吐精場
「ノルマドの連中から離れ、何発か抜けば、少しは落ち着くか?」
ローが向かった先はベルクが『吐精場』と呼んだ洞窟であった。
多数の人獣類が闊歩するこの世界においても、直立二足歩行の形態を取る多くの種族は、形態的にはヒト族と同じ位置の『股間』に生殖器を備えている。
当然、相互に協力し合える相手がおらぬ場合、雄性個体(雌性個体の多くもそうではあるが)における性的欲求・射精欲求の解消には、己の『手』を使うことが一番簡便であるのは、ヒト族と変わりはない。
竜人や龍騎など、もともとのトーテム種がヒト族とはかなり遠縁にある族であっても、二足二手という基本形から外れぬ限り、いわゆる『自慰行為』は己の『手』によって可能となるのである。
だが、この原則から見たとき、ローやベルグ達のケンタウロス族は、まさにこの『基本形』から外れた種族であった。
ヒト族に似た逞しい上半身から続く、馬様の下半身。
それは人と馬との体格差を収束することなく、この世界においても他族とは一線を画した、非常に独特な身体形状を持っていると言えるだろう。
ケンタウロス族の雄性個体(雌性個体の観察記録は残されていない)において、興奮時にはときに80センチを超える長さにもなるほどの大きさを見せる彼らの生殖性器は、下半身である馬体の後部、後脚の股間とも言える場所の陰茎鞘(いんけいしょう)と呼ばれる部分から勃ち上がる。
そしてそこには、彼らのヒト族とほぼ同じ比率の上半身からの『手』が、物理的に届くことは無い。
同じく逸物を使う尿排泄については、膀胱の緊張からの排出が支えを必要もせずに可能であるのは、自然の摂理と言えよう。
しかし、その瞬間において、一般的な陰茎もしくは前立腺等への何らかの物理的な刺激を必要とする『精液の噴出』については、なんとも解決しようのない問題であったのだ。
もちろん彼ら自身に欲望の滾りが満ちたとき、身近に同族の者がいて、かつ行為に賛同してくれれば、互いの口や手、あるいは肛門を使っての挿入する側の摩擦刺激、挿入される側の前立腺刺激による吐精は十分に可能であり、それそのものが第一義的に選択される解決方法であることは間違いない。
しかし彼らの性欲精力の強さに起因する、それすら間に合わぬほどの突然の身の滾りや欲情の発生、また一人での行動中に『催した』際の処理、あるいは純粋に『一人で楽しみたい』ということもありえようか。
それらの際には、やはり自らの肉体だけでは欲望の解決ができぬという、物理的な『壁』が立ちはだかることとなる。
そのため、彼らの長きにわたる生活史の中、その問題を解消するための一つの手段として作りだされたのが、彼らの居住地や集団・個人での移動地毎に必ず設置される『吐精場(とせいじょう)』という施設であった。
このベルクが率いる集団では、圏域内の洞窟の一つが使われていたのだ。
その構造はケンタウロス達の体高を考慮し、それなりの高さのある小山のような小塔を作り、そこにかなりの深さのある『穴』を穿ったものである。
その『穴』は、彼らの間では『吐精壺(とせいこ)』と呼ばれている。
そこに己の勃起した逸物を差し込み下半身の前後運動を行うことで、勃起した逸物全体への摩擦刺激を行い、穴奥深くに無事に吐精が出来る、という仕組みであった。
ここベルクの村では、吐精場として誂えられた洞窟内が4つに仕切られ、そのそれぞれの小塔に穿たれた『吐精壺』を形作る素材に、『石』『土』『ツタ類等、植物で編まれたもの』『動物の皮を内側に貼り付けたもの』という、それぞれ別の感触が楽しめるものが用意されている。
オーソドックスな石や土の荒々しい感触を好むものも多いのだが、どうやら今日のローは、植物か皮かで迷っているらしい。
「動物の奴が生身感があっていいんだが、葛で編んだ奴の堅いささくれや引っかかりも、すげえ感じるんだよな……。ノルマドの奴らの尻はもう堪能したので、編んだ奴で抜くか」
吐精壺の一つに歩み寄るロー。
吐精壺を支える小塔の前には鞣した革に覆われた太い丸太が吊るされており、ヒト族と同じ上半身で抱きつくことで、一定程度の肉体の固定と、鞣した革の醸す肉質感での悦楽をも得ることが出来る。
先ほどまでのノルマドとのそれとは違い、馬状の後脚を折りたたまずに挿入できる吐精壺では、よりいっそうの激しい抽挿が行えるのである。
「うおっ、この雁首にツタが引っかかる刺激がたまらんっ!
編み目がっ、編み目の刺激がっ、たまらんぞっ!
……!!! うああっ、イくっ、またイっちまうっ!!」
「ああああっ……。
こっちの皮のぬめりも、すげえっ!
ぬるついた皮が、俺の逸物全部を締め付けやがるっ!!
ああっ、クソッ、イくぞっ! イくっ、イくっ、イくっ!!!」
ケンタウロス達の吐精は勃起からその最後の噴き上げの瞬間まで、トーテムの一つであろう馬族と同じく、ごく短時間で済ませることが出来るものである。
蔓で編まれた穴で4度、動物性の皮が貼られたもので3度の吐精を済ませたローの逸物は、湯気が立つほどの滾りを保ったまま、一向に萎える気配が無かった。
「いつもならばこのぐらい出せば少しはおとなしくなるのだが……。これはやはり、俺の身体もノルマドが盛られたと言う薬にやられちまってるのか……?」
それでも頭の方は幾分かすっきりしたのか、広場で己が感じた違和感を分析し始めるロー。
「……そうだ。あのとき、ノルマド達が自分達の情欲の発散や俺達が介入することに付いて、名高いドラガヌとの『契り』の件について、一切の躊躇いが無かったことが、変だったんだ!」
ドラガヌとノルマドの男達による『契り』は、その詳細な内容について知るものは少ない。
しかし、各種族の長に近い者達の中では、その儀式の存在そのものは、ほぼ口伝のような形で伝え聞いてきたのであろう。
ローもまた、族長であるベルクの夜語りで聞いただけのことではあったが、他種族との情交をおそらくは定性化するその儀式には、当時かなりの関心を持っていたのだ。
ノルマドの男達の言葉は、明らかにドラガヌの一族との肉体的な接触があることを語っていた。
それが果たして伝え聞く『契り』と言う儀式によるものかどうかまでは分からぬことだが、たとえ己の肉体が薬物による異常なまでの昂ぶりと幾度もの吐精による発散を欲していたとしても、その行為の過程で何らかの言及があってもおかしくないはずである。
「その薬を盛られたときの記憶は無いと言っていたが……。
魔導探知にかからぬことを思えば、記憶を失っている間に、我らへの攻撃性では無く、肉欲発散を周囲の者と簡単に出来るよう、ドラガヌとの『契り』、あるいは性的な接触について、何らかの記憶操作か精神操作が為されているのでは無いのか……?」
その思索の深さから『馬賢人』とも称されるケンタウロスの一族である。
その中でもいささか元気者、粗暴者として知られるローであっても、冷静に考えればそのような結論に到るしか無いほどの、ノルマド達の驚くような振る舞いであったのだ。
「となれば、あのノルマドの男達の我らの森への到達そのものも、何か、いや、誰かの意図の下に、ということも考えられる。
実際、仲間達のあの様子では、もしこの瞬間に外部から組織的な襲撃を受ければ、我らの力をもってしても一族が壊滅的な状態に陥ることは避けえまい。
では、この状況の打開のためには、何が必要で、俺はどう動けばよいのか?」
自問を繰り返しながら、さらにそれを言葉として出すことで情報の整理を行うことは、この森の者達に取っては普段から慣れ親しんだ行為であった。
そのような集団ですら、今回の色欲にまみれた状態に陥ってしまったのは、あまりにも状況が『常識外れ』の体を成していたからに他ならない。
「集団的には長である親父をなんとか正気に戻す必要があるが、あの人も人一倍、色気も強いからなあ……。まあ、その点は俺も受け継いじまってるわけで、どうしたもんかね……」
「とりあえずあの薬の揮発影響範囲の外側から全体を監視することが、まずは取るべき行動か。時間経過で全体の発情がおさまってくればそれで良いし、もしそうでなければ、ちと強引にでも、何かきっかけを作るべきだろうな……」
「それにしても、このおっ勃った逸物のままでは、動きもなかなかに鈍っちまう。監視のために広場に出向けば吐精場から離れちまうし……。ああ、とにかくしばらくは『見(けん)』の状態を作ろう。全体が見渡せる高台での観察と、簡易的な抜き場をなんとか自力で作ってみるか」
自問と自答を幾度も繰り返しながら己の行動方針を決めるローではあったが、その根本には族長の息子としての『一族に対しての責任感』があることは間違いがないのである。
平時であれば、それは集団の中での暗黙の規律として働く意識のはずではあるが、ここでは既に『正気』を保てているのが自分しかおらぬ、という点を基にした計画なのであった。
「簡易吐精壺か……。葛で筒を作り、高さのある場所に固定すればなんとかなるかな。吐精場と違って水を引いて流せねえし、となると匂いで気付かれちまうかもしれねえ。うん、だったら、広場からは風下になる東南側に作るか!」
独り言ともつかぬローの言葉を聞いていれば、自らの肉体の滾りの解消のため幾度もの吐精をしながら一族の監視を続けるつもりなのだろう。
そうと決まれば行動の早いケンタウロスの血筋として、葛を引き剥がし、ヒト族と同じ器用さを持つその手で見事な長い筒が編み込まれていく。
見る間に仕上がるそれは、ある意味精巧な工芸品と言っても過言ではないものであった。
「へへ、ちときつめに作ったんで、これにぶち込みゃ、かなり『イイ』だろうな。次は食料の確保か。こいつは貯蔵庫から持ってけばいいだろう」
その言葉をそのまま受け止めれば、最低でも数日は監視が必要と思ってのことだろう。
一度行動方針が定まれば、抜かりの無い動きが積み立てられていく様は、賢馬人と呼ばれるケンタウロスならではのものであった。
「うん、もう何発か抜いてから動くか。走れば上下に振れて邪魔だし、先走りが飛び散ってしまうし、せいぜい早足ぐらいでしか動けんのが困りもんだが……」
ローの足が再び吐精場の洞窟へと向かう。
「あー、とにかく擦り付けてイきてえ……。早いのは石造りの奴か。普段はあまり使わないが、ゴツゴツがいい感じで効くかな?」
「うおっ、これもすげえなっ……。葛や側と違って締め付けはねえが、突き入れるときのゴリゴリ感がたまんねえ……」
「うあっ、イくぞっ、またイくっ、いくっ、イくうっ!!!」
再び吐精壺の奥深く、数回にわたる射精を終えたローが、広場の風下へと戻り、簡易野営地の整地を行っていく。
こちらからは広場全体が見渡せ、下からは灌木の茂みと視線の関係からこちらの体躯の確認は難しいという、隠れての観察には実によい場所を見つけたものである。
「よし、ここなら大丈夫だろう。吐精壺は岩で固定したのでいつでも使える。水で流せねえ分、精液溜まりは大きめに掘っては置いたが、それでも三日もすりゃいっぱいになるだろうな。上手く土が吸ってくれりゃいいが……。
あれから半日経ってるが、全体としてはノルマド達の疲れは見えるようだが、親父達のノリはまだ変わらんようだな。
体力差を考えれば当然じゃああるが、ノルマドの奴らも俺達ケンタウロスのチンポを受け続けて、よく保つもんだ……。
ああ……、見てるだけでたまんねえな……。
さっそく、使うか……」
ローが自ら編んだ吐精壺は大石の上に斜め下を向くように固定され、長軸の先には出された汁を溜め込む穴まで用意してある。
ケンタウロスの強靱な下半身から繰り出される動きにも絶えうるように、粘土質の土と砂利を混ぜたものでしっかりと固定してある様は、一流の職人の手業のようにすら見えた。
「うおっ、細めに作った分、刺激がやべえな……。
ふっ、ふっ、ふうっ、ううううっ、イくっ、こんなのっ、またすぐにっ、イっちまうっ……!!」
大石の上、吐精壺の入り口に差し込まれた逸物。
後脚の膝の動きと前脚を踏ん張った形での腰の動き。
ヒト族様の上半身では交差させた太い腕で、両方の乳首を刺激する。
乳首と逸物、双方を刺激しながら、吐精壺の固定のために盛り上げたり土と石塊が、下腹部を擦る感触すら快感を生む。
「ううっ、イくぞっ、またっ、イくっ!
イくぞっ、クソッ、イくぞっ、イくっ!!!」
短時間のうちに数度の射精を繰り返す。
射精直後にすぐさま再びの上下運動に取りかかる様は、なかなか他の族には見られない行動だろう。
それほどに彼らケンタウロス族の持つ性的なポテンシャルは高い。
射精のたびに、吐精壺の先、穿たれた穴にびしゃりびしゃりと打ち付けられる精液は、その粘度と濃度によって、あっと言う間に掘られた穴の数分の一を占めてしまう。
「さすがにすぐは染み込まねえか……。まあ、水分の蒸発とを含めてなんとか減ってくれれば、数日は保つだろう」
緊迫した状況ではあるはずなのだが、どこか楽観的なローの言葉は、その賢さと見通し力の高さに裏打ちされた、『生存への自信』といったものやもしれなかった。
……………………。
「ん、あれは……?」
ベルク達とノルマドへの観察に戻ったローの視線が、ケンタウロスや狼獣人達とはまた違う、森にその足を踏み入れた者達の姿を捉えたようだ。
「あの風体は……。竜人と龍騎の者か……。ノルマドを追っての龍騎は分からんでもないが、ノルマド達の断片的な話に出て来た竜人も一緒というのが解せんな……」
果たして賢馬人の森への新たなる3人の侵入者は、ドラガヌの森にて『契り』を済ませた、グリエラーンとリハルバ、ダイラムの一行であった。