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「んだから、親父さんはまたこうして東京さ出稼ぎに来たんだずなあ」
俺の意識は親父さんの部屋へと戻ってきた。二人の過去が行きつ戻りつしながら、俺の身体と心を貫いていた。
耳元でゆっくり頷いた親父さんは、
「だがな、あの親方さんの仲間たちとは一緒に仕事はしねえようにしただ」
「なしてだ? みんな親父さんに優しくしてけらすんだべ?」
親父さんは俺の身体から離れ、途中まで使っていた蚊取り線香の渦巻きの続きに火をつけた。
ぷんと夏のかおりがする。
「親方には感謝しとる。だがよ、あのまま居心地のええ飯場に身を寄せて、気の置けない男同士の生活を続けるとよ、修平のことを忘れてしまいそうでよ。寂しいべ? んだからよ、今は修平のために立派な新しい墓さ建ててやるべかあ、って考えてはあ、金さ稼ぎに来てんだず」
細く長く、くねる蚊取り線香の煙が二人の身体に蜘蛛の巣のようにまとわりつく。俺はそれを振り払うように、親父さんをもう一度抱きしめた。
「そうか、親父さんもその墓に一緒に入ってやんだな」
親父さんはうんうんと頷いて、俺の肉体を抱きしめ返して来た。
俺はそのとき、自分が親父さんとどうなりたいのか、親父さんとどうしたいのかを考え、心を決めていた。
親父さんは、俺の顔が真剣な眼差しに変わっているのに気づいたようだ。
蚊取り線香は最後の一巻きを知らせるように燃え方が変わった。
「俺、今の話さ聞いて、決めたことがあるだ」
親父さんは何か言いかけていたようだったが、それを遮るように俺は話し続けた。
「親父さんさえ、良ければよ。俺、親父さんが東京に出稼ぎに来てる間だけでも、親父さんの本当の息子になりてえんだ。いや、もう決めたず、今日から親父の息子だ。俺のこと、息子にしてけろ」
親父さんは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに身体を直し緩くなった越中を解き、全裸のまま背筋を伸ばして正座になった。真正面から俺に向き合う形になる。
俺もそれに応えるべく、生まれたままの姿で正座をした。
「不思議なこともあるもんだずなあ。俺は今、ぼんずが言った事とおんなじ事さ言おうとしたんだ」
今度は俺がびっくりする番だった。
「本当け? 親父もおんなじ気持ちさなっていたのけ」
「修平もこんな感じで俺に向き合って言ってくれただよ。まんず、あのときのまんまで、たまげたず」
俺は嬉しかった。俺を受け入れてくれたことが分かると、また涙がとめどなく湧き続けた。
「これはな、きっと修平がこさえてくれた縁だんなあ」
親父さんも、もらい泣きをしていた。
不思議な巡り合わせで、縁を結んだ新しい親子は、ひたすら喜びを分かち合い、運命の出会いを噛みしめた。
お互いのことをもっともっと知りたいという気持ちで、夏の夜はあっという間に早くまわり始めた。蚊取り線香はゴールの狼煙を上げた。
お互いの好きな食べ物、音楽、思い出の場所、学生時代、家族のこと、そして、それぞれの父親と息子に対する想い。
とめどなく、言葉が流れていった。二人は夢中で聴き合い理解しようと、堰を切ったように話した。
父のない子と子のない父。
そして、その夜、二人は親子になるための契りを結んだ。
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その夜に二人の間で交わされた行為。それは二人に取って、とてつもなく意味のある儀式となった。
男と女の間での性交と言われる行為の一番の意義は、子孫を残すことである。生物学的にはこれが最大の目的であろう。
さらにそこに、人が生きている意義としては愛情というものが重なる。
人を愛し、大切にしたい、いたわりたい、などの情の部分が肉体的な快感を与え、また得ることと結びつき、ただの生殖行動から感情をたっぷりと与え合う行為へと変化する。
だが、男同士での性交はその最大の目的である、子供を産み、育てるというものが最初から内包されていない。
とすれば、彼等の性行為は純粋に快楽を味わう、という実に享楽的な意味がまずは優先される。もちろんその後には、相手に自分の愛情を伝え、また相手の愛情を感じとる精神的な行為も含まれてくる。
つまりは、男同士の性交というものは、互いの純粋な快楽と愛情が結びつくだけのものであるのだ。
これが男と女の間であれば『子をなす』という主目的のために、快感と愛情を得るという本来であれば根源的な目的以外の、様々な桎梏が生じてしまうことがままあるのではなかろうか。
義務や責任、社会の圧力、人間関係のしがらみ、政略による跡継ぎ作り、戦争で侵略した国を支配するために、女を犯し意図的に自分の民族を増やす、などのように、本来あるべき愛情や快感の共有というものが、一切合切欠如している性交も成り立ってしまうのだ。
男同士でも愛情を感じられない性行為はもちろん成立するが、それでもそこには必ずや互いの快感を分かち合い、伝え合うという、男同士ならではの、同じ快感の共有を認められる。
それは一種、世間に知られてはならぬという秘密の背徳感を伴うために、行為を行う者同士にしか理解できない連帯感が生まれ(flatternity)、さらにそれが肉体の快楽を高める結果となるのだ。
男と女という異性間では決して味わえない、愛情と背徳感に彩られた互いの快感のみを純粋に求めてしまう男達。
そのあまりに強烈で、あまりに甘美な快感を忘れられず、男達は夜な夜な、妖しげな公園や映画館、仲間の集まる酒場などを徘徊するようになる。
一度その世界に慣れ親しんでしまえば、性の違う実は見知らぬ女という存在に、愛情という名の快楽を注ぐことは無くなってしまう。
ましてや、父親と息子の間に芽生えた、愛情と性欲である。その闇に潜む破滅的な転落の快楽と言えば、まさに頽廃の極致と言えよう。
ぴったり午前0時になるのを待ち、二人は四畳半の部屋の中央に一枚だけの布団を敷き、裸電球の代わりに、太く長い蝋燭に火を灯す。儀式の為の舞台を整えたのだ。
一枚きりの布団、一つきりの枕、そしてこれから一つの体になろうとしている、二人の男。
布団の上で身体を重ねようとしている二つの影。それは揺らめく蝋燭の灯のせいなのか、まるで大柄な一人の男が動いているかのように変じた姿を、
年月にその表面のなだらかさを失った壁に映していた。
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「いいか、男同士の交わりは自分ばかりが気持ちよくなればいいんでねえぞ、相手も気持ちよくさせる。んでな、相手も感謝して、同じように気持ちよくなってけろはあ、って相手を気持ちにさせる。んだな、身体を使って愛の会話さするんだずな」
俺はじっとして、うなずいた。それはこれから起こる行為が二人の愛情の交流であると同時に、俺という若年のものに、親父さんという年長者からの快感を伝える性の授業であることを、理解したうなずきでもあった。
亡くなった実の親父が言ったこと、目の前の親父さんが言っていること、その意味は分かっていた。
ここから先はこれまでの「親父さん」が俺にとっての「親父」へと昇華するための儀式なのだ。
親父はまず俺の足の指からゆっくり太い指を這わせる。
足の指と指の間を撫でながら、かかと、踝、足の甲からふくらはぎと親父の指の先がつつうっと滑る。一方の手は俺の腋から背中にかけて円を描くように踊らせる。
その動きが爪先で引っ掻くような動きになる頃には、俺は大きな声を上げてしまう。
親父はまるでそれを読んでいたかのように、俺の唇に太い舌を入れて塞いでくる。
それまで抱き合うように横たわっていた俺達の体位を変える。
俺の股間が親父の頭に、親父の股間が俺の目の前にと来るように、俺の身体は自然と動いた。
親父の毛の生えた足の指の間の柔らかい箇所に舌の先をちろちろと揺らしながら丁寧に舐めていく。ビクッと親父の足が跳ねる。
舌先は太ももの内側まで駆け上る。舌先がさらに進み、内腿から男らしい臭いの出所の鼠蹊部に達する頃、待っていたかのように親父の分厚い舌はいつのまにか、俺のきんたまのつけ根に達している。
俺と同時に、鼠蹊部のたまの裏から腿の付け根にかけてにある敏感な道筋をなぞろうと、構えていた。
合図はいらない。
同時に二枚のぼってりとした雄の舌が、互いの股の付け根の芳醇な臭いの道を歩んでいく。ゆっくりと、そして、急ぎ足で。通い慣れている我が家への道順のように、曲がり角から坂道まで舌がたどっていく。
反対側の鼠蹊部に舌を移すタイミングさえ鮮やかに一致する。
二人にはなんの合図もいらなかった。
これが親父の教える、愛撫で会話をすることであった。
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指と舌での男の会話が続く。
お互いの舌先は執拗に上下しながら、徐々にたまの裏側の縫い目にまるで打ち合わせしたかのように同時に達した。縫い目に合わせ、舌先がジグザグに滑っていく。互いの舌を動かしながら、絶叫に近い、んっ! んっ! という声が、それぞれの頭から漏れ出てくる。
今度は俺がまた向きを変え、親父の胸と自分の胸を合わせる形になる。
高まりあってカチカチに硬くなった乳首を合わせる。熱い吐息まじりに親父は、右手の指を二人の乳首の間に挟み、つまみ上げると、左手の指を二人の張り裂けんばかりに貼った亀頭の間に滑らして、ニヤッと笑った。
「ほら、俺たちばもうこんなだず」
二人分の先走り汁が指どころか手のひらにまでトロトロとたまっているのを、目の前に持ってくる。その透明な先触れの粘液を、互いの乳首に塗りつける。
親父が目で合図をする。親父が何も言わなくても、次に何をなすべきかが、俺にはわかる。
親子で、我慢汁をたっぷりつけあった互いの乳首の味を確かめる。
仄かに男の匂いがする、その汁の味わい。それは男なら誰しも経験する、人知れず汁を噴き上げようと一心不乱に逸物を扱き上げる夜に、一度は味わったことのある味。
指先に、手のひらにと漏れ出してくる、あの汁の味だった。
快感は一気に上がってくる。
それを呼び水ならぬ呼び汁として、さらにどくどくと夥しい量の我慢汁が、二人の間に溢れてくる。二人分のそれは掬っても掬っても次々と補給され、親父の手のひらいっぱいにたまった。
「いぐか?」
俺はわかった。
親父はもう、いきたがっている。
ねばねばした愛の滴りを、親父はお互いの大きな腹に塗りたくった。
その上に互いの巨根をぴったり裏側の筋が重なるように合わせて、ぬめぬめした腹の間で、擦り合わさりやすいように動かす。
にちゃっにちゃっという音がいつしかすうっと吸い付いて離れなくなった。
遥か昔の宮大工の組みつぎ細工のように、二人の雁首とその雄柱の形状は隙間なく密着し、全く変わらぬ形で互いの巨根を巨根で愛していく。腹には互いの我慢汁が潤滑油の役割をして、たまらなく気持ちよく、張り切った亀頭をさすり上げた。
見つめあったまま、俺と親父は互いに快感を与え、同時に互いの快感を受け取り、同時に雄の悦びの証を放出して、見せ合うことを望んでいると理解した。
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何も言わずとも、感じるものだ。
「うっ、んがあっ!」
男の本能が、体の奥深くから勢いよく噴出した。
後を追うように駆け上る生臭い栗の花の匂いが鼻を貫く頃には、二人の首筋まで性の道しるべがはっきりと白い筋道を引いて垂れていた。
同時にそれを舐めとり、微笑んで互いの成果を口移しする。
部屋には夜明け前の白い筋が、新聞配達の自転車の軋む音に乗って窓から差し込む。
親子の体からは、新しい血を分けた証の白い筋が、胸から心の奥に流れ込んだ。
「次は飯場の仲間にお前を紹介するべなあ。おらの息子だあ、ってなあ。お前も飯場の仲間達の男の汁さ浴びて、一人前になりてえべ?」
俺は、目を見開いてうなずく。
もう、俺も大人になるのだ。親父の仲間達の性を受けて、本当の雄になる。
そう考えると、自然に自分と親父の男の中心がまた硬く、息を荒くするのがわかった。
それを楽しみに、いやその儀式が生きる全てだということを二人とも知っていた。
お互いに見つめながら、互いの太い男を再びぐっと握りしめて、俺と親父は次の快楽へなだれ込んだ。
外には陽が昇り始め、はやくも道路工事の響きが伝わって来ていた。
完