「親父、ただいまー」
「おう、おつかれさん。今日は良治んとこ、どうだった?」
「うーん、配達の方はけっこう忙しかったんで、注文も戻り始めたんじゃないかなって感じ。店長も陸朗先輩も忙しそうにしてたし。それにちょこっとだけど、伝票も触らせてもらった!」
「おう、よかったな! ゴールデンウイーク前だしな。うちも駅裏のホテルさんとの打ち合わせでバタバタしたしな」
「景気がちょっと良くなってるってみんな言ってるのは嬉しいけど、俺とかはまだよく分かんない」
「二ヶ月でなんもかんも分かられたら俺達の方が困っちまうわな。さ、風呂入ってこい」
「了解! 親父は?」
「俺は後から入るから、お湯抜くなよ!」
「ほい、了解了解!」
俺、帰ってすぐは親父から店長への電話のこと、言い出せなかったんだ。
やっぱりなんかさ、実の親父とせんずりとか射精とか、そういう話しってしにくいだろ?
まあ考えてみりゃ、俺と親父のやり取り、なんか友達みたいな感じで、普通のとことかよりは話しやすいのかもしれんけど、それって親父がかなり俺に『合わせて』くれてるんだなとは思ってる。
2年前にお袋が死んじゃって、うちは親父と俺の男所帯になっちまった。
そんときは俺まだ高校生だったんで、お袋がいなくなった寂しさ悲しさはすごかったけど、家の商売のこととかは全然分かってなかったと思う。
家で夕飯の準備して俺の帰り待っててくれてた俺の親父は『山崎聡太(やまさきそうた)』。って、親父の奴、確かもう、50手前だったっけ。
背は160の俺よりちょっとだけ高いけど、基本はちび家系だよな。
体重は俺が完全に負けてて、もう80ぐらいあるんじゃないか。けっこうどっしりしてて、周りからはいい感じのおっちゃんと思われてると思う。
俺んち、爺ちゃんの代からの『山崎荒物(やまさきあらもの)』って、割となんでも扱う金物屋さんみたいな店やってるんだ。飲み屋やホテルの什器とかも取り扱ってるので、ここらへんの飲食店関係はたいがいお得意さん。将来的には俺が継ぐんかなあとは思ってるけど、卒業前から色々親父と話してて、しばらくは他の店で修行しろってことになったんだよな。
親父からすると、俺の雇い主、赤嶺酒店店長の良治さんは後輩になるわけで、そのあたりはもうツーカーって奴みたい。ま、そのツーカーってのも始めは分かんなくて、陸朗先輩に聞いてふーんってなったんだけど。
店長、俺の小中(は、クラブチーム)高やってた野球部にも押しかけコーチみたいな感じでよく顔出してたし、元々近所のおっちゃんだしで、昔からの知り合いちゅうかなんというか。よく『お前が母ちゃんの腹ん中、いや、親父さんの金玉ん中にいるときから知ってんだよ』って言われてるし。
そんなこんなで、なんか学校んときより卒業してからの方が、ぐっと近場での生活パターンになっちゃった感じなんだよな。
早起き野球とか練習とかはちょっと眠いけど、まあ昼間も根詰めてやるって感じより、今んところは配達や御用聞きでとにかくお得意さんの顔と場所覚えろって感じなので、なんとかなってる。
親父と俺、母ちゃん死んだときはさすがに男2人でどうなるんだろうって思ってたけど、なんか親父、けっこう料理とか上手くてさ。もっとも炒め物ばっかりな気はするけど、そこらへんはやっぱり近所に住んでる彰子おばちゃん(親父の姉ちゃんね)が結構面倒見てくれて、たまにおかずとかも差し入れしてくれてる。
風呂で汗流して上がると、今日は親父が肉野菜炒めとのっぺい汁みたいなの作ってくれてた。
彰子おばちゃんがたまに作ってくれるのよりはちょっと味が濃い気はするけど、これはこれで美味いんだよ。
「配達途中にスーパーの前でさ、高木のおばちゃんが今日は野菜安いわよーって教えてくれて」
「今どきの小学生って、すれ違うと向こうから挨拶するように教えられてんのかな。集団下校だと思うけど、おっきな声で『こんにちは!』って言われてさ。なんか照れるけど、嬉しいよな、あんなの」
「そうそう、関屋さんとこの店、そろそろ水曜の休み無くして元通りの日曜休みだけにするとかって話しだった。さっきの話しじゃないけど、やっぱりちょっと、飲みに出る人も多くなってきてるみたい」
俺が飯をかっこみながら、早口でまくし立てる昼間のことを、親父、ニコニコしながら聞いてくれてる。
なんか、自分ばっかり話しすぎかなっても思うけど、俺が赤嶺さんとこ勤めるようになって一番変わったのが、こういう近所の話しで盛り上がれるようになったことかも。
親父、そういう俺の話し聞くのが好きみたいで、うんうんって頷いてくれるから、こっちもまた色々話しちゃうし。
「お前、ホント良治んとこいって、正解だったな。だいぶこのへんの人の顔と名前が分かってきただろ?」
「うん、それはあるなあ。商売してる人達は特に繋がりが強いってのも段々分かってきたし、親父が色々やってるってのも、あちこちで話しが出るし」
「まあ、俺は好きでやってるんだ。それでお前に迷惑掛けちゃいかんとは思うが、かといって誰かがしないわけにはいかんわけだからな」
「ぜんぜん迷惑とか思ってないぜ。飯だってちゃんと作ってくれるし、たまには彰子おばちゃんにも助けてもらうし」
「ああ、姉さんにも家賃のこととかあるだろうから、ここに来ればってのも前から言ってはいるんだが、なかなかな。1人の方が気楽なんかもしれんが」
「近いからいいじゃん、そのあたりは。スープの冷めない距離、とか言うんだろ、そういうの」
「お前、よくそんなの知ってるな」
あははって笑う親父の顔、俺、ちょっといいなって思いながら、飯、食ってたんだ。
「ごちそうさまでした。親父、美味かったよ」
「ああ、だったらよかった。洗い物はやっといてくれるか?」
「ああ、そっちはやっとくから、親父は風呂入ってこいよ」
やっぱり男二人だけの家だから、助け合わないとってのは、いつも思ってる。
中学のときとかはぜんぜんそんなこと思いもしなかったんだけど、この仁太様も、社会人にもなればけっこう大人になったってことだよな、きっと。
「ああ、仁太……。風呂の後、ちょっと話しがあるんだが、いいか?」
「なんだよ、改まって。別に見たいテレビとかも無いし、いいけどさ……」
「部屋に上がらず、ちょっと待っといてくれ」
「そりゃ、いいけどよ……」
親父の奴、なんかちょっと元気ない感じって言うか、真面目な感じって言うか、とにかく変な感じだった。
昼間の店長が受けてた電話のこと、俺が言われた精通のこととかと、たぶん関係あるんだろうな。
俺から切り出すのも気まずくて言えず仕舞いだったんだけど、親父の方から言ってくるんだろうなってのは思ってたし。
とにかく俺、テーブル片付けて洗い物も急いで終わらせて、ちょっとドキドキしながら親父が風呂から上がってくるのを待つことにしたんだ。
親父、風呂から頭ごしごししながら上がってきた。頭、つっても、髪伸ばし始めた俺より坊主に近いんだけど。
「いいか、ちょっと」
って、そりゃ『話しがある』って言われてりゃ、待ってるよなあ。
「その、店長からも昼に変な話しがあったんだけど、そのこと?」
「あ、ああ、良治の奴、話してくれてんか……。なんて言われた?」
「いや、その、なんかもう精通してるかとか、童貞かどうか、とか……」
「……、すまんな。ホントはまず俺からきちんと話しとかないといけなかったんだが、昨日の総代会の集まりで色々決まったもんで、俺自身が慌ててたこともあってな」
「いいけどよ。なんだよいったい、精通とかさ……」
「ちゃんと話すから、聞いてくれ。そして話聞いてくれたお前に、俺から頼みがあるんだ」
「ああ、うん、まあ、な……」
親父、さっき言った通りで背はあんまり俺と変わんないんだけど、体重だけは80キロぐらいあるんだと思う。
どっしりした上半身に汗が光ってて、それもバスタオルでざっと拭うと、パンツ一丁だったところにTシャツ着てさ。いつも風呂上がりには裸でうろうろしてるのに、逆になんか改まって、ってことなんかと思った。
「仁太、お前、神社の夏祭り毎年行ってるよな」
「うん、そりゃ祭りだし、丸賀谷(まるがや)さん、ちっちゃい割には賑やかだよね」
「ああ、テキ屋もけっこう入るし商店街でも店出すし、色んな仕切りも大変じゃあるけどな。で、実は丸賀谷さんの祭りは毎年の賑やかな奴と違う、七年に一度巡らせてるぜんぜん別の神事がある」
「それ、知らないけど?」
「氏子の中でもホントに一部しか参加せんしな……。で、今年がその七年に一度の年で、俺が総代に当たってるってわけだ」
「つっても、親父ももう何年もやってんだろ?」
「ああ、前回の神事以降だからもう七年だな」
「で、それが何なん?」
「そっからの話しになるな、やっぱり」
俺達の話に出てきた『丸賀谷(まるがや)さん』ってのは、うちとかがある商店街の一番奥にある、ちっちゃな神社のこと。正式にはもっと長い名前があるんだけど、昔からこのあたりでは『丸賀谷さん』って呼んでるみたい。
神主さんが普段からいるような大きなところじゃ無いし、掃除とかは近所の人が自然にやってるし、祭りとかもどっちかというと商店街全体で色々楽しむような感じのところって言うと伝わるかな。
もともとは駅裏の山の方にあったのを、家建てるのに整地するからってこっちに移転させたみたいで、歴史そのものはかなり古いって親父も言ってた。
親父は今、そこの氏子総代って、代表者みたいなのをやってる。もちろんもっと前からずっと関わっては来てるんだけど、まあ、一番えらい人って感じなんだろうか。
そこで七年に一度の神事って、ぜんぜん俺も聞いたことなくって、その時点でもう、親父の話、興味はあったんだと思う。
「ここからの話、まあ怒らないで、というか、驚かずに聞いてほしいんだが」
「怒るって、その、店長が言ってた精通とかの話かよ?」
「ああ、それもあるが……。うん、単純に言うとだな……」
「あ、うん?」
「仁太にこの神事の中心になってもらって、祭りの最後にある神事で、射精、それも結果的には何度もしてほしいってことなんだ」
「は? はあっ?????」
俺が声上げたのも、分かるだろ?
なんだよ、祭りっていうか、神事で何度も射精って?
言ってる意味、ぜんぜん分かんねえ。
「ナニ言ってんだよ、親父。分かるように説明しろよ!」
「ああ、まあ、そりゃそうだろうな。ただ、最初にそこ知っといてもらった方が、後からのショックが少ないかと思ってな」
「後からもなにも、おかしいだろ、そんな話」
「まあ、聞いてくれ……」
そっからの親父の話、けっこう長くてさ。
途中で親父が神社のこと色々まとめてる帳面も見せてくれて説明は受けたんだけど、俺、正直、頭コンランしてて、ナニがなんだか、って感じにもなってた。
で、親父がその帳面の神事のこと書いたとこコピーしてくれてさ。帳面そのものもしばらく貸しとくから、しっかり読んどいてくれって言われた。で、後からずっと見返してはいるんだけど、読めば読むほど、混乱は増していくっていうか。
自分が整理するためにもまとめ直してみたんだけど、分かる、っていうか、伝わるかな、これ、ホント。
●祭り(神事)は七年に一度、普段の夏祭りの最終日、神社表の灯りを落とした後に行われる『神占の神事(かみうらのしんじ)』であり、祭りの後、七年間のこの地域の吉凶を占う儀式である
●『神占の神事』の参加者は、禰宜(ねぎ、って言って、親父がやるんだって)と、他には氏子中25才より厄年までの男のみである
●祭りの中心となるものは、精通を果たし、かつ未だ不犯のもので(これ。俺が童貞かって言われた奴ね)、これを『神子(かみこ)』と称す
まあ、ここまではさ、分かったっていうか、占いのために男だけ集まってなんかする、ってことだよな。で、流れからいうとその『神子』ってのに、俺になってくれって頼まれてる状態。
続くよ。
●祭り当日、禊ぎにて身を浄めた神子は参加する男達から、その魔羅を刺激され、よくこれに耐えた後に吐精すべし
●神前にて出された精液は土器(かわらけ)にて受け、その色、量、形などにて、この土地の吉凶を占われるべし
ここ!
ここなんだよな、祭りの本体って!
つまり、俺がみんなからチンポ扱かれて、いっぱい我慢した後にイッちゃって、その精液見て禰宜さん(ここ、俺の親父ね)がそれを見て占いするってこと!
ホントもう、いったいナニ言ってんだってことなんだけどさ。
ただ、親父のノート、もっとすごいこと書いてあって。
●神子の精、出ずるまでかかりし人の数、多ければ多いほど、良し
俺がイくまで、我慢すればするほど、地域にとってはいいことらしい。
●占いのため吐精を促せたものを『福男』と認め、そのものは七年にわたる弥栄(いやさか)を得る
俺をイかせた人って、なんか幸運が回ってくるんだって。
ちょっと、さっきのと、矛盾してない?
●神前にての吐精と占いの後、神子に男達が群がり、その精を浴びるなり
これ、もしかしなくてもさ、俺の精液、何度も何度も搾り取られるってことらしい。
そりゃ、2、3発連続で、ってのは、自分でもやったことあるけどさ。
このあたりが祭り当日の話しなんだよね。
なんかもう、聞いてる途中で呆れたっていうか、頭が麻痺しちゃったっていうかさ。
これって警察沙汰になんないの? って、思っちゃったんだけど、違う?
親父の話だと、結局は神子になる奴(今回は俺ってこと)が何もかも承知して受けるってのが前提じゃああるみたいだけど。
俺、もしかして全部これ、分かった上で引き受けるってことになるワケ?
で、もっとすごいのがこの当日の話しでなくってさ。
こっからの話し、親父がとにかく『済まん、済まん』って、半分泣きながらみたいな感じで話してきて、俺、どうしたらいいんだって思っちゃったんだ。
これも会話で書くとなんか恥ずいので、やっぱり親父の帳面みたいに箇条書きにしてみるからさ。
●神子と氏子の関係
①神子は幾人もの男の扱きに耐え吐精を引き延ばすことにて、丸賀谷の栄えを授かる
②氏子は神子に吐精をもたらすことで、福男としての栄えを授かる
これってさ、利益背反(最近、覚えたんだ)って奴だよね。
俺が射精しないよう頑張れば頑張るほど、丸賀谷の土地は栄えることになるんだけど、氏子の人達からすると、なるべく早くイかせたい、射精させたいってなるってこと。
でも氏子の人達もみんな丸賀谷の人だから、①と②って、氏子の人達の中でも矛盾するっていうかさ。
そこでっていうか、そこを解決じゃないんだけど、折り合いつけるための事前の準備があるって話し。
こっちの方が親父から、とにかく『きついことだが、済まん』って言われてるんだ。
●神子は神事の一ヶ月前より『慣らしの行(ならしのぎょう)』にて、己の魔羅を鍛えるべし
なんのこっちゃって思うけど、これ、俺のチンポ、氏子の男衆がよってたかって、その鍛えるっていうか、一気にイッてしまわないよう、いろんな刺激に『慣らす』修行なんだって。
最初聞いたときにはせんずりひたすらかいて、それでも射精を我慢するってことかなって思ったんだけど、そんなヤワなもんじゃ無いらしい。
びっくりしたのは親父も若いとき、この『神子』をやったし、店長の良治さんや陸朗あんちゃんも経験者だったってこと。
これまで全然聞いたことなかったけど、この神事のことはあんまり口にしない約束みたいなのがあるってことで、まあ、ふーんっては思ったけどさ。
で、その中身がすごいみたいで、もうほとんどいじめに近いって、親父の話。
もちろん、怪我とか傷つけたりとかは気をつけるみたいなんだけど、それでもまあ、チンポや金玉がそうとうひどいことされるって、なんか怖い話になったんだ。
「その、親父のときはどんなことされたんだよ」
「言ったらお前が断りそうな話ばっかりになるんだぞ」
「それって、聞かなくても断る理由になるじゃんか。ここまで聞かされたんだ。どうせなら、全部教えてくれよ」
間違ってないよな、俺。
「俺のときは、手で扱かれる、口でしゃぶられるなんてのは当たり前で、金玉を腫れ上がるまでつぶされたり、亀頭を木賊(とくさ)で擦られて、血が滲むようなことまでやらされたんだ」
「なに、その『トクサ』って?」
「ああ、分からんよな。河原とかに生えてる草なんだが、これの茎がすごく固くて紙やすりみたいなもんなんだ。これで粘膜鍛えろって毎晩先っちょ擦られて、痛いは腫れるはで、すさまじかったんだ」
「それって、もう、ホントいじめじゃん。俺もそんなのやられるってこと?」
「まあ、今はそこまではやらないよう、というか、傷にはならないようにとは言うんだが、どうしてもな……」
「それでも、親父は俺にやれって言うのかよ」
「条件に合う男が、お前の前後にはいなくてな……。本当に悪いと思ってる。だが、神事をつつがなく成立させるのは総代である俺の使命でもあるんだ。これまでの話を聞いた上で、それでもお前にやってほしいと思ってる。どうだ、やってくれないか、仁太……」
親父、テーブルの上に手をついて、俺に頭を下げる。
俺、どうしたらいいんだろう。そりゃ、親父の困ったことは手助けしたいとは思うけどさ、内容、ひどすぎるだろ、これって。
「ちょっとだけ考えさせてくれよ、親父。経験してるってことなら、店長や陸朗あんちゃんとかにも、相談してみたいし」
「ああ、そうだよな……。分かった、明日、いや、明後日でもいいから、返事聞かせてくれ」
「うん、ごめん。たぶん、親父の方も色々あるとは思うけど、やっぱ、話聞くと、すげえ怖いし」
「当たり前だ……。本当に、すまん」
「分かったら、もうそんな謝るなよ。親父も仕方ないことなんだろ?」
黙って頭を下げる親父見てて、俺、もう、腹は決まってた気がするな、このとき。