「おう、仁太! 昼の配達終わったんか?」
「店長っ、楽勝っすよ! あ、関屋さんとこ、注文は6件もらってます!」
「おう、ありがとな。陸朗(ろくろう)に伝票回しといてくれ」
「オッケーッス!」
俺、山崎仁太(やまさきじんた)18才。あ、『山崎』は濁らない方の『やまさき』ね。160センチの65キロ、去年の秋前に部活終えてから、ちょっと太ってきてるかな。
先月、地元の高校卒業して、この4月から親父の知り合いの酒屋さんで働き出したばかりの新社会人って奴。
つっても生来の芋系野郎で、顔も幼いっつーか童顔って奴らしくって、あんまり周りも年相応に見てくれないんだよな。油断してると中学生とかに思われることがあって、最近はちょっと色々諦めてるところもある。
テレビで見てるイケメンとか、かっこいい系の俳優さんとか、もうホントどこの世界にいるんだろうかって感じ。まあ、小学校からずっと野球ばっかりしてたんだし、こんなもんだよなって気持ちかねえ。
俺に声かけてくれたのは、ここ『赤嶺酒店(あかみねさけてん)』の店長、『赤嶺良治(あかみねりょうじ)』さん。
確か、親父の5つ下で44才だったっけ。80キロ超してる腹がポロシャツ丸く膨らませてるのが似合ってる、いかにもな『酒屋のおっちゃん』って感じの人。
店長、親父の後輩で昔から仲良くて、俺が学校出た後のなんつうか、商売の修業先ってことで、なんかそのまま就職させてもらったとこ。
昔から俺も知ってはいたけどさ、よくうちにも顔出してくれる近所の声のデカいおっちゃんってイメージしか無かったんで、逆に『店長』って呼ぶのが最初は気恥ずかしかったかな。それも一週間もしないうちに慣れちゃったけど、なんか店でのこととか親父に筒抜けになるのが、息子としてはほら、なんかあれって言うか。
話に出た『陸朗さん』ってのは、この店で俺の先輩にあたる人なんだけど、この人も昔から知ってる人で、『西村陸朗(にしむらろくろう)』さん。
ついこの前までは『陸朗あんちゃん』って呼んでたんだ。さすがに店に入ってあんちゃんは無いかなって思って、『陸朗先輩』って言うことにしたんだけど、これはあんちゃんの方が最初は照れてたみたい。ま、心の中では今でも『あんちゃん』のまんまなんだけど。
陸朗先輩、俺よりけっこう上で、もう32才って言ってた。あ、そう考えると、あんちゃんってのも変なんだろうけど、これ、もう、昔からそう呼んでたしね。店では配達はもちろんだけど、伝票関係や発注含めて、ホント店長の片腕って感じ。
仕入れ先の酒蔵の前掛けいつもしてて、なんかかっこいいんだよな。俺もあれ、ほしいんだけど、なんかまだ早いって感じで見られてんのが、悔しいって言うかさ。
「仁太、お前、今度の日曜の練習、大丈夫なんか?」
「あ、はい、大丈夫ッスよ」
「聡太さんは無理なんだろう?」
「仕事と神社のことあるんで、今週も土日は動けないって言ってましたー」
「まあ、あの人も総代受けてるから大変だよな……。陸朗っ、お前は大丈夫なんだろうな?」
「はーい、いいっスよー」
酒屋で日曜日にナニ練習するんだって?
ここで言ってんのは、店長が監督してる『丸賀谷(まるがや)ファイターズ』って社会人野球チームのこと。
あ、聡太って、俺の親父『山崎聡太(やまさきそうた)』のことね。
店長の先輩なので、さん付けされてるんだけど、なんかちょっと恥ずかしく感じてしまうのが自分でも不思議。
親父も名簿上はチームに入ってるんだ。早起き野球とか、たまに他所のチームとの練習試合とかやってて、みんな勝ち負けより終わった後の打ち上げの方が楽しいみたい。で、近所の兄ちゃんおっちゃん達の、いい息抜き場所になってる感じかな。
俺、高校までずっと野球部でさ。ちっちゃい頃はプロ野球選手にも憧れてたけど、そこまで才能無いとか、ほら、高校ぐらいになると自分でも分かるじゃん。
親父も何年か前までは現役でチームで選手やってたんだけど、母ちゃん死んじゃったり、地元の神社の世話役やってたりで忙しくなって、なかなか顔出せなくなってたみたいで。
で、俺が赤嶺さんとこ雇ってもらうってなったら、知らないうちにもうチームメンバーに入れられてたって話。まあ、俺もせっかくなら身体動かすの続けときたかったし、陸朗あんちゃんとか、近くの知ってる人、だいたいみんな選手だったりするしで、やるのが当たり前になってる感じだった。
親父もメンバーじゃあるんで、一応毎回誘われてはいるみたい。それでも忙しくもあるらしいし、俺が入ったってんで、ますます出なくなるんだろうなって気はしてる。
話に聞くと、試合やなんかあったときの打ち上げや宴会だけはきっちり顔出してるみたいで、ちょっとそこら辺は親父もズルいのかもね。
「夕前の配達は俺が行くっすね。仁太、もう注文伝票は分かるだろ? 発注、やってみろ。一応、最終確認は店長にお願いしろよ」
「陸朗先輩っ、了解ッス! 頑張ってみます!」
俺、ここに入ってからはまずはお客さん覚えろって外回りばっかりやらされてたんだけど、そろそろ一ヶ月経ってきて、色々やらせてみせてくれるんだろうな。
陸朗あんちゃんからちょこちょこ教わってたのもあるし、昼に回った分の伝票任されたってことだよな、これ。俺、なんか認められたみたいで嬉しくってさ。
俺が回ってたところって、まだまだ常連さんのとこばかりで仕入れ先も特別なところじゃ無いってのも、ちらっと眺めて把握してるんだと思う。
チャリで陸朗あんちゃんが出て行った後、店長と俺の二人きりの店内。
お客さん来てもすぐ対応出来るよう、販売スペースと区切ってない感じの事務所だけど、なんか店長と二人だけってのも久しぶり。
俺、ちょっと緊張してたんかもしれない。
仕入れ表と店舗一覧ずっと見比べながら伝票起こしていく。
店舗にある分は新規発注かけなくていいし、かといって在庫減ってるのは減ってるので発注かけないといけないし。そのバランスが命って面もあるんだろうな。
昼に6軒注文もらった分の伝票、あんちゃんなら15分もかかんないと思うけど、結局1時間近くかかって仕上げた俺が、店長に見てもらうことにする。
「××さんとこ、ブランデーとは珍しいな。前はいつだったか、見てみたか?」
「あ、すみません。過去帳は見てなかったッス」
「普段頼まないのが入ったら過去の分も振り返るようにしとけよ。慣れてくると、なんとなくタイミングが分かるようになるところもあるからな」
「はい、了解ッス、店長!」
「お前、返事だけはいつも優等生だな」
店長、笑いながら言ってくれる。
卒業前から伸ばし始めた頭、ぐしゃぐしゃってしてくれて、なんかちょっと嬉しい俺だった。
「ふーっと、おい、仁太。ちょっと休憩するか」
「あ、はい、お茶入れます」
「一昨日、彰子(あきこ)さんが持ってきてくれたのがまだあったろう。あれ、出しといてくれ」
「はーい、今日で食べきるぐらいっスよね」
彰子さんって、さっきも話しに出てきてた『山崎彰子(やまさきあきこ)』って、俺のおばちゃん。
親父の姉ちゃんなんだけど、店長とかからしてもこの地域でのなんつうかアネゴ?的なところがあって、頭が上がらないみたい。
母ちゃんが死んでからはちょくちょく家や、春からはこことかにも顔出してくれて、色々俺にも親父にも気をつかってくれてる感じ。
茶を挿れて、お菓子喰って、なんかホッと一息って感じになった。
お客さん来てないときはこんな感じなんだなって、外回りばかりしてたのでちょっと新鮮な感じ。
で、湯飲みの茶もぬるくなってきたぐらいのとき、店長が俺に聞いてきたんだ、
「仁太……、ちょっと聞きにくいこと聞くんだが、いいか?」
「なんすか? 店長?」
俺、ちょっとビビる。
なんだろう、聞きにくいことって。
「まあ、その、当たり前のことだとは思うんだが、お前、もう、精通っつーか、精液、出るよな?」
はあっ!?
店長、昼間っから、ナニ言ってんだ?!
「は、あ、え? いや、あ、はい……」
俺、突然のエロっつーか、下ネタ話にどぎまぎした。
「いつからだ?」
ホントにナニ聞くんだよ、店長。
俺、なんか言い繕う間もなくて、素直に答えちまう。
「えっと、小5んときっス……」
「けっこう早いな。まあ、そんなもんか……。まだ、女とは、その、ヤってないよな?」
「え、あ、はい、童貞ッスよ……」
呆気にとられてる間に、正直に言っちゃってるよ、俺。
店長、陸朗あんちゃんには「せんずりばっかりこいてんじゃねえぞ」とかよくからかってるんだけど、そう言えば俺にはそういうこと言わなかったんだよな。
突然なんなんだよ、ホント。
「店長、それって、いったいなんなんですか?」
まあ、聞くよな、そりゃ。
「……。お前、聡太さんから何にも聞いてないんだな……?」
「え? 親父から?! いや、いったい?? いったいなんのことッスか?」
なんで突然、親父のことが出てくるんだ?
「ああ、ちょっと俺が先走り過ぎたか……。
うーん、昼前に聡太さんから電話もらってな。今年の祭りのことで色々お前に頼みたいことがあるそうだ。で、俺にもちょっとってことだったんでな……。
いや、すまん。聡太さん、親父さんからも話があると思うので、それで勘弁してくれ」
「いやいや、店長。それで話終わられたら、俺、なんかモヤモヤしちまうッスよ。俺が童貞かとか、祭りになんか関係あるんスか?」
ホント、なんなんだよ、店長も親父も。
店長の話だと、どうやら親父が店長になんか頼み事したみたいなんだけど、俺のせんずりとかセックスとか、祭りに関わるって、ナニ言ってんのか。
店長に聞いても埒あかない感じだったし、親父に聞かなきゃな、とは思うんだけど、こういうのって、どんな顔して話しゃいいんだ?
真面目な顔して話せばいいんか?
それとも茶化す感じ?
いや、それって、社会人一年生の俺には難しすぎるだろ、ホント……。