男性専科クリニック Part 6

その3

洗浄の効果

 

「お二人のお話しを聞かせていただいて、アナルに関してはやはり『汚い』というイメージが強いものだと感じています。そこでまずは、今後のセラピーで中心となるアナルを『洗う』ことから始めたいと思います。

「『洗う』って、洗えるんですか? その、尻の中を……?」

 

 医師の言葉に対しての疑問はこれまでの人生を『ストレート』『ノンケ』として生きてきた山崎にしてみれば、もっともなものだろう。

 

「山崎さんの質問も当たり前ですよね。ただ、よく考えていただきたいのは、同じ粘膜に覆われた口の中、口腔についても、私達は普段から歯磨きやうがいといった、いわば『洗浄行為』を頻繁に行っているわけです」

「確かにそう言われればそうですな……」

 

 西田がしたり顔で頷くのは、風俗店での前立腺サービスで快感を感じたことがあるせいなのか。

 

「まずは手順を説明しておきます。

 最初はいわゆる『浣腸薬』の注入と排泄で、腸内の便のほとんどを出してしまいます。

 その後に我々ゲイの間ではよく『シャワー浣腸』といわれる、ぬるま湯を使った腸内洗浄を何回か行い腸内をきれいにしていく流れです。

 お二人も大腸検査などで、下剤をかけた後の御自身の腸内のカメラ画像を見られたことなどありませんか? 思ってた以上にきれいなものだ、と思われたかと思うんですが……?」

 

 医師の質問は、一般的な中年男性が職場などで通常受けるであろう健康診断などを考えてのものだろう。

 

「あ、ありますあります! 確かにええっ! って思うぐらいに、きれいなものでした!」

「俺はいつも安定剤強めに打ってもらうので、リアルタイムで見たことは無いんですが、後から写真もらって、へえ、こんなピンク色してるんだ、糞も残って無いんだって思ってはいました」

 

 そういえば、と思い当たる節が二人ともに共通したものがあったのか、互いに頷きながら答える山崎と西田。

 

「はい、適切に洗浄をした腸内は便の残渣もまず見られず、きれいなものですよ。今回の手順は内視鏡検査と違って、時間をかけての腸全体の洗浄というわけではないですが、先ほどの説明内容に沿ってやってもらえれば、指やペニスの挿入に関してはほぼ問題が無い状態へと持って行くことが出来るかと思います」

 

 医師による『きれいになりますよ』との言葉は、その面についてはまだまだ初心者の二人には心強いものだったのだろう。

 先ほどまでの不安と不穏にひそめられていた眉が、少しずつその皺を伸ばしてきている。

 

「でも、それって、その、浣腸とか、自分でしないといけないんすかね?」

 

 具体的な話しの方がやりやすいのか、西田が質問を重ねていく。

 

「もちろん最終的には御自身で処理というか、コントロールされていくことが目標ではありますが、しばらくは私と田畑君とがつきっきりで対応させてもらいますよ」

「えっと、その、それはトイレの中までも、ってことですか?」

 

 今度は山崎の質問だ。

 

「はい、浣腸についても出し切ってないようであれば追加が必要になるでしょうし、シャワー浣腸と呼ばれる行為についても、まずは適切な温度や水圧についての知識も必要になるかと思いますので、そのあたりは了承ください」

「チンポも金玉もしゃぶられて、せんずりショーまで互いにやってるのに、なんか糞するところ見られるってのに恥ずかしいって思うのが、ホント人間って不思議ですよね」

 

 西田の突っ込みに笑う男達ではあるが、山崎だけは少しばかりまたその表情を曇らせているようにも見える。

 

「山崎さん、心配要りませんよ。その、私や田畑君だって、アナルを使いたいときにはいつも事前にやってることです。慣れてくると行為前の食事などにも気を使い始めますが、そこまでは今は必要無いと考えてますので」

「……、はい、野村先生。踏ん切りはつけたつもりだったんですが、やっぱりちょっと、って思ってしまいました。大丈夫です。先生方にお任せして、頑張ってみます」

「その意気ですよ、山崎さん。それではお二人とも、というか私達もですが、いつものように全部脱いでいきましょうか」

 

 しばらくは医師達の指示により着衣からの握手やハグなどから始めていたこの合同セラピーも、互いのラポール関係が成立してきたとの判断により、最近では施術室に入った時点で山崎達も医師達も全裸になることが当たり前になってきていた。

 いつもは山崎も西田も脱衣の時点ですでに勃起しているのが当たり前になってきていたが、さすがに今日ばかりは不貞不貞しい面構えをしている2本の逸物も、そのぶっくりとした先端を垂らしたままのようだ。

 

「それでは最初にお二人に浣腸液を注入します。トイレは2つありますのでお二人同時に入れますが、すぐに出してしまうと便が残ってしまうこともありますので、少なくとも3分ほど、出来れば5分ぐらい我慢してから出すようにしてください」

「大人になってからは初めてなので、やはりちと恥ずかしいですな」

「内視鏡のときのはまさに上から下に通すって感じでしたけど、下から下にですよね、これって」

 

 西田の感想に、男達の間の緊張がほぐれていく。

 

「はは、西田さん、たとえが上手いですね。ああ、トイレに座ってしまうとどうしても我慢が効かなくなりますから、待機はトイレの外で。私と田畑君がそれぞれ付きますので、お二人とも怖がらずに。お二人とも体格がいいので、2本ずつ入れます。

 さ、それでは田畑君は西田さんに、私は山崎さんに入れていきましょう」

 

 医師と看護師に指示により二人は簡易ベッドに身体の左側を下にして横になる。尻を少し突き出し、腹の力を抜くように言われる二人。

 

「ゆっくり入れていきます……」

「あっ、暖かいのが入ってくる……」

「体温程度に暖めてあります。あまり冷たいと、お腹が痛くなる人がおられるので。はい、2本とも入りました。抜きますね……。血も付いてないようです。ティッシュで押さえておきますよ……」

「入ってくるの、けっこう分かるもんなんですね……」

「すぐには効かないんですかね? 特になんということも……」

 

 二人の声を聞けば、特に不快というわけでは無さそうだ。

 普段は『出す』機能しか使っていない部位への『入れられる』行為への、違和感のみがあるのだろう。

 

「ん、効いて……。ああ、来ました。あ、これは、ちょっと……」

「お、俺も……。う、うわ、行っちゃ駄目ですか、これ……?」

 

 入れられた瞬間はそうでもなかったようだが、グリセリン液の刺激を受けた腸壁が蠕動運動を開始したようだ。

 

「あっ、野村先生っ、ト、トイレに……」

「俺もっ、これっ、ちょっと、ヤバいっすよ……」

 

 二人の声が囁くように聞こえるのは、腹に力を入れてしまうと『漏れそう』という意識があるせいだろう。

 

「あと一分だけ、我慢してください。西田さん、山崎さん。大丈夫ですよ。私と田畑君が後ろは押さえてますから。万が一のときも気にしないで!」

「あっ、でも、なんか水気が、も、漏れそうです……」

「俺も、俺ももうっ、あっ、うっ、うあっ……」

 

 なんとか3分ほど経った頃か。野村医師と田畑看護師が視線を交わし、頷きあう。

 

「山崎さん、ゆっくり身体を起こしてください……。決して急がずに、トイレに行きましょう」

「あっ、うっ、は、はい……」

「西田さんも、ゆっくり、ゆっくりですよ」

「ゆっくりしか動けないですよ、これ……。足もすり足みたいになる……」

 

 前屈みになる二人の尻を医師と看護師が押さえながら、2つ並んだトイレへと向かう。

 

「蓋は開けておきましたので、ゆっくり腰を下ろしてください。腹圧がかかるので、座る瞬間に注意してください」

 

「あっ、出るっ……!」

「お、俺もっ……」

 

 介助しながらの排泄も出来るような広めのトイレではあったが、普段は一人でやる行為をすぐ横に誰かがいては、普通ならば出るものも出なくなることもあるには違い無かった。

 説明の時点では気にしていた二人も、浣腸薬の作用には『それどころでは無い』状態になっていたのは間違い無さそうだ。

 排泄時の音は二人ともそれなりのものではあったが臭いについてそこまでは感じなかったのは、強力な排気機能によるものだろう。

 

「全部出ましたかね?」

「人前でその、く、糞をするなんて初めてでしたが、ほんともう、切羽詰まったら出るもんですな……。自分では出しきった感はあるんですが、どうなんでしょうか……?」

「いやあ、なんかすっきりしたというか、なんちゅうかですな」

 

 トイレから出た二人に暖かい飲み物を勧める田畑看護師。

 脱水を避ける目的もあるのだろう。

 

「10分ほどゆっくりしてからもう一度トイレにしゃがんでみてください。そのあとに、今度はシャワー室でシャワー浣腸というのをやりますので」

「『シャワー浣腸』って、なんだかつい口にしたくなる言葉ですよね」

 

 相変わらず剽軽な西田の反応は、一仕事終えた山崎にも笑い顔を戻すことになる。

 

「しばらく待ってから、またトイレ。その後にもシャワーでって、けっこう手間というか、時間をかけるんですね」

 

 自らが経験してきた男女の営みと比べての感想なのか、山崎の独り言のような物言いにみながゆっくりと頷いている。

 

「慣れてくると浣腸の後の感覚で、あ、もうそのままシャワ浣でいいかな、とか分かるようになる人もおられるようですね。今回はとにかくお二人の『不安を無くす』ことが一番大事なことですので、ゆっくりやっていきたいと思ってます」

「先生、やっぱりこういうのって特別診療のときでないと難しいですよね」

「ああ、普段の診療だとどうしても後の患者さんのこととかあるし、そういう意味でも開院以来このシステムを作ってきてよかったと思っているよ、私は」

 

 西田と山崎、二人のこの診療時間は通常の診療日でのそれとは違い、週に2回、午後の時間帯を一組の患者にのみあてる『特別診療』の時間でのそれである。

 この時間帯については通常の検査や医師による診断からの処方だけではなく、医師と看護師によるセラピーや患者同士の関わりの中で行われるピアカウンセリングなど、ゆっくりとした時間を保障することによって出来る取り組みがなされているのだ。

 

「本当に先生方にはこういう時間を用意してもらって、感謝しか無いですな」

「ん? いや山崎。これって先生達の楽しみもあるんじゃないのか?」

 

 しみじみとした感想を述べる山崎に対しての西田のつっこみは健在のようだ。

 

「はは、当たらずといえども遠からずですな、西田さん。さて、お二人とも、もう一度トイレにしゃがんでみてください。薬液が残っていた分があれば、排泄されると思いますので。その後は、シャワー室に場所を移動して、こちらはみんなで『シャワー浣腸』をやりたいと思います」

 

 医師の勧めに従い排泄を済ませた二人がシャワー室へと向かう。

 広めの浴室の中にシャワーと洗浄用の別ノズルも2つずつあるようだ。ユニットバスのように浴室内にはトイレも準備されていて、このような運用を見越しての設計だということが分かるものだった。

 

「もしご自宅などで行われる場合にはシャワーヘッドを外して、やってみてください。ここでは専用のものがありますので、それを使います」

 

 田畑看護師が手に取ったのは、金属製の先端が丸められ、幾つかの穴が付いた肛門洗浄に特化したものだ。

 

「水量は……、このくらいです。決して普段のシャワーのような強さでは無いことを意識してくださいね。そして先ほどの浣腸薬は体温近くに温めておきましたが、ここではそこまで温度を上げずに使います」

「なんだかちょろちょろなんですね。もっと、びゅーっと入れるのかと思ってました」

「冷たいままだと、腹が痛くなる気がするんですが……?」

 

 話を聞いた感想もそれぞれだ。

 

「目に見えない部分ですから、入れすぎには特に注意しないといけないため、水量は極力抑えて数秒で抜きます。また暖かくすると気付かないうちに奥まで入ってしまって、ずっと残りが出続けたりしますので、身体が『出さなきゃ』と思うように調整してます。では、まずは西田さんからやりましょうか。こちらは我慢しなくていいですから、入れたらすぐにトイレに座って出してください。出したものがきれいになるまで、何回か繰り返します」

 

 西田が、がっちりとしたその尻を少し突き出すようにして後ろを向く。

 ちょろちょろと流れるノズルの先端を、田畑看護師がその肛門にあてがった。

 

「あっ、入ってくる……」

「はい、すぐにトイレで出してください」

「ほっ、ほっ、ああ、こんなに出るんだ……」

 

 水音からすればかなりの勢いで『出て』いるのだろう。

 

「この間に山崎さんも、はい、続けますよ。入れるときは肛門に力を入れないように」

「え、あ、はい……。あっ、冷たい……」

「はいはい、西田さんと交代です。山崎さんはしゃがんでいきんでくださいね」

 

 西田と山崎にしてみれば田畑看護師の手際のよさにすこしばかり圧倒されながらの洗浄であった。

 二人とも、4、5回の注入と排出を繰り返した頃か。

 

「どうですか? もう水しか出てこなくなったかと思います」

「はい、もう普通の水というか、きれいな水しか出なくなりました」

「もう、それで準備が出来たってことですよ」

「なんか、思ってたより簡単というか、こんんもんかって感じですね」

「最初の浣腸薬の部分がうまくいけば、シャワ浣についてはもうルーチン作業みたいにクリアしていけるかと思いますよ」

「確かにあそこが一人でやるとなると、ちょっと怖いかな」

「さ、熱めのシャワー浴びて、身体を温めましょうか」

 

 西田と山崎と一緒に、医師と看護師もまたシャワーで身体を温めたのは、この後に待つ『行為』のためだろう。

 

「ふう、さっぱりしたというか、すっきりしたというか、なんというかですな」

 

 西田の感想は、初めて『洗浄』を経験したものとしてはかなり余裕のあるものだったろう。それでも共に『治療』を受ける山崎もまた頷いているのは、確かな実感がもたらす経験を共有出来ているせいか。

 

「それではお待ちかねの『施術』に入りましょうか。西田さんも山崎さんも、今回は私達医療者側が1対1でかかります。そちらの広めのベッドに、お二人とも膝から下をベッドから下ろすような形で横になられてください」

 

 野村医師の示す先には、これまでの施術の際に使っていたものより倍近い幅のあるベッドが用意されている。

 ベッドの横のパイプ椅子は医師と看護師のためのものだろう。

 いよいよ、二人にとってはじめての『アナルへの刺激による性感獲得』のための施術が始まるのであった。