薬売りの男達

その1

 

 野村伸介、四十六才である。十八の年からこの商売を始め、三十年近くも過ぎてしまった。昔から「売薬(ばいやく)さん、売薬さん」と親しまれてきた富山の薬売りも、今では「家庭薬配置業」と名称も代り、収入も安定してきている。
 知らない人と話すとよく全国を渡り歩いていると思われているが、実際には一定の地域をメインにすえ、周辺のいくつかの市町村があれば一人や二人の売薬は食べていけるだけの収入になる。今では新しい地域の開発よりも、一年のほとんどを「掛場」と呼ばれる自分の得意先を中心とした土地で過ごすのが普通なのである。
 仕事の中身と言えば「帳主」と呼ばれる雇主と「若衆」と呼ばれる従業員で構成した単位で、掛場先のお客さんの家を半年に一度訪問し、置き薬の入れ換えと集金を行なう。昔は十五キロ近い荷物を担ぎ歩いて回っていたらしいが、今では自動車がもっぱらの移動手段となり随分と楽になった。

 

 私が初めて売薬の世界に踏み出したとき、先代の帳主、雄造さんは代々続く帳主の家の三代目で、数えで三十六才の脂の乗り切った男盛りの頃だった。私以外の若衆としてはもう一人、三十手前の恰幅のいい久志さんという人がいて、この三人で掛場を回ることになった。

 

 今日は二人の帳主の下で三十年近くにも渡り、売薬と言う男だけの世界に生きた私の数奇な生き様について話そうと思う。

 

先代との出会い

 

 私は高校を出たばかりであり、地元の薬屋に当時の雰囲気としてはまさに丁稚奉公に出た年のことだ。
 春先に掛場回りのために使っていたアパートに先代と久志さん、それに私の三人で初めて泊まることになった。定宿には旅館を使う売薬も多かったのだが、私達の組は帳主の雄造さんの意向もあり、みなでアパートを借りて共同生活をしていた。
 始めての土地での慣れない営業に初日という緊張も手伝ってか、アパートに帰ってきたときには、ぐったりと横になってしまうほど疲れ切っていた。先代も久志さんもそんな私を叱ることもなく疲れただろうと逆に気遣ってくれ、それが理解が出来るがゆえに明日からの営業も頑張ろうと思っていた。

 

 箪笥の上の気彫りの老人像に、ぱんぱんと手を合わせ皆で今日一日の仕事の報告と明日の無事を祈る。朝夕、欠かさず拍手を打つその像は元々中国の神様だという話だ。
 その日も、本来ならば私の役目になるはずの洗濯や食事の準備なども、久志さんが手伝ってくれたような記憶がある。今日の商売の話しをしながら食事を終えると、いよいよゆっくりと風呂で一日の疲れを癒そうということになった。
 先代の背中を流してやれと久志さんに言われ、洗い場に向かう。私の家にも内風呂はあったが銭湯などもまだまだ現役の頃で、他人と風呂に入ることにはそう抵抗を感じなかったことを覚えている。
 さすがに何人かで使うことを前提に借りたのだろう。風呂だけは広い作りだった。
 私が背中を流しに来たことを告げると雄造さんはにこにこと相好をくずし、よっこらしょと湯船を出ると洗い場に腰を下ろしたのだった。

 

 初めて見る雄造さんの裸は、毎日の営業回りで鍛えられたどっしりした足腰の上にきれいな太鼓腹が乗った、まさに固太りの典型的な肉体だ。うっとおしくなるほどの体毛が、肌が黒ずんで見えるほどに全身を覆っている。股間や脇の下と言わず、せり出した腹や胸、更には背中から尻肉まで熊のように生え揃った剛毛が、見るからに精力に溢れた壮年の肉体を彩っているのだ。
 その成熟した雄の肉体が発する何とも言えぬ色香に、私は息を飲んでしまうような感覚を味わっていた。その一瞬のとまどいを見透かされまいと、石鹸をなすりつけた手拭いを先代の広い背中に当てて激しく動かし始める。
 全身の濃い茂みは泡立ちを助け、黒々と茂る剛毛には石鹸の白い泡がまとい付く。その堂々たる中年男の肉体は白黒に彩られ、より一層淫らさを増すように肉感的だった。
 肩先を洗うときについ目をやってしまった股間の逸物は、先代の男らしい肉体にふさわしく、黒々とした茂みからでろりとぶらさがっていた。
 先代は私に一通り洗わせると、自分の泡も流さぬうちに今度は私の背中を流し始めたのだ。遠慮する私を気にも止めずに、後ろから私の前へと太く毛深い腕を回してくる。

 

 ちょうどこの時のアパートは契約を済ませたばかりで風呂場の腰掛けなども揃っておらず、先代も私も小石模様のタイルの上にじかに腰を下ろしていた。あぐらのままでは私の身体が洗いにくかったのだろう。先代が両足を投げ出し、その間に私に座れと言ってくる。
 その状態で先代が後ろから私の前へと手を伸ばすと、当然私の肉体が後向きに先代の毛深い肉体にすっぽりと包まれるような格好になった。先代はまるで赤ん坊をあやすように、私の胸や腹に石鹸のついた手拭いをこすりつけ、片手は下腹を押えるように私の肉体を抱き抱えているのだった。
 今時の若者に比べれば、男同士で裸で過ごすことに対しての恥ずかしさは少なかったのだろう。このときも肩の上から自分の倅を覗かれることへの気恥ずかしさは感じていたが、男同士で肌を寄せあっているということの異常さにはまったく気付いていなかったように思う。それよりも自分の父親とそう年の違わない先代に、ここまでしてもらって申し訳ないという気持ちで一杯で、他のことを考える余裕などはなかったではなかろうか。

 

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか先代は力強く私の背中を擦り上げる。
 背中を流し終えると、腕から手、更には指の股まで丁寧に流され、さすがに申し訳無く、「もう、いいがですが」と、言おうとしたときだった。
 先代が手拭いを放り捨てたのだ。後ろから回したぶ厚い手のひらで私の全身の肉付きを確かめるかのように撫で回し始めたのだ。

 

「伸ちゃんもいい肉体しとるなあ」
 泡まみれの胸毛や腹毛をぬるぬると私の背中に押し付けながら、先代がつぶやく。
 身体を洗うという目的からは明らかに外れた動きを先代の手が取り始めたときにも、私には初めて人の手で愛撫される心地よさだけが感じられ、嫌悪感などというものは露ほども湧かなかった。
 それでも先代の魔羅が、私の腰に火傷するかのような熱を持ってごりごりと押し付けられているのを感じると、身のすくむような心地だった。
 すでに男の生理については毎晩欠かさないほどのせんずりで経験的に理解していたとはいえ、自分以外の成熟した男の勃起した逸物など見たこともなかったのだ。学友達と噂話だけで興奮していた、男と女のことと似たようなことがこれから私の身にも起こるのだ、ということが実感としては沸かなかったのかもしれない。
 私が身をゆだねていることが分かったのか、先代が私の肉体を毛深い腕で撫で回しながら、問わず語りのように話し始めたのだった。

 

 その晩、私が味わうことになる男同士の交わりのときの会話は、そのあまりの快感のせいかほとんど忘れてしまっている。それでも何故か、このときの先代との風呂場での会話は、三十年近く過ぎ去った今でも鮮明に覚えているのだった。

 

「伸ちゃんはもう十八やけど、せんずりちゃ知っとっか」
「は、はい」
「なら、女の方は知っとっか。同級生の子なんかとやったことはなかったんか」
「いや、まだ知らんがです」
「まだ、童貞か。なら、男同士で色々あっちのほうをするのは知っとっか」
「いえ、あ、はい。学校のとき友達が話しとったから・・・」
「売薬ちゃ男だけの世界や。昔から信用だけで商いしてきた。だから女遊びなんかは御法度やったし、掛場さんからの大事な金を持ってそんな所に遊びに行くがは、けしからんというわけや。そんなこんなで、母ちゃんもおらん連中が長い間一緒にいれば、男同士でやり始める。伸ちゃんも早いうちに覚えれば、ええ気持ちになれるからな。俺にこうされて嫌か。伸ちゃんのも勃っとるし、気持ちいいんやろ」

 

 先代は私の耳元で囁きながら、いつの間にか勃ち上がった私の魔羅を石鹸の泡の付いたぶ厚い手のひらで撫で回している。
 布団の中で慌ただしく済ましていたこれまでの一人きりの行為と違い、純粋に男の欲望を知り抜いたその技巧は、先代の毛深い肉体に包まれた私の全身を痙攣させるほどの快感へと導くのだった。

 

 ぬるぬるとした石鹸のぬめりを鈴口から塗り広げるように太い指が蠢く。
 先代はおそらく、男が初めて他人の手で味わう刺激のすさまじさを熟知した上で、私に快感だけを与え続け、雄汁の噴出を避けるつもりなのだろう。魔羅を握り締めることはせず、ふぐりと亀頭を、指先とくぼませた手のひらでずるりずるりと撫で上げることを繰り返していた。
 あまりの快感に呆けたように口を開けた私の顔を、好色そうに顔を歪めた先代が肩越しに覗きこむ。その目線にどうしようもないほどの雄の匂いを感じ取った私は、先代の膝に手をかけ、声を出すまいと必死に堪える。先代の指がそろそろと鰓の辺りを撫で回し、鈴口に指先をこじ入れる。
 私の身体を抱きかかえるように回された先代の両手が私のふぐりを挟み込んだ。指にまで毛の生えた先代の分厚い手のひらが、揉み手をするように擦り合わされる。上下には動かされず、こりこりと小刻みに揉み上げられる柔らかなその刺激が、ゆっくりと魔羅を伝いあがってくる。

 

「ゆ、雄造さん、ああ、いい、いいです・・・」
 石鹸と嬲られた刺激で真っ赤に膨れ上がった亀頭が先代の両手のひらのくぼみに納まったとき、ついに私は家中に響くような大声を上げてしまっていた。
 私の大声に頃合を察したのか、先代がつと、手を離した。荒い息を上げる私をそのままずるずると洗い場に横たえると、毛むくじゃらの身体がずっしりとのしかかって来た。

 

「こんながにして石鹸をつけてゆるゆると身体を動かすがも気持ちいいんや」
 息が苦しくなるほどの先代の重みが全身にかかり、その圧迫感が異様な快感を伴って全身を駆け巡った。二人の魔羅がごろごろとお互いの腹の肉の上で転がり、先代の腹毛に擦られる。
 緩やかに円を描くような動きをしていた先代の腰が、次第に上下の真っ直ぐな動きに変わっていく。その度に、裏筋を先代の固太りの腹と下腹部で擦り上げられる。手で扱かれるのとはまた違ったその刺激は、泣き出しそうになるくらいの快感だった。

 

 身体を重ねたままの姿勢がきつくなったのか、先代はよっこらしょと身を起こし、私の太腿に割りこむように、どっしりとあぐらをかいた。
 身体を横たえたままの私の全身が、先代の目の前に晒されている。おっ勃った魔羅をさも扱いてくれと言わんばかりの大股開きの格好に腰を抱えられると、顔から火が噴き出すような恥ずかしさを覚えた。それでも先代の無骨な手のひらが太腿の内側をぬるぬると撫で回すと、新たな快感の予感に下半身を揺すり上げてしまう。
 ひとしきり乳首や腹、下腹部をいじると、先代の指先はいよいよ私の茂みへと向かってきた。先代の大きな左手のひらがふぐりをやわやわと揉みほぐす。時折、こりこりと刺激を与えられ右へ左へと逃げる睾丸が気持ちよかった。
 手のひらと親指小指で器用にふぐりを転がしながら、中指と人差し指が自分でも見たことのない秘肛をぬるぬると撫で回してくる。
 普通に扱かれていたらそれだけで気を遣っているに違いない刺激は、先代の右手で絶妙にコントロールされる。
 決して上下の扱きを与えず、手のひら全体で肉茎のみを、くっ、くっ、と締め上げるやり方は、若い肉体をあと一扱きで、というところまでは昂ぶらせるのだが、決して最後のとどめを刺すことがないのだ。
 十代後半という最も性欲が強い時代の雄に取って、一度火をつけられた欲望は白濁した汁を吐き出すまでは納まることが無い。

 

「あ、あっ、気持ちいいです。シゴいて、イかせて、イかせてください」
 寸前まで高められては、すっと刺激が遠ざけられる。その繰り返しが何度も行われると、私は大声を上げ、息も絶え絶えになりながら先代に射精の許しを乞うのだった。

 

「イくのはちょっと待て。後から久志の奴と二人でやって、もっとええ気持ちにさしてやっからな」
 先代は手を休めると、いつの間に用意したのか、洗面器に汲んだ冷たい水道水を、私の下腹部にばしゃりと浴びせたのだ。
 思わず声をあげ身体をすくめてしまった私に先代は、イく寸前に金玉を冷やすとますます雄汁が溜るのだと説明し、自分の下半身にもばしゃばしゃと冷水を浴びせかける。
 水の冷たさに縮み上がった私のふぐりを先代はゆっくりと揉みほぐしながら、風呂から上がって三人で楽しもうと嬉しそうに言うのであった。