射精管理 ある柔道青年の場合

その4

 

その4 寸止めの果て

 

「うっ、うむうっ、ぐう……っ!!」

「けっこう頑張るじゃん。ここまで焦らされてのシゴキ上げだ。感じてるんだろう? 真人クンよお」

 

 ゆっくりと上下運動を始めた酒井の右手。

 ゴムイボ付きの軍手を嵌めたままのその動きは、決して性急なものでは無い。

 それゆえにこそ、真人の腰奥深く、射精中枢への昂ぶりは最高点へと達することが無い。

 

「くうっ、うぐっ、あっ、はっ、はあっ……」

「意地張ってもなんもいいこと無いぜ。ほら、イかせてくださいって啼いてみろよ」

「だっ、誰が言うか……っ!」

 

 まだ、余裕があるのか。

 それとも、同性ゆえの性刺激の精緻なコントロールによる制御ゆえか。

 未だ、真人からの吐精の懇願は聞こえてこない。

 しかし、そのこともまた、藪と酒井が思い描くこの『責め』の順序立ての一つであった。

 

「これじゃまだまだイキたくなってるわけじゃ無いだろうなあ、真人クン。こっから先は色々混ぜてくからな。ま、ここからが、本番だぜ」

 

 酒井に代わり、また藪が責めを行うようだ。

 

「おい、お前ら、こいつの乳首、もっとねぶってやれ。ぜんぜんそっちじゃ感じて無さそうだぜ」

「は、はいっ……」

 

 真人の上半身にしゃがみ込んでいた大田原と柳原の2人。

 びくりとその背中を震わすのは、よほどの恐怖が染みこんでいるものか。

 元々の付き合いのある大田原ですら対等とはほど遠い関係性は、藪と酒井、2人の暴力的な圧によるものである。

 上に諂うことで己の身を守る大田原と、機械に強いという『便利み』にて生かされている柳原。

 かと言ってその2人の間に緊密な協力関係があるわけでも無さそうである。

 己の手のひらの上で互いの関係をコントロールしている藪もまた、人心の掌握術にある意味長けているのであろう。

 

「ちっ、お前ら、下手すぎるな。こいつのよがり声、ぜんぜん上がんねえ。仕方無い。こっからお前ら、ビデオと写真撮っとけ」

「は、はい……」

 

 用意されていたビデオとカメラをセットする柳原。

 動画を柳原、デジカメを大田原が担当する。

 スマホを利用しないのは何か理由があるのであろうか。

 動画と画像。

 その目的は明らかであった。

 

 純粋な暴力を楽しむ藪と酒井の心情にとっては、自らの暴力を向ける相手は男であれ女であれ、構わないのである。

 藪については自らの抱える肉体的なコンプレックスからか、自分よりも体格で勝る相手をいたぶることに無上の快楽を覚える質であった。

 偶然とはいえ四辻真人を手に入れることが出来たこの機会は、藪にとってはまさに願ったり叶ったりの状況であるはずだ。

 

「結局こっちがやらねえとな。ま、そんなもんだろう」

「せめて3、4時間は楽しませてもらうことにしないとなあ」

 

 軽口のようではあるが、これはこれから数時間にわたって真人が嬲り倒されるという宣言である。

 おそらくはさんざんに若い肉体の性感帯を嬲りつつ、一度もその吐精を許さないという強い意志の表れでもあった。

 

「んぐああああっ、ぐああっ、あがっ、あっ、がああああ……っ!」

 

 再びの亀頭嬲りであった。

 コックリングで締め上げられた真人の逸物。その先端をぐりぐりと撫で回していた藪の小さな右手が、段々とその動きを太い肉茎へと移していく。

 それまであくまでも粘膜への快感のみを生じさせていた藪の手が、真人の逸物へその大きさには見合わぬ握力で男性機能としての吐精へと向かう刺激を与えようとしていた。

 

「んっ、んんっ、むうっ、あは……っ」

「ん、気持ちよくなってきたか? つっても、気持ちいいのはさっきからずっとだろう?」

 

 真人の反応を予測しきった藪の言葉である。

 亀頭を1時間以上嬲られていた真人に初めて与えられた吐精へと向かう刺激。

 それは先ほどの酒井のそれとは違い、その上下に動くスピードには躊躇いが無い。

 リングは粘膜の感度を上げつつも、わずかばかりに射精中秋からの命令に『耐える』力をも増幅していた。

 

「うっ、ううっ、あっ、は、ああっ……」

「イきたいよなあ、真人クン。男がチンポをぬるぬるヤられて、イきたくないなんてのはありえないしな。ほら『イかせてください』って言ってみろよ。イかせてやる『かも」しれないぜ?」

「だっ、だ、誰がっ……!!」

 

 性的な甚振りをやられるだろうとは全裸で目覚めた時点で理解していた真人であった。

 しかし、同性である藪と酒井からこのような快楽責めを喰らうことまでは、まだ若い青年の生活経験の中では想像すら出来なかったのだ。

 

 小刻みに上下運動を繰り返す右手。

 もう片方の手はリングで前に押し出された青年のふぐりを握り込み、絶妙な力加減で快感と痛みの間のごく狭い境界を行き来する。

 胸や腹には体毛の陰りは見えないが、下腹部や脇、太股から脛にかけての黒々とした茂みは内に秘めた豊かな男性ホルモンによるものである。

 睾丸を揉まれ、肉棒を扱き上げる刺激は生体の反応を深く促し、その微量な物質の活性を高めていった。

 

「はっ、はっ、はあっ、あっ、ああああっ……」

「おら、どうだ? イきそうだろう? イきそうなんだろう?」

「クソっ、クソっ、クソっ……」

 

 藪の右手の動きが加速する。

 真人の先端から飛び散るのはローションか、溢れる先走りなのか。

 座卓の押し付けられた真人の尻肉が震え、睾丸を支える精巣挙筋が収縮する。

 

「ほら、ほら、イきそうなんだろ? ぶっ放したいんだろ?」

「あっ、ああっ、イくっ、イっ、イくっ……。あっ? ああっ、そっ、そんなっ!!」

 

 その瞬間、真人に与えられていた一切の刺激が止まる。

 

 びくびくと頭を振り立てる真人の肉棒。

 寸前まで昂ぶらされていたその情欲が行き場を失い、腰を振ろうにも固定された座卓でそれすらも出来ない。

 

「射精寸前の快感、たまんねえよなあ真人クン。イきたくてもイケねえっての、けっこうキツいだろう? 腰ぶんぶん振りたくなっても、振れねえしなあ。ほら、真人クン、イきたいんじゃないのかなあ?」

 

 ねめつけるような藪の視線が真人の目を射る。

 少し離れた椅子に足を組み座る酒井はニヤニヤと笑い、真人の上半身を挟むように立たされている大田原と柳原は、引きつった顔の表情を隠せてはいない。

 

「くっ、うっ、あうっ……」

「さて、再開だ。真人クン」

「あっ、も、もうっ、や、止めてくれっ……」

「止めてくれって言われて止めるとか、ホントに思ってんの、君?」

「うあっ、ああああっ、ああっ、ぐああああああーーーーーーー!!!!」

 

 亀頭責めと太竿の扱き上げ。

 幾度も繰り返されるそれは、真人の肉体と精神をある一点へと追い込んでいく。

 

 恥辱と服従。

 未来ある、そして本来であれば膂力精力豊かな青年に取って、絶対に越えたくは無い一線。

 そして藪と酒井の2人に取って、自分達の獲物のそこへの導きは、決して急ぐものでは無い。

 少しずつ、少しずつ、若者を追い込むその『狩り』の道中を、2人は楽しんでいた。

 

「そろそろコイツ使ってみるか、貞夫?」

「いいねえ、サカちゃん。真人クーン、もっともっと、いい気持ちにしてあげるからねー」

 

 酒井が茶色の小さな小瓶を取り出した。

 真人の履いていた下着に、瓶の液体を染みこませる。

 

 真人の口。

 その中に詰め込まれた布きれの上から粘着テープが貼られ、鼻呼吸であっても揮発した液体はそのすべてが真人の体内へと吸収されていく。

 

 どこか果実香にも似た有機化合物のその匂いは、刺激臭と芳香剤の中間といったところか。

 藪と酒井のその液体の扱いようからすれば、自分達では『今』吸いたくは無いらしい。

 

『な、なんだこれは……?』

 

 真人の口が使えれば、そのような言葉が出たはずだ。

 真人の知識では(自分での使用の経験は無かったが)、シンナーが頭に浮かんだものであった。

 その作用も知らぬまま、まったく違う組成のその『薬品』は、真人の肉体への影響を強めていく。

 

「ううっ、ううううっ……」

「ほら、全身がどんどん熱くなってくるだろう? こいつはなあ、ホントは一吸いでかなり『効く』代物なんだなあ。で、アンパンの要領で吸っちまうと、頭ん中がえらいことになるらしいぜ」

 

 酒井が用意したそれは、かつては普通にアダルトショップで取り扱われていた『興奮剤』であった。

 我が国では今では所持も使用も禁止されているものとなったが、巷にはまだ当時の物流の名残がかなりの量があるらしい。

 どこから手に入れたものか、連続で吸引させられている真人の状態はその瞳の急な濁りが表していた。

 

「ラッシュ連続で嗅がせられての寸止めは、凄いだろう、真人クン?

 もう何回目の空打ちかねえ。数えるのも面倒になってきたけど、30回は越したかな?」

 

 夕方から始められた真人への嬲りは、すでに深夜の時間を迎えていた。

 コックリング、藪と酒井の絶妙なる性器への手技、本来であればごく短時間の効き目しか無いはずの『興奮剤』を連続で吸引させられているという真人の現状。

 一つとして真人の立場を『良く』するものを見いだすことが出来ないという『事実』。

 

「貞夫、まさかイかせてやろうとか思ってんじゃないだろうなあ? つか、もしかしてもう飽きてきたか?」

「サカ、俺がそんな飽きっぽい男だと思ってんのか?」

「だろうな。俺の知ってるお前なら、イかせないままで何日も嬲り続けるはずだ」

「その通りだよーん。さすがサカ君、ボクのこと、よく分かっていらっしゃる」

 

 狂気と絶望に彩られた会話であった。

 普段から藪の権力にこびへつらいながら日々を過ごしていた大田原でさえ、その表情は固く強ばっている。柳原に至っては、足元からの震えを止める術すら持たないようだ。

 そして嬲りの対象となっている真人は、もはや正常な思考の流れを維持することすら困難となっているのか。その表情は虚ろに近く、わずかに左に傾いた唇の端からは、呑み込むことを忘れた唾液がだらだらと流れ落ちていた。

 

 あと一扱き、ほんのわずかな刺激さえ加われば、厚みのある腰の奥深くに煮え滾る白濁汁を、思う存分噴き上げることが出来る。

 鼻から肺へと、その途中の粘膜からも吸収され続ける有機化合物。

 空打ちとも言える逸物のひくつきが、真人の現状を的確に語っていた。

 薬物の影響で抑制がさらに効かなくなっている真人に対し、絶妙な加減でそのラインを見極める藪の手技は、ある意味では芸術的な域にすら達している。

 

「うぐあっ、ふがあっ、ああっ、ああああっ……」

「ほらほら、感じるだろ? ここはどうだ? イきそうなんだろ? イきたいんだろ?」

 

 扱き、いじり、射精の気配が見えれば一切の刺激が止まる。

 あれからさらに数十回の寸止めが繰り返されていた。

 快楽地獄と複数の薬物による相互作用。それにより虚ろに光を失った真人の瞳。

 

 だが、まだ彼はあの一言を発してはいない。

 

「リング嵌めてラッシュスって、そんでここまでヤられて、イかせてほしいって懇願しねえのは凄いねえ、真人ちん」

「貞夫、お前って、そいつが言っても言わなくても、どうせイかせないんだろ?」

「ホント、サカちゃんって、ボクのことをよくご存じ」

 

 藪の手のひらが、手首の動きが加速する。

 今夜数十回目の射精直前の快感が、真人の射精中枢をより深く、より高みへと昂ぶらせる。

 

「あっ、いっ、イきっ……」

「んん? ほら、イきたいって言えよ、真人。イかせてくださいって言ってみろよっ! デッカい図体して、俺みたいなチビに、イかせてくださいって頼んでみろよっ!!」

「貞夫っ、もっと追い詰めてやれ。そいつに懇願の声を上げさせてやれっ!」

 

 もはや藪と酒井に取っては、仲間であったはずの大田原と柳原のことすら眼中に無いようであった。

 真人の体力と精神の抵抗力。

 延々と繰り返す己達の行為こそが、彼ら自身を自己陶酔と暗示の世界へと連れ出していた。

 

 その2人の狂気を帯びた瞳の光。

 おびえていたはずの柳原の視線が、その変化をしっかりと捉える。

 

『今しか無い』

 

 小太りで臆病な青年、柳原の、ここぞという決断。

 ローテーブルに置かれた3台のスマホ。

 巧みに横幅のある己の肉体で藪の視線を遮りながら、さも真人の現状から目を逸らしたいがゆえの動きに見えるように、ゆっくりと横にずれていく柳原。

 その指先が、自分のスマホの画面にわずかに触れた。

 

 

 

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 ここでエンドが分岐します

 

  ストーリーそのままのエンドは、このまま次のページ『その5A』

 

  ifエンドは『その5B』(6ページ)