その3 相談
「これがその手紙ですか……」
「北郷さん、そうです。単独でやり取りをしている分にはまったく判らなかったんですが、茶野が両名の分を照らし合わせる中で、ほんの少しの矛盾に気が付いたんです。ほら、この3通目のここと、4通目のここで、この両名に与えた情報がクロスしています」
「ん……。ああ、確かに……。これは前後との矛盾は無いし、よく気付かれましたね。こちらから送った分も複写を用意してあったからこそ判明したことですよね……。しかもこの2人、俺の知ってる名前だ……」
あれから何度か宿守り達と手紙を交わし、自由逗留期間にまずは一週間の湯治に来ている北郷であった。
はやり西山は日程の調整が付かなかったのか、1人での旅となったようだ。
宿守り達に示されたのは次の28日間の利用者2人に関しての、それぞれの手紙の内容であった。
宿守りの長、荒熊内や紫雲の話、手紙の内容からしてみると、次期利用者の2人は互いに情報を共有している気配が窺えるのだ。
初回逗留28日へ招待されるための手紙のやり取りはたいがいの場合半年以上、ときには一年近くの長く慎重な往復を経て、利用者の選定を行っていく。
その中で特に同期の利用者に関しては一定の統制された情報提供を行うことで、いわゆる『共謀』による温泉の秘密が漏れることへの警戒をしているのであった。
「問題は今回のこの情報共有が、こちらが初回利用のOKを出した後のやり取りで発覚したことなんです」
「ああ、そうなると利用そのものを断る訳にはいかないと……」
「今断ってしまうと、逆恨みされてしまうかもと思って……。茶野に山を下りたときに少し調べてもらったんですが、2人とも本名なのは確かでして。問題は彼らが北郷さんと同じ、と言っては失礼かもですが、ルポライターとカメラマンの組み合わせ、というところだと思っておるんですが」
手紙に記されていた名は『右城智也(うじょうともや)』、北郷と同じく地域や寺社仏閣への紀行ルポを得意とするライターだ。
もう一人は『左雨宗吉(ささめそうきち)』、右城とよくバディを組んでいるカメラマンであり、最新の情報機器にも通じているらしい。
「私達の知識では最先端の小さな記録装置などは見つけることが出来ないのではと、北郷さん、あなたの知恵をお借りしたかったのです」
「確かに新しいモノは、もう数ミリの大きさで何にでも入れ込むことが出来ます。入山時の持ち物チェックでも、たとえば眼鏡などは取り上げないでしょうから、それに仕込むことも」
「やはりそうでしたか、では、どうすれば……」
「そうですね……。思いつくところでは……」
宿守り達と北郷の話はその夜、遅くまで続いた。
「自由逗留、初めてでしたが素晴らしかったです。宿守りさん方と全員で楽しめましたし、俺の肉体もさらに充実した気がしてます」
「来月も続いてになりますが、よろしくお願いします。西山さんにも無理をお願いすることになりますが、なんとか日程の調整つけてもらってありがたいです……」
「いえいえ、朝熊君もすごく楽しみにしてると思いますよ。ただ、彼に宿守り役、私が湯治客役というのにはびっくりするでしょうけど」
北郷自身も温泉の効能である強精や肉体変容の官能を充分に楽しんだようだ。
他の湯治客もおらず、屈強な肉体と精力、豊かな体毛を誇る宿守り達と過ごした一週間で、およそ60回を超える吐精を果たしたのであった。
その北郷も初日の四方達との話しを踏まえ、この一週間のうちに速達を使い、マンションに残っていた西山とは連絡を取っていたようだ。
普段だと週に一度、下山しては郵便物の回収や物資の調達をしている宿守りの1人、茶野もかなり忙しかったことだろう。
北郷と宿守り達との打合せにより、右城と左雨、両名の初回逗留に合わせ、北郷と西山も湯治客と宿守り役として参加することになったらしい。
「では来月はよろしくお願いします。打合せ通り、西山さんには前日入りで、北郷さんには自由逗留を初回の人達と一緒に楽しみたいという名目で当日に、という形になりますが」
「了解しています。万が一計画になにか変更あったら、また手紙をください。それでは、来月にまた」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
……………………。
………………。
…………。
「へー、俺が宿守り役で、大和さんが湯治客役、それでその2人をその、監視するっていうか、そんな感じになるんですね。面白そうと言えば面白そうだけど、なんだか責任も重大だなあ……」
「まあ、そこらへんはしっかり打ち合わせておかないとね。なにより朝熊君の一ヶ月の日程調整、ホントに大変だったろう。こういうときはやっぱりスマホで話せればって、思ったしなあ……。結果的に来月とかの急な話になっちゃって、申し訳なかったね」
自由逗留を終え、マンションに戻った北郷であった。
手紙での日程調整や簡単に抱えている問題などを伝えてはあったが、双方向性という意味では顔を合わせての話しが一番なのは、今も昔も変わらないことだ。
「独立も目処が立ってゆっくりしたいところだったので、来月って、タイミング的にはちょうどよかったですよ。なんだか探偵ごっこみたいだし、話しの内容だと大和さんに宿守りとして担当するのは俺になるんでしょう。そこもあの温泉浴びながら、大和さんとさんざんヤりまくれるかと思うと、もう興奮しちゃって」
西山は金精の湯を利用する前は、北郷から見れば他者への気遣いや、当たりの柔らかさを感じる青年であった。その分、彼が勤務するような会社での出世争いなどでは疲弊してしまうのではと心配するほどのものでもあったのだが、温泉での湯治暮らしは彼の肉体のみならず、その精神にも大きな変化をもたらしていた。
いわゆる『自信』や『自己肯定感』をしっかりと持てるようになり、今回の建築士としての独立についても、その影響は大きいものだったろう。
性的な楽しみにも非常に積極的になり、北郷との同棲を始めてからは、互いの屈強な肉体の求め合いと旺盛な精力がうまく噛み合い、一日に5、6回ともなる吐精は当たり前になっていたのだ。
もちろん北郷もまた、下山後の制御は出来ているものの身体の内側から湧き上がる射精への衝動を互いに解消しあい、より悦楽の高みへと昇りあうためのパートナーとして、毎夜の肉体接触を楽しんでいることは言うまでも無い。
かの温泉、金精の湯では、一年のうちの四ヶ月、4月5月6月と、9月10月11月の6ヶ月間を初回利用者28日間のために予定している。自由逗留は初回希望者がいない、もしくはいても何らかの形でキャンセルになった場合、問い合わせがあれば泊まれることになるのだが、ちょうどそのタイミングで北郷は5月の中旬に自由逗留が行えたのであった。
上円井から聞いた話し、宿守り達から聞いた話しを統合すれば、右城達も今年の初めから宿に連絡を取り始め、その途中で上円井の逗留が行われていたのだろう。
来月の6月1日より、右城と左雨が金精の湯の初回逗留28日間を迎えることとなる。
四方らとの打合せにより、北郷はすでに28日間の経験者ではあるが、もう一度あの緊張感を味わいたいとの名目での参加、西山に関しては宿守りの1人として、前日から現場に入っていくこととなっていた。
北郷を右城達と同じ立場に置くことは、すでに体格や体毛の変容具合からして無理だとの判断であり、利用者としての先輩、かつ同じルポライターとして右城達が警戒心を緩めてくれるのではとの目論見でもある。
西山の宿守りとしての配置は、宿守り集団と利用者の一団が個別の話しをすることは担当として同室利用(それも最初の週だけではあるが)が出来ている間だけのことからの判断であった。