搾精される狼獣人(長編Ver.)

その8

 

その8 2人

 

「私は、ワシは、今日、この月の『8日』に、八戒を破ったんですな……」

「それは『淫』の捉え方にもよるでしょうが……。ただ、私の思いとしてはさっきも言った通りだ。

 あなたが『今』、それを守り続けなければならない『枷』はもう無い。そしてあなたは、私を縛り付けていた首と脚の『枷』を外してくれた。

 もうこれで、あなたと私の間には『自由な関係』が生まれたはずじゃないのか?」

 

 喜三郎としてみれば、思った通りの結果であった。

 だが、この老狼獣人はここから『逃げ出す』ために、この方策を取った訳では無い。

 

「何を言っておられるのか、白狼さん。

 私はどんな私であれ、あなたを欺し、拘束し、監禁し、性的な甚振りを振る舞った側のものですじゃ。

 だが、私の中で、今日この日にあなたとの先ほどの行為をしたことで、なにかが、そう、私の、ワシの中の何かが砕けてしまった。

 それが何かは分かりませんが、たとえどのような詫びをしようとも、あなたに私が許される訳は無い。

 それはワシとあんたとの関係のみならず、法や規範といった、社会的な関係にも及ぶものじゃろうて……」

 

(どちらだ?

 いや、たとえ『どちらか』だとしても、あくまでも私は『豚田八戒』と接しているのだ)

 

 喜三郎の芯は揺るがない。

 おそらくは秒単位で入れ替わっている『二人に見える豚田八戒』に対し、訝しさを一切表に出さぬままの会話を進めていく。

 

「私も、そして豚田さん、あなたも、ここまでの『プレイ』に興奮し、楽しんだはずだ」

 

「プレイ、だと……。

 本当にいったい、何を言っている。

 もう、帰っていいぞ。通報したければそのまま警察に駆け込めばいい。あんたの話なら警察も直ぐに動くだろう。

 ワシはもう、逃げも隠れもせんで、しばらくはここにおる」

 

 手足をさすり、甚平を羽織る喜三郎。

 

「もし、私が『帰らない』と言ったら、あんたはどうする、豚田さん?

 もちろん通報なんぞしないし、警察にも行くつもりは無い。

 それどころか、私はこれから先の人生を、あんたと共に歩みたいと思っている」

 

 豚田の瞳を見つめながら喜三郎が己の思いを淡々とした口調で伝えていく。

 万が一この2日間の状況を垣間見していた者がいたとすれば、そのものにとっても『おかしなこと・理解できないこと』を言っているのは喜三郎の方であったろう。

 

「はあ?

 本当にあんたは、おかしな奴だな。

 あんたからすればワシは拉致監禁の犯罪者だし、あんたをこの数日間、性的に甚振った変質者だろう?

 いったい何を言っている?」

 

 状況から判断すれば、ここだけは豚田の言の方が『正解』だと言えるだろう。

 だが喜三郎の中では、己が取るべき行動の計画がこの時点ですでに出来上がっていたようである。

 

「私があんたの甚振りに『感じていたフリ』をしていたんじゃ無く、本当に性的な快感を覚えていたことは、あんたなら十分に理解しているのだろう、豚田さん?

 それに私は、あなたと『ことに及ぶ前』に、今と同じことを言っているぞ?」

 

 おそらくは『放置』されていた時間の『八戒を破る豚田』は、機械のモニターをしていたに違いなかった。

 そこにはあの数時間の喜三郎のよがり様が、声を上げ射精を請う姿が克明に記録されているはずである。

 

「あ、ああ……。あんたの反応は『本物』だったし、放置している間の射精中枢の反応も何百回も繰り返していた……」

「それだけあんたとの『プレイ』に、私が感じていたってことだ」

「いや、それは、雄性個体なら誰しもが……」

 

 穏やかな口調である喜三郎の言葉に、なぜか豚田の方が戸惑いの度合いを深めていく。

 

「ああ、いや、あんたを理詰めで追い詰めたい訳では無いんだ。

 ただ、このことは、拘束台を下ろしてもらった『私』が、すでに『あなた』に伝えていたことだと思うんだが?」

「それは、その、その通りじゃが……」

 

 あくまでも『理』で追う喜三郎。

 

「あんたがここ2日間の『プレイ』で、私にもう『心底飽きた』んだったら仕方が無いが、あんたに取っての『今の私』は、その、いわゆる『タイプ』では無くなったのかね?」

「いや、もともとワシは、あんたみたいないい身体をした年上に、惹かれていた……」

 

 事実のみを確認する喜三郎。

 意図的に狭められた質問内容が、豚田の本音を引き出していく。

 

「ありがとう、豚田さん。そして『今の私』は、『あんたに調教された私』は、あんたとあんたのプレイ内容が、ものすごい『タイプ』になってしまってるんだよ」

「このしばらくの、ワシとあんたの間のことを、さっきからあんたは『プレイ』だと、言う。あんた自身が、本当に『プレイ』だと思っているのか?」

 

 意図的な『文言のすり替え』に、豚田も反応を示すが、喜三郎の方はそのスタンスを崩す気は無い。

 

「成人式なんぞ何十年も前に済ませた大人の2人が、互いの性癖に向き合って『プレイ』をしてたんだ。

 あんたも興奮し、私も興奮し、互いに実際に射精もした。

 これが互いの同意の上の『プレイ』なら、誰に口を挟む理屈があろうかい。

 そして私は、これから先のあんたとのこの『プレイ』を、もっと楽しみたいし、もっと深めていきたいと思ってるんだ」

 

 疑惑と困惑。

 双方の感情が豚田の瞳に浮かんでは消え、混迷した感情の発露が逆にその表情を失わせていく。

 瞬間瞬間に現れては消える目の光りは、そのすさまじいまでの内心の葛藤を表しているのか。

 

「本当に、何を、何を言ってるんだ……。あんたのその思いは、ストックホルム症候群によって説明される一過性のワシへの傾倒に過ぎんはずじゃ……」

 

 憑き物が落ちたような、唖然とした表情の豚田。

 太い首に支えられた頭が、自然と落ちる。

 太り肉の豚獣人と、その肩を抱く、老いてなお隆々とした筋肉を抱える狼獣人。

 

「あなたが目を付けたこの『私』が、そんなことを理解してないなどとは、あなたも本当は思っておらんのだろう?

 あんたが私に『目を付け』、そしてこの行動を『選択』したのは、私のこれまでの人生と専門性を存分に理解した上でのことだったと、私は分析しているが?」

「ああ、そうだ……。公園であんたに声をかける前に、あんたのことはかなりの時間を使って調べ上げていた……」

「警察とも繋がりのある私を、あんたが『選んだ』こと。それそのものが、あんた自身がこの『状況』を、この『繰り返し』を、なんとか打ち壊したかったからでは無いのか?」

 

 喜三郎による、かなり踏み込んだ言葉であった。

 

「そう、そうかもしれん……。

 ワシは、私は、もう、もうこれ以上、こんなことを繰り返したくないと……。だが、ワシの、私の身体と心は、これを『楽しみ』として切り離すことが、出来なかった……」

 

 肩を抱いていた喜三郎が、豚田の顔を正面に見据える。

 

「豚田さん、あんたも当然知っているだろうが、ストックホルム症候群からの回復には何年もかかるというのがだいたいの説だ。

 私は私のそれに、無理矢理にもあんたを付き合わせたいと思ってる。

 逆脅迫と思われても構わない。

 私はあんたのことを思うと興奮し、あんたに嬲られ、犯されて、また自分の逸物から精液を絞り出してほしいと思ってる。

 あんたの熱い汁を私の尻に注いでもらって、また腹をパンパンに膨らませてほしいと思ってる。

 あんたのあの機械にまた全身を繋がれて、あんたの目の前でよがり声を上げたいと思ってる。

 この年になって、こんなふうに自分が目覚めるとは思ってもいなかったが、それに付き合ってもらうのも、あんたで無いと出来ないとも思ってる。

 

 どうだ、豚田さん。

 これからの互いの人生、それを二人で『互いに楽しんで』過ごしていかないか?」

 

「私が、ワシが、人生を『楽しむ』などということを、しても、いいのか……」

「んん? 私とのこの2日間を、あんたは『楽しんで』なかったと言うのか?」

 

 わざと茶化すかのような口調で問う喜三郎。

 

「いや、そ、それは、その……」

「あんたも『楽しんだ』、私も『楽しんだ』。互いに大人なんだ。それでいいじゃ無いか」

 

 豚田の太すぎる首筋に、己の顔を埋める喜三郎。

 互いの体臭を混ぜ合わせ深く吸い込むその呼吸を、豚田もまた感じているはずである。

 

 喜三郎の言葉は、巧みなすり替えではあったのだろう。

 それでもそこで発せられるこの『言葉』はまさに喜三郎にとっての『本心』であり、『これから先の己の人生を目の前の豚獣人と共に』という、強い『思い』のこもった『言葉』であった。

 

「ワシは、私は、犯罪者なんだ……。

 これまでの3人の男達に取っては、私は犯罪者以外の何者でも無いはずなんじゃ……」

 

「そのことも考えている。

 彼らが『訴えていない』ということは、それぞれがそれなりに思うところがあるんだろう。

 私の経歴があれば、あなたからの情報ということで彼らに接触し、その本意を尋ねることも出来るかと思う。

 もしそこで、やはりあなたが許せないということであれば、まずは2人で謝ろう。

 流れによっては司法の裁きを受けなければならなくなるかもしれない。だが、そのときには私は、全力であなたと3人の方々の矜恃を護るために働くつもりだ。

 まあ、私の思うところでは、そうはならないとは思ってはいるのだがね……。

 

 私はあなたのここ2年ほどのあれこれは、やはり50年前の事件が引き起こしたものだと考えている。

 もちろん、成人であるあなたが罪に問われれば、なんらかの処罰が下るかもしれない。

 そのときは、何年でも、私はあなたを『待つ』。

 だから、これまでのことも、そしてこれからのことも、2人でなんとか乗り越えていこう。

 なあ、豚田さん……」

 

「なぜ、なぜ、そこまであんたは……。あなたは『私』のことを、『ワシ』のことを、思ってくれるんだ……?」

 

 喜三郎の顔に両手を当て、その目を覗き込む豚田。

 

「何度も言ったろう。

 今ここにいる『私』は、目の前にいる『あなた』に興味を持った。

 それは性的な意味でもあるし、私自身の専門性からの興味であることももちろんある。

 だがおそらくはそれらよりも深い意味で、私はあなたに『惹かれて』しまっているのだよ。

 この70を過ぎた年寄りが、あんたと過ごすこの先の人生に、わくわくドキドキしているんだ。

 もうそれだけで世間体などとうに昔に脱ぎ捨てた私にとって、『選ばない』ことなんぞ出来はせんと思わんかね?」

 

 それはもう、なんとも形容のしがたい『告白』であった。

 犯罪心理学の研究に没頭してきた己の人生。

 独り身の日々を筋肉と精神の鍛錬に費やしてきた日々。

 そこから生まれたのは『視られている自分』に対しての密やかな情欲。

 

 それらすべてが、豚田によってもたらされたこの2日間の『経験』をいわば『+(プラス)』のものとして受け止めるようにと作用してしまっていた。

 

「いいのか?

 ワシなんかが、私なんかが、あんたの、あなたの、白狼さんの、『隣にいて』いいのか?」

 

 見つめ返す喜三郎。

 

「そうしたい、と、『私』が言っているんだ。

 そして、豚田さん。私の前ではもう『なんか』なんて言葉は使わないでくれ。

 私が惹かれている『あなた』は、『なんか』なんて存在じゃ無い。

 あなたの、あんたのことを、もちろんそれはある程度だろうが、一応は分かった上で、その上で私は、豚田さん、あなたのすべてを受け止めていきたいのだ。

 私自身の変化も、そのすべてを、これから先の人生で、あなたと一緒に受け止めていきたいのだよ」

 

 豚田は泣いていた。

 どちらの涙か。いや、それを思うことすら無くしていかねば。

 そう思うのは喜三郎であったか、豚田本人であったのか。

 

「ワシは、私は、あんたの裸が隣にあって、興奮し続けておるんじゃ。

 あんたのデカい逸物を思い、そのぷっくりとした乳首を噛みつぶしたいと、そう思っておるんじゃ。

 そんな私に、あんたは惹かれとると言うのか?」

 

 豚田からの確認であった。

 それはとりもなおさず『2人に見えた豚田達』からの、共通の『問い』。

 

「何度も何度も言っている。

 私がそれを望んでるんだ。そうしてほしいと願ってるんだ。

 そして出来れば、互いの肉体を思う存分に味わい、堪能し、そして私はまたあの『椅子』に拘束されて、私の尿道にプジーを突っ込んでほしいと思ってるんだ。

 あなたの手によって、私の全身をもっと開発してほしい。

 あなたの一挙一投足で、私がよがり声を上げてしまうほどに感じさせてほしい。

 そして私も、あなたの乳首を、脇を、逸物を、尻を、その全部を堪能したい。

 そんな『プレイ』と同時に、互いの人生を、交わらせていきたいんだよ」

 

 互いに全裸のままの2人であった。

 その股間に目をやれば、隆々といななく2本の巨大な逸物。

 生えきり勃ち上がった2つの山脈は、そのぱっくりと割れ目を刻む頂点から、とろとろとした透明な液体を流している。

 

「まだ眠らずに、いいよな、豚田さん?」

「ああ、ワシも、私も、まだまだあんたと、あなたとセックスがしたい。

 あんたのチンポをしゃぶって、尻穴を舐め回して、あんたの肛門にワシのチンポを突っ込みたい。

 あんたの乳首をねぶり回し、甘噛みをし、あんたによがり声を上げさせたい。

 あんたの喉を、あんたの尻を、ワシの汁でいっぱいにしたいんじゃ」

「わたしの金玉を、豚田さんのデカい手で握り潰してくれ。

 わたしの乳首を、あんたの歯ですり潰してくれ。

 私の喉奥を、胃を、尻穴の奥深くを、あんたの精液でいっぱいにしてくれ!」

「ああ、やるぞ。やらせてもらうぞ、白狼さん。そしてあんたのチンポを、ワシのケツにも挿れてくれ。狼獣人の、その太い逸物で、ワシをめちゃくちゃに犯してくれ」

 

 再び抱き合う2人。

 後ろ手に回した豚田が、ソファーの背もたれを再び倒す。

 

「どうせマンションには一週間ほどは帰らないかもと伝えているんだ。

 夜も昼も、盛りあおう。

 腹が減ったら飯を喰い、飯を喰ったらまたセックスをしよう。

 爛れたような、燃えるような、そんなセックスを、私、白狼喜三郎は、あなた、豚田八戒さんと『したい』んだ」

 

 広げられたソファーベッドに倒れ込む2人。

 互いのマズルを斜めにかしげ、伸ばした舌先が相手の歯をなぞる。

 

「キスは、初めてだな、豚田さん……」

「ああ、4人目のあなたで、キスは初めてなんだ、白狼さん……」

 

 窓の無い治療室ではあったが、およその時間は空が白み始める頃合いであったのか。

 

「腹が減って動けなくなるまで、眠さがどうにも我慢が出来なくなるまで、2人で盛り合おう、豚田さん」

「ああ、あんたを抱いて、あんたに抱かれて、やりまくって、そしてあんたの腕で、眠りたい……」

 

 見つめ合う2人の目は、ともに慈愛と情欲の炎に燃えていた。

 通常であれば相反するやもしれぬその2つの感情が、2人の『中』では見事な融合を果たしていたのだった。

 

 

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 それから4度ほどの吐精を果たした2人は、寄り添って眠っている。

 目が覚めれば、腹を満たしにでも普通に街に出ていくであろう2人。

 豚田にとり、喜三郎にとり、48時間前には思いもしなかった光景が目の前に広がる。

 

 

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 豚田が凌辱したはずの3人の男達は、豚田の謝罪を受け入れ、喜三郎が予想した通りではあったが、被害届けを出すこと無くこの話は終わりとなった。

 

 そして数年後、この2人が互いに犯罪心理学に精通した専門職として警察へ捜査協力をしていくことは、また別の話となる。