親方の現場の規則(平成編)

その4

親方と息子

 

4 親方と息子

 

 現場を案内してくれるという息子は、顔を見てすぐに親方の血を引いていると分かった。その顔を見比べれば、その場にいる100人中100人、全員がわかるだろう。

 先ほどまで顔を合わせていた親方と、それほど似ている息子さんなのだ。

 岩手の方の大学を出て、実の父親である親方のこの会社では、もう中堅らしい。

 もちろん話してみれば32歳とのことでで、まだ青年の面影があり、若い。

 

 顔の輪郭も肉づきがよく、ぽっちゃりしている。さすがに肌の張りは違うし、親方のように強面までとはいかない。

 しかし、目鼻立ちや太い眉、などはやはり親子だ。よく似ていた。

 身体つきは親方よりわずかに背は低いが、体重はずっとありそうだ。聞いた話では学生時代は柔道部で鍛えたらしいが、120キロ近く、いやそれ以上あるんじゃないかと純也は思う。

 やはりこれも親方と同じように、かなり『男』を感じる体型だ。作業着もパンパンで、きつそうに見える。胸板も分厚いし、作業ズボンもケツの部分がやぶれそうなくらいにぴちぴちである。

 そして、いや、そのためか、厚手の生地であるズボンの中の下着のラインがはっきりとわかった。

 

 そのシルエットは、明らかにケツ割れだった。

 

 田山が履いていたそれとはメーカーが違うのか、腰ゴムの幅が広い感じが見て取れる。

 ずっしりとした息子のケツに斜めにゴムのラインが交差しているのが、わずかな布地の盛り上がりにくっきりと写し出されていた。

 

 ズボンの股間に当たる部分も親方や田山に負けぬくらいこんもりと盛り上がっていて、金玉のでかさが想像出来る。

 しかし、これまでに接したここの男達は、みんななぜあんなに目立つほど、ズボンの前が膨らんでいるんだろうか。

 

 その理由は、後の歓迎会で明らかになるのだった。

 

 そんなことを歩きながら考えていると、最初の工事中のビルが近づいていた。

 

「あ、俺の名前はまもるって言います。警護とか護身術の『護』で『まもる』です。

 堀 護(ほり まもる)。

 まもる! って、呼び捨てにしてください。

 親父は徹夜の『徹』で『とおる』だから、

まもる、とおる、なんですよ。

 なんだか、漫才のコンビ名みたいでしょう?」

 

 笑った顔が童顔にかわり、なんとも可愛い。

 

「あ、ここが今足場を作り始めた現場です。

 うちは小さな下請けだから、小さなビル、そうだなあ、4階、5階くらいのやつ。そういうのが多いです。

 あとはプレハブ工事とか、足場を組むときとか、鋼材やパイプを水平に置くときとかかな。

 仕事としても、山口さんに任せる測量が重要になるので、よろしくお願いします。

 大変な仕事でしょうし、田山さんから聞いてる皆の期待も高いと思います。」

 

 まもるは汗をかきながら、それを拭こうともせずにいろいろ説明してくれる。

 

 彼のすぐ隣で、肩が触れ合うくらいに近付くと、作業着を通しても、若い汗臭い雄の体臭が漂う。

 純也は無意識に、彼の発散する男の香を深く吸い込んでいた。

 

 それは彼の父親、親方の体臭とも田山のそれとも違う、若く、新鮮な臭いだった。

 純也としても、先ほどまでの二人とも違う、性的な魅力を感じる実に素晴らしい臭いであった。

 

「純也さん、田山さんの紹介でうちに来たんですよね」

 

 まもる君が突然聞いてきた。

 

「ああ、そうだけど……。」

 

「どこで、田山さんと知り合ったんですか?

 募集見て応募してきたっては聞いたんですが……。

 うち、ずっと募集はかけてるんですけど、新聞とかも親父が考えたあの内容でしょう?

 そりゃそうだろうとも思うけど、ここしばらくは、新しい人がぜんぜん来なかったんですよ。」

 

 一瞬のためらいはあったものの、純也はありのままを、率直な経緯を、この青年に話すことにした。

 

「実はその、最初に田山さんに声をかけられたのは、なんと銭湯の帰り道なんだ。

 田山さんも同じ銭湯に来ていたらしくて、兄さん結構ガタイがいいけど、土方かなんかやってるのか?

 って訊ねてきてね。

 自分は派遣で測量技師をやってたけど、ちょうどリストラされたところで、と説明したら、それまでの給料の分、いや、それ以上に払うから、うちに来ないか? って誘われたわけなんだ。

 自分が直接スカウトしたとは従業員には知られたくないので、応募しているのを見て連絡したと言ってくれって話でね。

 で、一応は募集見て応募したことにしたんだけど……。」

 

 まもる君はニヤニヤと、その童顔で笑っている。

 

「やっぱりなあ……。

 田山さん、うちに向いてそうなガチムチの男臭い野郎なら、年齢に関係なく声をかけてみるんですよ。

 大抵は断られるんだけど……。そうか、山口さん、田山さんに気にいられたんですね。

 ああ、なんとなく分かる気がするなあ……。」

 

 若者の様子は、純也の打ち明け話に、妙に納得したようである。

 

「じゃあ、さっき、部屋で裸を見せられませんでした?

 田山さんとうちの親父の裸。」

「あ、ああ……。言っていいのかな? まもる君の言うとおりだったよ。」

 

 純也は少し驚いた様子で、うなずいた。

 

「やっぱりなあ、歓迎会まで我慢できないんだよなあ、あの二人。

 それに、純也さんも、裸になれ! って言われませんでしたか?」

 

 興味があるのか、真剣に聞いてくる。

 

「そう、その通りなんだ!

 その、俺も今にも脱ぎそうになったときに君が来てくれて、裸にならずに済んだんだよ。」

 

 まもるは何か考えているようだったが、

 

「うーん、じゃあ、タイミングが悪かったか、良かったのか。

 親父も田山さんもそこまで上がってたっていうことは……。

 ああ、後で俺、親父たちに叱られるのかなあ……。」

 

 叱られる、という言葉を聞いた純也は、自分が悪いことをしたみたいな気持ちになった。

 

「でもどうせ、夜の歓迎会では、新人の俺が、裸にならなきゃいけないんだろう?

 別に裸になるのが嫌だとかは思ってないし、親方さんや田山さんから寮の話も聞いて、俺自身がここはいいなと思ったんだ。

 まもる君が反省するようなことは、何も無かったと思うけど……。」

 

 わざと聞いてみた。

 

「そういう意味では、田山さんの目は確かなんだよな……。

 ああ、まあ、それは、それ。

 歓迎会ってのは、アレ、社員全員、みんなで楽しむ会ですからね。

 ふふ、多分さっきの休憩室では、親父と田山のおじさん、それに山口さんの3人だけで『何か』をやりたかったんだと思いますよ。

 そこを俺が、邪魔したみたいな形になったのかもなあって。

 親父達が『ヤりたがってたこと』は、たぶんこの後、部屋に帰ったら分かるはずです。

 最初に山口さんに目を付けたのは田山さんだし、親父はもう田山さんとは一心同体みたいなとこもあるし、俺はこの後は遠慮しとくことにします。

 夜の歓迎会では、一緒に楽しませてもらいますから。」

 

 歓迎会ではどんなことをするんだろう。男たちの集団が、みんか裸で何をするというのか。

 まもるの含みのある話に、純也はさらに心配になった。

 

 顔色の変化からそれを察したまもる。

 

「山口さん、親父や田山さんに、そして夜の歓迎会でも、何をされるか、心配なんでしょう?

 ハハハ、大丈夫ですよ。命を奪おうってわけじゃなし。

 山口さんも一緒になって楽しんでほしいし、たぶんそうなるとは思います。

 その楽しさは、多分山口さんが驚くほどの、そう、人生が変わるぐらいのものじゃないかなって。

 うん、でもまあ、山口さんが不安になるのも仕方ないか。

 なるほどね……。親父たちの魂胆も分からんじゃ無いなあ……。

 

 純也さん早く戻りましょ。

 僕が思うに、純也さんは田山のおじさんとうちの親父にかなり気に入られたってことです。

 田山さん、純也さんの裸を銭湯で見たんでしょうね。

 多分、純也さんの身体もアソコもじっくりと。

 だから、歓迎会の前に親方に見てもらって、二人で先に楽しむつもりだったのかもかなって。」

 

 まもる君はそう言うと、早足で戻り始める。

 幾分か早口で、一人語りのようなまもるの台詞を反芻しつつ、疑問は幾つも湧き上がってくる。

 

『親方さんとまもる君、それに田山さんとは、どういう関係なのか?』

 

 大きな疑問の一つだった。

 一心同体との言葉や、小さいときから知っていそうなその関係性を知りたくなり、純也は事務所への帰りすがらにまもる君に尋ねた。

 

 そこで彼は驚くべき過去を話してくれたのだが、その詳しい物語はまた別の機会に紹介しようと思う。

 

 少なくとも(この3人が)なぜみんな特別な体臭(腋臭とも言えるものか)や股間の臭いになったのか、何故にその股間の膨らみ(おそらくは睾丸の大きさや陰茎の太さに関係がある)が異様に目立つのか。

 それら純也がその日に感じた様々な事柄は、すべて親方とまもるの血筋『堀一族』と、田山の血筋。その双方の歴史に関わる、三人の『過去』に、関係があったのである。

 

「その、変なこと聞いていいかな?」

 

 純也は親方の息子へと、また別な質問をぶつけてみる。

 

「さっき、親方と田山さんの裸は見せてもらったけど。褌やケツ割れの中はまだ直接は見てないんだ。

 その、なんて言うか、つまり、君に対しても感じるんだが、みんなあそこが人よりでかい気がしてね。

 実際君も親父さんも顔も体も似ているし、男のアレも同じようにでかいのかな?」

 

 なんだか、そこにしか興味が無いようには思われたくは無かったのだが、実際タイミングとしては寸前でお預けを食らった犬みたいな気持ちだったし、まもるのズボンの膨らみも見てしまったら、どうしても聞かずにはいられなかった純也なのである。

 

「ああ、やはり気になりますか、そこ?

 そうっすね。まあ、今夜全員の男の部分を見られますから、そのとき分かりますよ。

 他の連中のモノと比べてみてください。

 僕のも親父のももちろんですが、田山さんのモノもね。そこに秘密があります。

 今はある理由で劇的に変わった、とだけ言っておきます。」

 

 まもるも自分のシンボルについては自信があるようで、最後に純也に見せつけるように作業ズボンの前の膨らみをゆっくりと撫でまわし、その偉大なものをさらに膨らましていく。

 

 こういう行為、そのやり方も、父親にそっくりだ。

 

 青年は作業着の巨大な前の膨らみを見せつけるように純也の方に向けて、手のひら全体を使う。

 鷲掴みにしたり撫で回したりしたあと、父親と田山と同じように、その手のひらを純也の顔に押し当てた。

 

「どうですか?

 ほら、親父たちの臭いとはまた違う男の臭いでしょう?

 ここの若い作業員の中では俺が一番臭え!、って言われてるんです。」

 

 若い雄の、あまりにもいやらしい股座の臭いに、再び勃起する純也。

 

「俺、若い奴の中では金玉も一番でかいんですよ。歓迎会のとき、じっくり見て触れて、堪能してください。」

 

 さすがだった。

 言葉にしなくても父である親方さんと、同じことを考え、同じような仕草をする。

 

 純也は息子のズボンの中身まで見たかったが、まもるは自分も準備がまだあるからと、事務所の玄関まで純也を送ると、急いでどこかに消えた。

 先ほどまでの話を解釈すれば、おそらくは父親と田山、二人がこれから山口との前で行う『行為』に、遠慮したに違いなかった。