ちっこい犬科獣人のオレがデッカい猪獣人のおっちゃんと付き合おうとしたら、とんでもないことになった話

その2

 

その2 初対面

 

 オレが初めて猪狩のおっちゃんと知り合ったのは2年前。熊部所長の鉄工所に入社してしばらくのときだった。

 入社してすぐ、所長にはオレも『そう』だって見抜かれて、まあ、やったりやられたりでちょっといい感じになってたんだよな。

 所長、所内のイケる雄にはもちろん全部手は付けてたので、俺ももう、先輩達含めて毎日が乱パかなって感じで。

 それでも『ここで最初に手を出してきてくれたヒト』としての熊部所長の印象は強くてさ。

 

 ただ、そのときのオレって社会人になったばかりってことと、初めて長期的に付き合える『大人』の人が見つかった、みたいな勝手な高揚感で『熊部所長の性的パートナーになりたい!』って、ずんずん思い込んじゃってた。

 もちろんそういうオレの思いも所長もすぐ感じとってくれて、ちゃんと話そうってことになって。

 

 オレ、所長に生活&性的パートナーとしての奥さんおられるし、仔どもさんもいるって分かってて、それでも制度上パートナーは複数持てるってことが、自分の中の武器になっちゃってたんだと思う。

 そこについて若造のオレにすごくゆっくり説明というか、話してくれた熊部所長。

 こっちの思いを話して、所長の考えを聞いてるうちに、ああ、オレ、なんか突っ走ってるなって自覚も涌いてきて。

 

 熊部所長、ホントゆっくり話してくれた。

 自分は現在、生活と性的パートナーとして同族異性のヒトがいて、仔も成してきている。

 トリル君や職場の連中と友人知人として、性的な関係を今後も取り結んでいくことではやぶさかでは無いが、それによって『性的パートナー』として君との関係を定義し直すことは、自分では望んでいない。

 

 これ、冷静に、淡々と、しかもこっちのことを傷付けないように気を遣いながら所長が話してくれてるのも丸わかりで。

 もうなんかこっちの舞い上がり方が馬鹿だったんだなとしか。

 最後の方は、オレ、泣きながら聞いてたんだと思う。

 

 たとえどんなパートナー契約を結ぶにしろ、一時的な『心地よさ』とか、自分だけの『居心地のよさ』を理由にするんじゃなくって、互いの思い(オレと所長、だけでなくって、関係してるヒト達みんなのね)をしっかり考えてから結ぶべきものって、オレ、このときに初めて根っこのとこから理解出来た気がする。

 

 高等学校での将来設計の授業でも取り上げられた課題でもあったんだけど、自分の中の理解度とか、実際の社会生活の中での『パートナー』の位置付けなんてのは、たぶん全然分かってなかったんだよな、オレ。

 

 なんか頭が回ってなかった自分が凄く情けなくて、でもなんか、所長みたいな年上の人からもしかして綺麗事で済まされたんじゃないか、とかのむしゃくしゃしてる部分もあって。

 ホント、バカだったんだよな、あんときのオレ。

 

 で、たぶん、そんなオレの心持ちが、仕事や態度にも出てたんだろう。

 しばらくしてからまた、所長が飯に誘ってくれてさ。

 

「俺も若いとき、しゃかりきに『落ち着ける相手』を求めてたことがある。そのときに『相手の気持ち』と『自分の気持ち』をどう摺り合わせるかは、最初に付き合った人が教えてくれた。

 もしトリルがよければ、俺の知り合いで紹介したい奴がいるんだが、どうだ?」

「どんな人なんですか?」

 

 オレ、たぶん、そのときは不満口調で答えてたんだと思う。

 

「会ってみるとすぐ分かるが、なんせ陽気な奴だ。俺の幼なじみでもあるし、今度の相撲大会に一緒に出るから、見に来ないか。

 当日の祝勝会と、よければしばらくしてからやる『打ち上げ』にも参加してくれれば、まあ、あいつのことも『よく分かる』んじゃないかと思う」

 

 もうその頃にはこの『よく分かる』って表現がセックスの相性のことも指してるだなってことは分かってきてた。

 高校生のときに本格的なセックスやってた訳でも無いけど、それでもいわゆる『タイプ』ってのは、同性で年上のデカい人かなってのまでは固まってきてたし。

 

「猪族の『猪狩優一(いがりゆういち)』って奴だ。へんな関西弁しゃべる陽気なおっさん、てのが一番伝わりやすいかな。タイプは幅広いが、君みたいな自分が包み込めるような若者も大好きなんだと思う。

 ただ見た目や雰囲気と違って、互いに合意してないことは絶対にやらない男だ。それだけは、俺が保障する。

 どうだ、会ってみないか?

 大会の祝勝会は選手は連れて行きたければ1人は帯同出来るし、観戦してれば身体のこととかも分かるしな」

「じゃあ、お願いします……」

 

 そのときのオレ、ホントもう馬鹿としか言い様がないんだけど、なんか熊部所長の幼なじみの人とオレが『出来たら』、なんか所長への当てつけになるんじゃないかってこととかまで思っちゃってた。

 

 そのときの大会は面子は今日と同じ8名、優勝したのは熊部所長。

 で、最後の決戦相手がその猪狩って、所長が紹介したがってた人だったんだ。

 まあ、勝ち負けについては今回とは逆の結果だったわけだけど、そういうパターンが何年か続いてるってのは、後から知ったことだったし。

 

「君がトリル君か。いやあ、タケオの奴(熊部所長のこと、おっちゃん『タケオ』って呼んでた)から聞いとったが、ホンマちっこくて可愛いなあ、君」

「あの、初めまして。オレ、トリル・ハンマです」

 

 挨拶交わしたとき、オレ、ドギマギしてた。

 まあ、その、土俵で相撲取る猪狩さん見ててさ。なんかまあ、一目惚れとか言うやつで、頭くらっと来てた。

 ホント、馬鹿で単純だよな、オレ。

 

 でも、この人を紹介してくれた熊部所長の気持ちもなんかすごい分かって。

 笑うと無くなるような目に、覗く犬歯。とにかくしゃべりや雰囲気に『いい人オーラ』がすごくて、町内でもすごい人気者らしくって。

 そんな人に、たとえ自分とこの従業員としても変な奴だと思ってたら絶対紹介しないよなって、自分でも思って。所長のこと、そう考えることが出来るようになってた自分にも、ちょっと嬉しくて。

 

「どや、トリル君。今日の祝勝会、終わったら、ワシとエッチせえへんか?

 細かいことは、それからでええやろ?」

 

 いや、直球過ぎるっておじさん。

 祝勝会っつっても近所の知り合いの宴会って感じだったし、しかも選手全員がヤリ友って雰囲気だったから、こういうのもアリっちゃアリなんだろうけど。

 それより何より、オレ、そのときは猪狩さんがこの祝勝会に『誰も連れてきてないこと』の方が気になってたんだ。

 

「猪狩さん、その、今日は誰もパートナーの方、来ておられないんですか?」

「なんや、猪狩さんて。そんな堅っ苦しくせんでええて。ワシのことは、そや、『おっちゃん』って呼びいや。そっちの方がしっくり来るやろ?

 ああ。パートナーって、契約しとるのはどっちもおらんからなあ、このおっちゃんは』

 

 猪狩さんの答え、ちょっと意外で。

 

 それこそ歴史の授業で習うぐらいの昔は違ったらしいけど、今のオレ達の社会って、基本は『性的パートナー』と『生活パートナー』が複数契約出来るっていう『システム』になってる。

 昔は『性的関係』を『契約者以外』と結ぶことが『法的に正しくないこと』ってされてた時代もあったらしくって、オレにはちょっと想像が付かないけどさ。

 

 今はそれぞれの『契約者同士』の相互保護義務が生じることと、契約範囲の広がりと社会保障の範囲がリンクしてるから、制度としては凄く安定してるって先生達の話だったよな。

 もちろん大前提として『契約を結ぶ結ばないことも含めての相互の自由』が担保されてるってことはあるんだけど。

 

 オレ、目の前の猪狩のおっちゃんみたいな、50手前でどちらのパートナーいない人もいるんだって当たり前のこと、気が付いてなくて。

 

 熊部所長は『生活兼性的パートナー』の相方さんいるし、所内のたいがいの先輩も40代までには最低どっちか契約登録してる気がしてて。

 感覚的には若いときにはまず性的パートナー契約して、そっから色々落ち着いてきたら生活パートナーかなって。

 まあ自分もまずは性的パートナーを見つけたいなって思っちゃってるからそういう思考法になるかとは思うんだけど、自分の同級近い連中とかもだいたいそんな感じがしてたし。

 もちろん、どっちも一緒の人もいるけど、違う場合も多いよなってのは、周り見てても思ってたしね。

 

「あ、あ、すみません。変なこと聞いて……」

「そんなん謝らんでええて。ワシの年でどっちもおらんちゅうのも、変な奴と思われとるやろからなあ。まあその分、色々遊ばせてもろとるわ」

 

 がははって笑う猪狩さん、なんか可愛くって、って言うと、失礼になるかな。

 でも、そのときのオレ、なんかもう、この目の前のデッカいおっちゃんに惚れちゃってた気がする。

 

「タケオのチンポもなかなかのもんだったろうが、おっちゃんのもけっこう元気やで。

 どや、トリル君。祝勝会終わったら、おっちゃんちでエッチせえへんか?

 な、な、ええやろ?」

 

 猪狩のおっちゃんの酒臭い息を耳元で感じながら何度もおんなじこと聞かされて、たぶんオレもう、真っ赤になってた。

 強引なんだけど、こっちの言葉での返事を確認したいタイプ、ってのは、ああ、所長が言ってたのこういうことなのかなって。

 

「とりあえず行ってこいや、トリル。たぶんこいつとのセックス、お前に合うと思うぞ」

 

 熊部所長は小声どころかわざとみんなに聞こえるような大声だし。

 といっても、これ、後から気付いたんだけど、他の大会参加者に『今日はこいつは猪狩のもんだから、手を出すなよ』ってことだったんだろうな。

 まあ、体力精力有り余ってる参加者からしたら、新人の若いのなんてのは一斉に襲いかかりたくなる話だってのも、後からはだんだん分かってきた感じ。

 そのあたりのこと熊部所長は分かった上で、みんなに釘を刺してくれてたんだと思う。

 

 みんな飲んでるときに、オレ、おっちゃんに小声で『猪狩さんちに、行きたいです。エッチしたいです』って、言っちゃった。

 おっちゃん、もう、その途端に嬉しそうになって、ほうかほうか、おっちゃんとエッチするかって、なんかもうハイになってて。

 見てる他のヒト達も、ヒューヒュー言ってたり、所長は所長でニヤニヤ笑ってて。

 まあ、その日のエッチ相手が確定、ってのは、オレの意思表示でこそなった訳で。

 といっても2週間後に予定されてた『打ち上げ』の方では、それこそ酒池肉林っていうか、全員汁まみれのとんでもないことになったんだけどね。

 

 あのとき、とりあえずは2時間ちょっとの宴会終えて、おっちゃんちにこんばんは、ってことになった。