その3 豹変
「おい、豚田さん、どうしたのかな?
とにかくこのゴーグルを外してくれないか。話をしようや、豚田さん」
これはもしや、との思いが浮かぶ喜三郎ではあったが、これまでの己の経験と研究から、とにかく相手の感情を逆撫でしないようにと極力落ち着いた声で呼びかける。
何にしろ視界を塞がれ手足を拘束された今のままでは、こちらが不利なことは明らかだ。
「ここまで来るのにだいぶ演技させてもろたんじゃが、あんたもよおこんなうさんくさい話に乗ってくれたもんだと思うがな。
もっとも、ジムや風呂での話を聞けば、あんた、ちょっとは露出狂の気があるんやろう?
みんなに身体とちんぽ見られて、勃起しとったんやないか?」
喜三郎の中の疑心が確信に変わる。
目の前にいるこの豚田八戒とやらは、明らかな犯罪者傾向のある豚獣人であった。
エセとも思える意図的な関西弁の模倣は、口調から内心を悟られないようにする便法なのだろう。
裸体。
拘束。
感覚情報遮断。
これらから導き出されるのは、性的な拷問もしくは甚振り、あるいは快楽快感に耐えるこちらを観察することでの嗜虐指向が目的となっていることだろう。
「豚田さん、あなたの言う通りだ。私は身体を鍛え始めてから、周囲から自分に投げかけられる視線や賞賛に、それなりの快感を得るようになってきている。
おそらくはあなたが抱いているだろう私の肉体への性的な欲求にも、そう拒否感は無い。
どうだね、どうせならば互いに自由な身でのお楽しみタイムとしないかね。
医療者と患者、という設定でも、色んなことが出来るだろうし」
この豚獣人は、ストーリー構築型の犯罪を重ねてきているだろうとの喜三郎の分析であった。
準備に金と時間のかかる場面設定。
専門的な知識を要する様々な検査や質問。
それら豚田の頭の中にあるこの『物語』の完結は、自分にとっては不幸な結末にならざるを得ないはず。
「あんた、こんなうさんくさいワシのことが見抜けなかったっちゅうことを、も少し反省したんがええんじゃないかねえ」
目には見えぬが、まさににんまりと笑った男が舌舐めずりをしながら言葉を発しているかのような声色だった。
自らが置かれた状況打破のための方策に頭を巡らす喜三郎である。
「ワシはな、あんたのような鍛えた年寄りを甚振るのが大好きなんじゃ。
もうそこらへんも分かっとるだろうし、せいぜいワシの与える『快感』に、よがり声を上げてほしいもんじゃな」
豚田の言葉は、まさに自分が導き入れたこの状況そのものに、興奮している様を表していた。
(ああ、これはなかなかに……。こちらもそれなりに乗ったフリをしながら、彼の射精を促すか。射精したしばらくならば、肉体的にも精神的にも、どこかに緩みが出るはずだ……)
豚田の描く『物語』の大きな設定書き換えは出来ないと悟った喜三郎が次に考えるのは、一つの章が終わる毎の小さな変化をもたらすことか。
おそらくはこちらに性的な拷問をかける際、本人もまたかなりの性的興奮を味わっているはずである。
こちらを素直にイかせるとは思えないが、本人の方がその快感の絶頂期に射精を堪えることは出来はすまい。
「あんさんも期待しとったんだろう?
まずは搾精機をあんたのちんぽに取り付ける。
あんさんの尻には電動ディルドをピストン動作付きで挿れてやるよ。ホントは口にも突っ込んでやりたいところだが、よがり声を聞きたくもあるからそっちは勘弁してやるか。
そのぽっちりとした乳首には、吸引と舌で舐め回されるような刺激が出来る奴を付けてやる。
金玉はな、空圧で揉みほぐすような動きをする奴を特注で作ってあるんや。こいつは軽い痛みも感じるぐらいに調整してあって、これだけでもかなり感じてもらえるはずやで」
豚田の機械装置の解説が続く。
「こいつらは全部、デバイスとして連動しとってな。
腰部と脊椎、首の後ろからあんたの射精中枢の興奮具合を計測して、イきそうになるのもその瞬間に動きを止めるのも、自由自在って訳や。
もちろん、その前にはワシの口で、まずはあんさんのそのぶっといちんぽ、たっぷり舐らせてもらうんやがな」
悍ましいばかりの豚田の解説であった。
全身に与えられる快楽に喜三郎が悶え苦しむ様を観察することが、豚田にとってのなによりの悦楽であるのだ。
それはまさに『自らのタイプを手の平の上で転がして弄ぶこと』に快感を覚える性癖に他ならない。
「なあ、豚田さん。私がよがり声を上げるところを見て、あなたもイきたいんだろう?
どうだい、私の口に射精したりしたら、もっと征服感が増すんじゃ無いか?
私が睨みつける、でも何も出来ない、そんな姿を見たくは無いか?」
とにかく視界を奪っているこのゴーグルだけでも外したい。
そんな喜三郎の考えを知ってか知らずか、豚田からの返事は無い。
ガチ。
カチャ、カチャ。
ヴヴヴヴヴヴ……。
何か動作音がしたと同時に、滑らかな動きで椅子の傾斜が変わっていく。
「な、何を……」
「あんたの全身が機械に犯されるのを、一番よお見えるようにしてるだけや。ああ、もちろんカメラも3台用意してるので、あんたのよがる様も声も、全部きちんと映しておくからな」
膝を曲げさせられた両脚は大きく開かれ、前に立つものであれば、狼獣人の逞しいペニスや睾丸、会陰部から肛門までもが丸見えとなっている。
上半身は水平より少しばかりの上の角度は保たれてはいるが、両手は肘掛けそのものがかなり大きく移動し、観察者の前ではほぼ万歳に近い形で脇下を曝すことになる。
「へへ、ええ眺めや!
あんさんの恥ずかしいところが、全部モロ見えやな!」
喜三郎自身は、ジムや温泉などで己の裸体や巨大な性器を人目に晒すことそのものはあまり恥とはしない性格である。
最近では逆にそれらの露出とそこで感じる周囲からの熱い視線に甘やかな愉悦を感じ取るようにすらなってきているなと、自己分析を始めたところであった。
豚田の言う『乳首』『ペニス』『睾丸』、そして『肛門』。
おそらくはそのすべてが責められていく有り様が、ビデオで克明に記録されていくのだろう。
「なあ、私のこの姿を存分に楽しんでもらっていい。
私ももともと、機械に搾り取られる『搾精機』には興味もあったんだ。
男同士の行為にも、さほど抵抗があるわけでも無い。
どうだ、豚田さん。二人して一度射精したら、その次はベッドで抱き合って色々楽しまないか?」
必死の思いで喜三郎が言葉を紡ぐ。
「なあ、豚田さん。私には、あなたのようなイノシシ科をトーテムとしてる人のペニスを見てみたいという思いが確かにある。
正直、豚族や猪族の螺旋型のペニスはきちんと見たことも無いんだ。
この椅子に手足を拘束されてれば、心配いらないだろうし。
ゴーグルを外してあなたの逸物をじっくりと私に見せ付ける。
どうだね、私のこの案は?」
豚田の白衣から聞こえる衣擦れ。
サンダルと床が奏でる足音。
荒さを増している豚獣人の吐息。
「確かに自分が嬲られてる様子が見られないのは、あんさんも残念やろうなあ」
ニヤリと笑った豚田が喜三郎の顔を覆っていたゴーグルを外す。
「チンポや金玉、ケツの気持ちよさをぎょうさん感じ取ってくれよな。
まあせいぜいよがってくれや、喜三郎はん。
さて、機械の準備も全部整ったし、このぶっといのをしゃぶらせてもらいましょかね」
まるで赤子を愛でるかのように豚田の瞳の輝きが増していく。
中空に浮かせられた喜三郎の肉厚な腰回り。
そこからでろりと睾丸の上に横たわっていた巨大なペニスに、豚田の手が伸びた。