その5 揉み療
金精の湯における『揉み療』とは。
湯治最初の一週間『慣らしの湯』の期間においては、宿守り達2人による湯治客1人の肉体を対象とした、いわゆるマッサージと性的な刺激を目的としたものである。
その卓越した性刺激にさんざんに昂ぶらされた情欲は、七日の間には決して解消することを許されない。
それは宿守り達にとっても同じ試練となることではあるのだが、温泉の効能を初めて味わう右城と左雨にとっては、まさに極楽とイかず勃起の苦悩をひたすらに味わう期間となる。
「失礼します。担当の赤瀬と一緒に、左雨様の揉み療をさせていただく紫雲です」
赤瀬とともに夕食後の時間を過ごしていた左雨の下へ、紫雲が向かう。
宿守り達の中で身体中を覆う剛毛に白いものが混じる1人ではあったが、それはそれだけの経験の蓄積を表していることでもあった。
褌一つの半裸体で現れた紫雲の前袋には、尿道を貫く太いリングピアスの形がくっきりと浮かび上がっている。
「褌を外されて、布団にうつ伏せになられてください、左雨様」
「え、その、素っ裸でですか……?」
「ええ、私どもも、外させてもらいますね」
左雨の担当は赤瀬ではあるのだが、宿守りとしての経験、年齢からして、紫雲が進めていくようだ。
六尺を外す宿守り達。
左雨の目に、もっさりと、こんもりと茂る股間から突き出す巨大な肉塊が露わとなる。
「すごいですね、宿守りさん達のチンポのデカさ。その、俺のもそんなふうになるんですかね……?」
ここにもし西山がいれば、まったく同じ台詞を自分が呟いたことを思い出したろう。
左雨もまた、己の逸物が小さい方では、との思いを抱えていたのである。もっとも、勃起時に14センチという長さ、またかなりの太さを誇る肉茎は、他者と比較しても平均以上のものでもあったのだが。
「はい、期待していただいていいかと思います。左雨様の身体、逸物、ふぐり、そのすべてが四週間を過ごされた後には、左雨様にとってすべてが愛おしく、誇りとなるものに変化していくだろうと信じております」
紫雲の言葉に、どこか納得というか、思い切りをしたような左雨の表情である。
当初、右城から誘われたときとは違う、左雨なりのここでの『目的』が生じた瞬間だった。
「俺は、どうすれば……?」
「横になってもらっているだけでけっこうですよ。私達2人で左雨様の肉体とお心を、ほぐしていきます」
横たわった左雨の肉体。
中年らしいぼったりと脂肪が乗った身体ではあったが、その芯にはしっかりとした骨格と筋肉が潜んでいることは明らかだ。
「手足と肩、腰をほぐしていきますね。最初はマッサージと思ってもらって構いません」
紫雲が左雨の下半身へ、赤瀬が上半身へとその手を伸ばす。
「ああ、気持ちがいい……」
「腰が少し張っておられますが、いい身体をされてますよ、左雨様」
「宿守りさん達の前だと、ぜんぜん褒められてる気がしませんよ」
左雨の口から、冗談めかした言葉も出るようになってきた。
ひとしきりの按摩、マッサージの後、左雨に仰向けになるように促す2人。
「すみません、ますますおっ勃ってしまってる」
「我々もそうですよ、左雨様。左雨様の身体に触らせてもらって、こちらももう先走りがだらだら流れてます。汚してしまいますが、申し訳ありません」
「いえ、そんな、俺も同じですし……」
「ここから先は、直接に性感帯を刺激していきます。ですが、最初の約束の通り、射精だけは我慢してください」
紫雲がいきり勃つ左雨の逸物を口にする。
赤瀬が左雨の左乳首に舌を当て、右の乳首を爪先でコリコリと揉み立てる。
マッサージとはすでに遠い、完全に性感を刺激するための施術へと変わっていく。
「ああ、同じ男にやられてるのに、俺、こんなに感じてる……。なんなんだ、なぜなんだ……」
「理由や理屈は後から付いてくるものです。左雨様の肉体が喜ぶこと、それのみを私どもは目的としております。存分に声を上げ、よがっていただいて大丈夫ですよ」
「気持ちいいんだ、俺、同じ男のあんたらにやられて、気持ちいいんだ……。ああ、あっ、あっ、ああああっ……」
「ここの温泉を煮詰めて生成したものをローション代わりに使います。我々はこれを『魔剋水』と呼んでいます」
存分にその感触と先走りを堪能したのか、紫雲が容器からとろりとした液体を手のひらに垂らした。
「ほら、これで逸物を刺激し、尻穴をゆるゆるとほぐすのも、心地よいものでしょう?」
いつの間にか左雨の両足が膝立ちになった紫雲の両肩に乗っていた。
大ぶりの両手の平に垂らされたぬるぬるとした液体が、左雨の逸物と尻穴へと運ばれる。
ぬるぬる、とろとろとしたその感触が、嫌が応にも左雨の性感を昂ぶらせていくのだ。
「あっ、あっ、そんなのっ、そんなのっ、ソープでもされたことが無いっ……。ああっ、ケツがっ、ケツも気持ちいいっ……。ダメだっ、ダメですっ、そんなのっ、そんなのっ!」
亀頭全体を手のひらで包み込むようにぐりぐりと刺激する。
指先で皺の一つ一つを丁寧に伸ばすように、紫雲の人差し指と中指が、左雨の肛門周りを撫でさすっている。
けっして急がず、荒立てず、ひたすらに皮膚の、粘膜の接触快感をとろ火で炙るようなその刺激が、左雨の声をどんどんうわずらせていくのだ。
「こちらも気持ちいいはずですよ。乳首をもっと感じるようにしていきますので」
先程のローション代わりの魔剋水よりもさらに濃度を上げ、アルカリ成分を残したものは『魔剋湯』と呼ばれている。
アルカリのために肛門内などの粘膜への使用は避けるべきものではあったが、乳首や亀頭に塗り込めば、いわゆるピーリング作用によって薄皮が剥けてはより刺激に敏感になり、それを繰り返すことで肥大化もまた期待出来る効能を発揮する代物である。
少しばかり濁りのあるその粘性の高い液体が、赤瀬の手によって左雨の乳首に塗り込められていく。そのどこかヒリヒリとした刺激は、すでに指先と舌、さらには歯まで使って執拗にいじられていた左雨の乳首の感度を、いきなり何十倍にも高めたのだ。
「ああああーーーーー、乳首がっ、乳首が燃えるように熱いっ、ああっ、すごいっ、すごいっ、すごすぎるっ……」
「そして、この『魔剋湯』を塗り込んだ乳首の先端を、触れるか触れないかでいじってやると……」
赤瀬の指先が、実に繊細な動きを見せた。
「んんんんーーーーー、ダメだっ、ダメですっ、乳首でっ、乳首でイってしまいそうになるっ!」
「堪えてください、左雨様。慣らしの湯の期間、この一週間は我慢していただくのが湯治を行う条件なのです」
「あ、あ、我慢します、我慢しますがっ、あっ、いいっ、いいっ、感じるっ、こんなに俺の身体がっ、感じてるっ……」
「感じていただくための私達の奉仕です。堪能されてください」
まだ初めて30分にもならぬのだ。
イかず勃起の悦楽をさんざんに味わった左雨は、全身の力が抜けたようなその体躯を紫雲と赤瀬に支えられるようにして、再び湯に浸かることとなるのであった。
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………………。
…………。
同刻、右城の部屋では。
「ダメです、そんな、男にやられるなんて、ダメです……」
「手紙でも、また広間でも説明しましたが、揉み療は私どものこの宿において、初期湯治プログラムで欠かすことの出来ないものです。右城様の受け取りがどのようなものであれ、私どもとしてはご奉仕する以外の選択肢はありませんので」
右城の部屋には担当の白山の他に、宿守りの長である荒熊内四方が訪れていた。
妻帯者である右城に取り、同性である白山や荒熊内に性的な接触を行われることは、たとえ肉体的には勃起という現象を抱えていながらでも、いまだ内心の抵抗は大きいようだ。
右城ももともとの動機は秘湯と呼ばれその存在から世にふせられている、この温泉についての興味関心であった。
その中でかすかな糸をたぐりながら辿り着いた湯治のチャンスに、自らの生業である取材というものを絡みたくなったというのは自然な流れであったのだろう。
宿守り達とのやり取りの中、自らの思う取材という形が取れないということを知る中、盗撮盗録音というやり方になってしまったのは苦肉の策ということでもあった。
長である四方も多くの利用者を知る中、妻帯者やいわゆる女好きの男を相手にしたこともあった。
もともと『女人禁制』『男性のみの受け入れ』等の制約条件から、その手の行為をどこか想定した男たちが集まることが多い温泉なのである。
それでも逆にそこに気付かずに申し込みとやり取りを経て、この宿へと至るものたちも少数ながらいるのは確かであった。
右城と左雨に関しては、すでに判明した盗撮機器の件から見ても、その動機が純粋に温泉を味わうものと違うということは明確であった。それゆえに与えられる性的な快楽への興味よりも、自らの性的指向と肉体の反応の乖離、その事実への動揺を吸収しきれないのである。
考えてみれば、北郷達がともに湯治期間を過ごした4人については、右城と同じ北郷は少し違ったにしても、他の男たちはそれぞれに『なにか自分を変えたい』との思いを同じくしていたのではなかったか。
そしてルボ、記事化というものをきっぱりと諦めていた北郷もまた、その割り切りゆえに他の3人に『馴染む』のも早かったのではないか。
北郷からの提案で、右城も左雨にも問いただすこと無く湯治を進めていく方針を確認したものの、長である四方は四方で、なにか思いはあるようだ。
担当である白山、赤瀬、紫雲にも『最大限の快感を与えよ』との指示を出してある。
男同士の悦楽を感じさせ続けることで、2人の心理的な変化を誘う目的であるのか。
まさにその『最大限の快感』を与えるべく、長である自らが『揉み療』に臨むことにしたのであった。
大量に用意された『魔剋水』が横たわった右城の肉体をしとどに濡らす。
とろとろ、ぬるぬるとしたそのとろみが、ぬるつきが、右城の全身の皮膚と粘膜を刺激する。
白山と荒熊内、2人4手とその唇が、右城の乳首を、臍を、脇を、そして亀頭を、肉棒を、金玉を、尻穴を、触れ、さすり、扱き上げる。
もはや自分の身体のどこが触られ、どこが感じているのかすら、右城にとっては判別すら出来なくなっている。
「ああっ、感じちまうっ、ダメだっ、男にやられて、こんなこんなっ……。ごめんっ、俺っ、男にやられて、感じてるっ、感じちまってる……。美智子、ごめんっ、俺、俺っ、ごめんっ、チンポが勃って、ケツが気持ちよくて仕方無いんだっ、ごめんっ、ごめんっ……」
嫌がっている、とはまた違うのだろう。
己の肉体が享受している快感と、それを与えているのが同性である男たちだという事実。
右城の中では本来それは両立するはずもないことであったのか。
いや、通常の日常を送る多くの男たちにとっては右城の心持ちの方が理解出来るものであろう。
己の肉体、全身に与えられる悦楽を素直に受け止めること、それが同性であり、屈強な体格、全身を黒々とした剛毛に覆われた男たちの手と口によるものだということ。
それこそがこの宿、金精の湯における肉体と精神の変容を受容するための、第一歩となるはずであった。
「ああああっ、イきたい……。汁を出したい……。でも、なんで、なんで男にやられて、こんなに気持ちいいんだ……。なんで私は、こんなに感じてるんだ……」
「男だからこそ、という部分もあるかと思いますよ、右城様。快楽を快楽として、快感を快感として受け止めていただければ私どもも嬉しく思います」
「ああ、そんな……。四方さんにしゃぶられて、尻をいじられて、気持ちいいんだ。白山さんが乳首を舐めてくれて、脇の匂いを嗅いでくれて、気持ちいいんだ……。ああっ、気持ちいいっ、すごく気持ちいい……」
与えられる快感の総量は、異性との性交、また己自身の手による刺激、あるいは風俗による快楽、それらのいずれよりも比べようもないほどに多く大きなものであることは間違いない。
しかし、男としての悦楽、その到達点としての射精が禁止されている今ここでは、それは快感=ある種の拷問にも近いものとして右城は受け取っていたのかもしれない。
小一時間、全身を責められ、嬲られた右城もまた、崩れ落ちそうになる身体を支えながらのこの日最後の入湯となったのであった。