の提案には心惹かれておるのが正直なところ」

 

 このときのやり取りでもう少しリハルバが抵抗を示していれば、後の結果には色々と変化があったのかもしれなかった。

 ワイバーンが隠匿している『淫の気』。

 この場においてそのほんのわずかな漏出にいくらかでも気付きかけていたのは、若きドラガヌ族のリハルバ、ただ1人だけだったのである。

 

「なにをごちゃごちゃ言い合ってる。さあ、乗れ、みな。

 使者の方々には我々の方が早く到達することになるが、その旨は儂からグルムに伝えておくので、道中気を付けてお帰りくだされ。

 もてなしも満足に出来ず悪いが、こいつを乗りこなしてみたくたまらぬ。

 さあ、ゆくぞ、ラルフ、ダルリハ、リハルバよ!」

 

 あっけに取られる3人を強引に飛龍の背に乗せ、飛び立とうとするガル。

 そこには周囲に有無を言わせぬほどの圧がかかっていたのであるが、そのことに気付くものもここには誰もいなかったのであった。

 

 そして半日ほども飛龍の背に乗った一行がガズバーンの王宮、そのバルコニーへと降り立ったのは、日もようやく西の峰に落ちかかろうとする宵闇迫る時間であったのだ。

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

 場面は再びガズバーンの王宮へと移るが、そこにはもうあの大広間への階へと進みゆく一行がいた。

 

「それにしても我らの来訪、よく分かったな、グルム」

「なに、国境の警備のものからの知らせで後は手旗での伝達だ。さすがに歓迎儀典の用意までは出来なかったが、このところ催している帝国兵士への慰労会に参加してもらえれば、久方ぶりの酒も旨かろうと思うてな」

 

 まさに、茶番であった。

 

 ある意味、ワイバーンの操り人形2体が独り言を分担して喋っているだけのものである。

 魔導にまったく抵抗力が無く、ワイバーンに直接の肉体接触を許したガルはもとより、己の心を閉じたままのグルムにあっても、ワイバーンによる具体的な『命』については、実に滑らかに執り行うことが出来るのである。

 

 案内される草原の一行。

 その中でリハルバのみが、階下から漂う違和感を感じとっている。

 身をかがめ、ラルフの耳元にその口を寄せるリハルバ。

 

「ラルフ、用心しておけ。なにか、なにか分からぬが、妙な気配を感じる」

「お前の直感は信頼しているが、グルム殿の案内でなにか起こるわけでもなかろう。無論、最低限の用心はしておくが、お前も少し落ち着けよ、リハルバ」

 

 どちらの意見も正論であった。

 リハルバが感じていた違和感も、まだそこには『邪』『淫』といった、明らかに通常とは異なる気配を感じ取っていたわけでは無い。

 正式な魔導の訓練を受けておらず、その血に残ったわずかな才が、若き龍騎の直感を揺らしているに過ぎないのである。

 ラルフの言にしても友好国の王宮内で直接的な危機が襲来するという推測は、その確からしさにおいて非常に低い確率であり、ましてやアスモデウス襲来の気配すら知らぬ状態では、ごくごく当たり前の反応をしたものだった。

 

「さあ、こちらが宴の会場だ。

 ああ、龍騎のお二人は後ろから入ってくれるかな。なにせお二人の身体であれば、親友ガルとそのご子息ラルフ殿が隠れてしまうだろう。

 兵士達も『草原を征く者達』の到来を心待ちにしておるはず。

 さあ、ノルマドの民よ、ドラガヌの一族よ、我ら帝国兵士に、その勇ましき姿を見せてやってくれ」

 

 あまりにも用心深い、計算高いワイバーンであった。

 草原のゲルへの訪問の際、その場にいたもの全員を精神面での観察を瞬時に行い、龍騎一族に流れる幾ばくかの魔導力を感じ取っていたのである。

 

 彼らに先行されれば、何らかの違和を感じ取られるやもしれぬ。

 その可能性をも事前に考慮し、入場の順番さえも、草原の一行へとさも自然な形で流し込んでいく。

 

「扉を開けよ!」

 

 グルム=ワイバーンの声が響く。

 質素さを旨としていた皇帝の私室、執務室とは違い、国賓の歓待の場としても利用される大広間。

 その豪勢な装飾を施された扉が開いた瞬間!

 

「ラルフっ! 下がれっ!!!!」

 

 龍騎リハルバの声が轟いた。

 

 その声の甲斐無く、広間へとその足を進めてしまったラルフが、がくりと膝を突く。

 同じ龍騎の一族であっても、個人差としての魔導対応力の低いダルリハもまた、その美しく畳まれた羽がだらりと墜ちる。

 

 一瞬にして室内に立ちこめた『淫の気』に犯された一行の中、すでにワイバーンと同一化しているガルと、わずかな違和感を瞬時に罠と看破し、後方へ飛びさがったリハルバだけが、その意識の明瞭さを保っていた。

 

「ほう、これに対抗出来るものがそちらの中にいたとは、ちと計算外だったな。まあ、族長とその息子、さらには龍騎と呼ばれる者もすでに我が手中。

 どうだ、お主もまた、我のもたらす快楽の渦に飛び込む気は無いか?」

 

 広い廊下で硬直したようにこちらを見つめるリハルバに、ガルの姿をした『何か』が、その淫蕩さを一切隠すこと無く言葉をかけた。

 

「お、お前は誰だっ! ガル殿にっ、ラルフ殿にっ、ダルリハ殿に何をしたっ!!」

 

 詰問ではあるが、ワイバーン=ガルに取っては答える義務があるわけでも無い。

 

「ほほう、我と正面に立ってもまだ正気を保ちおるか。

 まあ、すでにお主の仲間は我が『淫気』を存分に吸った。お主とここでやり合えば、城中のいまだ状況を知らぬものにも気付かれよう。

 好きにせい、どこにでも行くがよい。もちろん、お主自らがこの扉を開け、中に入ることを止めるわけでも無いがな。

 それでは、また。いつかどこかで会うこともあろう」

 

 実に、実にあっさりと、リハルバへの興味を無くすワイバーン。

 そこにはまた、親とも言えるアスモデウスと同じ性状を持つものゆえの『移り気』すら感じられる。

 

「ま、待てっ!!」

 

 リハルバの目の前で、重厚なる扉がゆっくりと閉められてしまう。

 

 盟友でもあるラルフを追って、一目散に扉の中へ行くべきか。

 その選択を、すでに強大な違和感となった己の直感が強く引き留める。

 

「駄目だ、あの中に入れば、私もまた一瞬にしてあの妙な力の虜となる。

 はたしてこの城の、いや、この国の者達はこの異常な状況を分かっているのか?

 いや、私の力ではガル殿の変化すら見抜くことが出来なかった。

 城中の信頼置ける者を見分ける力は私には無い。ここは、ここはいったん身を引き、なんとかこの危機に対抗する力を集めなければ……」

 

 機動力の高さが生来の武器でもある龍騎の一族。

 その若者は一転その身を翻し、宮殿の『外』を目指す。

 

 草原の地へと戻り、才ある者達を集め、急ぎこの城へ戻ることを心に誓って。

 

 

 そのとき、扉一枚隔てた広間では……。

 

「わ、私は、な、何を、ここはガズバーンか、なんなんだ、こやつらは!」

「我の力をほんの少し緩めただけで、元気なものよな、ガルとやらよ」

「お、お前は! い、いつのまに!」

 

 まったくの茶番であったグルムとガルによる二人芝居を続ける必要が無くなったワイバーンが、バルコニーからいつの間にか広間の中へとその居場所を移していた。

 兵士達の人目をはばからないねっとりとした交わりが延々と続く中、一人正気を取り戻したガルを目の前にしている。

 

「あ、あ、なんだ、ここは……。身体が熱く、ああ、なぜだ。儂のダルリハは、いずこに……」

「ほほう、我とアスモデウス様の残された『淫の気』に当てられながらも自らの欲望の相手を選ぼうとするとは、そちもまた為政を執り行うものの一人なのであったな。

 足元に転がる竜人にでも、襲いかかるかと思ったのだが……」

 

 ワイバーンに取って、狼獣人と龍騎の間の『契り』によって結ばれた絆の深さは、あまり想像出来ぬものであったのだろう。

 少しばかり不思議そうな顔をしていた淫獣が、再び口角をにちゃりにちゃりと淫猥に歪めていく。

 

「ふむ。為政者同士、惹かれ合う者同士の乱れた交わりはまた面白かろうて。

 グルムよ、来たれ。ガルの息子、ラルフよ来たれ。ガルが龍騎、ダルリハとやらよ、来たれ」

 

 ふらふらとした足取りではあるが、命じたワイバーンの足元へと、逞しくも屈強な4人が集いくる。

 

 ガズバーン帝国が皇帝、グルム。

 遊牧民族狼獣人ノルマド、その族長、ガル。

 その盟友にしてガルが生涯伴侶とする『契り』の相手、ドラガヌ族のダルリハ。

 そしてガルの息子、ラルフ。

 

 竜人、狼獣人、龍騎一族と、その種族もバラバラな4人の男達。

 

 いずれもすでにこの場の『淫の気』に犯され、竜人とドラガヌの2人はその白く巨大な生殖性器を、ガルとラルフの親子2人もまた、局部だけを隠していたランゴータをものともせずに、その長大な陰茎を屹立させていた。

 

「宴には余興が付き物だと聞く。そなたら、互いにまぐわい、その淫の気を高めよ。

 まずはグルムとガル、ダルリハとラルフ、それぞれの淫猥なる交わりを期待するぞ。広間の男どもに、その痴態を存分に披露するがよい」

 

 魔導への耐性が無いノルマド族のガルが、真っ先に動いた。

 すでに荒れ果てたテーブルの上に、どこか表情を遠くに置き忘れてきたかのようなグルムを押し倒す。

 身の内から湧き上がる淫蕩な情欲に、その肉棒はいきり勃ち、亀頭の先端からは引き切れぬほどの先走りがすでに流れ出している。

 

「ううっ、グルム、グルム……。ああっ、儂は、ダルリハというものがおりながらっ、お前をっ、お前を……」

 

 目の前にしどけなく横たわった竜人の下半身を、情欲に駆られた瞳で見つめるガル。

 悲しくもその肉体は、総排泄腔を持つ種族との交わりを存分に経験しているのである。

 

「お前のも勃起しているではないか、ああ、グルム、グルム……」

 

 かつて互いにまだそれぞれの『長』との任を受けざりしとき、友好国の次代を担う者同士、互いの肉体を訓練相手とし、競い、闘い、切磋琢磨した仲間であった。

 種族は違えどそこに生じた友愛は、互いに生来背負うことになる責任と重圧を共に語れる唯一の盟友として、義兄弟の誓いを立てるほどのものであったのだ。

 他国の政治システムを学んでこいと、当時の族長であった父にガズバーンに送り出されたガルが、異国の地でその性根をぶつけ合い、幾度も幾度も、未来を、将来の夢を語りあった仲間だったのだ。

 

 恐ろしくも残酷なことに、その記憶を持ったまま、自らの肉体が盟友を襲おうとしていることを、ガルもまた理解していた。

 それゆえの言葉と行動の、意識と認知の乖離が、逃避先の精神崩壊をも必要としてしまうのだ。

 

「挿れるぞ、グルム。お前の『穴』に、儂のいきり勃った魔羅を、挿れるぞ」

 

 盟友のそこを『穴』呼ばわりするなど、族長ガルの通常の認知ではありえないことだった。

 先走り滴るガルの逸物が、グルムの総排泄腔へと近付く。

 もちろんその割れ目の上部には、グルムの生殖性器が悠々たる姿を顕現し、湯気が上がるほどの熱を湛えているのだ。

 

 じゅぷり。

 

 粘着質とも聞こえる水音。

 総排泄腔内に分泌される竜人の潤滑体液が、熱く、柔らかく、強く、狼獣人たるガルの長大な逸物を迎え入れる。

 

「こ、これは……。お前の『穴』が、儂の逸物を、儂の魔羅をぐちょぐちょと吸い込んでいくぞ……」

 

 同時にガルの腹筋に当たるグルムの生殖性器もまた、その筋肉質感をガルの生身に伝え、ぬるぬるとした分泌物を大量に吐き出している。

 うつろな表情のグルムではあってもその肉体の反応は反射的なものであり、ガルから与えられる性感の昂ぶりに耐えかね、その下半身を小刻みに痙攣させていく。

 

「お前の逸物が、儂の腹とお前の腹の間でびくびくと脈打ってるぞ、グルム。

 お前も、お前も興奮してくれてるんだよな、なあ、そうだよな。そうだと言ってくれ、グルムよっ!」

 

 それはもはや、この淫猥な交尾について、どこか互いに共犯でありたいという歪な思考が生んだ言葉だった。

 それでも一切の感情反応の生まれないグルムの顔に、ガルの狼族の口吻が近付く。

 

「お前の口を吸いながら、儂はイきたい。いいか、グルム、いいか?」

 

 びちゃびちゃとした卑猥な水音を下半身に響かせ、引き締まったガルの尻肉が上下運動を繰り返す。

 グルムのそれもまた、吐精寸前の硬直を示し始めている。

 あと少し、もう少しで互いの精を噴き上げることが出来る、ガルがそう思ったそのときであった。

 

 

「ほう、なにやら面白き『気』を感じて来てみれば、これは珍しい者達であるな、ワイバーンよ」

 

 

 突然、大広間の中空に現れた黒獅子の姿は、2週間前にワイバーンを出現させて以来、その存在を誰も確認することが出来なかったアスモデウスであった。

 

「我が主、アスモデウス様。一興と思い少しばかりの交わりを演出してみましたが、お気に入りいただけたようでございますな」

「ああ、ワイバーン。狼の一族と龍騎の一族か。

 彼の者ども、我の記憶にはこのような繋がりをしていたものはなかったが……。彼らの『契り』という概念。これは実に面白いものだな。これはまた、よい『淫気』が集まりそうだ」

 

 瞬時にしてこの場にいる全員の記憶を掌握したアスモデウスの弁は、ノルマドとドラガヌ族間における、特殊なペア形成の過程をすべて理解してのものであったか。

 それはまた、その関係に異なる状況を重ね合わせたときの、おぞましいばかりのノルマドとドラガヌの葛藤をも予想させるものでもあったのだが。

 

 アスモデウスの再出現とともに、時が止まったかのように、いや、実際にアスモデウスが己の『観測』時間を確保するために止めていたのかもしれぬが、その時がまた、動きだそうとしていた。

 

「どうやらこのガルとグラムという2人も、精を放つ寸前だったようだな。

 よきかなよきかな。

 より一層の精を放つことが出来るよう、我も協力してやろう」

 

 その言葉が内包する意味のなんと恐ろしきものであるのか。

 それを理解するものは、この場には自らが淫獣たるワイバーンしか存在しないのだ。

 

「おお、アスモデウス様。新たなる眷属をお産みになられるのでしょうか。さすれば、我もまた、この空間を『淫の気』にてさらにより強く満たしましょうぞ」

「ふふ、お主の弟が生まれるやもな」

 

 それもまたアスモデウスに取っては『移り気』の一つでしかないのかもしれなかった。

 それでも、邪神と淫獣の発する『淫気』が目に見えるほどの黒色の霧となり、広間全体を覆い尽くしていく。

 その霧の広がりと濃度が高まるにつれ、止まっていた時が、戻っていく。

 

「ああああっ、なんだっ、なんだこの快感はっ! 出るぞっ、出るっ、出るっ!!」

「うおおおおっ、イくぜっ、お前の口にイくぜっ!!」

「ああっ、尻がっ、尻が疼くっ! 誰か、誰か、俺の尻を掘ってくれっ!!」

「挿れるぞっ、俺のを挿れるぞっ! 俺の汁を受け止めろっ!」

 

 広間のそこここで、唐突な射精感が男達を襲う。

 運悪く、あるいは運良くか、直前に吐精を済ませていたものは逃れえたようではあるが、広間で行為に及んでいたほとんどの男達は、この瞬間に己の肉棒を駆け上がり駆け下る精汁の噴出を止めることは出来なかったのだ。

 

「おおっ、グルムよっ、イくぞっ、イくっ! お前の『穴』をっ、儂の汁で一杯にしてやるぞっ!!!」

 

 浅ましくも力強く、ガルの腰肉がグルムの下半身に幾度も幾度も打ち付けられる。

 びくびくとその尻が震え、グルムの『穴』がどぷどぷと黄色みを帯びた白濁液で満たされていく。

 同時に、ガルとグルムの腹筋の間で押しつぶされるように揉まれていたグルムの性器からも大量の汁が吐き出され、合わせた二人の肌の間を、ねちゃねちゃと埋め尽くしていくのだ。

 

 いつの間にかアスモデウスの周りに浮かぶ黒い球。

 そのすぐ横の空間に、内部が白く濁る同じような球が出現する。

 

「アスモデウス様、そろそろでしょうか?」

「いや、まだだ。そちらの龍騎と狼族の若者もまた、よき交わりをしよう。グルムもまた、狼族の族長の尻には入れておらぬしな」

 

 ワイバーンの意図的な制御によるものか、その体動を停められていたラルフとダルリハが動き出す。

 

「ああ、父上がグルム様に……、そして、我らもまた……」

「ラルフ殿っ、私には、ガル殿がっ、あ、ああああ……」

 

 体動は停められていたとはいえ、ダルリハとラルフの目には敬愛する父が行う盟友グルムとの交わりが、はっきりと映し出されていた。

 

 ダルリハにとっては『契り』の破棄とも言えるその行為ではあるのだが、今現在、目の前のラルフに向かってしまう己の情欲もまた、否定することがまったく出来ないでいる。

 

「あ、あ、か、身体が勝手に……。ダルリハっ、許してくれっ、これはっ、これは私の本意ではないっ……」

「ラルフ殿っ、私もっ、私もっ、ガル殿がおりながらっ、ああっ、あああああっ」

 

 その葛藤を楽しむためか、わざと2人への『縛り』を緩めているワイバーン。

 それはまた、この交わりを『余興』と言い放った己の言葉の意味合いをも示している。

 

「あ、駄目だ、抑えきれません。ラルフ殿っ、ラルフ殿っ!」

「し、尻が疼く……、ああっ、お前のっ、お前の逸物を、私のっ、私の尻にっ……」

 

 ラルフが隆々とした筋肉をまとった上体をテーブルへと投げ出した。

 ゆっくりと近付くダルリハの前に、ラルフのがっしりとした双丘が物欲しそうに揺すり上げられている。

 ダルリハの股間から突き出した巨大な生殖性器が、その先端をしとどに濡らしながらラルフの後口へと迫っていく。

 隣のテーブルには同じような姿勢のガルに、グルムがやはりその白く太い逸物を振り立てて、にじりよっていくのだ。

 

「親子ともどもが同時に犯される眺めというのも、よいものですな」

 

 返事を求めるわけでもないワイバーンの呟きが、さらに広間の猥雑さを上げていく。

 周囲で繰り広げられる淫行の中でも、とりわけその性的エネルギーの高さが目に見えるほどの4人を取り囲む空間。

 

 その痴態を覗き込む兵士達の呆けたような顔が、さらに淫猥に蕩けていく。

 自らの国、そこを治める皇帝陛下の逸物と異種間の交わりを一目見ようと、周囲の輪が少しずつ狭まっていく。

 

「ああああっ、ダルリハっ! ダルリハの逸物がっ、わ、私の尻にっ!!!」

「おおおおおおっ、ラルフ殿っ、ラルフ殿っ! ラルフ殿の穴がっ、強く、強く私のものを締め付けるっ!!!」

「うがっ、グルムっ、ゆっくりっ、ゆっくりやってくれっ! ああっ、擦れるぞっ、グルムっ! お前の魔羅がっ、俺の尻を犯していくぞっ!!!」

 

 沈黙を貫き、黙々と、しかしながらにその動きは激しくも、盟友ガルの尻を犯すグルム。

 それを尻目に、2人の狼獣人と1人の龍騎は、己の快楽を隠すことなく言葉にしていく。

 

「よいっ、ラルフ殿の尻がっ、私のものを包み込むっ!!

 ああっ、ガル殿っ、ラルフ殿っ、私はっ、私はっ、駄目だっ、私はっ、ラルフ殿のっ、ラルフ殿の尻でイってしまうっ!!」

 

「ダルリハっ、イッてくれっ! 私の尻の中をっ、お前のっ、お前の汁で一杯にっ! 私も、出そうだっ、お前に尻を掘られてっ、イきそうなんだっ!!」

 

「おおおおっ、グルムっ、グルムっ、もっとっ、もっとくれっ!! お前の逸物をっ、儂の奥にっ、もっとっ、もっとっ!!!」

 

 唾液が、潤滑体液が、先走りが。

 直腸粘膜を覆う粘液が、じゅくじゅく、じゅちゃじゅちゃとした粘りのある音を重ねていく。

 男達の放埒のときが迫る。

 

「これらの者ども、最期はいかがしてイかせましょう、アスモデウス様」

「ふふ、逆にあやつらの好きにイかせるのもよいではないかな、ワイバーンよ。明らかに加えられた力があれば、彼奴等の中で言い訳に使えてしまうだろう。

 あくまでも目の前の相手との快楽の果ての吐精であれば、自らの気持ちをすり替えることも出来はすまい」

 

 アスモデウスの言のおぞましさは、やはり『邪神』の名を冠する存在としては見事なものなのであろう。

 

「さすが我が主、では他の者の楽しみのためにも、全体の『淫気』を整えるだけにしておきましょう。互いの肉体に、肌に、悦楽を、快楽を、蕩けるように……」

 

 ワイバーンもまたその面白さを理解し、情欲衝動を高める調整ではなく、男達の感覚を、とりわけ嗅覚と皮膚感覚をより鋭敏になるようにと空間を調整する。

 

「ああああっ、なんだっ、触れあってる肌がっ、気持ちいいっ」

「おおっ、尻がっ、尻がっ、よいぞっ、よいぞっ」

「ああっ、あんたの汗の匂いがっ、汁の匂いがすげえっ! 感じるっ、俺っ、匂いで感じてるっ!」

「うああああっ、こ、これはたまらんっ、全部がっ、全身が快楽に溶ける、溶けていくっ……」

 

 あちこちから上がる声は、男達の裸体がより敏感に、得られる快感をより純度の高いものへと変わりゆく証左でもあった。

 

 ワイバーンの足元の4人が、再びの放埒へとその動きを加速していく。

 

 ダルリハの腰が、グルムの尻が、激しく狼獣人の尻を突き上げる。

 体重差のあるその交わりは、ガルとグルムの逸物が己の腹で潰されんばかりの勢いで続けられるのだ。

 テーブルと己の腹肉に挟まれたそれが、もはや先走りか精汁かすら分からぬヌルヌルとした液体を垂れ流す。

 

「そろそろか、お主達。思い切り、淫蕩な精汁を撒き散らし、我らアスモデウス様の眷属の力となれ!!」

 

 ワイバーンの一喝が、とどめとなった。

 

 何十人、何百人の男達。

 その逸物の先端から今日幾度目かの熱い汁が噴き上がり、みるみるうちにあたりの空気の匂いさえ変えていく。

 そして4人の男達もまたーーーー。

 

「ああっ、イッてしまうっ!

 このダルリハがっ、ガル様以外の男の尻で、イってしまう!

 ああっ、ああっ、イくっ、イくぞっ、ラルフ様っ、ああっ、イくっ、イくっ!!!」

 

「私もっ、私もっ、扱きもしないのにっ、ああっ、ダルリハに犯されてっ、出てしまうっ、

 出してしまうっ、漏れてしまうっ!

 うっ、うっ、うううううううーーーーーー!!!」

 

 ダルリハとラルフが一足先に吐精してしまったようだ。

 そこに少しばかり遅れた皇帝と族長。

 その腰の動きは止まらぬままのグルムが、ガルの尻に最期の一撃を加えていた。

 

「ぐあっ、すげえっ、グルムっ、お前のがっ、当たるっ、当たるっ!!

 俺もっ、俺もお前に犯られてっ、ぐううっ、出るっ、出るっ、出るっ……!!」

「むっ、うんっ、うううううっ、うっ、うっ、うっ、うっ…………」

 

 グルムの激しい動きに堪えきれなかったガルもまた、扱かれもせずに大量の汁をテーブルと腹の隙間に吐き出していく。

 グルムの巨大な逸物を受け止めていたガルの尻穴。

 その隙間から、ぶじゅぶじゅと音を立てて、わずかに黄色みがかったグルムの精汁が溢れ出していく。

 

「ほほう、4人4様とはこういうことか。

 これはよい『淫気』が溜まったようじゃ。ワイバーン、そこらのものどもを、少し下がらせろ」

 

 アスモデウスの前の白い玉が、その内側の白く濁った霧を濃くしていた。

 慌てたような羽の一振りで周囲の兵士たちをなぎ払ったワイバーン。

 そのぽっかりと開いた空間の中心で、黒と白の玉が触れあわんばかりに接近しーーーー。

 

 ぐおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーん!!!!

 

 大砲でも撃ち込まれたかのような轟音。

 その衝撃は不思議と部屋の外へは影響しないようだ。

 

 それでも新たなるアスモデウスの眷属の誕生は、室内においては広間の重厚なテーブルや椅子、さらには屈強な兵士の一団をも吹き飛ばす勢いであった。

 ワイバーンのそのときと同じく、ぬらぬらとした粘液に包まれた『それ』が、段々と外形の輪郭をはっきりと現し始める。

 

「これは、様々な気が混じってはいるようですが……?」

「ふむ、お主のときは父と子、同じ血の者達であったが、今回は試みに色々と混ぜておるからな。

 それでも元々の生命ポテンシャルの高さと人数の比率からして、狼族の影響が強く出るはずじゃが……」

 

 やはり、アスモデウスに取っても為政者との『精気』の交わりの下、出現する『仔』の実体まではコントロールしているわけでは無さそうである。

 

 2人、あるいは2神の会話が進むうちに、みるみるとその形が整ってきた新たなる『淫獣』は、ガルとラルフ、狼獣人のトーテムである獣としての『狼』に近いものであった。

 しかしその体躯はガルやラルフの3倍を軽く越え、自然界にこれほどの巨大さを現す生物となれば、飛龍か鯨あたりしか思いつくものもない。

 

「我が仔よ、よくぞ生まれ来た。さて、お主にも名が必要よな……。

 うむ、そちを我アスモデウスが『フェンリル』と名付ける。その獣の足で地を駆け、その耳でこの世の理を聞くがよい」

 

「我が主、アスモデウス様。この私めを産み落としいただき、また尊き名を頂戴し、まことにありがとうございます。

 このフェンリル、我が主の走狗となり、地を駆け、谷をわたりましょう。必要なときには及びください。すぐにはせ参じますゆえ」

 

 そのやり取りの内容は、かつてのワイバーンとの間に交わされたそれと同質のものである。

 

「うむ、フェンリルよ、ワイバーンよ。我はお主等に何を行えとは言わぬ。主等の好きにやればよい。それが我の精気と淫気を高めることに、すべて繋がりゆくと確信しておる」

「はっ!」

「ははっーーーー!!」

 

 アスモデウスの前で頭を垂れる淫獣達。

 その顔は淫蕩の気に溢れ、吐息はその周囲をも濃厚な『淫の気』に染め上げていく。

 

 自らの『生成物』に満足したのか、ワイバーンのときと同じく、ふっとかき消すようにその場から消え去ったのはアスモデウスであった。

 

 新たなる淫獣フェンリルの出現

 それはまた、この世界を『絶望』と染め上げていくための、確かな事項の一つとなっていく。

 

 幾度もの吐精を繰り返し、広間のあちこちに呆けたように眠る男達。

 その体力は次々と運び込まれる食事で無理矢理に回復させられ、しばらくの時が過ぎれば、再び、いや幾度もの淫猥なる行為が繰り返されていくのだ。

 

 グルム、ガル、ダルリハ、ラルフ等もまた、その例外ではなかった。

 目覚めた瞬間、目の前の肉体ににじり寄り、その性器を、咥え、しゃぶり、その尻に、体腔に、相手の肉棒を誘因していく。

 己のいきり勃つ性器を挿入出来るものがいないのか、扱き上げる手がないものか、限られた空間を徘徊するのだ。

 

 はたして当人達にとって、それが悦楽の果ての天国であるのか、煉獄の炎に灼かれる地獄であるのか、誰にも分からないものではあったのだが。