その4 右城と左雨
「用意したもの、一応確認しておくか、右城君」
「ええ、左雨さん。自分の方がちょっとそこらへん疎いので、よろしくお願いします」
5月31日、半年近くやり取りをしてきたあの『金精の湯』へと、いよいよ足を踏み入れる前夜の右城と左雨であった。
最寄りの駅、目的の時間に向かうためには地方単線の近場の駅へと前泊をしないとたどり着けないほどの秘境駅であるのだ。
さらにはそこから車で数時間はかかるとなれば、それこそ衛星電話でも持ち込まなければ、一切の通信手段が絶たれてしまうだろうとは、容易に想像が付くことだ。
「おそらく外部との電波通信は無理だろうが、宿の内部なら大丈夫だろう。まずはこれが録音様のマイクと録音機のセットだ」
「こんなに小さいんですね……。マイクが2ミリぐらいか、録音機も1センチ無いって、びっくりしますよ」
「たぶん、持ち込んだ荷物や服も向こうで管理されそうだが、それはそれでこいつは放っておいても勝手に40日間はデータを送信出来るし、録音機の方もそこはクリアしてる。
右城君の眼鏡にマイクを仕込んでおくので、それだけは管理されないようにしないとな」
「老眼用ってことで通せば大丈夫でしょう。で、左雨さんの眼鏡にはカメラですか?」
「ああ、同じパターンだな。映したデータ、録音したデータを、行くときに着ていく服の中に仕込んだ録音機、録画機の方でキャッチしておけば、後で膨大な作業が必要にはなるけど、右城君が狙ってたような記事は書けるんじゃないかな」
「本名でってことだったんで偽名使わなかったので、逆に無署名で出さないといけなくはなりましたけどね、ルポ」
「まあ、それは仕方がないだろう。向こうも知られたくないからこそ、手紙やらでのやり取りにしてるんだろうし」
どうやら宿守り達の推測通り、超小型の電子機器を持ち込むことで、秘められた内情を記録するつもりの2人であった。
話しからすれば立案そのものは右城によるもので、左雨は興味を惹かれてその手助けを、という構図が見えるようだ。
「万が一、眼鏡を取り上げられたら万事休すだが、そこだけをなんとか阻止すれば行けるはずだ」
「了解です。日常生活に不安が、という形でとにかく押し通しましょう」
左雨が器用に2本の眼鏡のテンプル、その先端、レンズの横に来る部分にマイクとカメラを仕込んでいく。
「ところで、私もだいぶ調べたんですが、あの温泉の利用者、ぜんぜん繋がりを見つけられなくて驚きましたよ。ああいう噂が出てるってことは、どっかで引っかかりそうなモノなんですけどね……。
ここまで秘匿されてるってことで、ますます興味は出てきたんですけど、逆に『ホントなのか』って、自分内の疑問も出てきてしまって」
右城のライターとしてそれなりに蓄積のあるはずのコネや繋がりを駆使しても、かすかな噂から実際の『人』を辿ることが出来なかったのだろう。
右城としてみると、たいがいの『噂話』というものは丁寧に追えば必ず『人』にぶつかるものだという、ルポライターとしてのこれまでの経験法則が揺らぐほどのことらしかった。
「まあそのときはもう、のんびり温泉を楽しむことにすればいいさ。俺の方は愛用のカメラ持ち込めるわけでもないので、眼鏡君に任せるだけだしな。
右城君自身の記憶をしっかり覚えておいて、下山したら2人で付き合わせていけばいいんだろう?」
「なんか、左雨さんも忙しいのに巻き込んでしまってすみません。私のわがままに付き合ってもらう形になっちゃったので……」
「腐れ縁って奴だし、そう気にするなよ。帰ってきたら、また2人で歩き回ればいいじゃないか」
年齢的な差もあるためか、右城の方がいささか丁寧な言葉でのやり取りをしてきているようだ。
右城智也は40才。172センチに70キロという体型は、いわゆる『シュッとした』雰囲気を与えている。若いときから女性にもモテており、学生時代に付き合っていた現在の妻との間には、すでに高校生となる一人息子がいる。
左雨宗吉は42才、こちらは168センチに76キロと、ある意味中年らしい身体付きと言えばよいのであろうか。
それでもカメラマンという体力を使う生業ゆえに、骨太の肉体にはしっかりした筋肉とそれを支える脂肪が乗っており、野山を歩く足腰の強さも人一倍のものであった。
こちらもその四角い顔立ちに柔和な瞳は人好きのするもので、この年になっても独身生活を謳歌していると言えるのだろう。
実際に風俗経験では右城をはるかに凌駕し、飲み屋やその手の風俗嬢にも人気のあるタイプだった。
「それにしても、いよいよ明日か……。一応、俺と右城君は互いに存在と名前は知っていたが、最近は無沙汰をしていて行きの列車内で知り合った、という形でいいんだよな?」
「はい、メジャーなところに載ってるわけではないですが、私と左雨さんの共同ルポとかも出てますし、完全に知らない同士だと無理があると思ってます。後は私達以外の参加者と接点をしっかり作っておいて、下山後にどう連絡を取り合うか、あたりを意識しておいてもらえればと」
「まあ、ソープデリヘルの姉ちゃんには沙汰無しになっちまうが、その分、帰ってきてからハッスルするかなあ」
「左雨さん、それ、もう古語になってますよ、ハッスルとか」
幾分か感じている自分の緊張感をやわらげる目的でもあったのか、左雨の言葉に笑う右城であった。
明けた翌6月1日、迎えが来るように教えられた秘境駅に、3人の男が降りたった。
右城と左雨はもちろんのこと、えらく体格のいい、シャツから覗く腕や胸元が剛毛で覆われた大男である。
「あの、もしかして、右城さんじゃ無いですか……?」
大男から、右城へと声がかかる。
警戒しつつも、どこか顔立ちに見覚えがあるような気がして、記憶を辿る右城。
行き先が同じ場合、否定しては違和感を持たれるだろうとの判断で、そこは正直に答えることにしたようだ。
「あ、はい、右城ですが……。失礼ですが、どこかでお逢いしてますかね?」
「ああ、やっぱり! 身体付き変わっちゃったので判らないのも無理も無いんですが、北郷大和、北郷です。ほら、季刊民話の里で、特別寄稿一緒にやった」
「え、あ、北郷、さん……? あ、ああっ、ええっ、すみません。記憶とすごく違っておられて、思い出せませんでした!」
まさに『無理も無い』ことであった。
北郷の肉体は昨秋の湯治により、170センチの身長はそう変化は無かったが、体重は82キロから140キロ近くへと、60キロ近くの増量となってしまっているのである。
年齢から、また常識から考えてそのような体型変化は『通常は』ありえるはずがなく、右城が己の記憶の中の可能性から除外してしまっていたのも当たり前のことであった。
「いや、その、びっくりしました……。何か特別なトレーニングとかされて……、って、ああ、その前に、もしかして北郷さんもこの先の温泉に行かれるおつもりなんでしょうかね?」
信じられないほどの北郷の変容ぶりに思考が追いつかなくなったのか、はたまたライターとしての興味関心としては温泉の秘密に迫りゆくことの方に重きがあったのか。
右城は北郷がこの駅に降りた意味へと思いを巡らせた。
「ああ、ということは右城さんも同じところに……。そちらの方もご同行ですか?」
左雨へとにこやかな顔を向ける北郷。
「あ、初めまして、ですかね。カメラマンの左雨宗吉と言います。右城君とは昔仕事で組んだこともあったんですが、今日列車で一緒になってびっくりしてですね。話しを聞いたら、同じ温泉に逗留したくて、お互い申し込んでいたんです」
「ああ、自分は北郷大和と言います。右城さんと同じくルポライターをしてるんですが、温泉の方とのやり取りで、一切の取材は出来ないってなってませんでしたか?」
「ええ、それはもう原則的な方針らしいので、取材では無く個人の興味としての湯治として申し込みました。そこは右城君も同じだったようで」
「ですよね、俺が前に来たときも、荷物とかも取り上げられたし、自分の記憶にしか残せるものが無いなと思って、ルポはきっぱり諦めたんですよ」
「えっ?! 北郷さん、前にここに来てるんですか?!」
これには右城も左雨も驚いたようだった。
何通もやり取りをしてきた手紙の内容からして、てっきり自分達のような初めての利用者だけでの28日間と思っていたのだ。
「ああ、そうなんですよ。昨年、自分は初回の利用を終えてるんですが、その後の湯治期間が折り合いがつかなくて、どうしてもと何度も手紙で頼み込んで、今回は特別に、ということで参加させてもらえることになりました
宿守り達との打合せ通りに話しを進めていく北郷。
あくまでも『特別対応を嬉しがる既利用者』としての応対をするという形にしていたのだ。それであれば宿守り達との親密さや、ほぼ全員が似たような体型、体毛発生との変化についても説明が付くとの考えであった。
ましてや内情を知りたい右城と左雨側からすれば、有益な情報源として2人の気ももっと緩むだろうとの算段でもあるのだ。
「おお、それは頼もしいです。とにかく初めてのことばかりで、しかも一ヶ月近くの長丁場ということで、ちょっと怖いな、とも思ってたんですよ。あ、もちろん、宿の方々がすごく丁寧に教えてくださってはいるんですが……。
湯治の先輩として、色々教えてください、北郷さん」
右城の発言も上手いものだな、と、内心舌を巻く北郷である。
おそらくは常識では考えられないほどの体型の変化やあちこちに感じる体毛の濃さなどは、長い逗留期間の中で話が出来ると踏んだのか、北郷との距離を詰めたいという思いが伝わってくる勢いであった。
「いやあ、知ってる人と一緒だとこちらも楽しいですし、色々びっくりされることも多いとは思いますが、よろしくお願いしますね」
北郷もまた、ある意味狸面をして、2人に握手を求めたのであった。
「こんにちは、金精の湯の茶野と言います。今回逗留の左雨様、右城様ですね。そして北郷様もお久しぶりです」
こちらも打合せ通りの宿守りの1人、駅に迎えに来た宿守り、茶野の言葉だった。
バンに乗り込んだ3人に前回と同じように、移動時間や温泉についての簡単な説明を行っていく。
北郷と茶野、その肉体と体毛に共通点を見た右城ではあったが、あえて質問という形で言葉にしないのは、色々と『探り』を入れていると思われたくないためか。
さすがにそこまでの機微はまだ判らないものの、いずれは本人達が身をもって実感していくことではあったのだが。
秘境の秘湯と呼ばれるこの『金精の湯』、その温泉の効能は多岐にわたる。
見た目では体格の変化、体毛の強発生が周囲からは分かりやすいものではあるが、おそらくは性ホルモンの分泌に関してのかなり強力な作用があるのだろう、ペニスや睾丸の巨大化、その精液生産能の大幅な増大、性欲・射精欲・精力のこれも常人と比べると恐ろしいまでの増大と変化が見られるものである。
北郷や西山など、30代から40代にかけてのものでも一日に片手では足りぬほどの射精欲が発生し、実際に吐精へと至ることは容易に達成出来るものへとなっていた。
精液生産能の増大化は、毎回の吐精量を湯治入湯前の数倍数十倍のものとしているのだ。
また全身の皮膚感覚の鋭敏化なども顕著に見られる効能効果ではあるのだが、これについては湯治第4週目に一定の鎮静方法を教わることもまた、システムに組み込まれている。
いや『巨大化した逸物が常に勃起している状態』はあまりにも生活空間における日常生活へと与える影響が大きすぎるため、『多少の刺激では勃起せぬような、性的刺激への耐性を高める』ことが、4週目『修めの湯』における獲得目標となっていたのだ。
加えて精神面での変化、外交的な性格へ、自信に満ちた話し方の習熟なども見られるのではあるが、それについては従前の性格形成などによりかなりの個人差があるのも事実であった。
「お疲れ様でした。こちらが今日から皆さんが過ごすことになる『金精の湯』、その宿でございます」
2時間以上の時間をかけての山道の踏破。
前回のように気分が悪くなったものはいなかったが、茶野が途中で小便休憩を入れたのは、もしかして北郷や茶野の巨大な逸物の存在を匂わすためのものかもしれなかった。
「なにか、甘い匂いがしますね……。これ、温泉の匂いなんですかね?」
一般的な硫黄や酸味の強そうな匂いとは違い、甘さを感じるこの温泉の香は独特なものであった。
そしてそれを知る北郷の逸物は当然いきり勃ち、ズボンの前を小山のように盛り上げている。
それに気付いたかどうかは分からなかったが、迎えに出た宿守り達の褌姿、その体格体毛、そしてかつての北郷達も驚いた男たちの褌の前袋の盛り上がりに、右城も左雨も目を奪われているようだ。
総勢8人の宿守り達はいずれも六尺褌一丁の半裸体に、藍で染めた印半纏を羽織っている。
いずれの男たちもゆうに120キロを越えていそうな堂々たる体格であり、全身を覆う体毛は多少の違いはあれど、その逞しい尻や背中までをも黒く茂らせていた。
豊かに盛り上がった胸筋、その頂点の乳首には一人を除いて見事なピアスが貫通し、幾名かのものの褌を見れば、完全に勃ち上がった逸物の先端にも金属のシルエットが見え隠れしていた、
雄としての圧倒的な肉体と体毛、その存在感。
どこか意識の底で『適わない』と思ってしまう感覚は、昨年、同じ場にいた北郷も存分に味わったものだった。
その思いもまた、湯治が進み、自らの肉体の変容が進む中『宿守り達と同じような身体になれた』との思いでかき消されていくものであることを知るのは、北郷のみのことではあるが。
「左雨様、右城様、初めまして。北郷様はお久しぶりですね。私はこの湯の宿守りの長、『荒熊内四方(あらくまないしほう)と申します。みなの紹介は宿の中で行いますので、さあ、どうぞお入りください」
20畳ほどの広間に通され、まずは一杯と温泉の湯を飲まされる3人である。
北郷が最初に飲泉をしたのは自己紹介の後であったように記憶していたが、その『効能』をより早く効かせるようにと、順番の変更が行われているのか。
その匂いとともに舌にも甘さを感じるお湯が、腹の中、頭の中へと染み入ることは、湯治客としては北郷だけが既に知ることであった。
湯治客3人が自己紹介を行い、それぞれがこの温泉に来たがった目的や思いも語ることとなる。
前回の北郷と同じように『せっかくここまでの手間をかけてやり取りをしてきたわけなので、取材は無理でも貴重な体験としての温泉をゆっくりと味わってみたい』と、右城も左雨も上手くその意思を説明する。
続いて宿守り達の紹介となった。
「改めまして宿守りの長、荒熊内四方と申します。53才となります。
今日からの28日間、3名の皆さんの生活全般に気を配っていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
それでは最初に、みなさんお一人お一人の担当となるものから紹介させていただきます」
右城も左雨も宿とのやり取りの中、当初は担当の宿守りと寝屋をともにすることは理解していた。
左雨にあっては『せんずりも監視されるのか?』と危惧していたようだが、右城とそこまでの意識共有はしていないようだ。
「白山(しろやま)と申します。45才になりまして、左雨様の担当となりますので、よろしくお願いします」
「赤瀬(あかせ)です。37才、右城様のお世話をさせていただきます」
「西山(にしやま)です、40才になります。前回は赤瀬が担当させていただきましたが、今回は私が担当させていただきますね、北郷様」
「あ、西山さん、今回はよろしくお願いします」
もちろんすでに知り合いということは打合せ通りではあるのだが、西山から『様』付けで呼ばれることに一瞬照れてしまった北郷であった。
もっともそこに気が付くまでの洞察力よりも、四方達の半裸の肉体の見事さ、圧倒的に醸されている雄としての豊かな生命力に驚いている右城と左雨ではあったのだが。
「後の者も紹介しておきます。
緑川(みどりかわ)、33才。
皆さまを迎えに行きました、茶野(さの)、39才。
黄田(こうだ)、47才。
紫雲(しうん)、49才。こちらは宿守りの中では私に次ぐ経験を持っております。通常は調理の担当ではありますが、ご不明な点、疑問点などありましたらこの紫雲か私に声をかけていただければと思います」
一通りの顔合わせが済み、恒例であろう宿での生活の流れ、その中での決まり事が伝えられていく。
いずれも事前の手紙にて知らされていたものではあったが、やはりその入湯三昧、飲泉三昧とも言える日々の『甘さ』には、右城も左雨もどこか拍子抜けしたような気持ちになったらしい。
「なんだかもっと、修行みたいなものを想像していたんですが、本当に湯治というか、ひたすらに温泉に入って、飲泉をして、って感じなんですね……」
「北郷様も最初は同じように仰ってましたよ。もっとも、それだけでは無い部分での修行的な意味合いはあるかとも思いますが……」
言葉を濁した四方に、ピンと来たのは経験者である北郷と西山である。
最初の一週間、日々増大していく性欲精力射精欲を抑え、宿守り達から施される『揉み療』の刺激に耐えながらの禁欲、いや、欲望を抑えるわけでは無いのだが、いわゆる『射精禁止』をかけられたときのあの焦燥感や欲望の滾りは、北郷もよく覚えているものであった。
●温泉の効能について
この『金精の湯』への入湯や蒸気の吸入、飲泉による効能には、男性としての精力増強や体格向上、さらに淫蕩な気持ちへの変化、五感の強化など、他の温泉にはまず見られない特別なものがある。
そのために面倒ではあるが手紙でのやり取りを通して、各人の資質を確かめさせてもらい、情報が他に漏れないようにしている。
●一日の流れ
朝5時半
宿裏の滝にて禊を行い、その後、朝食前の入湯
07時朝食
全員で後片付け(他の食事も同じ)
御行(宿での責務のようなもの)として薪割り、風呂掃除、清掃など
11時昼食前の入湯
12時昼食
14時昼寝など自由時間
16時夕食前の入浴
18時夕食
19時揉み療(もみりょう 宿守りによるマッサージのこと)
22時夜の入湯
23時就寝
●28日間の流れ
1週目『慣らしの湯』
夜は担当のものと一緒の部屋で休む
2週目『入りの湯』
それまで個別の部屋で行っていた揉み療と就寝が広間で全員で行うこととなる
3週目『猛りの湯』
温泉の効能を全身で味わい、宿守り達とともにその変化変容を堪能する
4周目『修めの湯』
湯治期間で変容した肉体と精神を、日常生活に戻すための術を学ぶ
やはり右城と左雨が一番驚いたのは、温泉の効能の部分であった。
それは宿守り達の外観とともに、己が知っていたはずの北郷の肉体の変化を見れば、一定の事実であるということを認めざるを得ないことだった。
それでも常識的には考えられないほどのスピードでその変化が進むだろうことは、話しの流れで直感的に理解したのであろう。小さな声の呟きは、呆気にとられながら発せられたものに違いなかった。
「北郷さんを見てなかったら、まったく信じられない話だと思ったんですが、その、これは本当のことのようですね……。だからか、だからああいうふうな段取りでの連絡方法だったのか……」
「俺はまだ半分信じて無いんですが、その、あっちの方にも効く、ってのは、かなり興味を持っちまったですね。なんつうか、その、宿守りさん方の褌見てると、おっ勃ってるんでしょうけど、その、とにかくデカそうで……」
右城と左雨では気にするポイントはかなり違ったのだが、どちらも初見初聞の感想としてはもっともなものだったろう。
彼らもすぐに経験することになるのだが、この温泉の成分を飲泉入湯、蒸気の形で体内に取り入れ続けていけば、すぐに己の逸物が一日中と言えるほどに勃起したまま、先走りを常にたらたらと垂らすようになるのである。
「はい、体格も体毛も、そして逸物の巨大化も、まさに皆さんがこれまで経験したことの無いスピードと内容で進行していくことになります。
それはかなりの不安を伴うことではありましょうが、我々宿守り一同を信頼していだだくことで、その不安を少しでも解消するお手伝いが出来ればと考えておりますので」
宿守り達の肉体とその全身から発せられる『陽の気』とも言える生命エネルギー。
その熱気に採り込まれた二人は、飲泉と温泉香の効能により、すでにどこか他人の、いや、ここでは宿守り達の声による思考の導きを受け入れ始めていたのであった。
「では、手紙にも書いておりました通り、皆さまが持ち込まれた荷物や衣類などは、いったん私どもの方で預からせていただきます。
衣類などは、こちらの行李にそれぞれお入れください」
右城と左雨に取って、緊張の一瞬であった。
衣類、時計やスマホなどは取り上げられることは明確であったが、眼鏡の取り扱いにはヒヤヒヤしていたのだ。万が一『読むものも特にありませんので』と言われて取り上げられてしまえば、ルポ目的としては万事休すなのであった。
左雨は普段からの眼鏡使いではあったが、右城の方はあくまでも『取材』目的の伊達眼鏡とも言えるものであった。
「ありがとうございます。こちらは責任を持ってお預かりしますので」
とりあえず、眼鏡は無事だったようだ。
ホッとした2人がその安堵を顔に出さないのは、たいしたものであったろう。
そこで宿守り達の間で、また北郷と西山の間での視線のやり取りがあったことには気付かなかったようではあるが。
「では、こちらも手紙に書いておりましたが、この間の皆さまの肉体の変化を記録に残すためにも、身体各部の計測に入らせてもらいます。
皆さん、準備が整うまで少しお待ちください」
北郷達も最初に受けたこの宿での洗礼であった。
通常、人の目に触れない己の逸物を、他人の手で計測されるという経験。そこを乗り越えることそのものが、まさにこの宿における様々な事柄の原体験ともなるものであった。
何が行われるか知ってはいたとはいえ、右城と左雨の緊張はやはり隠せないようだ。
「では、失礼します。身長体重、首、腕、太股、また皆さまのペニスの平常時、興奮時の数値計測もいたしますので」
ごくりと、唾を飲み込む音が聞こえた。
メジャーとノギスが宿守り達の手によって用意されたのだ。
……………………。
………………。
…………。
「私が、妻も子もある私が、男にしゃぶられて勃つなんて……」
「俺もだ……。なんで、なんでおっ勃つんだ……。いや、ソープの姉ちゃんより、何倍も上手い尺八じゃああったが……」
己の逸物に冷たいノギスを当てられ、ミリ単位までにその数値を読み上げられる。
妻帯者である右城、風俗経験の豊富な左雨にとり、その後の担当の宿守りによる丁寧な刺激、口中でのしゃぶり上げによる勃起は、本人達には意外なことだ。
そしてそれは、甘く漂う温泉香、すでに数杯は飲まされている温泉、それらが初体験である右城と左雨の肉体と精神へと及ぼす影響が、すでに表れていることの証明でもあった。
結果、右城に笹間、北郷、もとより常時勃起状態にある宿守り達。
11名の男たちの肉棒は震い勃ち、長さ角度、太さに違いはあれど、いずれもその硬度を最高の状態に保っていた。
左雨宗吉、42才
身長168センチ、体重78キロ
平常時、陰茎長10.2センチ 直径3.8センチ
勃起時、陰茎長14.0センチ 直径4.6センチ
右城智也、40才
身長172センチ、体重70キロ
平常時、陰茎長14.0センチ 直径3.9センチ
勃起時、陰茎長18.3さんち 直径4.4センチ
北郷大和、43才
身長170センチ、体重132キロ
平常時、18.2センチ 直径4.6センチ
勃起時、24.6センチ 直径5.4センチ
すでに初回の逗留を終えている北郷に関しては、宿守り達と同じく、28日間を経過してもそこまでの変化は無いよう思えるが、左雨と右城についてはかなりのサイズアップが見込まれるであろう。
現時においては、太さの左雨、長さの右城といったところか。
「しかも、萎えない……」
「これ、もしかしてこのあたりにずっと漂ってる温泉の匂いのせいですか?」
その人生経験からか、左雨の方が気付くのが早いようであった。
「はい、隠しているというわけでもないのですが……」
北郷には聞き覚えのある、四方の話しであった。
温泉の身体と精神に与える影響。それも精神的な部分に関しては徐々に身体の方が慣れていき、逗留期間中には影響も抑えられていくこと、さらにはそれによりこの場所での男だけでの集団で行われるはずの様々な取り組みのこと。
同衾する宿守りに身体中のあらゆる性感帯を刺激されながら、最初の一週間は射精禁止となること。2周目、3周目と互いの肉体を使っての性処理を行うことで、よりいっそう、それぞれの肉体に温泉成分からの『陽の気』を巡らせ、より強く、より逞しく、より毛深い屈強な肉体へと変化していくこと。
手紙のやり取りではどこか避けられていたそれらが、明確に言語化されていく。
目を白黒させながら聞く右城と左雨の逸物が、相変わらずの硬度を保ったままなのは、温泉の効能とともに、四方ら宿守り達の低く、身体の芯に響く声によるものでもあったろう。
「この私が、同性で、しかもこんな毛むくじゃらな宿守りさん達にしゃぶられて、ケツを掘られて、喜んで射精するようになる?」
「俺が、風俗の姉ちゃんにチンポしゃぶってもらって気持ちよくなってる俺が、おっさん達や、ましてや右城君のチンポを喜んでしゃぶるようになるなんて……」
経過とその予測を正直に伝えること。
それはまた、北郷や西山が宿守り達からなされてきたことでもあったのだが、そこを先手として打たれてしまえば、ある意味の選択権は湯治客である右城や左雨が『握らされる』こととなるのだ。
「もちろん、男同士でのそのような行為に嫌悪感を抱かれることは、当たり前のことでもあるとは思います。
私達の性感帯への刺激、逸物の扱き上げにしゃぶり上げ、それに対して勃起する、射精欲望を持つ、最終的に射精へと至る、それらすべては右城様、左雨様の意思と肉体の反応によるものですので、その結果がどのような形になろうとも、私共からなにか異議を唱えることはございません。
ただ、温泉の効能を確かめるために、これらの行いは私どもとしては喜んでさせてもらっている、ということだけはお知りください。
「そんな、そんなふうに言われても……。あなたたちの、そのすごい、まさにお『男らしい』身体を目の前にしたら、昨日までの私だったら『すごいな、強そうだな』とは思っても、その姿を目にしたまま、こんなに勃起したままなんてのは考えられ無かったはずなのに……」
「これが、これがまさに『むくつけき男のみ』という、この温泉の効果なのか……」
右城に誘われた側とは言え、左雨もまた被写体になるべき存在に対しての下調べはしてきたようであった。
四方のちらりとした目配せに、北郷が答える。
「左雨さん、右城さん。大丈夫ですよ。ここでの身体の変化、心の変化は、確かに驚くべきこと、信じられないことばかりかもしれない。ただ、ここでの28日間を過ごさせてもらった俺からすれば、それはもう『変わってしまえば』杞憂であったことだけが思い出されます。
この『変化・変容』は最初は驚きの方が大きくて、受け入れにくいことかもしれない。
それでも、宿守りさん達を信じてあげてください。
あなた方に何らかの危害や危機が及ぶことは一切無い。それはこの私が証言します」
茫然自失としたままの2人ではあった。
それでも宿としてのプログラムは進行していく。
次は宿に入って初めての入湯だな。
前回はこのタイミングで、湯治客4人の親睦も深まったなと記憶をたぐる北郷。
「では皆さんにここの温泉の素晴らしさを味わっていただきたいと思います。担当の者も一緒に入らせてもらいますので、我らが『金精の湯』をご堪能ください」
ここだけは前回とは違う流れだった。
北郷が先月の自由逗留の際に宿守り達に提案したのが『湯治客だけの時間を極力作らないようにする』ということだったのだ。
なにか共謀しての企てがある場合、人はその途中途中で互いの意思を確認したくなることは当たり前だろう。
その実現可能性を減らすことで、謀をするものたちの焦りを引き出せるのでは、との思いがあったのだ。
一応の衣類として越中褌を与えられた3人が、その前布を盛り上げたまま脱衣所へと案内される。
褌の紐を跪いた担当の宿守りが外せば、その目の前に三人三様の勃起がさらけ出される。
「失礼します」
宿守り達が目の前の勃起に、その唇を寄せる。
入湯前に先走りを味わっておこうというのか。
「あ、あ、そんな白山さん……。ダメだ、ダメですよ、そんな……」
「すごいっ、赤瀬さん、上手すぎる……。そんなしゃぶられたら、イってしまいそうになる……」
「イくのは我慢してください。最初の一週間『慣らしの湯』の間は、私たち宿守りも皆さまも『射精は禁止』としますので」
いつの間にか脱衣所に宿守りの長である荒熊内が現れていた。
その低く豊かな声が、右城と左雨の脳を蕩かしていく。
「ああ、はい、イくのは我慢します……」
「イきたいが、ぶっ放したいが、一週間はイっちゃダメなんですね……」
「はい、この週は射精を避け、皆さんの身体の中に精汁に代表される「陽の気」を巡らせる期間ですので。それでは金精の湯を、ゆっくりお楽しみください」
「ああ、いい風呂だな……」
「まさに、『ザ・温泉』って感じですよね、左雨さん」
浴室に入った3人。右城と左雨はやはりこれまでの違和感を一瞬忘れ、風呂としての素晴らしさに感銘を受けている。
「こちらの湯口は飲泉用のものになります。入湯は思っているより身体から水分を奪います。存分にお飲みください」
白山の案内も聞き覚えのある台詞だ。
広間でも何杯か口にした温泉、この湯口はまさに噴出してすぐのものでもあり、浴室の熱気と伴って男たちの欲情を嬲り上げていく。
「だいぶ身体も温まりましたよね。洗体をします。のぼせてもなんですので、みなさんいったん湯船から上がられてください」
飲泉と温泉香、熱気。
それらすべてによって火照った肉体が、宿守り達の手によって全身を洗われる。
それが今の自分達の肉体に与える影響を予測出来ているのは、湯治客の中では北郷だけである。
なんと白山と赤瀬、それに西山も石鹸を自らの胸と腹、その鬱蒼と茂る体毛で泡立てていく。
「石鹸の白い泡と黒い体毛が、すごく卑猥に見える……」
「ああ、なんでか分からんが、宿守りさん達見てるだけで、チンポがいっそう硬くなっちまう……。なんでだ、なんでなんだよ……」
北郷にとってはすでに『当たり前』の光景ではあったが、右城と左雨、初日である2人にとっては自らの意識と精神、肉体の状況の乖離にとまどうばかりであろう。
そのとまどいを余所に、肉棒の滾りは留まることをしらないのではあるが。
「あっ、そんな赤瀬さん、そこはいいって、いいって」
「すべて、左雨様の肉体にご奉仕するのが私の役目ですよ。左雨様は何もされないでけっこうですので、石鹸のぬめりと感触、温泉の効能を存分に味わってください」
立ったままで身体を洗われているのは左雨であった。
がっちりとした背中に赤瀬の毛深い腹が密着し、胸と股間に廻された両手が乳首と逸物をぬるぬる、じゅるじゅると揉み上げていく。
初日である今日は温泉成分を煮詰めた魔剋水や魔剋湯は使わず、娑婆の汚れを石鹸でいったん落としきる算段のようであった。
「んんっ、白山さんっ……。勃ったチンポの先、そんなにヤられると……」
「イってはダメですよ、我慢してください、右城さん」
「は、はい。堪えます……。我慢します……」
違和感を抱えつつも、宿守りの指示に従う右城と左雨。それは昨秋の自分の姿を見ているように思う北郷。
おそらくは西山もそのときのことを『思い出し』、宿守り役としても巨大な肉棒を勃起させたままでいるのだ。
刺激されるだけ刺激され、行き場を与えられない雄としての精髄が、湯治する男たちの内部を駆け巡る。
「最後に掛かり湯と飲泉をして、上がりましょうか。昼食を紫雲たちが用意しているはずです」
「あ、ああ、もうそんな時間なんですね。ここに来て、時間の感覚がちょっと分からなくなってきてて」
「まあ、ひたすらに温泉に入って、しっかり食べてもらって、しっかり休んでもらって、しっかり勃起させてもらう。それがここでの湯治になります。なにも心配されないでけっこうですよ」
にこやかに言う赤瀬。
それはまさに、ここ『金精の湯』で過ごす日々を、実に端的に表していた。
「おお、すごい。夕飯の宴会料理みたいだ!」
「これは……、もしかして猪ですか?」
「よくお分かりですね。猪鍋は紫雲自身が好きらしく、よくメニューに上がりますよ。もちろん私たちも大好きですが」
配膳している茶野が笑いながら答えている。
勃起の納まらない股間ではあるのだが、だんだんとその状態が『当たり前』になっていく。
それはかつて、北郷や西山も体験した『慣れ』の凄さでもある。
対面に座った担当者の『乗せ方』も上手く、大皿に盛られた野菜や猪肉が驚異的なスピードでその体積を減らしていく。
あっと言う間、との体感速度でテーブルいっぱいに並んだ食材を平らげた男たちであった。
「夕食前の入湯まで、少しお休みください。情報的にも、体力的にも、初日ということでかなりお疲れになっているかと思いますので。私たちも、片付けの後に一緒に休ませてもらいますので」
各個別の部屋に戻ることなく広間での雑魚寝ではあったが、右城と左雨は一気に深い眠りへと落ちていく。
それは緊張と弛緩、欲情と性欲の狭間を行き来した、まさに体力精神力に蓄積した疲労のせいであったのだろう。
2人の眠りを確認した北郷が、そっと広間を抜け、宿守り達のいる台所へと向かった。
「北郷さん、お疲れ様でした。緊張もされたでしょう」
「いや、一度経験してると見方見え方もかなり変わるんだなと気付かされました。で、どうでしたか、彼らの荷物とか」
預かった持ち込み荷物、衣類のことを言っているのであろうか。
それは先月の自由逗留の際、四方たちから相談を受けた北郷からの提案でなされていたことなのである。
「はい、北郷さんの勧めてくれた金属探知機で探してみたら、ホントに小さなものですが、反応がありました」
「ああ、これは受信機ですね。ということはマイクやカメラの役割をするものも、持ち込んでいるはず……。いったん2人とも素っ裸にはなってもらってるので、後は、眼鏡ぐらいかなあ……?」
「眼鏡にそんなものを仕込めるんですか?」
「今は受験生が外部に情報送ることに使ったりとかで、その手のサイトでは簡単に手に入ったりするんですよ。消費電力もごく微量でよいものが増えたので、トイレやラブホでの盗撮なんかでも使われてます」
「いやあ、北郷さんに相談して、本当によかったと思います。こんなもの、私達では思いつきもしない……」
紫雲の言葉は心の底からのものだろう。
非常用の衛星電話だけは用意しているものの、普段、下界の情報に接することの少ない宿守り達にとっては、SFの世界の中のことにようにすら思えるものだ。
「で、大和さん。これ、実際にどうします? シャツとズボンのボタン裏に仕込んであったんですが、外しといたがいいですかね?」
西山の質問は具体的だ。
「うーん、いや、存在を確認出来たのならば、そのままにしておこうか。いつでも外せるし、途中で彼らの考えを変えることが出来なくても、最後の日に突きつければ情報として外部に漏れることは回避出来るし」
「それって、あの2人の盗撮とかに対して、心変わりを期待するってことですか、大和さん?」
西山にしてみると、北郷の提案は不思議に思えたようだ。
荒熊内たち宿守り達も、どうしていいか分からずにその表情にはとまどいが見える。
「まあ、俺自身のここでの経験からのことなんだけど、たとえば俺や朝熊君の宿守りさん達への信頼感とか、湯治客同士の同期感や連帯感っての、28日間の中ですごく変わっていったというか、深まっていったと思わないか?」
「ああ、それは確かに……。温泉の効能で最初は麻痺してた部分がクリアになっていっても、そのあたりは深まりこそすれ、薄れたり忌避するものにはなりませんでした」
西山自身も、己のコンプレックスと向き合い、宿守り達との日々の中で精神的にも肉体的にもそれを乗り越えた経験を持つ。
「そういう意味での彼らの『変化』に、俺は期待しちゃってる部分はあるなあ。
甘いって言われるかもだけど、右城さんの伝統的な行事や寺社仏閣に対してのルポ記事も、すごく誠実なものを感じていた。左雨さんの被写体への近寄り方は、プロとしてもすごいものだと思う。俺は彼らのその対象に対しての『誠実さ』といったものに掛けてみたいかな」
北郷なりに、考えた上での方策であった。
「分かりました。北郷さんが仰ったように、この機械はそのままにしておきましょう。
北郷さんの弁によれば、私達宿守りもまた、右城さん、左雨さんに、誠実に、正直に接することが一番になりそうですな」
荒熊内四方、宿守りの長の言葉で今後の方針も確定したようだ。
西山と抱き合い、濃厚なキスを交わす北郷。夜まで待ってくださいよと呟く西山であった。
夕食前の入湯、野菜と鹿肉、大量の米を腹に入れる夕食を済ませた男たちが、『慣らしの湯』の7日間、担当の宿守りと使う個室へと案内される。
宿守り達による肉体を使った湯治客への物理的な刺激。『揉み療』が施される時間となったのだ。