07 寸止めの快楽
私の左側に、先ほどまでの私と同じような形で田畑君がずっしりとした肉体を横たえる。
野村医師はその太い足を潜り込ませるようにして私の両足を持ち上げると、リングを装着した私の股間の前に、太鼓腹が目立つ身体をどんと据えた。
「最初は上半身を田畑君が、下半身は私が担当させてもらいます。
途中でポジションは変えるかもしれませんが、山崎さんはとにかく私達の愛撫を全身に感じて、声を出してよがってください。
これまでの治療と違って、射精は急ぎませんのでとにかくイくのを我慢して、寸止めの気持ちよさと苦しさをたっぷり味わってくださいね」
野村医師の言葉は、更なる快感への期待を否応なく増大させるのだ。
「山崎さん、この間に乳首もだいぶ気持ちよくなってきておられるとは思いますが、今日は時間をかけて開発します。先生みたいに乳首の刺激だけで射精出来るようになると、また新しい扉が開けるようですし、僕も頑張りますから」
「こらこら、田畑君。それはもう少ししてからの上級テクニックかと思ってたんだがね」
「いいじゃないですか。山崎さんに気持ちよくなってもらうのが目的の一つなんですから、性感帯の開発はいいことだと思いますしね」
二人のやり取りはコミカルではあるし、これから自分が経験するはずのことへ、きちんと見通しを提示してくれている。
それでもこれまでの人生でそれほど性的な経験が豊富だったわけでもない自分のようなものにとっては、快楽への期待もありながらも、己の心持ちがぐるりと回転してしまうことになるではとの、一抹の不安も感じてしまう。
「……なんだか怖いですけど、野村先生、田畑君、よろしくお願いします」
「大丈夫ですよ。『他者に快感を委ねる』ことの心地よさを堪能されてください」
「はい、ちゃんと声に出して、感じたいと思います」
その言葉がスタートの合図となったのか、二人の雰囲気が変わった。
「あっ、はあ、あっ……」
乳首を舌先で転がされた私の唇から、かすかな声が漏れる。
くすぐったさと心地よさ、男の自分がこんなところを舐められてるというとまどいを交えた不安感。それらが一斉に湧き上がり、身体がひくひくと勝手に動いてしまう。
「山崎さん、乳首も敏感なようですね。田畑君、乳首責めも上手なので、だんだん感じてくると思いますよ。歯でもコリコリしたりするかと思いますので、痛かったりしたらすぐに言ってくださいね」
「あ、は、はいっ、ひあっ、あっ……」
野村医師が丁寧に解説してくれるが、まともな返事が出来ない私だ。
いや、この年になって始めて味わうこの感覚に、身体と心がどう対応していいの分からなくなっているのだ。
田畑君が唇と舌の動きはそのままに、私の両手を頭の上に伸ばすよう、無言で指示してくる。
伸びをするように手を伸ばすが、そのままではどうにも腕のおさまりが悪く、脇の下をわざと見せつけるように肘を曲げ、頭の下に下腕を畳み込む。
「ひっ、そこはっ、田畑君っ……」
田畑君の舌が、いきなり右の脇下をべろりと舐め上げた。
突然の刺激に思わず上がった声は、驚きだけでなく確かに感じた快感によるものでもあった。
「一度身体が自分に加えられている刺激が性的なものに結びつくと、その後の刺激を頭の方が性的な快感に組み替える現象が発生します。
本来、体表の感覚点は熱い冷たい、痛い、圧迫されてる、触られてる、ぐらいの区分しか無いんですが、これを頭の中で勝手に『気持ちいい』『快感』にと置き換えてしまう。
脇の下や、手首、指、脇腹、いや、全身どこに触れられても、どこを舐められても、そのすべてを快感と感じてしまうことすらありうるんです。
さて、山崎さんはどこまで敏感になっていかれますかねえ……」
野村医師の言葉が、催眠術のように私の中に染みこんでいく。
田畑君の舌が舐め上げる腋窩、乳首の周りをゆっくりとなぞる指、太股にあたる野村医師の太鼓腹、両脚に触れる太い腕を覆う黒毛。
気が付くとそのすべてが、私にとっての「心地よい刺激」「性的な快感」へと変化していた。
「あっ、気持ちいいですっ、脇も、乳首もっ、全部気持ちいいですっ……」
「その『気持ちよさ』は、誰によってもたらされたものですか? 山崎さん、言葉に出して、確認してください」
「田畑君ですっ! 田畑君が舐めてくれる乳首がっ、脇の下がっ、触ってくれる反対の乳首もっ、腹も脇腹もっ、全部気持ちいいっ!!」
自分に快感を与えてくれる者の名前を口に出すことで、一つ一つの快感が倍にも感じられるようになっていく。
この年になって初めて知る、人間の知覚についての新しい知識。
「はは、ではそろそろ、私の方も山崎さんのペニスと睾丸を責めてみましょうか」
上半身だけで錯乱しそうになっている身に、これ以上の刺激、ましてや吸引されリングで血流を止められ真っ赤になっている局部に加えられるそれに、私の身体と心は耐えきれるのだろうか?
そんな疑問を持った瞬間、それはやってきた。
「うああああああっ、チンポはっ、チンポと玉はっ、ダメっ、ダメですっ」
ぬるりとしたローションの感触とともに、野村医師の肉厚な手のひらで包み込まれた金玉。そのあまりの快感に、内部の双玉がぐりぐりと動き回る。
ゆっくりとした医師の手の上下の動きに、握り締められた肉棒が、とぷとぷと先走りを溢れさせる。
「気持ちいいっ、全身、気持ちいいですっ。あ、先生がしごくのが気持ちいいっ、チンポ、もっとしごいてくださいっ! 金玉っ、もっといじってくださいっ!」
「私にだけお願いしてて、いいんですか?」
「ああっ、田畑君もっ、田畑君も、もっと乳首責めてくれっ、歯で噛んでっ、爪先でいじって、脇ももっと、もっとべろべろ舐めてくれっ!」
端から聞いていれば、およそ耳を塞ぎたくなるほどの淫語の連発だったろう。
42年間の自分の生き様の中で、こんなあからさまに自らの欲望を口にするのもまた、初めてのことだ。
「田畑君、ギアを上げるよ。緩急、合わせていこう」
「はい、先生。山崎さんがおかしくなるまで、責め上げましょう」
そこからの私は、後から思い出すのも恥ずかしいほどのよがり声を上げ、身をよじり、快感と快楽を懇願する一匹の獣のような痴態を晒していたのだと思う。
「もっと、もっと! 田畑君っ、もっと!」
「乳首、いじめてくださいっ、噛み千切ってもいいっ!」
「ああああああっ、そこっ、そこいいですっ、そこっ!!」
「先生っ! 玉、もっと撫でてくださいっ、金玉つぶれてもいいから、もっと痛めつけてください!」
「チンポすごいっ、亀頭っ、亀頭が気持ちいいっ! 野村先生の亀頭責めっ、気持ちいいっ!」
「こんなのはどうです? 玉、すごいでしょう?」
「山崎さん、乳首、もうコリコリになってますよ。真っ赤になって、今にもはじけそうだ」
「先走りとローションで、山崎さんの亀頭、すごいですよ。ぷりっぷりに張ってて、顔が映りそうだ」
「山崎さんの全身、ちょっと舌で舐めるだけで、腹筋がけいれんしますね。感じてくれてるようで嬉しいです」
「先生っ、すごいですっ、金玉撫でられるだけでっ、感じるっ、感じるっ!」
「田畑君っ、乳首もっと噛んでくれっ、もっと、もっと乳首、いじめてくれっ!」
「気持ちいいっ、チンポ、気持ちいい……」
「ああっ、野村先生っ、もっと、もっと、チンポ、チンポしごいてっ、あっ、止めないでっ……」
目の前の状況を説明する二人の言葉が、情欲の焔をいっそう煽り立てていく。
とにかく名前を呼ばなければ、快感を伝えなければ。そう医師に言われたことが頭をよぎり、わずかな理性を喚起する。
両手を頭の下で交差し、大股を開き気味に、膝下には医師の太股が私の両脚を支えている。
少し浮き気味の股間をローションまみれの野村医師の両手がまさぐり、揉み上げ、亀頭と鈴口をいじめ抜く。
乳首とその周囲は色が変わるほどにいじられ、舐められ、しゃぶられていく。
腕を持ち上げられたかと思うと、田畑君の舌が肘から手首まで唾液の痕を残しながら辿っていく。
寄り添った田畑君の肉体から伝わる熱気と、腰横に当たる太い逸物。
乳首から脇へと、肩を通った舌が首筋へ。仰け反った喉仏をぬめる舌が舐め回す。
全身のどこが刺激されているのか、押し寄せるあまりの快感に知覚すら飛んでしまうほどなのだ。
野村医師の手が私の肉棒をしごき上げる回数と時間を、だんだんと長くしていっているのが分かった。
射精へと向けた刺激に、リングにはさまれた金玉が引き上がろうとする動きすら快感へと変わっていく。
「ああっ、先生っ、そんなやられるとっ、イきたくなります……」
「まだまだ、ですよ」
その言葉を契機に上下運動をいっそう早める野村医師。
一気に射精欲が高まり、慌てての制止をかける私。
「あっ、ダメですっ! イっちゃいますっ!!」
その瞬間、二人の手と舌の動きが止まる。
「ああああっ、そんなっ……」
非情にも思える寸止めに、今にも尿道を噴き上げるはずだった精汁が打ち出されるタイミングを逃され、溜め込まれた溶岩だまりのように金玉が倍にも膨れあがる気がしてしまう。
空打ちとなったペニスがびくびくと蠢き、その動きすらが二重のリングによってさらなる快感へと環流されていくのだ。
「山崎さん、よく我慢出来ましたね。さあ、田畑君、寸止めを繰り返して、山崎さんを責め立てますよ」
「はい、先生。山崎さんの乳首、もう最初の倍ぐらいに膨れてて、しゃぶっててもすごく存在感あるんですよ」
どこまでも冷静な二人に翻弄される私の肉体は、男の身体を知り尽くした指先と唇に、嬲り上げられていく。
「イきますっ、イきたいっ!」
「あああっ、そんな……」
「またっ、イきたいっ、もうイかせてくださいっ!!」
「うそっ、そんなっ、うそっ……」
何度も何度も繰り返される刺激と寸止めが、その限界に達するまでの間隔を狭めていく。
コックリングに阻まれた血流が肉棒を赤紫色に染め上げ、もはや指の腹でほんの少し撫でられただけの刺激にすら、激しいしゃくり上げを起こしてしまう。
手と指と、唇と舌と、いたぶられる乳首に、金玉とチンポ。
茂った脇毛は田畑君の唾液でべっとりと濡れそぼり、脇腹には爪先立てた指先が快楽の地脈を描く。
「ひっ、ひぐっ、イかせて、イかせてください……」
どれほどの時間が経ったのだろうか、二人からの刺激が止み、次の刺激を求めてしまう私の肉体の蠢きが空振りに終わる。
いぶかしげに身体を起こした私を、膝立ちになった二人が見下ろしていた。