冨士見消防署獣人吏員

その2

仮眠室の攻防

 

「さて、蘭堂にも言われちまいましたが、お互い『休む』ことにしますかね、隊長」

「ああ、そうだな、いのさん……。まあ、その、なんだ、お休み、いのさん……」

「お休みなさい、熊部隊長……」

 

(お休みったって、二人とも『休む』ワケじゃ無いしな……。やれやれ、蘭堂にああまで言われても、何度か抜いとかんと仕事に差し支えるしな……。俺もそうだが、いのさんも、ああ言われたからって我慢できるようなもんでも無いだろうし……)

 

 内心、少しばかりドギマギしながら横になる隊長の熊部である。

 さすがに猪野山とあからさまにその手の会話をする訳にもいかず、互いに少し離して引かれた布団に横になる。

 ティッシュの箱とロッカーから取り出した自分の逸物の大きさに合わせたコンドームを幾つか手の届く枕元に置いたのは、無意識のうちに行えるほどの慣れた行為だ。

 

 ヒト族の良町悟が言ったように、交代勤務の署員全員が使うことになる仮眠室と布団を汚してしまっては、かなりの迷惑を次に利用する者へとかけてしまう。

 そのため、発射の瞬間の醍醐味を視覚的に味わうことが出来る手やティッシュで受けるやり方では無く、コンドームを付けてのせいぜい軽い呻き声程度での吐精方式が、この冨士見署仮眠室でのあえて明文化されぬ『ルール』となっているのだ。

 

 一応最初は互いに背を向けた形で毛布を被るのだが、こればかりは利き手やそのときの昂ぶりで、身体の向きが変わるのは避けようが無い。

 そのときも互いに分かってはいるのだが、あえて気付かぬ『振り』をするのが、仮眠室をともに利用する獣人吏員間の『暗黙の了解』となっていたのだ。

 

(俺はだいたいこの時間に3、4回は抜いとかんと、それこそ起きてても夢精するみたいに、活動服との摩擦でも漏らしちまいそうになるからな……。いのさんもいつも同じくらいなんで、イくタイミングが合っちまうことが多いけど……)

 

 3時間の仮眠時間中に、熊部も猪野山も、数回の吐精は『当たり前』となっている。

 仮に4回程度の射精を行う場合、後の身繕いやたっぷりと汁で膨らんだスキンの後処理などを考えれば、一発あたりをだいたい30分以内に納めたくなるのは人情だろう。

 もちろん二人ともその性欲・精力の強さからして、もっと速いペースでの射精は存分に可能ではあるのだが、そこはそれで『扱きながらの快感を、イく寸前の快感を、なるべく長く味わいたい』という、雄としての思いも捨てがたいのだ。

 

 自然と回数が近い者同士だと、仮眠時間との配分で、似たような射精のペースになってしまうのは仕方の無いことであった。

 部下である猪野山も時間内での平均では4回の射精回数からの計算をしているらしく、昂ぶるに連れての荒々しい吐息とイく瞬間の声が、互いに同じタイミングとなることもしばしばであったのだ。

 

 署内で普段着ている青い活動服は出動要請への即時対応のため、熊部も猪野山も脱ぐことは無く、そのままでの仮眠体制となる。

 厚手のシーツは毎日交換されているのだが、男達の汗が染み込んだ敷き布団に、今の季節だと薄手の毛布か。

 形としてはそれぞれの身体は毛布で覆われ、互いの視界から遮られる形にはなっている。

 それでもその生地の柔らかさは、鍛えた獣人達の肉体の凹凸を、あるいは逞しい肩や二の腕、手首の動きを、ほぼそのまま表してしまうことだろう。

 

 アラミド繊維とポリエステル仕様の防火耐性も高い活動服。その前立てのファスナーを下ろし、快楽の予感にすでにぷっくりと膨れ上がった乳首を外気に晒す。

 ズボンの装着ベルトを緩め前を開ければ、隆々と勃起している逸物を外に出すことになるのは、いつものことだ。

 もっとも、せんずりを始めてしまえば、己の獣毛に覆われた金玉や竿の根本が固い質感の生地にわずかに触れるその感触もまた、密かな楽しみとなっていたのだが。

 

 もともとヒト族本来の『仮眠を取るための』使用にあたっても、起き抜けの事故や転倒を防ぐため、電気は付けたままにしている部屋である。

 当然、隣の布団の激しく上下する様子や、扱くだけか、金玉を揉んでいるのか、あるいは乳首すらいじってその快楽を増加させようとしているのか、互いに『見えてはいても、見ない振り』で過ごしてきた男達。

 猪野山などは扱く手の邪魔になるのか、毛布すらもはだけてしまうことも多く、そうなればもっさりと茂る股間から勃ち上がる隆々とした逸物すら、丸見えになるのだ。

 

(今日はいのさんもけっこう激しいな。蘭堂の奴が焚きつけたせいもあるんだろうが……)

 

 熊部が自分のものを上下に扱き上げながら、ついつい猪野山の布団の方を見てしまうのは、熊部自身も蘭堂の言葉が頭に残っているせいだろう。

 自分達がこっそりと(公然と、ではあるのだが)行おうとしていた行為を、匂わせとはいえ一度言語化されてしまうと、それはそれで意識してしまうのは仕方が無いことだ。

 

 いつもは部屋の奥を向き、熊部に背を向けてのせんずりに没頭するはずの猪野山が、今日は毛布もはだけ、天井を見上げる仰向けの状態で扱き上げていた。

 汗ばんだ身体から立ち上る獣臭は、獣人同士であればかなりの濃厚なフェロモンとして作用してしまう。

 隣の布団から漂う猪獣人特有の匂いを強烈に感じている熊部ではあるが、おそらくは猪野山もまた、熊獣人である熊部の体臭と性臭に包まれているはずだ。

 

(いかん、つい、いのさんの方を向いちまう。あんまり見ちゃいかんのだろうが、ああいう言われ方をすると、やっぱり気になるな……。どうする、後ろを向き直すか? いや、なんとなく、その、いのさんがイくのと一緒のタイミングでイっちまいたい気分も……。ああ、そうだ。いのさんは確か、イくときはいつも強く目をつぶってイくから、俺が見てても……。いや、どうする、もう、汁が上がってきちまってるぞ……。ああ、いのさんの匂いが凄い……。ああ、ダメだ、なんだかいのさんが気になったまま、イっちまいそうだ……)

 

 猪野山の方を向いたまま、熊部もまた烈しく己の手を動かしていた。

 

 熊部のグローブほどの手にすらあまる太さの逸物は、平常時、勃起時含めて署内吏員の中でも一番の巨大さを誇るだろう。

 次点には牛ノ宮の長大なそれが座することになるが、隣で息を殺しながらせんずりに励む猪野山良次のそれもまた、太さだけで言えば熊部のものと並ぶか、それ以上のものだった。

 

 熊部もロッカーには熊族専用のコンドーム、それも一番大きなサイズをかなりの数で用意してはいる。その巨大なコンドームでも、熊部にあっては根本から先端までがきちんと入りきれる訳では無い。

 胴体の根本側、30センチを優に超え40センチ近いその全長の1/3ほどが、はみ出してしまっているのだ。

 ゴムの圧力に少しばかりその形が丸められてしまってはいるが、直に見れば根元と亀頭下、二段構えの上反り姿も雄々しい様を表している。臍に向かって勇ましくも勃ち上がり、甲高の雁首が膨れ上がった亀頭を支える、実に見事な『逸物』と言えるものであった。

 

 対してズボンの前開きから天井へと垂直に勃ち上がり、その一つ目を光らせる猪野山のものも、その太さでは熊部のものすらも上回り、ぐねぐねとうねる血管が鼓動の勢いすら伝わるほどにその巨木の周りを飾っている。

 長さでは熊部のそれが上回るが、身長差に現れる肉体との対比で言えば、猪野山の方が比率としては『大きく』見えていた。

 

 猪野山の睾丸に至ってはこれはもうはっきりと、体格では勝るはずの熊部のものよりもはるかに巨大な双玉が薄い皮膚に包まれている。

 体毛と同じ黒毛に覆われた熊部のそれとは違い、少し離れて見れば被毛の影響の殆ど無い、周囲の皮膚と同じような表面をした巨大な楕円形の臓器をずら下げている。

 

 互いの呼吸音が、コンドームを付け扱き上げるその摩擦音が、耳からの刺激になる。

 鼻腔に広がるのはお互いの体臭と性臭。ヒト族に比べ遥かに敏感な五感が、二人の射精中枢を刺激する。

 

「あっ、あっ、イきそうだっ、俺っ、出ちまうっ……」

 

 普段は小さな呻き声ぐらいしか聞こえぬはずの猪野山の布団から、押し殺してはいるが、明瞭に吐精寸前の声が聞こえた。

 

(ああ、あんな声を聞いてしまうと、ああ、俺もイくぞっ、いのさんと一緒に、一緒にイっちまう……!)

 

「おおおおっ、イっちまうっ、チンポからっ、汁がっ、出るっ、出るっ、出るっ、イくっ……!」

「ああっ、俺もっ、俺もっ、イくっ! イくっ……!!」

 

 その瞬間、互いに見つめ合ってしまった二人。

 あまりの快感にガクガクと腰を揺らしながら、横向きの身体を丸めるようにしての熊部の射精。

 その姿を隣の布団で腰を突き上げ、まるで天井にその汁を飛ばす勢いでコンドームの先端を膨らませている熊部が、はっきりした視線で見つめていたのだ。

 

 荒い息が整うまで、互いに声をかけない二人であった。

 いや、この場合、互いに何と言っていいのか答えが見つからなかった、というのが正解だったろう。

 

 のっそりと身体を起こし胡坐をかいた熊部が、ガサガサと何枚ものティッシュを引き出している。

 

「二人とも、蘭堂の言葉が気になってしまってたよな、いのさん……」

「弦さんも、久しぶりに激しかったですな……。いや、人に言えることじゃ無いですが」

 

 汗の染みた布団の上で苦笑いをしながらも、同じく胡坐座になった猪野山が答える。

 今ではほとんどの署員から『隊長』と呼ばれてはいるが、古参の吏員達からは未だに『弦さん』と呼ばれることもある熊部である。

 

 その熊部と同じくティッシュを手にし、用心深くスキンを外そうとする猪野山。

 吐き出された白濁液は、どっぷりとした溜まりを作り、無理やり下向きに押し下げた逸物から、こぼさぬように外すのは難儀なようだった。

 

「その、悟の奴もああ言っていたし、布団に染みを作ってもアレだし、いのさん、外すの手伝おうか?」

「ああ、お願いしますかね、弦さん。今日はいつもよりかなり多くて……。弦さんのも、俺が外しますよ」

「ああ、俺のも隙間から漏れそうだ……。二人で一緒に外しちまおう」

 

 立て膝になった二人がのそのそと近付き、互いの逸物に手を伸ばす。

 今日のような仮眠室でのせんずりのときや、風呂場で汗を流すときなど、互いに目にすることは多い署員同士の逸物ではあるが、一向に萎えない勃起したままのそれを手にすることは、日常ではなかなか無いことだ。

 

「おっ、触られると男同士でも感じちまいますな……。こういうのは、久しぶりだ……」

「お互いさまだよ、いのさん……。二人とも、まだ1回しかイってないからな。それにしても、ホントにいのさん、たっぷり出したな。俺も自分では多い方とは思ってるんだが、こりゃ、すげえわ!」

「弦さんもゴムが破けるんじゃないかってくらい、出てるじゃ無いですか。いや、恥ずかしながら、この頃なかなかの欲求不満でしてな」

 

 座り直した二人が相手の汁がたっぷりと入ったままのスキンを固く縛れば、それこそ獣人の大きな手の平に乗るほどの雄汁水風船が出来上がる。

 体格の違いからか熊部のそれの方が幾分か大きいようではあるが、みかんほどの大きさのぼってりとした風船を見て、互いに苦笑いが出てしまうのは仕方のないところか。

 

「これだけ出せるなら、いのさんも、まだまだ男として現役じゃないか。なんだよ、欲求不満って?」

「はは……。恥ずかしい話しですが、女房の奴が最近『娘に聞こえてるみたいだから、するんだったらなるべくおとなしくやって』って言いだしちまって……。声も出せねえし、時間もかけちゃまずいみたいな感じで、イくのもやっと1回を許してもらってる、って感じなんですわ」 

 

 倦怠期を迎えた夫婦、と言ってしまえば簡単ではあるが、獣人家族内の雄性個体と雌性個体の性欲発露に対する感覚の違いは、ここ数十年幾度となく話題となっている社会現象の一つでもあった。

 そのような種族内での問題も抱えることが、この時代においては性欲の解消相手に同性の存在が異端視されない一つの要因となっているのであろう。

 実際、消防学校の寮などでは、熊部も猪野山も、それなりの『経験』を積んできている。

 

「ああ、いのさんとこもか……。うちもなあ……。いや、うちのほうがきついかも知れんなあ……」

「隊長んとこは、もう子どもさん、二人とも家を出てるんじゃなかったでしたっけ?」

「ああ、去年、下のもやっと独立したんだがな、妻がもう何年も前から『もうあたし、上がるから。後は一人でやって』ってな」

「あちゃあ、それはキツいですな……」

「俺らの仕事しながら、風俗というわけにもいかんだろう?」

「……たしかに、ですな」

 

 消防署勤務ともなれば、地域内の風俗店などに『防災点検・指導』として検分に入ったり、ビルの消火訓練に参加することなどが多いのだ。

 さすがに狭いこの町では、顔を合わせたときのばつの悪さも相当なはずである。

 

「あいつが仕事に出てるときや、便所や風呂でささっと済ませはするんだが、やはり本格的なのをヤりたくは思うわなあ……」

「お互い、処理には困っとったと言うわけですな」

「まったくだ。布団に横になってイけるのは、実は仕事に来てるときだけってのが、もうな」

 

 中年の男同士が、互いを慰め合いながら笑い合う。

 

「弦さん、いや、隊長!

 こんな話しもしちまったし、お互いまだまだ出し足りんでしょう。また布団で一人こそこそヤるのもバツが悪い。

 どうです?

 二人でこのまま、せんずり大会のまねごとでもしてみませんか?」

「おお、懐かしいなあ。消防学校んときは、先輩にもよくやらされたし、上になったら自分達でもやってたからな。ああ、久しぶりにやろうか、いのさん!」

 

 明るく話を持ちかける猪野山に熊部もまた妙なところで意気投合するのは、互いに同じ歩み、同じ仕事をしてきた者同士の絆であろう。

 男がほとんどの集団で長年過ごしているこの二人も、先に述べたように、それなりの経験を踏んではきているのだ。

 

 互いの布団の上に胡坐に座り、正面に向き合った2人。

 その右手が先ほどから勃ったまま、スキンを付け直した己の逸物を握り締める。

 片方の手を後ろについて、腰を浮かすかのような姿勢を取る猪野山は、相手の視線にさらに自分の摩羅を晒すためか。

 互いの顔に、下半身に目を遣りながら、それぞれの肉棒を扱き始めた2人だった。

 

「ああ、ぶっといチンポ扱いてるいのさんも、エロいよなあ……」

「弦さんの匂い、たまらんですな……。今日は特に匂って、1発目はそれでイかせてもらったようなもんですわ」

 

 獣人の体臭・性臭については、たとえそれが『名残』であっても、良町が言ったようにヒト族でも感じ取れるほどの強いものである。

 ましてや元となった動物たちの五感の鋭さも引き継ぐ獣人同士にあっては、その『効き』はヒト族の受け取るそれとは、かなりの『効きの違い』があるのだ。

 

「俺、そんなに匂っているのか?」

「まあ、猪の俺らの鼻はかなり利きますからなあ……。

 ああ……、弦さんの匂いは、いつもこう、せんずるときに、もうたまらん感じになるんですわ……」

 

 通常の体臭とはまた別に、アドレナリンが放出したときの匂いの嗅ぎ分けすら出来るのが猪獣人、犬獣人等に見られる特徴でもある。

 熊獣人もまたヒト族よりははるかに敏感な嗅覚を持つものではあったが、さすがに猪獣人には及ばないということか。

 

 互いにスキンを付けた逸物を扱きながら、その視線は相手の顔と股間を行き来する。

 上着ははだけられ、ズボンも下ろした2人の姿。

 汗に湿る体毛から立ち上る体臭と、もっさりとした茂みの股間から漂う性臭と。

 猪野山が堪えきれぬのか、鬱蒼と体毛茂るその胸の、小さな突起をいじり始める。

 

「うあ、乳首も、乳首もいいっ……」

「ああ、いのさんは、胸が感じるのか……。エロいなあ、いやらしいなあ」

「ああっ、隊長っ、もっと、もっと『いやらしいなあ』って言ってくださいっ!」

「んん、そういうのが、いいのか? いのさん?」

「ああっ、隊長に『いやらしい』って言われると、俺、それだけですげえ感じちまいますよ……」

 

 52才の熊部と47才の猪野山。

 50も近くなればそのあたりの年の差は、普段はそう意識しなくなるものだろう。

 しかし、ことせんずりを見合いながらの相手の煽り方については、熊部の年の功がわずかに優っているようだ。

 

「せんずり掻いてるいのさん、すげえやらしいぞ。チンポ扱いて、胸もいじってて、トロンとした顔してて……。すげえ、すげえ、いやらしいよっ……」

「ああああっ、隊長にっ、そ、そんなふうに言われるとっ、俺っ、ダメだっ、イっちまいそうになるっ……!」

「我慢しろっ、いのさんっ! もっと感じて、もっといじって、たっぷり先走り出してから、一緒に、一緒にイこうっ!!」

 

 熊部もまた己の手の動きを早めたのは、まさに『一緒に』吐精をするための算段か。

 

「隊長と一緒に、一緒にイくなんてっ、ああっ、ダメだっ、そんないやらしいこと、思っただけで、イっちまいそうになるっ……」

「いのさんっ、金玉キツく握って、痛みで飛ばせっ! もっとだっ、もっと感じてから、一緒にイくぞっ!!」

 

 自らの埒が『間に合わぬ』と判断したのだろう。

 熊部の檄は、猪野山の興奮をわずかに抑え、自らは吐精への直線を駆け上がろうとする意思の表れか。

 

「うおっ、あっ、あっ……。俺も、いのさんの匂いがっ、いのさんの顔がっ。ああっ、たまらんっ、俺もっ、俺もイきそうだっ! いのさんっ、いのさんっ、イこうっ! お互いの顔見ながらっ、一緒にっ、一緒にイこうっ!!」

「ああっ、隊長っ、俺っ、俺っ、もうっ、もうっ、イきますっ! 俺っ、隊長の顔見ながらっ、俺っ、イっちまいますっ……!」

 

 布団の上で胡坐をかいた二人が、互いの目を見つめ合いながら、最期の刻を迎える。

 半開きになった口からは、荒い息が幾度も吐かれ、少しばかり反らした上体がビクビクと痙攣する。

 長年の相棒として過ごしてきた二人が、放埒のタイミングを見事に合わせていく。

 

「ああっ、イくぞっ、いのさんっ!! いのさんの顔見ながらっ、ぶっといチンポ見ながらっ、イくぞっ、イくぞっ、イくっ、イくっ!!!」

「俺もっ、俺もっ、隊長と一緒にっ、一緒にっ、イくっ、イくっ、イくっーーー!!」

 

 ガクガクと揺れる互いの肉体。

 通常服の胸元と股間の茂みから発する熱気が、さらに強く、さらに熱く、仮眠室の湿度と温度を上げていく。

 ハアハアと息を上げていた二人が、同時に天井を見上げて笑った。

 

「ああ……、凄かったな、いのさん。2回目もすげえ感じたよ、俺も……」

「隊長があんな煽り上手だなんて、初めて知りましたよ。すげえ、乗せられちまいました」

「なんだ、みんなに檄飛ばすのが、俺の仕事だぞ」

「はは、そうでしたな……。おっと、お互いまた、ゴムからこぼしそうだ。二人ともギンギンのまんまだし、外し合って新しいのを付けて、そのまま3回戦と行きますか」

「ああ、この調子だと、今日は最低でも5、6回は、ヤっちまいそうだな……」

「たまにはいいんじゃ無いですかね。あ、いや、俺は別に、『たまに』で無くてもいいんですが……」

「こんなに感じるんだったら、もっと早くからやっときゃ良かったなあ」

「はは、確かに、ですな」

 

 お互い、あまり激しく身体を動かさぬよう立て膝で寄り合い、ティッシュでこぼれを防ぎながらスキンを外し合う。

 1度目の射精よりもさらにたっぷりと吹き出た汁の匂いが、一気に室内へと広がっていく。

 次に備え、新しいコンドームを嵌め合うことが、既に『当たり前に』なっている2人。

 

「こうして近くで比べると、精液の匂いも微妙に違うもんですな、隊長」

「ああ、俺はそこまでの違いは分からんが、違うと言われると、ああそうか、ってぐらいだな」

「俺達、猪族の鼻は鼻鏡(びきょう)つって、この鼻腔が空いた『面』も受香器官ですからね」

「ああ、そう言えば獣人生態学で習った気もするな……」

「部下の身体のことぐらい、きちんと知っといてくださいよ、隊長」

 

 勃起したまま、笑いながらの会話が続いた。

 少しばかりのインターバルを、もう良しと感じたのか、猪野山が再びの提案を行っていく。

 

「その、隊長……。ここまでやっちまったんだ。その、あの、次は……」

「いのさん、次はどうしようってんだ?」

「ああ、もう、言っちまいます。その、俺、隊長のを、弦さんの、そのデッカイのを、扱いてみちゃいけませんかね?」

「扱き合い、やろうってのか? いのさん?」

 

 猪野山の顔を覗き込む熊部。

 良次の言葉が果たして冗談なのか、あるいは本心からのものなのか、確認のためだろう。

 見返す良次の瞳は、どこかウキウキとした喜色が見えつつも、からかうような様子には見られない。

 

「ああ、その通りですよ、弦さん。自分でせんずりこくだけじゃ、ちっと物足りねえかなとかも思っちまって……。せんずりの掻き合い、人の手でやられるのが自分でやるのより何倍も気持ちいいってのは弦さんも分かるでしょう?

 弦さんも、まだ何発も出さねえとおさまらんでしょうし、せっかくこんなんなったんだから、だったら思いきり楽しもうかなとか。

 ダメですかね、隊長?」

「はは、なんだか本当に、若い頃を思い出すなあ……」

 

 苦笑する熊部ではあるが、ここでもまた若い時分の経験が効いているのか、良次の提案に乗ることにやぶさかでは無いようだ。

 互いに高まる性的欲求に対し、満足のいく解消がままならなかった中年の雄獣人達。その抱える日々の鬱憤が、今ここで、この仮眠室で、弾け出そうとしている。

 

「よし、一丁ヤるか! いのさん!」

「そう来なくっちゃ、ですよ、弦さん!」

 

 受ける猪野山が満面の笑みを見せる。

 それを見た熊部こそが、少しばかり頬を赤らめてしまっている。

 

「どうする? 寝っ転がってからヤるか、それとも……?」

「お互い右利きなんで、さっきスキン外したときみたいに立ち膝になって扱き合いましょうや。寝ちまうと、片方が左手で遣らんといけなくなるので」

「そういうの、経験豊富そうだな、いのさんは……」

「まあ、スケベなことは、色々ヤってきてはおりますわな。って、隊長だって隅にはおけんでしょうが」

「まあ、嫌いじゃ無いしな」

 

 ニヤリと笑う熊部。

 

「それに……」

「それに、何です? 隊長?」

「人に扱いてもらうのなんか、すごく久しぶりなんで、あっと言う間にイっちまいそうだなってな」

「それは俺も同じですよ、隊長。俺、隊長に、弦さんに扱いてもらえると思うと、もう今にもイっちまいそうです」

「はは、俺も同じだな、いのさん」

 

 途切れる会話。

 2人の手がおずおずと、にもかかわらずそれなりの固い意思を伴って、相手の股間へと伸びる。

 立ち膝になった2人は正面に向き合う形になり、互いの吐息の荒さを感じるほどの、互いの体温を感じるほどの『近さ』となっている。

 

「おおうっ、隊長の手、たまらんですよ……」

「いのさん、ああ、すげえな……。いのさんが、俺のを握ってる……」

 

 下半身を覗き込む2人の頭が、ゴツンとぶつかる。

 そのまま頭を押し合うようにしている2人は、それぞれの手の、それぞれ相手の肉棒を扱き始める。

 

「おっ、おっ、おっ、マジにっ、マジにすぐっ、すぐイっちまいそうですっ、隊長っ!」

「ああっ、いのさんっ、いのさんの扱きがっ、扱かれてるのがっ、凄い、凄いいいぞっ! 俺もっ、すぐイっちまいそうだっ! いのさんっ! いのさんっ!」

 

 扱き初めて2分も経ってはいない。

 

 職場の、それも皆が使う仮眠室という場における非日常感を伴った興奮。

 久しぶりに感じる人肌の温もり。

 同じく久しく味わっていなかった人の手による扱き上げ。

 目の前の、いや、目と鼻の先のむくつけき肉体から漂う強烈なフェロモン。

 

 それらすべてが、2人の肉体を、心を、快楽の絶頂へと昂ぶらせていた。

 

「おうっ、おおうっ、イきますっ、隊長っ! 弦さんの手が、気持ちいいっ! ああっ、イくっ、イくっ、イくっ……」

「俺もだっ、いのさんっ! 俺もっ、イくっ、いのさんの匂いでっ、いのさんの手でっ、イくっ、イくっ、イっちまうっ、イくっ!!!」

 

 互いの身体を引き寄せながら厚い胸板を合わせ、相手の首筋に顔を埋める二人。

 吐精時の脈動を伝える全身の震えを互いに受け止めながら、強く抱き合う二人。

 ヒト族よりもはるかに敏感なその嗅覚が、アドレナリンが駆け巡る雄の体臭を、存分に吸い込んでしまう。

 

「ああ、気持ち良かった……。二人とも、あっと言う間にイっちまったな……」

「早撃ちは回数でカバーって奴ですかね」

 

 猪野山の返しに笑う熊部。

 

「それにしても、いのさんの匂い、本当にたまらんな……」

「俺、そんなに匂うっスかね……。隊長だって、けっこう匂ってますよ」

「言っちゃあ、あれだが、こいつはその、なんと言うか、『癖に』なりそうだな、いのさん……」

「俺もですよ、弦さん……」

 

 互いの顎、口元、鼻が、相手の首筋をゴリゴリとなぞり上げる。

 所属特有の匂いと体臭が相まって、発情した雄達の昂ぶりをますます鼓舞してしまう。

 

「隊長……」

「どうした? いのさん……?」

「このまま、このまま抱き合ったまま、次もいいですか?」

「ああ、俺もそれでイきたい。お互いのイく瞬間の、あの全身のひくつきを、いのさんと一緒に味わいたい……」

 

 もう何度目になるのか。

 種汁をこぼさぬよう、互いのスキンを外しては、また次のゴムを嵌めていく。

 良次が手に着いた熊部の汁を、べろりと舐め上げる。

 

「汚えぞ、いのさん」

「なんの、実は弦さんも経験あるんじゃ無いですか、こういうの?」

 

 何を、と、熊部が聞き返した訳では無かったが、沈黙はまた、有益な答えでもあったのだろう。

 

「へへ、今日はまだ、こんな感じで後何回か、イっちまいますか」

「ああ、そうだな……。時間のこともあるが、それでも俺は、まだ2、3回は出したいんだが……」

「了解です、隊長。このまんま、抱き合ったまんま扱きあって、パパッと何度もイっちまいましょう」

 

 この後、立ち膝のまま抱き合いながら、ともに4回の吐精を果たした二人であった。

 二人とも苦笑いをしながら、途中でロッカーからスキンの補充をしたのは言うまでも無い。

 仮眠時間に当てられていた3時間で、両名共に7回の射精というのは、実に久しぶりの回数だったようだ。

 

「いや、いつもの倍近く、出しちまったな、いのさん」

「まあ、他の奴らもびっくりするかも知れませんな、このゴミ箱見たら」

 

 部屋の隅、薄い水色をしたゴミ箱には、たっぷりと膨らんだスキンの水風船が、それこそこぼれんばかりにいっぱいになっていた。

 

「ホントにいのさんが言ったように、いのきちが休む前には一度引っくり返しとかんと、あいつの分を捨てられんようになりそうだな」

 

 中年の、逞しい男達が笑い合う。

 次の仮眠者に場を譲ろうと身繕いをし、一緒に部屋を出る二人。

 

「第一班、相良新一、良町悟の両名。次、仮眠入ります!」

 

 交代で仮眠室を利用するのは、ヒト族の二人だ。

 人数差でそうならないこともあるが、獣人吏員の生態のため、仮眠は獣人同士、ヒト族同士のペアにて割り振りされていることが多い。

 ニヤリと笑いながら、若い良町とグータッチをする猪野山良次のごつい手は、仮眠に入る前の約束を果たしたぞという意思表示か。

 熊部と猪野山、二人が待機勤務に入ろうと椅子に腰掛けた途端、仮眠室から相良の大声が響く。

 

「いのりょーさん、隊長っー!

 ヤるのは構わんですし、片付けもしてあってありがたいんですが、今度からは換気扇も回しといてくださいよっ!!」

 

 どっと湧き起こった男達の笑い声で、消防署の建物が大きく揺れたように思えた夜であった。