その1 徳永一郎(とくながいちろう)の俺語り①
ワンルームの西の壁際で、10年もののベッドのマットレスがギシギシと軋む。
竿の根元から鰓の張った雁首の下までローションをたっぷりと使い、水音に満ちた摩擦音が部屋中に卑猥に響く。
扱き上げる逸物から力強い脈動が手のひらに伝わってくる。
気持ちは、いい。
強い快感を感じている。
金玉の奥底から、汁が上がってくる気配がする。
俺は自分がうっすらと汗をかき始めたことを意識しながら、右手を必死に動かしていく。
こちらもローションを垂らした左手で、ぐいぐい、やわやわと金玉を揉み上げる。
性欲のツボらしい蟻の門渡りを指先で押し込むと、金玉の裏側からなんとも言えない気持ちよさが湧き上がる。
竿を扱く右手と玉を揉む左手の間で、ストローク毎に引き上がり始めたふぐりが揺れる。
ときおり、ずりゅりと音を立てるかのように赤黒く腫れ上がった亀頭を雁首をわざと通り越し刺激してやれば、粘膜を擦られるあの独特な背中を丸めたくなるような直接的な刺激を感じてしまう。
お気に入りのエロ動画を大きめのタブレットで流しながら、食い入るように見つめてる俺の目はどこか滑稽なんじゃなかろうか。
画面の中では男二人と女一人、3人でのねっとりとしたプレイが続いている。
中年に近づいている男の巨大な逸物を、残りの男女2人が旨そうにしゃぶりあげる。
女が金玉を、男がチンポの先端を咥えると、しゃぶられている男がのけぞるようにして与えられている快感を享受する。
女の舌と紅を差した唇が、そこだけ切り取ったかのような鮮やかさで男の剛直の根元で動き回る。
男女どちらにしろ派手な嬌声や演技的な表情を排した映像作りは妙なリアル感があって、俺が好きな部類のメーカー作品だ。
どこか倦怠感漂う中年の夫婦が、スワッピングの相手に精力の強い男を求めて投稿する。
画像や映像のやり取り、文章などで互いの肉体やプレイの好みを知り合い、やがて実際の逢瀬の日を迎える。そこでもいきなり家やホテルに招くわけでは無く、あくまでも1度互いの顔を目視し、互いに納得の上で密室へとなだれ込んでいく。
出逢いを含め、『実際に用心しながら相手を求めるって、ホント、こんな感じになるはずだよな』という路線を丁寧に踏みながら、ついにお互いの肌に手を伸ばす。
絵空事と分かってはいても、画面の中にファンタジーを求めちまうってのはあるだろう。
のけぞるような男の首筋を舐めるように映すカメラの動きがしゃぶられる側の快感を、股間に群がる二人の視線が仕事以上にすら思えるチンポに対しての熱情を伝えてくる。
あんなふうに、二人にしゃぶられたら気持ちいいだろうな。
でも、男でもいいんか、このモデル。
まあ、気持ちいいのは男同士の方が分かってるだろうけど、いきなり3Pだと互いにしゃぶりあったりもあるわけで、経験無いとかなりキツいんじゃなかろうか……。
いや、そんなことで気を散らすな。今日は久しぶりに固いままでイけそうなのに。
そう思った途端だった。
直前までガチガチといきり勃っていた俺の逸物の強張りがふっと弱まる感触が、握りしめた手のひらに伝わった。
”またかよ。おい、嘘だろ。おい、俺の倅。元気出せよ、いや、出してくれ”
そんな俺の思いも空しく右手の中の俺の息子は、太さは変わらぬものの、先ほどまでのガッチリとおっ勃っていたその硬度を段々と失っていくのだ。
”やばい、やばい。このままじゃ、俺、また……”
手は止まらない。止めたくても、腰の奥から湧き上がる感覚に、もう制御が効かなくなっている。
射精直前の『あの』感覚が脊髄を駆け上がる。
ここまで来たら『止まらない、止められない』のは、男なら誰しも経験があるだろう。
「あ、あっ、イッちまうっ、出ちまうっ……。ダメだっ、こんなっ、柔らかいまんまでっ……、俺、俺っ……」
本当に、やばいと思った。
ぐったりと手にその重みを預けた俺の逸物から、粘性の高い液体が駆け下っていく感触が伝わってくる。
「あっ、あっ、ああっ……。ダメだっ、出るっ、出るっ……。汁、出ちまう、柔らかいまんまで、汁、出ちまう……」
腰がひくつき、金玉が引き上がる。
ぶしゅぶしゅと、シーツに広げたティッシュに雄汁が脈動を伴って垂れ落ちていく。
固さを失った逸物の先端から多量の汁が出て行く感触だけは、まざまざと伝わってきた。
そこに、あの虚脱感を伴った爽快感が訪れることは無い。
数十秒だったか、吐精が終わり、俺は自分の手のひらの中で頭を垂れる逸物を見ながらため息を吐いた。
「またやっちまった……。俺、大丈夫なんかな……」
俺は徳永一郎(とくながいちろう)。
学校出た後、もう今の会社に務めて20年近くになるのか。まあ、絵に描いたようなしがないサラリーマンってとこだが、幸いにして部下や同僚には恵まれてるんじゃないかと思ってる41才。
休みの日、いつものせんずりパターンでベッドに横になってはみたんだ。
イくにはイけたけど、最後の最後に固さを保てなくなって、でろっとしたまんまのチンポからのダラダラとした射精。手のひらにずっしりとした重さを感じてはいる、俺の肉棒。イった後、一気に小さくなるわけでは無いんだけど、だらりと頭を下げている、そんな感じ。
その柔らかいまんまの自分のチンポから流れ出た汁の匂いで、俺、ちょっと噎せ返りそうになってた。
学生時代に比べるとかなり重くなっちまった90キロ近い体重を、汗臭いベッドに横たえてた。一応の射精の余韻味わった後、一息吐いて上体を起こしたとこだ。
どこか黄色みが混じってる俺が出した汁。たっぷりと吸ったティッシュが重い。
満足いく射精じゃないんだけど、それでも汁の量だけは前と変わらない感じなのは安心していいことなんか、どうなんか。
新しく取ったティッシュで鈴口に滲む残り汁を拭き取り、スーパーの袋に始末してゴミ箱に投げ入れる。ま、あの匂い、嫌いってわけじゃ無いんだけど、やっぱりずっと部屋に漂ってるってのも変なもんかと思うしな。
いや、俺だって去年まではそれこそ一回に2発は軽いぐらいだったんだぜ。二日にいっぺんは出すのが普通だったし、ノったら2発3発とかも、そりゃ、たまにはさ。
けっこう太いんじゃないかなって思ってる俺のチンポ。握ってる感触もなんか好きでさ。
そいつがガチガチに固くなって、扱いてるうちに金玉上がってきて、ああ、イくイくってなるの、男なら誰だって快感の極地って思うだろ?
あの実感が得られなくなって、俺、そろそろ一年になっちまってる。
最初は『ああ、これが厄年って奴かー』ぐらいに思っててさ。『俺も順当に年取ったってことだよな』ぐらいに悠長に構えてたんだ。
ただそれがせんずりする度にだんだん頻度が上がってくるっていうか、あれ、今度もかってのが増えてきて、近頃ではもう『それ』が当たり前になってきちまってるんだよな。
うん、これって『勃ちはするものの、射精の瞬間までそれが持続しない』って、いわゆる『中折れ』って奴なんだろう。
こんなこと、誰にも言えないまんまけっこうな時間が過ぎちまってた。
いや、飲みの席とかで冗談めかして『俺ももう年かな。そんな元気無くなっちまったよ』とかは言ってるよ。ただ、ほら、真面目にシモの話するって、そうそうなかなか、出来ないじゃんか。
ネットで泌尿器科とか、性病扱ってるところとか探してもみたんだけど、お医者さんからなんか言われたらもっと落ち込んじゃう気がして、病院にも行けてはいないんだよな。
精力剤とか買ってみたけど、あんまり効いた感じでも無いし、流行りの勃起薬とかも、ネットで買うとガセ掴まされたりもあるとか聞いて、なんか怖いしで。
こんな年まで独身でいたのが悪いのか、そこまでバチが当たるような生活してたわけじゃい無いはずだって、このところかなり焦ってきてるんだよな。
もちろん、そんなこと、周りに感づかせないぐらいの演技は出来るし、こっちの冗談口を叩いたのを聞いた奴らだって本気にしてるふうじゃ無いし。
それでもその、なんというか、『焦り』ってのは、確かに、うん、確実にあったんだと思う。
で、なんかこうタイミングっていうかなんというか、俺の直属の部下、それも女好きでならしてて『孤高の種馬』とか呼ばれてる後輩に、意を決して相談することにしたんだ。
それはそれで、とんでもない話になっちまったんだけど、まあ、その顛末、聞いてくれよな。
俺の部署は係長の俺と高校が俺と同じだった(後から知ったことだけど)っていう後輩になる『三好紀幸(みよしのりゆき)』って奴、後は事務方を一気にやってくれてる女の子、いや、もう30代後半って話だから失礼か、『石清水舞(いわしみずまい)』って女性の3人部隊だ。
課長は幾つかの部門にまたがってる役目なんで、実質は俺が取り仕切ってるけど、まあ2年前からのこの体制、けっこういい感じないかなって思ってる。
で、その三好って後輩、こいつがとにかくモテる奴ってことで有名なんだよな。
ガタイも今流行りの野球選手並みにガッチリしてて、いわゆる『かっこいい』奴。
俺は直接の戦歴とか知らないけど、周囲の噂っていうか、風聞がすごいんだ。
なんでも月替わりで相手する女いるとか、一晩で複数とやったとか、そんな噂ばっかり聞こえてきてて、付いた二つ名が『絶倫モテ夫君』とか『孤高の種馬』とかそんなんばっかし。男としてはうらやましい限りなんだけど、そういうあだ名付けられるのは、俺はちょっと勘弁って気持ちもあったりで。
本人見てると、とにかく気働きっていうか、気配りすごいし、マメなんだよな。ガタイやルックスもいいんだけど、たぶんそれが一番のモテ要素なんだろう。
女性に優しいっていうか、俺なんかだとつい言っちゃうような軽口みたいな台詞全然出さないし、頼まれ事とか二つ返事でこなしていくし、要領がいいって言うと語弊があるんだけど、とにかくどこに行っても重宝されるし信頼されるタイプなんだとは思う。
あの仕事っぷりで相手されたらそりゃ落ちない女はいないと思うけど、話によると社内や近場で付き合うっていうより、飲み屋やそっち系(風俗だろうなあ)で暴れてるらしい。そこらへんを職場の女性いるところじゃ全然出さないってのも、女子連中からなんか人気あるみたいで。
俺とか入社当時は先輩や取引先に色んなところ連れ回されたけど、なんかのときに嬢の素に戻った表情見ちまって、風俗系には憑き物が落ちたみたいに足が遠のいちゃったんだよな。
今から考えると、そういう生身の部分、遠ざけちまってたのがいけなかったのかとも思うところもあってさ。タイムマシンあったら当時の俺に「通い続けろ」って言うんだろうけど。
で、昼飯も済んでなんかまったりした時間、舞ちゃんがお使いに出てて男2人になったとき、ついに俺、ノリの奴に(あ、俺、三好のこと『ノリ』とか『ヨシノリ』とか呼んでる)話を持ちかけたんだ。
「ノリ、お前、あの、明後日の金曜日、夜は空いてっか?」
「なんすか、徳さん。いつもなら帰りがけに突然一杯つきあえとか言うのに、こんな何日も前から。あー、オレと飲みたいんスね。いいっスよ、付き合います」
「あ、いや、その、居酒屋とかじゃ無くって、出来れば俺んちか、お前んとこか、どっちかがいいんだけど……」
「いや、かまわないッスけど……。いったい、どうしたんです?」
「うん、その、ちっと相談っつーか、周りに人いると話しにくいっつーか……。まあ、いきなりお前んちってのもあれだから、俺んとこ、来てくれるか?」
「まあ、いいっスけど……。その、金貸してとか言われても、オレ、無理ッスよ」
「バカ、お前に借りるぐらいなら会社に前借りするわ。と、とにかく、一緒に出にくいようだったら、俺、早めに帰っとくから、うちに来てくれ」
「まあ、了解ッス。あ、岩清水さん、戻ってきたかな?」
「とにかく、た、頼んだぞ」
「へーい、了解ッス。なんかつまみ買っていきますねー」
あいつ、俺のこと『センパイ』ならまだしも、2人きりのときとか『徳さん』って呼ぶんだよな。周りに人がいると『センパイ』か『係長』になるんだけど。まあ、親しみ持ってくれてるんだろうって悪い気はしないんだが、ちょっと先輩としての威厳がねえんだろうなあとか思っちゃうところもある。
舞ちゃんの気配、よく分かるなとは思いつつ、俺も自分の席に戻る。自分でも重たく感じ始めた身体を、どっかりと椅子に預けることにした。
「徳永係長、石清水戻りました」
「あ、ああ、お疲れ様でした。舞ちゃん、休憩取れて無いでしょ? お茶でも飲んできたら?」
係長としての声かけのつもりでいたら、ノリの奴が突っ込んできた。
「ほーら、センパイまた『舞ちゃん』とか言ってる。そういうのも今はセクハラになるんスよ。一応、オレたちんところの頭なんだから、そういうことキチンとしてくださいよ」
「前もそれ聞いたけど、親しみ込めて言っちゃいかんのか?」
俺、古いんだろうか?
「もう、シーラカンスかガラパゴスかって奴ですね。それ親しみじゃ無くって目下に見てるって今は考えるんですよ。『ちゃん付け』なんて、相手が男だったら絶対しないっしょ? そういうふうに、男と女で態度変えるのがダメなんスよ、今は……」
「そうは言っても……、舞ちゃ、いや、石清水さんはどうなの?」
言い負かされそうになった俺は舞ちゃんに話を振る。
ずるいかな、とも思ったんだけど、本人に聞くのが一番だよな、こういうの。
「係長もハラスメント研修受けられたでしょ? 個人的によくても対外的にそれを聞かれちゃダメってのも多いですし、そういう意味では三好さんの言うのが正論になってしまうんですよ。個人的には私は係長になら言われても大丈夫ですけど、若い子には言っちゃダメですよ」
「ほら、賛同者求めようったって、無駄です。時代が変わってるんだから、ちゃんと着いてきてくださいってば」
ノリの奴、ここぞとばかりに俺をいじりやがる。
「ああ、もう、俺が古いってことなんだろ! 分かったよ、三好君、石清水さん、これでいいんだろ?」
俺はむくれたふりをして強く言い放つ。
まあ、そのあたりの機微は見透かされてるよな。
「はい、そこも『三好さん』がいいかと思いまーす」
「お前の口調そのものがハラスメントだよ、まったく……」
「適切な意見って言うんです。それ塞いだら、今度はパワハラッスよ」
「はいはい、若いお方の言う通り」
なんとか笑いの形は取れたようだ。
3人とも本気で怒ったりしてるわけじゃ無くって、日頃のコミュニケーションの一環でもあるのかな。もっとも、ものの言い様とかは確かにノリの奴の方が『分かってる』らしくって、その分、若い連中には受けがいいってのも聞いてるし、こっちが勉強しないといけないってのは本当だろう。
そして上役にも物怖じせずにもの申せる奴のそういう性格っていうか、そこらへんが女の子、おっと、女性にも人気あるとこなんだろうな。
「ま、とにかく、ノリ……じゃなくって、み、三好、三好さん。明後日、頼むぞ」
「アイアイサーっ! 了解ー!」
俺達二人のやりとりに石清水さん、ちょっと首をかしげた。
「あら、お二人、なんか怪しく無い?」
「いやいや、週末ちょっと、飲みにでも付き合ってくれって俺が頼んでて」
「珍しく係長が言ってきたんで、オレも気合い入れて行くつもりっス!!」
「私だけ、お声がかからなかったんですね」
「ああああ、えーと、ちょっと、それが……」
俺、石清水さんのつっこみに、ちゃんとした理由が言えずにドギマギしちまう。
「男と男の話って聞いてるんで、石清水さんは今度一緒に飲みましょ!」
「はいはい。そこはこっちも気を遣っておきまーす」
こういう場のいなし方、ノリの奴、そりゃこいつモテるわなって、正直思った。
俺、そういう切り抜け方が、ホント下手くそなんだよな。ともかく場を収めてくれたノリの奴に感謝しながら、午後の仕事をこなした俺。舞ちゃんにも知られたので、逆にノリの奴にはこの話、やりやすくはなってたかな。