戌亥武之進、日の出に立つ

その6

 

その6 未来へ

 

「皆の者っ! 鬨の声を上げよっ! 士気を上げよっ!」

「応っ! 我ら熊谷の民っ、戌亥を助するすべての民はっ、戌亥家復興のためのこの戦、命懸けて戦わんっ!!」

 

 各処に配置されたそれぞれの軍勢が、再びの鬨の声を上げている。

 日が昇れば、ここ熊谷の屋敷から、あるいはすでにその制地権を取り戻した飛び領地から、多くのもののふ達が、民達が、かつての『戌亥家領地』へと進み征くのだ。

 

 その先頭に立つのは、若き戌亥家当主『戌亥武之進』の武者姿。

 見送る武之進の姉『ふせ』と熊谷家前当主『熊谷勇剛』の目には、無き戌亥家前領主『戌亥源三郎』の戦姿が思い浮かぶか。

 

 黒虎の失踪により、勇剛は屋敷へと残り『ふせ』の警護へと回る。

 武之進の側には後見でもある熊谷勇一郎が、赤虎と黄虎が侍り征く。

 狸丸と狐火は、すでに猪西の領内で攪乱と策動陽動へと動いている。

 周りを囲むは熊族の逞しき戦士達。遠き繋がりをも辿った犬族の若者達。『ふせ』の尽力により猪西の暴政を諫めるべく集まった、数多のもののふ達。

 

 それらすべての者どもの期待と信頼は、若き犬族『戌亥武之進』の両肩へと掛かっていた。

 

 集いし数多の男たち。

 その誰もが、黒虎の名を呼ばず、気にもかけぬ有り様であった。

 

 しかしそれは、かの優れた庭の者の存在が、その生き様が、軽んじられていたわけでは決してあるまい。

 その胸の内を、その心を、戦場に、武之進へと残したその『思い』を、誰もが知り、誰もが理解しているがゆえの、言葉に出さぬ尊敬であった。

 

「鋭っ、鋭っ!」「応っ!」

「鋭っ、鋭っ!」「応っ!」

「鋭っ、鋭っ!」「応っ!」

 

 屋敷の内外で聞こえる男たちの声が次第に一つになっていく。

 

 これほどの者達が集いし、戦。

 おそらくは、今日のうちにその『報』は、屋敷に残る『ふせ』と『勇剛』の二人へと届けることは出来るだろう。

 

 

「皆の者っ、出陣っ!

 いざっ、我とともに、進めっ!」

 

 

 そこには、かつての敵に追われていた幼き姿は無い。

 逞しくも凜々しく軍配を振る、一人の若武者がいた。

 

 若きもののふは、若き侍は、ただひたすらに前を見据え、多大なる軍勢の先頭にて、力強い一歩を踏み出したのであった。