勝者の栄光・敗者の無惨

その7

 

その7 殴り合いの果て

 

 合計6度の射精を済ませた男達。

 その2人を待ち受けているのは、容赦ない暴力の応酬。

 町主催の『バトル』後半戦は、30分間に渡る『ザ・殴り合い』の勝負なのであった。

 

 互いの拳と致命傷となるほどの打撲を避けるために用意されている大きめのグローブ。

 こちらもチームカラーの赤と青のそれが、幾度も相手の顔に、ボディにと突き刺さる。

 

「ぐあっ、うぐっ」

「がはあっ、んんんっ」

 

 重量級の2人。

 グローブ越しであってもその威力は凄まじいものだろう。

 軽量級の足運びこそ出来ぬ2人ではあるが、その右左の応酬は、音を聞くだけでも『重さ』が存分に伝わってくるものだ。

 

「ごほっ、うがあっ……」

「倒れろっ、倒れろっ!」

 

 体格リーチともに優る青井のパンチが、赤司の脇腹を捉える。

 うずくまるか、ダウンするかと思われるその一発を、耐える赤司。

 

(このおっさん、打たれ強え。それに目もいい。俺のパンチ、見えてやがる)

 

(さすがにまともに喰らうと動けなくなるな。なんとか見切って、ポイントをずらせれば……)

 

 柔道で鍛えた様々な引き技、足技は使えぬものの、相手との距離感の把握、素手を払う技ではさすがのキレを見せる赤司。

 なによりも社員達の協力により『倒すことよりも倒れないこと』を優先し、意図的に『殴られる経験』を積み、ひたすらに筋力トレーニングを続けてきたのだ。

 

 身長体重、リーチの優位さはもとより、若さという圧倒的なアドバンテージのある青井に取って、組員同士でのスパーリングでの鍛錬は重ねてきているが、そのどちらが勝負を決めるかはいまだ見えない状態だった。

 バトル開始前の下馬評では、圧倒的に青井の勝利を予測するものが多かったようではあるが、果たして勝負の神は、どちらに微笑むものなのか。

 

 すでに20分以上が経過したリング。

 2人の一挙手一投足に、観客の声が飛ぶ。

 

「ごぶっ、がふっ」

「ぐあっ、はああああっ」

 

 その褌の前袋を熱く滾らせたまま、互いの拳が相手の肉体のあちこちへと、刺さり、埋められ、かすめ、痣痕を残していく。

 

 赤司の顎を狙った青井の右手が宙を舞う。

 わずかに引いた赤司に青井の拳が空振りさせられたのだ。

 

(大振りすれば、こっちの体力も奪われる。おっさん、ここまで来ても、気力が落ちねえのはなんなんだ?!)

 

(体格も体力もお前さんには負けてるオレだろう。だがな、1人で会社の連中を率いてきて、あいつらに育てられて、この町にそれを恩返ししようって俺の根性だけは、若いお前さんにも負けねえんだよ!)

 

 ボクシングの体験をした者には理解できることだろう。

 素人がプロ相手にリングに上がり、たとえプロ側が一切手を出さずとも、素人は自分のパンチを相手に『避けられる』だけで、3分も持たぬほどに体力を消耗するものだ。

 バトルにおけるこの『腕力ラウンド』では、なんと30分という、プロレスラーのそれとも比較できるバトルの『長さ』が、2人の体力をじわじわと奪っていく。

 

 短時間での6度の吐精。

 互いにプロとは言えない殴り合いの応酬。

 逞しい両脚はふらつき、頭をカバーする両腕も少しずつその高さを維持できなくなっていく。

 

 赤司の右手が青井の胃をえぐる。

 下から突き上げるようなその一撃は、体重で勝る青井の肉体を一瞬浮かすほどのものだった。

 

「ぐあっ!!」

「ゲロっちまえっ、若頭さんよっ!!」

「まだ、まだ、だ……」

 

 苦悶の表情を浮かべながらもファイティングポーズを崩さない青井の気力も凄まじい。

 左を何度か差し込みながら、赤司に連続攻撃の隙を与えないのはどのような鍛錬の賜物か。

 

「おっさんっ! 後が無いぜっ!」

 

 いつの間にか赤司の背がロープに触れていた。

 フックで入れ替えを図る動きを予測していた青井が、わずかなタイミングを狙い赤司の顎を捉えた瞬間ーーー!

 

「ぐがっ……」

 

 いったんロープに身体を預けた赤司の身体がずるずるとマットに沈む。

 だが、その左手がかろうじてロープを掴んでのは、己の尻を落とすことを拒否したのか。

 

(おっさんっ! 倒れてくれ! もう立つなっ! これで終わってくれっ!)

 

 視野の端に浮かぶ時計は、もう残りわずか。

 カウントをフルに使って立ち上がられてしまえば、エクストララウンドへの突入は明らかだ。

 

「おおっ、これは凄いっ! これは強いっ!

 赤司選手、驚異の根性で立ち上がったっ!

 ああっ、鳴ってしまうっ! エクストララウンドへの鐘が鳴ってしまうっ!」

 

 カンカンカンカンカーーーーン!!

 

 MC朱野の絶叫とともに、広場に鳴り響くのは、ラウンド終了の鐘。

 中年男達の壮絶な殴り合いでは、バトルの決着が着かなかったのだ。

 ここで褒めるべきは、若さでも体格でも劣る赤司の驚くべきほどの打たれ強さか。

 

「お前らっ、スゲえぞっ!」

「あんなに殴り合ってんのに、二人ともちんぽビンビンかよっ! この変態どもっ!」

「その変態見ながらマス掻いてんのは、いったいどこのどいつだっ!」

 

 延長されるバトルの行方に、盛り上がる観客席。

 

「社長っ! よく堪えられましたっ!」

「若頭っ、次はっ、次こそは決着付けてくれっ!」

 

 それぞれの陣営から上がる声には、悲壮感すら漂うほどに、男達の情念が籠もる。

 己等が心酔し誇りにも思う男二人が、今、この目の前で、この一年の『人としての身分』すらを天秤にかけた勝負に挑んでいるのだ。

 

(なんとか、なんとか堪えた……。気を失わなかったのは、色んな思いがありながら殴り続けてくれた社員達のおかげだな……。こっから先は、とにかく我武者羅にしゃぶってイかせるだけだ。なんとしても、勝利をもぎ取る!)

 

(ここまで来ちまったか……。いや、おっさんの根性を甘く見てた俺が悪い。とにかく心してかからんと、こりや、一気に持ってかれるな……)

 

 壮年たる2人の男達。

 その複雑な心中そのままに、バトルは最終段階へと向かっていく。