冨士見消防署獣人吏員

その4

出動要請

 

 その日も初動待機の引継ぎを終えたばかりの21時前、第一班での最初の仮眠室使用はまたもや熊部と猪野山良次のコンビとなっていた。

 獣人同士、ヒト族同士を組ませるのは仮眠室における獣人達の生態のためではあるが、どうやらシフトを組む相良の意向で、年齢が高い二人には時間的にも中間に近い引き継ぎ後をと、優先的に当てているらしい。

 若い猪野山佐吉などは仮眠室利用が待ちきれず『10分休憩します!』などと一人勝手に宣言し、トイレで何発かは抜いては勤務に戻っているようだが、それをも含め『まあ、若い奴はそんなもんだろう』との雰囲気は、確かにこの消防署にはあるようである。

 もっともこの時代、雄獣人の多い職場では、それが当たり前のことではあったのだが。

 

「換気、くれぐれもお願いしますよ、隊長! 副班長!」

 

 荒尾蘭堂の声かけに笑いの起こる司令室から、軽く手を上げ仮眠室へと移動した二人。

 このところは部屋に入るなり互いの活動服の前をはだけ、ズボンは足下まで下ろした形で、すぐさましゃぶり合いの体勢になることがほとんどだった。

 

「相変わらず、いのさんの股座の匂い、たまらんな……」

「弦さんもスゲえ匂いですよ。ああ、もう2人ともビンビンにおっ勃っちまってるし、まずは2、3発、上澄み抜いちまいましょう」

「ああ、この太いの、しゃぶらせてもらうぞ、いのさん……」

「俺も、弦さんのデッカイのを……」

 

 二人の逸物が、互いの口中へと呑み込まれる。

 唾液と先走りのぬめりが、亀頭と肉竿に与えられる粘膜による快感を何十倍にも増加させていく。

 普段であれば、しゃぶりだして数分もしないうちに二人ほぼ同時の射精となるのだ。

 

 そろそろイきそうだ。

 その日最初の吐精が出来る。

 互いにそう思った、その瞬間だった。

 

『中央町二丁目6階建てビルより火災発生通報あり。現在、情報を確認中』

 

 警報音とともに、機械音声で署内に流れる放送。

 広域連合センターへの救急通報で火災出動要請が入電した際、該当地域の署に対して会話途中であっても流される『予告指令』であった。

 

 一瞬にして雄達の蕩けきった悦楽の表情が、真顔へと変わる。

 ガバリと起き上がった二人が顔を見合わせる。

 唾液にまみれたままの最大限に勃起した逸物をなんとかズボンに収め、活動服の身なりを整え、我先にと司令室へと向かう二人。

 

「一班相良、二班北部は連絡指令要員として署に残り、他の隊員は出動準備。

 救急車1台、ポンプ車1台、梯子車1台に分乗、体勢が整った車両より駅前方面へ発車。

 相良は本指令を待ち、広域連合への応援依頼要請。

 さとるは車内モニターにビル内情報を落とし、分析と報告。

 現場進入は俺が、ポンプ車救急車指示は2班ミヤさんが受け持つ」

 

 司令室に飛び込み、本指令が出る前にも矢継ぎ早に指示を出す熊部。

 隊員達は耐火服、救急装備の着装をあっと言う間に仕上げていく。

 

 再びの警報音。

 すでに車両に乗り込んだ隊員達も、その耳に全神経を集中させる。

 

『指令センターより各局。火災指令、火災指令。本町二丁目1の12にて建物火災。指令目標、冨士見駅前交差点より北方面、県道6号線沿い30メートル、渡邉ビル。出動部隊、冨士見第1。出動準備部隊、西冨士見第2……』

 

 司令室待機であった牛ノ宮の指示にて、既に準備の早い救急車は本指令発令前に出動している。

 本指令放送の前半にはポンプ車、梯子車も出動態勢が整う。

 

 救急車乗務は、第二班の益城達也、権藤幹也。

 ポンプ車には第一班より熊部、猪野山良次、荒尾蘭堂、良町悟。

 梯子車には第二班より牛ノ宮、猪頭六道、猪狩健一、第一班より猪野山佐吉。

 

 司令室に第一班相良、第二班北部のヒト族2名を残しての出動であった。

 

「指令センターより各車両無線オープン。

 近隣巡視中警察よりの報告。出火元は地下の中華料理店と見られる。要救助者は通報によれば料理店経営者2名、50代豚獣人負債総額。各店舗を確認しつつ上階に避難したとのこと。

 通報者は要救助者男性。

 センターよりのドローン操作にて、動体感知カメラと熱温度分析カメラを現地派遣中」

 

「良町です。目標ビルデータです。

 地上6階地下1階RC構造ビル。通称『飯ビル』。建物東側、県道沿いにビル入り口、北側に内部利用者用出入り口。建物北側は駐車場。

 都市ガス引き込み無し、過去の指導点検データより地下店舗には稼働中3台及び予備3台のLPGボンベ存在確認。

 ビル正面入口より南方15メートルに屋外消火栓。ポンプ車は消火栓前に駐車予定」

 

「司令センターより各車両無線オープン。

 通報者より店舗閉店後、火を落とした揚げ物用大型鍋に、何らかの要因で火が入ったようとの話し。また、男性が両手、女性が右手に熱傷との報告あり」

 

「冨士見署司令室より各車両。

 現場警察官より、6階の建物北側窓より要救助者2名確認とのこと。梯子車は地図上駐車場への停車を考慮」

 

「良町です。現場進入目標を地下中華料理店舗と仮定した場合の距離出ました。

 消火栓位置、ポンプ車位置、進入経路建物東側入り口、踏破難易度Bを想定。

 入り口より左側方階段にて降下、階段下より16メートル先に厨房入り口。ホース3本予定ですが、最終確認は現場でお願いします」

 

 次々と入る情報に耳を傾けながら、車内の隊員達は面体や無線機、ケミカルライト等の直前点検を相互に行っていく。

 

 地方都市であり夜間で交通量も減ってきていたことも奏してか、出動より4分ほどで現場着した吏員達。

 ポンプ車を消火栓位置へ、梯子車はビル北側の駐車場へと移動させ、進入準備へと取りかかる。

 駅前ということもあり、近隣の警察がすでに道路封鎖に動いてくれていた。

 

「牛ノ宮班長にて各隊員装備及び資機材点検。エア抜きと除染場を確保。

 最終確認は警察との確認後、俺がやる!」

 

「了解です!」

 

 男達の声が響き渡る。

 

「冨士見消防署、消防司令補、熊部弦蔵です。状況報告お願いします」

「冨士見駅前交番勤務、小島和彦です。

 ビルには11軒の飲食店および、4軒の営業事務所あり。3店舗分は空き家とのこと。

 各経営者に連絡を取り、火元中華料理店以外では営業事務所1軒を除き、すべてビル内には人がいないことを確認しています。確認中の事務所は4階西側です。

 火元経営者とも連絡は付いていますが、2名ともビル6階に避難中で、我々では進入出来ませんでした。

 万が一の降下対策に、クッション用シートと要員の手配は済んでおり、まもなく現着します。

 火災発生直後にビル停電が起きていて、特に地階は非常灯のみとなっているかと思われます」

「ありがとうございます! 進入前に通告します」

「了解です! お気を付けくださいっ! ご武運を!」

 

 警察との打合せを終えた熊部が隊員達の前へと戻る。

 その間にもぞくぞくと情報が集約されていく。

 

「司令センターより各車両。動体感知ドローン画像より、ビル内の要救助者らしき運動体は建物6階に2名。繰り返す。ビル内の要救助者らしき運動体は6階に2名」

「相良っ、センターに4階の動体確認を念入りにと伝えてくれっ!」

「隊長っ、了解ですっ!」

 

 全員の無線はオープンになっている。

 互いに聞き交わしながら、牛ノ宮第二班班長からの報告を受けていく。

 

「熊部隊長、装備、資器材、投光器、牛ノ宮による事前チェック確認済みです。ホース連結3本にて準備、4本目取り出し済み。各装備最終点検、及び、活動時間確認をお願いしますっ!」

 

 仁王立ちになりすでにボンベを背負った熊部の姿は、その体格のせいもあり、集まってきた野次馬達にはまさにヒーローに見えていたことだろう。

 

「各個人のボンベ残圧報告せよ」

「満タンですっ!」

「オール満タンっ!!」

「こちらもですっ!」

「では進入時よりの活動時間を20分とする

 救急車の益城は救助者受け入れ病院の要請を開始。警察からの情報では両名ともに熱傷ありとのことだ。

 梯子車は要救助者の救助に、牛ノ宮班長、及び、猪狩が。操車は権藤が当たり、ゴンドラ降下後は猪狩と交代。

 進入要員は先頭を猪野山良次、蘭堂。中堅を俺といのきち。ホース装着部を猪頭、操車を良町でいく。

 りくさん、進入指揮とコントロールをお願いするっ!」

「了解ですっ、弦さんっ!」

 

 本来であれば、進入指揮・管理者は隊長の熊部が陣取るはずの場所である。

 それでも自らを進入隊員として配置し猪頭六道を進入指揮者として据えたのは、ビル火災、地下という条件から踏破難易度の高さを考えた上での配置であった。

 熊部の頭にちらりと走るのは『両班とも定数を満たしていれば』の思いであったか。

 第一班、第二班ともに定数マイナス1で回せているのは、ベテランの猪頭六道、猪野山良次、そしてもちろん熊部がいてのことである。

 もう2人が現場に回れば、本来3名で回す救急車体勢の万全化、さらには進入指揮を熊部が地上で、という布陣が出来るはずであった。

 それでも現状の手駒で対応せざるを得ないのは、現場では当たり前のことではあったのだが。

 

「総員、面体装着、陽圧給気、通信機及びロープ、ライト確認!」

 

 2人ずつペアになった隊員達がお互いの装備を確認する様を、すべて目視・視差確認していく熊部。

 

「いのりょー、蘭堂、OKです」

「熊部、確認!」

「猪頭、猪野山佐吉、確認!」

「熊部、確認!」

「牛ノ宮、猪狩、オールOK」

「熊部、確認!」

「熊部、良町、確認!」

「猪頭、確認!」

 

 全員の装着確認に、熊部が進入通告を出そうとしたそのときだった。

 

 足下からの突き上げるような衝撃と、そこに一瞬遅れて入り口のドアがひしゃげてしまうほどの熱風と。

 

「爆発確認っ!

 おそらくはプロパンへの誘火かと思われますっ!」

 

 絶叫に近い良町の声。

 状況を受け、熊部が瞬時に指示を出し直す。

 

「地階火元への踏破難易度のDもしくはEへの上昇を見込み、進入班の組み替えを行う!

 先陣、俺といのさんっ!

 中継第二陣を蘭堂と佐吉っ!

 ポンプ車結合部りくさんっ、操車さとるっ!

 さとるは警察への進入報告も頼むっ!」

 

「了解っ!」

 

「総員っ、時計合わせ! 現在2105、これより進入活動時間を20分と設定する。

 総員活動開始っ!」

 

 熊部が踏破破壊用の槌と投光器を腰に下げ、ホースの筒先を抱えた猪野山良次がそれに続く。

 腰を落とし、左手を壁に当て、慎重に、だが確実に前進していく熊部の後に、猪野山良次が抱えた筒先をけして熊部に向けぬよう、こちらもしっかりとした足取りでついて行く。

 安全確保用のロープをカラビナで前後に引いた蘭堂と佐吉が、それに続いた。

 見送る猪頭は蘭童と佐吉に繋がる2本のロープをまとめ、良町は司令センターから送られてくる動体感知と熱温度感知カメラの映像をモニターしていく。

 梯子車では牛ノ宮と猪狩を先頭のゴンドラに乗せ、最高高度へと慎重な操作を開始する権藤幹也。

 

 10人の現場の男達。

 それぞれがそれぞれの役割を、着実に、堅実に果たし初めていく。

 

「階段、途中踊り場から下が大規模破損。慎重に進むっ! 中継蘭童と佐吉は踊り場にて待機、ロープ確認っ!」

「猪頭確認っ!」

「蘭童了解っ!」「猪野山佐吉了解っ!」

「良町より。熱感知温度、地下室内800℃に達してます」

「蘭童ですっ! 前後進入確保用ロープ、先陣方向40メートル、後方50メートルでストップします」

「地下方面、火災光にて光源確保は出来ているものの面体での熱源目視スコープに切り換える!

 廊下にて中性帯確認、進入隊員っ、姿勢注意っ!」

「牛ノ宮より、要救助者要請階に到着。はめ殺し小窓にて、破壊進入します」

「蘭堂いのきち、踊り場到着。モニターバックアップ入りますので蘭堂視界を隊長スコープに切り換えます」

「猪野山佐吉、蘭堂さんの安全確保入ります」

「熊部といのさん、両名ともにフロア到着っ。料理店厨房入り口より炎確認、手前2店舗捜索済み。要救助者0名確認っ!」

「隊長っ、指令センター動体感知ドローン映像分析、4階および地上フロア、6階捕捉済みの2名以外は動体感知ゼロ報告です!」

「熊部了解っ!

 りくさんっ、応援部隊現着したら、状況報告と上階捜索部隊派遣願うっ!」

「猪頭っ、了解です!」

「司令室より相良だっ! 進入隊員およびポンプ車っ、先陣安全確認に注意せよっ! 指令センターよりのドローン画像っ、モニターしろっ!」

「ポンプ車了解っ!」

「中継了解っ!」

 

 現場の隊員達から上がる膨大な情報・要請を素早くまとめ上げていくのは、司令室に残る相良新一であった。

 司令センター、現場、警察、さらには上空を飛び始めた報道ヘリからの情報をまとめ、必要と思われるものをさらに現場へとフィードバックしていく。

 第二班から残る北部正孝は、救急受電対応で地域に入る要請を広域連合へと回していく係だ。

 火災発生の最初の通報から、すでに14分が経過しようとしていた。

 

「司令室より。西冨士見よりの救急車1台、ポンプ車1台がまもなく現着します」

「牛ノ宮です。要救助者と接触。女性が左手熱傷。火災煙の吸入あり。男性は両手熱傷及び左足に負傷あり。こちらも火災煙の吸入見られる。O2、ルート確保用意。救急車2台にて搬送願う」

「北部です。管内よりの救急要請。司令センターより広域連合に回しています。なお、あと5分ほどで昼職員4名の体制確保予定。救急車1台運行可能となります」

「熊部だ、地下フロアへの踏破中。西冨士見ポンプ車へは現着後、こちら進入管理者猪頭との連携で、1階フロアからの避難・捜索確認と上階放水準備を願う」

「司令室了解。西冨士見署車両及び隊員への無線オープンしてます」

「西冨士見救急車、現状把握。搬送予定先、回せ」

「冨士見署救急車、益城です。冨士見中央病院にて2名受け入れOK出ました!」

「西冨士見ポンプ車、了解! 良町隊員との連絡取ります」

「要救助者2名、ゴンドラ乗車。安全帯装着確認。ゴンドラ下ろせ」

「梯子車操車、権藤。了解です!」

 

 あらゆる情報が、一斉に、だが確実に、全員の耳へと届いていく。

 すべての男達が、要救助者の命を守り、被害を最小に留めるために、己の責務をはたしていた。

 一言一言の報告に、隊員達の、男達の、その思いが込められているのだと、司令室に座り現状のすべてを把握していく相良新一は深く理解している。

 

「熊部だ。りくさんっ、放水準備っ! 筒先圧力確認っ!」

「猪野山良次っ、筒先確保良しっ! 水、送れっ!」

「猪頭っ、進入先頭、熊部隊長及び筒先担当猪野山良次隊員よりの送水要請確認っ!

 水、送りますっ!」

 

 ビクン、と一度、ポンプ車送水口に繋がれたホースが大きく跳ねる。

 並の人間では弾け飛んでしまうほどの水圧で、火災現場へと水を送るホース。

 猪頭が、途中の蘭堂と佐吉が、ぐんとその直径を増したホースの『暴れ』を制御していく。

 

「猪野山良次っ、筒先到達確認っ! これより放水消火、まずブロークンストリームを開始するっ!」

 

 吹き出す水流の方向をコントロールしながら、開いたドアから厨房の天井へと放水する猪野山良次。

 その腰はぐっと落とされ、常人であればその暴れ圧に振り飛ばされそうになるはずの筒先を、しっかりと握り締めている。

 

「筒先保持者、いのさんの背中側にて耐圧バックアップ、熊部が入るっ!

 蘭堂っ、俺の視野が塞がれるっ! モニター確認願うっ!」

「こちら蘭堂っ、モニター継続中。地下フロア動体感知無し、熱源感知1200℃越えが厨房奧及び天井付近に見られます。姿勢制御、願いますっ! あ、天井温度、下がり始めました!」

「こちら牛ノ宮、要救助者2名、送り出し、受け入れ体制確認。冨士見及び西冨士見救急車にて、冨士見中央病院に搬送出発します!」

 

 火災現場において、床面からの『高さ』というものは、その位置するところにより実に大きな温度差が生まれる。

 膝から下、30センチのところであれば数十℃の場所であっても、天井近くとなれば実に1000℃以上にも達することがあるのだ。

 消防士達は現場でいかに自分の身を『低く』保ちながら、踏破前進や捜索、放水を行えるのか、日頃よりそのための鍛錬を欠かさないのである。

 

「猪野山良次、片膝着きます。隊長っ、背中側バックアップ願いますっ!」

「いのさんの背中側耐圧バックアップに入る。火元が目視確認できないため、このまま2人で厨房内への進入を図る」

 

 猪野山良次が片膝を着き、己の腰前に筒先を抱える。

 その後ろには水圧に対抗する良次の背中を支えようと、ぐっと腰を落とした熊部が、その腹と股間を猪獣人の背中に密着させる。

 獣人吏員の比率が高まるにつれ、水量水圧を上げても安全体制が確保されるようにと生み出されてきた放水姿勢であった。

 

(背中にゴリゴリ当たるのは、隊長のチンポだよな。耐火服越しにこれってことは、もう最大限におっ勃ってるはず……。俺も仮眠室出てからこっち、ぜんぜん萎えないまま来ちまってる。これは、これは、いかんな……)

 

 驚いたことに、熊部と猪野山、両名ともに(口には出さぬが)自らの逸物の昂ぶりはそのままに、これまでの職務をこなしてきていたのである。

 

 猪野山は背中に当たる熊部の股間から2名ともに同じ状況にあることを理解していたが、背中側の熊部にとっては自らの状態はまずは己一人が抱えている問題として、頭の中を駆け巡っている。

 

(なんでだ、なんで萎えない?! これまでならせんずりの途中での出動でも、車に乗っちまえばおさまってたのに、なんで今日はこんなに……。しかも俺は今、わざといのさんの背中に俺のチンポを強く押し付けちまってる。いのさんの背中に当たる感触を、俺は楽しんじまってる。やばいな、これは……。ぜんぶおさまったら、応急対処に入らんといかんだろう……)

 

 内心に様々な思いが渦巻く両名ではあるのだが、訓練を重ねてきた肉体は、ことさら意識に昇らせずとも、自らの肉体に刻み込まれた動きを着実に遂行していく。

 まるでその頭と身体が分離したかのような状況を、現場の2人それぞれが危惧していた。

 

「隊長っ、熱源感知映像から判断して、先の爆発は火元近く稼働中のボンベ3台分です。残りの予備3台は残っているものと思われます。高温誘爆の恐れありです」

 

 モニター画像を分析している良町からの報告。

 

「どっちにしろ火元が狙えんことには話にならん。ここからは棚があって火元への直接放水が効かん。室内温度確認後、このまま進入するっ!」

「蘭童ですっ、室内温度、200℃を切りましたっ!」

 

 天井を狙い、室内の温度を下げるためのブロークンストリーム放水が効いてきていた。

 片膝を着いた猪野山良次が器用に前進していく。

 その背中を守る熊部の股間は猪野山の腰に押し付けられたまま、一瞬も離れることは無い。

 

(ああ、いのさんの背中に擦れて……。どあほう! 俺はこんなときに、なにを考えてるんだっ!)

(隊長のチンポが、押し付けられてる……。ああ、たまらん、いかん、こんな考えでいたら、出ちまいそうだ……。それだけは、それだけは、いかんのだ……)

 

 己の股間の状態に焦りはあるのだが、日々の凄まじいまでの訓練によって身体に染みついたその動きは、実に冷静に、実に着実に、2人の肉体を厨房内へと運んでいく。

 

「隊長っ、動体感知映像からプロパンボンベらしきものの暴れを確認。向かって右手前、ばくはっ」

 

 蘭堂の声が無線から聞こえたそのときだった。

 無線内容を理解した猪野山が瞬時に、ほぼ無意識に、その左手のレバーを切り替え、パルス放水4秒の動きを選択する。

 意図的に尻餅をつくように己の体制を崩し、その意味もまた熊部へと、体動を通じて瞬時に伝わる。

 

 その瞬間、霧状に撒かれた水の向こうに爆裂する火の塊が見えーーーー。

 

 

 

 爆音とともに、その分厚い尻を床にすべらすようにして再び廊下へと吹き飛ばされた2人。

 その日2度目の爆発が、熊部と猪野山を襲ったのだ。

 

「隊長っ、いのりょーさんっ、応答をっ!

 いのりょーさんっ、隊長っ、聞こえてたら、返事くださいっ!」

 

 署内司令室の相良が叫ぶ。

 西冨士見署の吏員達も、第一小隊の他の吏員も、誰もが言葉を発しない。

 このような非常事態発生時には、中央司令による情報の一元化が大事だと分かっているゆえであった。

 自らも呼びかけたい気持ちを押し殺しながら、ポンプ車のモニターを見つめる良町が全体状況を伝えていく。

 

「厨房内感知温度、160℃まで低下。爆風と火元燃料の爆散によるものと思われます」

「こちら蘭堂、隊長のスコープモニタリングでいのりょーさんの体動確認、隊長自身の体動も確認」

「佐吉です。引き継いだ動体感知モニター、地下の2人、感知してますっ!」

 

 着々と、様々なモニターから2人の生存は報告されていく。

 2人の肉声は、まだ届かない。

 

(隊長、いのりょーさんっ、声を、声を聞かせてくださいっ)

 

 声にならぬ、隊員達の『声』が、2人に届いたのか。

 

「こちら熊部、生存報告。俺もいのさんも無事だ。

 爆発直前にいのさんがパルス放水に切り換えて腰を落としたので、爆炎には舐められずに済んだ。いのさんの無線がポシャったが、こちらでの2人の会話は会話は成立している」

 

 握り締めた拳に無言で力を入れた蘭堂。

 司令室の相良が天井を見上げるのは、涙を隠すためか。

 

「これより再び厨房内に進入し、火元を叩く。蘭堂、さとるっ、俺のスコープがどうも不具合を起こしてるっ。室温の読み上げを行ってくれっ!」

 

 あくまでも任務を着実に遂行しながら、このときの2人の内心は荒れに荒れていた。

 

(いかん、爆発を受けたときに、俺、イっちまった。触りもしないチンポから、汁、出しちまった!)

(爆発で吹き飛ぶいのさんの身体抱き締めた瞬間、出ちまったな……。これは真面目に、現場危機の応急対処をしないと……。だが、あれは最低でも俺と付き合ってくれるあと一人が必要になる。いのさんは、いのさんはどうだったんだ。いかん、いかん、今はまずは、仕事だ……)

 

 両名ともに、爆発の瞬間、その巨大な逸物から活動服、耐火服の中に大量の雄汁を吐精してしまっていたのだ。

 熊部も猪野山も『それ』がなにを意味するかが『分かって』いる、経験豊富な消防吏員であった。

 

「火元と見られる調理台を確認。爆発でほぼ吹き飛んでいるが、火災燃料となる油が飛散している。2秒放水の連続で叩くっ!」

 

 立ち上がった猪野山が、左手のレバーをストレートに戻し、ペンシリング放水を数秒単位で行い、水の塊を火元へと放り込んでいく。

 おそらくは油が張られた大鍋が火元であった火災が、見る間に制圧されていく。

 落ち着いた火元を確認しながら、猪野山が的確な放水で周囲の類焼箇所をも押さえていく。

 

「天井温度、100℃に低下。秒単位で下がりつつあります」

「80℃、60℃、40℃に低下」

「目視にての炎はすでに確認せず。このままスコープにて室内各所、30℃以下まで落とした段階で離脱する。りくさん、放水開始からの時間を頼む」

「隊長、現在放水開始より8分経過してます」

 

 多くのことが起こったように見えた現場ではあったが、最初の火災通報からおよそ6分での現場到着。

 サイズアップ(現況確認)に数分を消費したものの、進入までに経過した時間は6分、進入後のフロア踏破に4分、その後の放水開始からの時間は8分と、実に全体で24分という短い時間での鎮火であった。

 

 火災発生にとっての時間経過は、空気温度を上げる最大の要因なのである。

 その点では、RC構造、防火対策に優れたビルではあったが、天井温度1400℃に達せぬ時間での鎮火こそが、他室上階への類焼を防いだ最大の防御策であったと言えよう。

 もちろん再炎可能性の排除確認はまだではあるが、建物火災としてはまれに見るほどの『素早さ』での制圧であったのだ。

 

 そのすべてが、日頃から鍛錬を欠かさぬ男達の、己の役割を誠実に勤め上げた男達の、努力と意識の清廉さに理由があるのであろう。

 捜索終了と再燃可能性の否定とを隊長である最終的に熊部が為すことで、警察と合同の現場検証などは残るものの、火災出動における消防隊の役割、まさに『鎮火』という最大の山場を越すことが出来たのであった。

 

 地上に戻った進入隊員たちがポンプ車よりの水を被って除染を済ませ、しころと面体を外しては次々とグータッチを交わす。

 署の域を超えた応援部隊の者達とも、無論その喜びが変わることはない。

 

 警察との事後打合せを控えた熊部が、猪野山良次をそっとビル陰に誘った。

 

「いのさん、正直に言う。俺は、あの現場でずっと勃起したままだった。そしてあの爆発の瞬間、イっちまったんだ。

 これは高い確率で『火災危機現場中毒』の症状だ。

 署に着くまではどうせ動けんし誰にも言わないつもりだが、もし、もし、いのさんがよければ、その後の俺の応急対処に付き合ってくれないか……」

 

 猪野山良次が、しばらくの間をおいて、熊部に答えた。

 

「弦さんも、弦さんもだったんですね……」

「俺『も』って、まさか、いのさんも……」

「そうです、俺も弦さんと同じで、仮眠室からこっち、移動のときも、火を見ても、放水圧を感じても、ぜんぜん萎えないまんまでした。

 そして、そして、弦さんと同じで、俺も爆発のとき、出ちまったんです……。

 しかもまだ、まだおっ勃ったまんまなんです、俺のチンポ……」

「それも同じだ、いのさん。耐火服だと周りからは分からないだろうが、活動服になったら丸わかりのはずだ」

「俺は、その今すぐでも、と思っちまってます……」

 

「分かった、いのさん。署に帰ったら、蘭堂に引き継いで、すぐにホテルに行くぞ。何をするかは、分かってるよな、いのさん?」

「ああ、はい……。新しい教本と研修で、叩き込まれました」

「よし、とりあえず、帰署までは黙っておこう。途中のコンビニで水分補給用のドリンクを仕入れていけばいいだろう」

「了解です。隊長。了解です……」

 

 どこか呆然としたままの猪野山の背中を押す熊部。

 二人とも自らの心と身体に何が起きているのかは理解しているようであるが、それが『なぜ』今回起こったのかは、なかなか分からぬことなのだろう。

 

 はたして熊部の言う『火災危機現場中毒』とは、いかなるものであるのか。

 警察との引継ぎ、初日現場検証を終えた一同が冨士見署へと帰還できたのは、日付も変わろうかとする時間であった。